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【人】 軍医 ルーク ―― 明け方の見張り台 ――[ 通信機の解析は、順調に進んでいたようだった。 途中までは。 あの重みの大半は外殻である箱のものだった。 内部が破壊されないよう頑丈に作られていたためだろう。 中から現れた部品は、驚くほどに小さく精巧だった。 内部に記録の痕跡を発見し、 色めき立った技術班の解析が止まったのは、 その通信が暗号化されていたからだ。 機械の解析はいつの間にやら数学の時間と化し (何故言語学ではなくて数学なのかは、 専門外の自分には朧げに想像するのみだ)、 役目を終えた自分は解放されて日々の業務に戻り、 あの見張り台を漸く訪れることが出来たのは、 箱が発見された翌々日の明け方のこと。 慣れた道のりを、ぺんぎんと共に歩く。 階段を上ってゆく。 前回は帰りがけに引き出しを開けたけれど、 今回は最初から見張り台の机に向かった。 見張りが離れているのを確認し、 引き出しの中から赤い袋を取り出す。 机の横にぺたんと腰を下ろして、 タブレットを取り出しロックを開く。 指の動きは最初は躊躇いがちに、 動き始めてからは、逸るように早かった。] (11) 2020/05/21(Thu) 19:45:09 |
【人】 軍医 ルーク[ ノートのページはまた増えていた。 いつものように、日付から始まる日記。 一語一句目で追いながら、 呼吸すら忘れるように真剣に読む。 ぺんぎんは、画面を覗きこむことはしなかったけれど、 羽根の一枚も動かすまいとでもいうように、 口の前で羽をバツにして、しーっと静かにしていた。 いくつかの箇所で、表情が動いた。 気付いたことがいくつもある。 それはまだひどくあやふやで、 指を伸ばせば煙のように散ってしまいそうな、 そんなとりとめもない感覚だ。 例えば、そう、 この日記の主は『通信機』という言葉を避けている。 その暫く後で『通信をする』という言葉を使っている以上、 『何か』と書かれた箇所に入る言葉は、 文脈からしても、別のものであること自然だ。 けれど、それが何を意味するのか、 今は触れることなく、一度、タブレットから視線を上げる。] (12) 2020/05/21(Thu) 19:46:45 |
【人】 軍医 ルーク[ ゆっくりと、片手を伸ばす。 いつも、大穴に向けてそうしているように。 目を眇め、その先にある何かを見る。 朝の光が差し込み始めた見張り台、 淡く室内を照らす光の筋。 舞い上がった小さな埃が、光に照らされて、 ゆるやかに白く光る。 さらに、その向こうを見る。 誰かの後姿が見えるような気がした。 凍えるような寒さの中、 何処までも続く白い景色を、 たった一人歩いてゆく人影だ。] ……、 [ 言葉から思い描くことしかできない、その景色が、 『どの場所』のものであるのか。 自分はきっと、気づきかけている。 その白い景色に足を踏み入れたとしても、 この足は、きっとまともに動かない。 ――… けれど、 伸ばした手を握り込み、下ろす。] (13) 2020/05/21(Thu) 19:48:35 |
【人】 軍医 ルーク[ 傍らのぺんぎんに向けて、首を傾げた。] 息まで止めてるような、顔してる。 窒息するぞ? [ ぺんぎんはそう言われて目をくりくりさせて、 ぷはー、と深呼吸した。 そういえば、此奴らは基本的には寒冷地仕様で、 この世界のどこでも活動できるように、 幅広く適応可能な造りになっているようだ。 きっと、いくつものことに、自分は気付き始めている。 何かの前で立ち竦んでいる。 けれど、このタブレットを閉じて、 何もかも見なかったことにして立ち去るのは、 最早選択肢すら思いつかないことだった。 ノートのページを改め、指を滑らせて行く。]* (14) 2020/05/21(Thu) 19:50:09 |
【人】 軍医 ルーク[ それは、ばらばらに砕け散った窓硝子を、 目隠ししたままかき集めて、 形を探ってゆくパズルのようなものだ。 少しずつ、必死で、 自身の中にある何かを探して結い合わせてゆく。 ――… 時折、指が鍵盤に触れて、音を鳴らす。 そうして、自身が感じていることを理解する。 恐怖? 不安? けれど、違う、決してそれだけじゃない。 しいて言うなら、これは、そう。 “望み”。 綴り終えた指は、少し震えて。 タブレットを袋に戻し、大切に引き出しにしまう。 日記の主は、このタブレットを大事にしてくれると、 そう言っていた。 自分も、そうしたい。 これは、今はそのひとの物で、 書き記した大切な記録だから。]* (15) 2020/05/21(Thu) 20:01:39 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a3) 2020/05/21(Thu) 20:21:24 |
【人】 軍医 ルーク ―― 医務室 ――[ 叩きつけられた机の上から、 器具が床に落ちてがしゃりと音を立てる。 椅子を巻き込んで転び、身を起こすのに少し時間がかかった。 頬の痣の上、広く貼られた湿布の端に、 刃渡りの広いナイフが突きつけられる。 刃先が白い湿布を無造作にはぎ取れば、 下にある青黒い痣の上に、 滑った刃が薄く傷を重ね、 一筋開いた傷口から、少し間をおいて、 ぷっくりと赤い血が球になって流れた。] 『なあ、状況が分かってんのか? いいか、もう一度聞くぞ、 “あのときあったことを、話せ”』 [ 怒りに我を忘れる寸前といった男の声は、どこか酷く冷えて、 返答によっては何が起こるか分からない。 けれども、まだだ。 ひとはそうそう“思い切れる”わけでもないし、 最後の一線を越えたなら、どのような処分を受けるのかを 考える理性も残っているのだろう。 突きつけられた刃先がぴくりとも揺らがないのは、 やはり兵士だ。] (16) 2020/05/21(Thu) 21:29:58 |
【人】 軍医 ルーク前にも言っただろう? 好きに想像すればいいって。 君にも分かりやすく説明すると、だ、 この基地には機密レベルというものがあり、 皆、それに応じて、 目やら耳やら口やらを 上手いこと動かしているものだ。 君は手が滑りやすいようだから、 耳と目くらいは言うことを聞かせておけ。 [ 間をおかずに返って来たのは、 躊躇なく振るわれ、腹にめり込んだ拳の一撃。 重い衝撃に視界が明滅し、痛みが遅れてやって来る。 床に崩れて身体を折り、けほ、と咳き込む。 腹の底からせりあがる吐き気をこらえきれず、 けれど、また暫く飲み食いを忘れていた胃からは、 何も吐き戻すものがなかった。 身体が痙攣するように震え、起き上がれない。 成程、以前は腹を殴るのを教えてやろうと思ったけれど、 少しは考える頭があったのかどうか――、 思考だけがそんな風に冷静で、身を折って蹲る。] (17) 2020/05/21(Thu) 21:31:30 |
