それは、何処にでも居る男のうちの一人が聞いた噂。
「人魚姫がただの人間になった」という話。
その知識は、即座に『本物』の彼へとフィードバックされる。
男は、多くの騒ぎに関わっていた。
恐らく、一連の件で最も疑惑を集めているだろう。
けれども、実の所。
男は、誰よりも薬を拒んでいるだけに過ぎなかった。
唯でさえ垂れ流し状態の、制御出来てない、自己の定義さえ
曖昧になるような危険な異能が、更に変質して堪るものかと。
別に、騒ぎの主犯を摘発しようとしていた訳でもない。
ただただ、自己の身に降り掛からないでもらいたいと。
自信もあった。
逃げる事・隠れる事に関しては、最強に近い異能だったから。
鏡沼創には、確固たる自己が無い。
“鏡沼創”の認識を何と定義するかで、何にでもなれるから。
他人の定義によって、容易く揺らぐ存在だから。
けれども、鏡沼は今確かに“怒り”を感じていた。
紫煙を燻らせるだけでは、落ち着かない程度には。