【人】 軍医 ルーク[ 次に衝撃があったのは、頭。 ざり、と固い感触と衝撃。 床に打ち付けられた頭がぐらりと揺れて痛み、 踏みつけられたのだと知る。 視界の片隅、横合いから飛び出してきたぺんぎんが、 必死に男の足にしがみ付こうとする。] 『何だ!? おい、邪魔するなって!』 [ 男は驚いた様子で足を振り、振りほどこうとするが、 頑として離れない。 ぺんぎんを蹴り飛ばすのには躊躇いを覚えるようだった。 自分相手なら兎も角、何もしていないぺんぎんに 暴力をふるうような、そういう性質の人間ではない―― そういうことなのだろう、おそらく。 それでも、逆上した相手が何をするか分からず、 手を伸ばし、ぺんぎんを鷲掴みにして引き剥がし、 戸口の方へ転がす。 声は出せなかったが、 にげろ、と、口の形だけではっきり告げた。] (19) 2020/05/21(Thu) 21:33:20 |
【人】 軍医 ルーク『――ったく、 いいか、これ以上手間を取らせるなら、 こっちにも考えがある。 最後にもう一度だけ聞くぞ、 あのときあったことを、話せ』 [ 突き付けられた刃先が、今度は首筋に傷を作る。 先ほどよりは明確に、意志を持って。 何も答えず、視線だけで男を睨み上げる。 男が刃先に再び力を籠めようとした、そのとき。 遠くから聞こえてきた『足音』に、 男の犬耳がぴくりと動き、 忌々し気な舌打ちの音がした。] (20) 2020/05/21(Thu) 21:34:16 |
【人】 軍医 ルーク『いいか、警告はこれが本当に最後だ。 次はない』 [ 男は足早に、医務室を出てゆく。 戸口のところに、ぺんぎんの姿はなくて。 ああ、ちゃんと逃げられたのかな――と安堵する。 もしかしたら仲間の端末経由で、 何処かに通報しようとでもしたのだろうか。 ぺんぎんはいつも医務室にいるが、 他の連中と没交流ということもなく、 廊下で他の連中とジェスチャーを交わしている様子も、 稀に見ることもある。 足音は、此方に向かってくる。 腕に力を籠め、起き上がろうとするが、 どうしても体に力が入らない。 急患なら対応が必要だが、戦闘があったわけでもなし、 可能性は低いか――と、そのまま力を抜いた。 急を要さない要件なら、驚いて逃げ出すか、 指差して笑って立ち去るかどちらかだろう、多分。]* (22) 2020/05/21(Thu) 21:35:30 |
【人】 軍医 ルーク ―― 着任の日の記憶 ――[ 窓の向こうから聞こえてくる喧騒は、遠く規律正しい。 総司令の後ろ姿に失礼します、と声をかけ、 所属と名を名乗り挨拶をする。 黒豹の耳と黒眼鏡の背の高い男が、ゆるりと振り返る。 人好きのする笑みを浮かべ、 やあ、待っていたよと目を細めた。] 『長旅ご苦労、疲れただろう。 君の経歴は聞いている、 今日から早速医務室と研究班の両方に 配属になってもらうよ。 詳しいことは、 それぞれの部署で聞いてくれたまえ。』 [ 男は木の椅子にかける。 華美なところ等一切ない、機能一辺倒の司令室。 誰が飾ったか、まさか自分で摘んできたのか、 水飲みグラスに、そのあたりで生えていそうな花が一輪、 飾ってあった。] (38) 2020/05/21(Thu) 23:15:23 |
【人】 軍医 ルーク『軍事基地の勤務経験はなし、か。 確かにねえ、一昔前の開拓時代なら兎も角、 この数十年、世界は実に平和なものだった。 此処は最前線にして、唯一の戦場と言える』 [ 表情も変えず、押し黙って司令の話を聞く。 フードを脱いで露にした耳も、ぴくりとも動くことはない。 窓からまた飛び込んでくる遠い喧騒を、耳が捕らえた。 訓練中の兵士たちの声だろう。] 『我々が相手取るのは未知の脅威だ。 けれど、此処の兵士たちの士気は 中々のものだよ。 いや実際、私は“人材に恵まれている”。 出来るなら兵を失うことは極力抑えたい、 そのためにも、君には期待しているよ』 [ 何処か読み切れないその笑みは、 “それだけのものではない”。 この基地で戦う兵士たちを誇りに思い、 失いたくないという言葉通りの感情も、 確かにそこに表れてはいるのだ。] (39) 2020/05/21(Thu) 23:16:46 |
【人】 軍医 ルーク『いやあ、ところで君の武勇伝も中々のものだ。 実際、いい読み物だった。 壁面をよじ登って新種の鳥の巣を観察に行ったり、 開けたら顔面から頭までピンクに染まる染料爆弾を 学問所の教師に仕掛けたり―― ああ、そいつ、 所属学生にしていた陰湿な嫌がらせが発覚して、 今は懲戒処分になったのだっけかなあ。 けれど、君なら引手数多だったろうに、 最前線に勤務することになったというのは―― “色々と言われることもあるかもしれないけれど” 其処は事を荒立てずにいてほしいな』 [ 男は靴音を響かせ、近づいてくる。 黒眼鏡の奥の眼差しが、すっと冷える。] (40) 2020/05/21(Thu) 23:17:57 |
【人】 軍医 ルーク『 まだ、皆に知らせる段階ではない。 あの大穴の向こうに “何” がいるのか。君がいた研究所にいたのが “誰” なのか――…我々を殺そうとしている者たちの、正体を。 物事にはタイミングというものがある。 今はまだ、早い 』 (41) 2020/05/21(Thu) 23:18:59 |
【人】 軍医 ルーク 『けれど、探りたがる手合いも多いだろうから―― そうだなあ、彼らには、 適当な“解答”を用意してやれば、 一先ずは気が済むだろう。 』 [ 荒唐無稽な噂の向こうに、 森に紛れた木のような、もう一つの噂を。 必ずしも事実無根ではない、真実を織り交ぜたものを。 調べれば確かな情報として、分かることだろう。 着任した軍医は、研究所で機獣絡みの極秘任務に携わり、 その研究所で爆発事故が起きた後に、 最前線に送られたのだと。] 『ああ、とはいえ、 困ったことがあったらいつでも相談してほしいなあ。 何せ私も、若い頃は君の父君には世話になった。 これも縁だ』 [ 頷き、すべて受け入れる。 そう、噂の森の向こう、見えるように隠される木は、 そこまで的外れな代物でもないだろう。 もし自分に何かが出来ていたなら、 結末は、変わっていたかもしれないのだから。]* (42) 2020/05/21(Thu) 23:21:13 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a5) 2020/05/21(Thu) 23:29:28 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a6) 2020/05/21(Thu) 23:31:59 |
【人】 軍医 ルーク[ 箱を回収してから数日と経たぬうち、 言い渡された直近の勤務表に眉を顰めた。 残骸の研究に携わる夜の時間が、大幅に増えている。 それ自体は、通信機の回収の一件を考えれば そこまで不自然なことではない。 けれど、その分削られていた箇所は何処かというと、 あのうさぎの『検査』だ。 自分が一人で検査にあたる時間はおろか、 複数人で行う検査に参加する機会すらない。 医療班の班長に何か間違いはないかと聞いてみても、 研究班の方で急な人出が必要になっているらしい、 という答えくらいしか得られない。 それもあながち出任せではないようだったけれど、 どうしても気になることはあった。 生憎歯に着せる衣はもっていない性質だ。 ずばりと、聞いてみた。] (124) 2020/05/22(Fri) 21:41:04 |
【人】 軍医 ルーク 治療の方針が合わないわたしは 外したほうが良いということでしょうか。 あなたも医者なら、 これはおかしいと分かっているはずだ。 [ 問いただされた軍医はたじろぐこともなく、 それもある、と頷いた。 向けられた表情は、形容しづらい複雑なものだった。 聞き分けのない子供に向ける苛立ち、僅かに滲む呵責。 けれど、彼は何も肝心なことは口にせず、 『君の勤務状況も見直しが必要だったからね、 医者の不養生も程々にしておきなさい。 行き届かない自己管理は怠慢と変わらない』 そんな風に、口を噤んだ。 せめて投薬の方針を――と言い募っても、 それは参考にさせて貰うよ、と、 明らかに口先と分かる返答を返されるばかり。] (125) 2020/05/22(Fri) 21:41:53 |
【人】 軍医 ルーク[ 検査記録を見ることは妨げられなかったため、 日々の記録を追いながら、 治療の建前すらかなぐり捨てたような実験めいた処置に、 後から目を通すことしかできない。 誰に訴えたところで、軍の方針に行きつく。 自分には知らされていないところに理由があって、 その理由は、最初の襲撃の顛末だけではない、 あのうさぎ自身に関わりがあることだと、 この頃には、もう確信し始めていた。 “副作用ではない頭痛は、兆候。 その前後の様子はよく見ておくように” 記録されていた指示に、 鳩尾を掴まれたような感覚を覚える。 通信機を回収に向かった夜、 箱を見つけたときのことを思い出す。 頭痛の直後、まるで別人のような様子で、 『機獣の構造を知らなければ』見つけようもなかった 通信機を見つけ出した。] (126) 2020/05/22(Fri) 21:45:16 |
【人】 軍医 ルーク[ 本当なら、報告しなければいけないことだ。 うさぎの記憶にまつわる手掛かりは、 どのような細かいことでも申告するようにと 言い渡されている。 それなのに、口を噤んでいるのは、 頭の中の何処かで強く鳴り響く警戒音があるからだ。 言ってはいけない、口火を切ってはいけない。 そうしたら、きっと、何かが始まってしまう―― そんな、予感だ。 出来ることが、何もない。 手が届くようで届かないところで行われていることを、 何もできずにただ見ているしかない。 そんなどうしようもないもどかしさ、焦燥が、 自身に対する怒りと自責を連れて、 空洞の中で煮えている。 そのような感覚は、 そこまで時間をかけずに自覚することが出来た。 この感覚の元になっているものが、 あのうさぎへの『心配』だと、もう、知っていたからだ。] (127) 2020/05/22(Fri) 21:46:43 |
【人】 軍医 ルーク……しかも、 来ない 。[ 昼時の医務室、椅子にかけている。 音を立てて開いた扉にぱっと視線を向ければ、 ひえっとすくみ上った鹿耳の若い兵士が、 『部屋を間違えましたー!!』 と、まっしぐらに逃げ出していった。 ああ、いつものあれか――と、 ぷいと顔を逸らした自分が、 どれほど不機嫌な顔をしていたかを知っているのは、 いかにもタイミングが悪かったその兵士と、 机の上で溜め息をついているぺんぎんのみだろう。 分かっている、向こうも暇じゃない。 部隊長としての仕事や訓練に加え、検査がある。 まともな空き時間なんてあるわけもないのだ。 ―― 無事に、過ごせていられる状態だろうか。] (128) 2020/05/22(Fri) 21:48:16 |
【人】 軍医 ルーク[ 机の上で、ぎり、と拳を握りながら。 顔を上げて、ぺんぎんに問う。] わたしは、『怒ってる』ように見える? [ ぺんぎんは、それはもう、とばかりに頷いた。 “また近いうちに”>>1:362 その言葉を覚えていたぺんぎんは、 仲間の伝手を辿って、『いいもの』を調達したようだった。 とうもろこしから作ったお茶。 珈琲や紅茶とは違い、苦みも渋みもない。 戸棚のシロップの瓶の横にそっとしまい込まれたそれが、 誰のために調達してきたものであるかは、聞くまでもない。 やっぱりあいつが現れたら、 最初は苦い物の一つも飲ませてやろう、そうしよう。 決意を込めて頷けば、ぺんぎんは、 おてやわらかに……とでもいうように、 首を竦めたものだった。]* (129) 2020/05/22(Fri) 21:49:23 |
【人】 軍医 ルーク ―― 現在・医務室 ――[ 駆け込んできた足音は、ひどく慌てているようだった。 耳に飛び込んできた声に、 フードの下の白耳がぴくりと動く。] ――…、 ん…… [ それが誰のものであるかを認識すれば、 ぐらぐらと揺れていた意識が思考を結ぶ。 最初に思ったのは、何故このような時間にということ。 検査の時間でもない、夜の時間。>>70 次の瞬間、思いついた可能性に、 霞がかった思考がざっと晴れた。 身をよじり、腕をついて身体を起こそうとする。] すぐ、起きるから。 どこか、具合が悪いなら―― [ 椅子にでも座って待っていてほしい、 そう言おうとしたのだけれど、 痛みと吐き気にまるで身体に力が入らない。 声だって、音になっていたか怪しい。] (144) 2020/05/22(Fri) 22:25:18 |
【人】 軍医 ルーク[ 記憶が戻る兆候、頭痛、 “あと少しだろう”と皆は言っていた。>>63 通信機を回収しに行ったあの晩に感じた感覚は、 そう、『心配』だけではなくて、 恐怖にも近く、痛みにもひどく近い。 何に対する恐怖であるかは、分からないけれど。 明け方の見張り台で、 あの日記を読むときに感じる痛みと、 どうしてか、ひどくよく似ているのだ。 ――… 遠ざかる何かに、 必死に手を伸ばすような。 間近に見えたのは、赤い目だ。>>72 いつもの穏やかな様子とは ずいぶん違った表情をしていたけれど、 それでも、“変わらない”、あのうさぎのものだった。] (146) 2020/05/22(Fri) 22:28:15 |
【人】 軍医 ルーク[ ぺんぎんは、辺りをおろおろと駆けまわっていたけれど、 飛ばされた指示にはっと我に返り、 鍵のかかっていない方の戸棚に大急ぎで駆け寄る。 勝手知ったる医務室、 必要なものをかき集め、両の羽に抱えて ぺたぺたと戻って来た。 どうやら、あの頭痛があったわけでも、 具合が悪いというわけでもないらしい――… そうと気づけば、力も抜ける。 床にぐったりと横たわり、 腹部に手を当て、痛みをやり過ごそうとする。 内臓まではやられていないだろう、休めば問題ないかと、 頭はそう判断するものの、 痛みというのは思考でどうにかなるものでもなかった。 ローブにかけられた手の感触を感じたが、 なされるが儘に動かない。] (148) 2020/05/22(Fri) 22:29:59 |
【人】 軍医 ルーク[ はぎ取られたフードと黒いローブの下、 白い狐耳があらわれる。 身体を庇うようにくるりと胴に巻き付いた尻尾は、 普段は外には出さないもの。 白く柔らかくふわふわで、 胴回りよりも尾の方が豊かな程だ。 降ったばかりの新雪と同じ色――と例えるには、 この世界にそれがない。 捲れた服の裾から覗く足は、両方とも金属色の義足。 もし、怪我を探そうとローブの下のシャツをはぎ取るなら、 一切止めようとしないのでそれは簡単なことだろう。 腹部の殴打には、痣は残りづらい。 肉付きの薄い体には、目に見える傷は殆どない。] (149) 2020/05/22(Fri) 22:31:00 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a16) 2020/05/22(Fri) 22:35:56 |
【人】 軍医 ルーク ―― カイキリア ――[ 身をよじり、身体を動かそうとする。 けれど、からり、と手元の破片が音を立てた、それだけで。 そうだ、繋いでいた手が、あったはずだった。 首を傾ける。 小さな傷だらけの手は、確かにそこにあった。 自分の右手と、つないだままだった。] (151) 2020/05/22(Fri) 23:00:05 |
【人】 軍医 ルーク[ ――… ] 『ルウのおとうさんは、 随分…強烈なひとだったんだねえ』 [ 自分の話を聞き終えた彼女の第一声は、 それだった。>>0:6>>0:7 両親の話を聞かせてほしいと言うから語ったのに、 聊かならず、引いている。 じゃあ、君の親は? そう聞いたら、嬉しそうに色々なことを話し出した。 “話しても良い”と、彼女が判断したことだろう。 本当の両親ではないのだけれど、それは優しい人たちで、 自分に色々なことを教えてくれたのだという。 ――帰れるのだろうか、彼女は。 胸を鷲掴みにされたような息苦しさを、 表情に出すことは必死で抑え、“医者”の顔を作る。] (152) 2020/05/22(Fri) 23:00:58 |
【人】 軍医 ルーク[ 白い部屋だった。 寝台も、床も、壁も、すべてが真っ白で、 いっそ現実味を失うようなその空間には、 あるべきものがひとつ、ない。 窓のない部屋は、病室というよりは囚人を閉じ込める檻。 まるで白紙の世界に放り出されたかのような、 耳が痛くなるような静寂の底に、 自分たちの声が吸い込まれて行く。] さて、傷を見せて。 体調に変化は? 『えー、もっとおしゃべりしようよ。』 ん、何の話をするんだい? 『ルウの尻尾の話』 なにゆえ 『えー、だってすごくもっふもふで、 触り心地が良さそうなんだもの。 ね、触らせてー!』 [ 寝台の上に胡坐をかき、屈託なく笑う子供。 その笑顔が自分に向けられるたびに、 胸奥がぎしりと軋む。] (153) 2020/05/22(Fri) 23:02:18 |
【人】 軍医 ルーク[ 自分は、そのような表情を向けられる資格がある人間じゃない。 そのことは向こうだって、分かっているはずなのに。 父の死を切欠に、機獣の謎を解き明かしたいと望み、 この研究所に配属になった。 業績を重ね、医者としての腕にある程度の信を 置かれるようになった頃。 一つの任務が与えられた。 “機獣とともに回収された、 天の穴の『向こう』からやって来た子供を、 すべての情報を引きだすまでは 心身共に、情報収集に差し支えない 最低限の状態に保つこと。” ] * (154) 2020/05/22(Fri) 23:07:43 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a19) 2020/05/22(Fri) 23:11:27 |
【人】 軍医 ルーク ―― 回想:第二研究所 ――[ 天の穴の向こうから来た人間。 それが意味するところは、一つだった。 機獣はただの災厄ではない、 送り込んでくる者たちがいるということだ。 あれが生物ではなく機械の一種であることを考えれば、 それは当然とも言えたのだけれど、 この世界の“上”にもう一つの世界があって、 そこに住まう者たちが自分たちを滅ぼそうとしていることは、 頭の中の世界がひっくり返るような衝撃ではあった。 ――天の向こうには、世界がある。 父の話を思い出す。 その父は、現れた機獣に襲われて死んだ。 彼女は、仇と呼ばれる存在であったのかもしれない。 けれど、日々身体を切り刻まれ、 その小さな体に傷を増やしていく子供を そのような目だけで見ることは、 どうしたって出来そうもなかった。] (176) 2020/05/23(Sat) 10:30:49 |
【人】 軍医 ルーク[ 捕虜から情報を引き出そうとするのは当然のこと、 増して自分たちが滅ぼされようとしている瀬戸際だ。 そう思おうとしても、どうしても見過ごすことが出来なくて、 せめてやり方を変えることは出来ないのかと訴えた。 諭すように、けれども苛立ちを隠さず、上司はこう言った。 “人道主義も結構だが、付き合っていられる状況ではない。 彼女から引き出される情報は、確実に我々の有利となる。 君の自己満足に付き合って、 手の内にあるそれをみすみす逃し、 何百何千という人が死ぬことになってもいいという、 それだけの覚悟で言っているのか? 君は汚れ役は周りに任せて、 感謝される役回りを与えられた。 その上で綺麗事を重ねるのは、 虫が良すぎるというものだ。 おままごとも程々にしておきなさい” どれ程食い下がっても、出来ることが何もなかった。] (177) 2020/05/23(Sat) 10:31:46 |
【人】 軍医 ルーク[ なかったのだろうか? ほんとうに? もし本気で状況を変えようと、 死に物狂いで戦ったなら、 結末は変わっていたのではないだろうか。 それをせずに、状況に流されるままに甘んじて。 恨まれて当然だった。 自分も、彼女を傷つける者たちと変わらないというのに、 その子供は、恨む素振りを見せなかった。 ――少なくとも、表立っては。 時折こっそりと持ち込む菓子を、嬉しそうに頬張る。 食べることが大好きで、 美味しいものを食べると何より幸せそうにする、 そんな子供だった。] (178) 2020/05/23(Sat) 10:34:13 |
【人】 軍医 ルーク お願いがあるの。 [ ある晩、彼女はそう言った。 取り替えていた包帯の下の、治りかけの腕の傷は、 治ろうとする端から再び抉られ、開かれて、 無残に化膿しかけている。 目を逸らしてはいけないと、震える指先を押さえつける。 ――自分が抉っていると変わらない、そのような傷だ。] お願い、何? [ 心臓がどきりと跳ねた。 自分に出来ることは多くない。 彼女が望んでいるであろう、此処から逃げ出すことも、 天の向こうにいるという、 “おとうさんとおかあさん”のところに帰ることも、 叶えることは、許されない。] (179) 2020/05/23(Sat) 10:35:31 |
【人】 軍医 ルーク 『おとうさんとおかあさんと、お話がしたい。 わたしを、機獣のところに連れて行って。 話をするための機械があるの』 [ 心臓が早鐘のように打つ。 それは、どうしたって、無理な相談だった。 彼女が機獣と共に降りてきた存在である以上、 接触させることなど許されるはずもない。 それがばらばらに分解された残骸であっても、だ。 “天の向こう”と連絡を取るなど、 ことによっては致命的な事態だ。 それは駄目だ、と首を横に振る自分に、彼女は言った。] 『わたしが何かおかしなことをしようとしたら、 その銃で撃ち殺してしまって構わない。 お願い、ひとことだけでいい。 わたしから話すだけでもいいから、 死ぬ前に一度だけでも、話がしたい』 [ 彼女の視線は、服の下、 支給品の銃が隠れているその場所に定められていて、 ああ、彼女は知っていたのかと、そう悟る。 両親と、ひとことだけでも話がしたい。 その望みが、杭のように胸に刺さる。] (180) 2020/05/23(Sat) 10:36:47 |
【人】 軍医 ルーク [ ――… ] [ 機獣の残骸が保管されている一画は、 研究所の北側に増設された巨大な格納庫。 人気もなく、見張りも少ない 此処は軍事基地ではなく研究所だ。 機密性は極めて高いが、 内側から忍び込むことは不可能ではなかった。 直ぐに頷いたわけではない。 けれど、“両親とひとことだけでも話したい”と、 必死に、残りの命を振り絞るようにして訴える子供から 最後まで目を背けることが、 どうしても、出来なかったのだ。 伽藍とした、天井の高い格納庫に、 整然と並べられた機獣の残骸は、 生き物の骨のような、亡骸のような、 酷く奇妙に捻じれた死を感じさせる光景だった。 腕であったもの、脚であったもの、胴であったもの。 並べられた残骸を見渡し、 子供はその中の一つ、“箱”に駆け寄る。 自分も、周囲を警戒しながらその後に続いた。 もし彼女が機獣に何かする素振りを見せたら、 通信でおかしなことを一言でも話そうものなら、 そのときは――引き金を、引かなければいけない。] (181) 2020/05/23(Sat) 10:38:06 |
【人】 軍医 ルークそれが、通信機? [ 彼女は頷き、箱に手を当てて何かの操作をする。 外殻らしき金属の箱の表面の小さな蓋を開ければ、 黒く滑らかな板が顔を覗かせる。 それに彼女が指をあてれば、箱が開き、 中からさらに小さな機械が現れた。 彼女の指先が、ボタンを操作する。 ピッと耳慣れない甲高い音が響き、青い光が点灯した。 ―― そのときのこと、 視界の片隅で、何かがきらりと光った。 全身が泡立つ。 背中にぞくりと走ったそれは、本能的な警戒。 考えるよりも先に身体が動き、 咄嗟に、彼女を引き戻して横に飛ぶ。、 それまで彼女がいた場所を僅かに逸らし、 床にぴしりと、何かが突き立つ固い音がした。] (182) 2020/05/23(Sat) 10:39:23 |
【人】 軍医 ルーク[ 目の前が真っ白になる。 格納庫に明かりが灯り、 暗闇にいた目が明るさに慣れずにいるうちに、 格納庫の扉が開き、なだれ込んできた兵士たちが、 見る間に自分たちを取り囲んだ。 銃口が突きつけられる。 彼女に、そして自分に。] 『泳がせておいて正解だった。 案内ご苦労、 “良い警官と悪い警官”というのは、 古臭い手だが悪くない、 君はいい仕事をしてくれた』 [ 上司はそう言って、青い光を放つ通信機に指を伸ばした。]* (183) 2020/05/23(Sat) 10:40:03 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a22) 2020/05/23(Sat) 10:41:04 |
【人】 軍医 ルーク[ それは、医務室に現れないうさぎに、 やっぱり苦いものも飲ませてやろうか――なんて、 ぺんぎんに話をしていた、すこし後のこと。 勤務時間が変わり、明け方に見張り台に向かうことは 難しくなっていた。 今はもう、あの場所に向かう目的は、 大穴の観察だけではなくなっていた。 あのタブレットには、今日も日記が記されているだろうか。 前回自分が記したことにどのようなことを思われたか、 ざわつきのようなものはある。 それは――おそらくは、“不安”。 けれど、そのようなものよりも。 日記の内容と、自分に向けて記してくれた言葉たちを 思い出すたびに、 心臓が鷲掴みにされたような痛みを感じる。 “心配” ――そう、それと似たもの。 そして、望み。 胸を刺すようなそれは、 そうだ、もしかしたら――“切望”。] この心は、なんだろう。 わたしは、何を“思って”いるのだろう? 痛みと願いが同じ場所にある。 手を伸ばしたいと。 その手は、何を望んでいるのか。] (190) 2020/05/23(Sat) 12:07:58 |
【人】 軍医 ルーク[ 明け方でも夜でもない、夕食時の時間帯。 空き時間を漸く見つけ、外壁に向かう。 いつもよりは人の目も多いだろう。 見つからないようにと注意を払いながら、 人の気配がなくなった隙に、いつもの机へと歩み寄り、 タブレットを取り出す。 ノートには、また新しいページが増えていた。 いつもと同じ出だし、日記が書かれた日の日付。 最初の一文を読んだとき、 タブレットを持つ手が、震えた。 音が遠ざかる。 まだ静まり返ってはいない基地の、ざわめきの音、 足元にいるぺんぎんの、心配そうに小さく立てる鳴き声。 すべての音が遠ざかり、目の前が暗くなるようだった。] ……、 いやだ [ 声が震える。 それでも、続きを読む。 書かれているすべてを、目に焼き付けるように。 その先を読むことで、一文ごとに突きつけられる真実から、 もう、目を逸らすことは出来なくなっていたとしても。] (191) 2020/05/23(Sat) 12:09:58 |
【人】 軍医 ルーク[ 前回の日記で既に、自分は気付きかけていたのだと思う。 目の前にある真実の前に立ち竦んで、 扉に指をかけることが、ひどく恐ろしくて。 日記の主の見ている景色を、 いつものように、想像しようとする。 足元に空いた穴に落ちてゆくような 自身の今の感覚と、 ひどく、同期するような光景ではあった。 そこには、書いてある。 もう、気づかなかったことには出来ないほどに、はっきりと。] (192) 2020/05/23(Sat) 12:10:41 |
【人】 軍医 ルーク[ 日記が終わる。 自分に当てた返事の前に、ひどく長い空白があった。 まるで、記したばかりの日記を、 続きを書いている自身の目から 遠ざけようとでもするかのように。 息が出来ない。 目も、耳も、手も、もう自分の物ではない脚も、 そのすべてが言うことを聞かずに、 ばらばらになってしまったようで。 最後まで読みとおし、俯く。] ……、 氷菓子食べ放題、か、 ほんと、莫迦…… [ それは、もう何処にもない、 過去の世界が残した刻の名残。 綿のように降り積もる、白いちいさな氷の欠片。 いまはもう、ひとが住むことすら出来なくなってしまった、 此処ではない、どこかの世界。 氷菓子の話を書いていたそのひとは、 書きながら、ほんとうは、何を思っていたのだろう。] (194) 2020/05/23(Sat) 12:12:27 |
【人】 軍医 ルーク[ 呼吸を忘れかけた喉の奥が、 ひゅう、と泣くような音を立てる。 そのひとは、手を伸ばし、写真を掴もうとした。 その写真は自分の記憶の中で、 父が最期まで身に着けていた、あの写真になる。 在りし日の母と幼い頃の自分が写された、 一枚の写真。>>0:60 父が発掘した、タブレットより遥かに単純な造りの写真機が、 写しだしたもの。 そうだ、もし自分の想像が合っているとするのなら、 この日記の主は。 死んだ残骸の降り積もる、伽藍洞の身体。 そのすべてが、叫んでいる。 体中が内側から切り刻まれるような痛みに、 溢れ出すような奔流に、 その正体も分からぬままに、指が画面に触れる。] (195) 2020/05/23(Sat) 12:14:22 |
【人】 軍医 ルーク[ そこまで書いたときのこと、] 『誰だ!?』 [ 人の気配に、はっと顔を上げる。 そこにいたのは見張りの兵士だ。 書くのに夢中になっていて、 戻ってきているのに気づかなかった。 兵士はこちらが誰か気付いたようで、 げえっと嫌そうな顔をしたが、 ここで何をしていたのかと尋ねてくる。] ……大穴の調査。 わたしは、研究班の所属でもあるから。 定期的に観測してる。 [ 嘘はついていないが、すべてを話してもいない。 観測は自分の担当ではない。 ただ、研究班の所属であることと、 穴の調査のために赴いていたことも嘘ではない。 手続きをとっているわけではないから、 詳しく調べられたら咎められることもあるかもしれないが。] (196) 2020/05/23(Sat) 12:19:46 |
【人】 軍医 ルーク[ 兵士はまだどこか納得がいかないという顔をしていたが、 調査が済んだならさっさと戻るようにと言い渡し、 手の中のタブレットに視線を向けてきた。 赤い袋に仕舞い、咄嗟に懐に入れる。 観測に使用していると思ったことだろう。 だとしたら、私物があれこれと入っている引き出しに 入れて戻るのは不自然すぎる。 見張り台を離れ、階段を下りる。 ぱたぱたとついてくるぺんぎんの足音。 分かれ道で立ち止まり、兵舎へと視線を向けた。] (197) 2020/05/23(Sat) 12:20:35 |
【人】 軍医 ルーク[ 伝えなければいけないことがある。 最後まで書けなかった日記の続き。 踵を返し、一度は医務室へと足を向ける。 戸棚の中の『お返し』、 ひっそりと鍵をかけて仕舞っておいたもの。 それを取り出しに。 自分に出来る限りの早足で医務室へと向かい、扉を開けて] 『遅かったな』 [ 犬耳のその兵士が、そこに待ち受けていた。] へえ、わたしを待ってたんだ。 それは実に物好きなことだなあ。 [ そんな風にへらりと笑ってみせながら、 懐から取り出した赤い袋を、ぺんぎんに渡す。 これから何があっても、壊されることがないように、 どこか安全な場所に置いて、と。 だから、医務室を訪れた者は、 気づくことも出来るだろう。 ぺんぎんが咄嗟に戸棚に置いた、 赤い袋の中のタブレットの存在に。]* (198) 2020/05/23(Sat) 12:23:52 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a23) 2020/05/23(Sat) 12:28:42 |
【人】 軍医 ルーク[ 軍医なのに名前で呼ぶのはおかしいと、>>200 その言葉に、改めて思い知らされるのは、 日頃の『検査』での彼の扱いで。 何もできずにいた自分自身を、 どうしようもなく知らしめられる。 口にしたその名前は、願いのようでもあったと思う。 あの日記を読んでしまって、 いくつものことに気付いてしまった自分が、 いま、何よりも恐れていること。 そして、何よりも――望んでいること。 ここに居るのは僕だと、 そう告げてくれたのはきっと、 自分を害した人間ではなくここにいるのは彼だと、 そう知らせてくれる言葉だったのだろうけれど。 自分には、別の意味に聞こえた。 打たれ、切られた傷口よりも遥かに痛く、 今も透明な血を流し続ける胸の奥の空洞に、 そっと手を当ててくれているような。 ――… 君は、君のまま、ここに居るのだと。] (219) 2020/05/23(Sat) 20:55:21 |
【人】 軍医 ルーク[ 間近に見たその赤い瞳は、変わらず彼のものだった。 けれど、痛みに歪む視界がふっと像を結べば、 否応なく、異変に気付く。 数日前、通信機を探しに外出した時とは違う。 まるで何日も寝ていないような、目の下の酷い隈。 顔色も悪く、疲労の色を隠せずにいる。 あの日記の、最初の一文を思い出す。 起こりつつある何かが、どうしようもなく心臓を揺さぶり、 全身の血が凍り付きそうな“恐怖”を感じる。 殴られたときの方が遥かにましと思えるほどに。 声を出そうとしても、出なかった。 “痛み”に身体を抑えながら、蹲る。] (220) 2020/05/23(Sat) 20:56:03 |
【人】 軍医 ルーク[ 身体が床を離れる。 抱え上げ、運ばれているようだった。 背に当たる義手の感触は、固い金属のもので、 検査の折に、あるいは戦闘の後に担ぎ込まれてきた時に、 幾度となく見たことがあるものだった。 ――… 金属の片腕を持つ彼と、金属の脚を持つ自分。 お揃いのようだと思った言葉は、 そのまま口にせず、飲み込んだ。 この両脚は、彼の片腕とは違う。 その腕がどういうものであったかが、 いまのわたしには、朧げに分かる。 けれど、彼がその腕を、 この基地の者たちを“まもる”ために、 身を削りながら使ってきたことを知っている。 わたしのこれは、罪の証。 何一つ出来ずに、目の前の命を死なせた。 寝台に寝かされれば、柔らかな布の感触が身体を包み、 呼吸がいくらか楽になる。 無意識のうちに体に巻き付いていた尻尾に、 優しい手の感触が触れた。 その手に触れられているうちに、 少しずつ、身体のこわばりがほどけてゆく。 やがて、ふにゃりと力を抜いた白い尻尾は、 抵抗せずにそっと脚の後ろに横たわる。] (221) 2020/05/23(Sat) 20:57:53 |
【人】 軍医 ルーク[ 治療の際に身体を見られることに、抵抗はない。 こくりと小さく頷き、目を閉じる。 診る前に相手を安心させる術というなら、 患者の目の前に出る度に叫ばれる自分はどうなるという話だ。 大人しくそのままじっと待っていたのだが。] ……。 [ なんだろう。 何か、様子がおかしいような。 てっきり打たれた腹の辺りを見られるのかと思っていたら、 喉の辺りに触れられて、身体がぴくりと跳ねた。 それから、胸元。 重そうに首を傾げ、じー、と見上げてみる。 見上げた赤いうさぎは、 それはもう見事に赤くなっていた。] (222) 2020/05/23(Sat) 20:58:38 |
【人】 軍医 ルーク[ 何やら慌てはじめた彼の下に、ぺんぎんがやってくる。 背伸びしてガーゼや消毒薬を差し出して、 勢いよく褒めて撫でてもらえば、 おてつだいできた、えらーい! と 両手を挙げてくるくるはしゃぐ。 必要なものを持ってこられたことを褒められたのだと、 全く疑っていない顔だ。 それからも、 ボタンを嵌めようとしてもなかなか嵌らなかったり、 (本人は気付かなかったようだが、結局一つずれていた) 頬の消毒液がだばー、と枕の方に落ちて行ったり、 中々に、中々のことになっている。 手当てが終わると、ふらふらと立ち上がり、 医務室の隅っこで丸くなってしまった。 ……後ろを向くと尻尾が見えるなあ、と思った。] (223) 2020/05/23(Sat) 21:01:06 |
【人】 軍医 ルーク[ 彼が何に動揺しているか、この頃にはさすがに気付いている。 間違えられることは二度三度ではないから、 なんかもう面倒くさくなって、 一々訂正することもやめてしまっていたのだが、 やはり勘違いされていたか。 先ほど触れられた胸元に、自分の手を当ててみる。 我ながら自己主張というものが感じられない手触りだった。 もう一度医務室の隅に視線を向けると、 赤くふわふわした塊が、ぷるぷると震えている。 それを見ていると、久しぶりにこう、 擽られるものがあるというか。] 手当をしてくれて、ありがとう。 ところでさ、 [ 休めたのが良かったのだろう。 先ほどよりは幾分しっかりした声で、 その後姿に声を投げかける。] (224) 2020/05/23(Sat) 21:02:11 |
【人】 軍医 ルークそうか、合わせる顔がないのかあ。 なら尚更、顔を見せてもらわないと? ああ、そうだね、それじゃあ、 その耳、触らせてもらおうかな? それでお相子。 [ もし彼が振り返ったなら、 寝台に横向きに横たわり、両手を差し出し、 擽るように指を動かしている様子が見えるだろう。 いつぞやの結ぶ結ばないの話を覚えているかは、 さあ、どうだろう? なお、声に出すときに“きみ”と呼び続けていた自分が、 内心では、うさぎ、と思っていたのは、 その赤い髪から覗く、感情豊かな耳を、 つい目で追いかけてしまっていたから。 もし動かずにいるなら、 此方から這い寄ってやるくらいの心算だった。] (227) 2020/05/23(Sat) 21:05:03 |
【人】 軍医 ルーク[ 彼のいる場所のすぐ近くにあのタブレットがあるのに、 気付く余裕もないようだった。 こんなやり取りは、 向こうはそれどころではないかもしれないけれど―― 暫く前までの自分たちを、思い出させるものでもあった。 それは懐かしいようで、 けれど、沢山のことを知ってしまった自分は、 もう何も知らずにいたあの頃には戻れない。 戻りたいとも、思わない。 少しずつ、正解も分からずに、 暗闇で組み立ててきた硝子の破片のパズル。 出鱈目につながりながら、音を奏で始めたピアノ。 告げたいと思うことが、たくさんある。 渡したいと思うものも。] (228) 2020/05/23(Sat) 21:06:15 |
【人】 軍医 ルークああ、そうだ、 どうせならもう一つ頼んでもいいかな? そこの戸棚に鍵がかかってるんだ、 開けて、中を見て。 耳を触らせるのと、鍵を開けるの、 二つ合わせて、さっきのとお相子だ。 [ ぺんぎんが、ぱあっと表情を明るくする。 机の引き出しを開けて鍵をとってきて、どうぞ、と渡した。 その顔だけで、何があるか分かってしまいそうなものだが、 棚を空ければそこには、 瓶に入った薄桃色の苺シロップと、 砂糖漬けの苺で作った小さなジャムの瓶があるだろう。 ぺんぎんが調達してきたとうもろこしの茶の袋も。 確認したいことがあったという、 その話も気になっている。>>1:362 そして、自分も。 まだ気付かれずにいる棚のタブレットを、 それとなく視線で確かめた。 この先にあるものが、何であったとしても、 踏み出したいと、強く、願っている。]* (230) 2020/05/23(Sat) 21:11:21 |
軍医 ルークは、メモを貼った。 (a25) 2020/05/23(Sat) 21:15:34 |
【人】 軍医 ルークふうん、そうか、 見た目では分からない… 君は目は良さそうなのに、 見た目では分からない。 [ わざとらしく念押ししてやって、 耳に触れたいという要求に、項垂れるのを見る。 結ばれるのを想像しているのか、 手でふにふにしている長い兎耳は、 やはりふわふわで表情豊かだった。 そして当人も、思い出せば、やはり表情豊かだった。 苦い薬を飲まされそうになってぷるぷるしていた様子だとか、 怪我をした自分をひどく心配してくれた顔とか、 先ほどの動揺して赤くなっていた様子だとか―― (余程びっくりしたのだろうか) ――… 最初は、感情がない機械のようだったと、 『命令を聞くだけの機械のようだと 夢を見ている僕が感じた、夢の中の僕が。』 そう、日記には確かに書いてあったのだ。 また、言い表すことが出来ない感覚が、 胸の内にぎり、と広がる。 自分が、そんな表情たちを、 こんなにも覚えていることに気付いた。] (299) 2020/05/24(Sun) 4:05:08 |
【人】 軍医 ルーク[ ぺんぎんに案内されて戸棚を開くころには、 その中にあるのがなんであるのかを、 彼も凡そ察していたようだ。 表情は後ろ向きでよく分からなかったけれど、 嬉しそうな声は聞こえていたし、 何より、尻尾が実に機嫌良さそうに揺れていたりする。 シロップの瓶と、ジャムとお茶。 眺めたり香りを確かめたりしている様子を、 寝そべったままに見ている。 その顔がぱっと明るく綻ぶのを見て、 自然と、口元がゆるやかに動く感覚があった。 ――やっぱり捨てたりしなくて、良かった。] 味見はしてないから、 味の保証は出来ないよ。 なんてね、 実は味見についてはいい助手がいた。 [ そう言って、うさぎの足元のぺんぎんを見遣れば、 まかせて! と胸を張っていた。] (300) 2020/05/24(Sun) 4:07:08 |
【人】 軍医 ルーク あげようと…? [ スープなんてどこにあるのだろうと思っていたら、 机の上にパンとスープがあった。 僅かな違和感に、目を細める。 気付けば、思考は早かった。 医務室を訪れるだけなら、夕食を持ってくる理由はない。 今にして思えば、医務室に助けに来てくれたのは、 ぺんぎんが呼びに行ったからではないだろうか。 だとしたら、持っているのは自分の夕食。 それ、君のだろう。 わたしはいいから。 そう言いかけて、その量が彼の物としては あまりに少ないことに気付く。 食堂で部下たちと一緒に食事をとっている姿を、 幾度となく見てきた。>>0:69>>0:179 トレイで運んでいたということは、一人で自室で? まるで何日も眠っていないような、ひどく消耗した顔色。 医者の自分と、“わたし”としての自分が 同時に口を開きかけ――… 噤んだ、いまは。] (302) 2020/05/24(Sun) 4:10:44 |
【人】 軍医 ルーク[ トレーの上のスープとお茶が湯気を立て、 パンとジャムの小瓶とスプーンが添えられて。 少しでも自分で食べてもらいたかったものだから、 ジャムとパンを食べてみたい、という言葉には ほっと息を吐いた。] 全部半分ずつじゃ駄目かな? せめてパンと一緒に、 そこの茶も飲んでやるといいよ。 ぺんぎんが君のために見つけてきたやつだから。 [ 足元で、期待に満ちた眼差しで見上げている一羽を指さす。 いつものような、緊張のない緩い笑顔は、 以前よりは近く感じられもする。 そんな表情の一つ一つに、 呼吸が楽になるのを感じている自分がいる。 視線が合う。 何かまた赤くなっておかしな表情をしているけれど、 わたし、何かしただろうか、 そう思って首を傾げるけれど、 そんな此方の表情は、常になく穏やかなものだっただろう。] (306) 2020/05/24(Sun) 4:12:20 |
【人】 軍医 ルーク[ 耳を差し出されれば、くすりと笑う。] ん、じゃあ遠慮なく? [ わあ、これ本当に結ばれると思ってる。 本人にしてみれば、笑いごとではないに違いない、 耳を乱暴にされる痛みは、自分にも分かる。 痛みに強いと言っても、こればかりは別だろう。 言葉通りに遠慮なく手を伸ばし、赤く長い耳に触れる。 予想通り――というか、 予想よりもずっと柔らかくてふわふわなその耳に、 そっと触れて、撫でた。 壊れやすい大切なものに、そうするように。 きっと、自分の指は以前のように冷たいだろうけれど、 以前よりはほんの少し、温かみが灯っているような、 そんな気もしている。 暫くの間、黙ってそうして手で触れて、離した。] (307) 2020/05/24(Sun) 4:14:16 |
【人】 軍医 ルーク じゃあ、これでさっきのはもういいよ。 [ そう言って、パンを半分にして差し出した。 自分の分から少し分けて、ぺんぎんにもご相伴だ。 基本的に燃料補給で動いているが、 飴を食べるくらいだから、驚くほど此奴らは雑食である。 スープの方も、半分にさせてくれるなら良いのだけれど、 そうでなかったとしても、 水よりも味がしないそれをひと匙ずつ大事に貰う。 幸せそうにジャムを付けたパンを頬張る表情が 見えていたものだから、 それを見ていた自分も、 きっと美味しそうに食べているように、 出来ていたに違いない。] (308) 2020/05/24(Sun) 4:16:24 |
【人】 軍医 ルーク[ 食事が終わり、寝台の上に身体を起こしたまま、 ごちそうさまでした、と挨拶一つ。 そうして、先ほどスープを温めてもらっているときに、 こっそりぺんぎんに持ってきてもらっていたものを、 毛布の下から取り出した。 赤い袋に入った、タブレット。] 今日は最後まで書けなかった。 いつもと違う時間だったから、 書いてる途中で見張りに見つかって、 怪しまれそうだったから、 一度そのまま持って来たんだ。 だから、途中なのだけれど――… ここで、読んでほしい。 [ 顔を上げ、真っ直ぐに彼を見る。 “感情”のままに書き散らした、ひどく乱雑な記述は、 もしかしたら、見るに堪えないものかもしれないけれど、 紛れもない自分の本心だった。 途切れて最後まで書けなかった続きを、伝えに来た。 袋からタブレットを取り出し、手渡す。] (310) 2020/05/24(Sun) 4:17:29 |
【人】 軍医 ルーク[ 自分が気付いているのだということを、 知ったことを、 言葉にして話しはしなかった。 先が見えないほどの困難が、 行く先にはきっと待ち構えている。 けれど、それをどうしようもないものだとは、 もう、思いたくない。 そうして、手渡したそれを、 彼が読んでくれたとするなら、 わたしは、書くことが出来なかった“続き”を、 彼の目の前で、この指先で綴るのだ。 ひとに比べれば書くのは早い方だけれど、 もしかしたら、まどろっこしい形かもしれなくて。 足取りのように、遅いものだけれど。 急ぐ性格じゃあないと、言っていたから、>>1:233 最後まで見ていてくれるに違いないと、そう信じて。] (311) 2020/05/24(Sun) 4:18:40 |
【人】 軍医 ルーク[ そう綴ったなら、再び顔を上げ、向き直る。 この全身を突き動かすような、 押し流し、溢れるような、何か。 いつしかそれは、硝子のようだった紫の目から溢れて、 ぼろぼろと頬を伝う。 床に足をつき、タブレットを枕元に置いて立ち上がる。 少しだけ、時間はかかったけれど。 自分の足で立っている。歩み寄る。 涙を拭うこともせず、その赤い目を見上げた。 真っ直ぐに伸べた両の手は、 もう、届かないことを確かめるように 空へ翳すためのものじゃない。 ] (312) 2020/05/24(Sun) 4:22:21 |
【人】 軍医 ルーク[ その両手で、 強く、抱きしめた。 離さないと、繋ぎ止めようと。 ことばだけでは伝えられない心を、 伝えるように。]* (313) 2020/05/24(Sun) 4:23:44 |
【人】 軍医 ルーク[ 夜の静寂を、ばたばたと破る足音があった。 追って来たらしい警備兵との廊下の問答を、 自分から扉を開けて遮る。] 『やあ、今日も夜更かしだねえ、ジルベール。 ああ、彼女はいいんだ、 技術班長でね、何か変わったことがあったら、 いつでも此処に来てくれるように頼んでいる』 [ 警備兵にそう告げながら、 駆け込んできた彼女の顔を見て、 その表情からすっと笑みが消える。 彼女は、回収された通信機を手に、 勢い込んで口を開いた。] (315) 2020/05/24(Sun) 4:26:07 |
(a27) 2020/05/24(Sun) 4:32:18 |
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