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【人】 荊冠の王 ヴィルヘルム[ 床に足が着くと共に霧と驚異は去ったが、 体重を支える事も当然叶わずに崩れ落ちる。 生まれて初めて膝を折ったのが宮中だとは、 歴史書でさえ語る事のない、一人だけが知る事実。 視覚を取り戻していけば、追い縋る様にして腕を伸ばした。 幕を閉じる場所は其の腕の中でありたいから。 ] [ 死に物狂いで血の海を這い、 よく知った温度に辿り着く頃には 既に足の先が感覚を失くしている。 燃える様な痛みは寒さへと変わり、 平等で残酷で耐え難いものが 背後に迫る恐怖に襲われる。 ] ( 終わりが、来る────……其の前に。 ) (47) 2020/12/12(Sat) 4:31:50 |
【人】 荊冠の王 ヴィルヘルム[ 温もりを頼りに破れた衣服の上を掌で辿り、 震える指先で首筋と垂れ落ちた髪に触れる。 最期の力はこの為だけに使う。 その顱が引かれる儘に下がり、距離が零になれば。 ────噛み付く様に、渇いた唇を奪った。 [ からん、からんと音を立て、 黄金の冠が血濡れた階段を転がり落ちていった。 ] (48) 2020/12/12(Sat) 4:34:31 |
【人】 ヴィルヘルム[ 柔らかな肉を貪ると同時に、舌を突き入れて。 上から覆い被さる様にして首を伸ばした。 甘い、何処までも甘い蜜を口端から零しながら 血と唾液の混ざり合った其れを咥内へ注ぎ込む。 快楽等ある筈もないが、逃がす積もりもない。 喉が上下する迄、確実な死を飲み下す迄。 引き寄せた小さな頭を抱き込んだ儘、 嚥下する音が耳許を撫ぜるまで決して離さない。 込み上げる喀血の味を、呼吸を共有すれば 安らかな死など鮮血と酸素を求め喘ぐ苦しみに塗れる。 合わさった唇から漏れ出すのはどうあっても苦悩の声。 ] [ 其れはサロメの狂気にも勝る、破滅のくちづけ。 彼女自身が作り出した『罰』を今この場で、 自らの命と臨終の時を以て返す。 ] (49) 2020/12/12(Sat) 4:35:16 |
【人】 ヴィルヘルム( 身を灼く熱情の炎が執着に依るものと知ってしまえば、 抱く願いなど唯一つ。 遺言を放棄し、死の運命を秘密として守り通し、 剰え醜く足掻き、苦痛を増やす道を選ぶ程度には こい ────如何しようもない程に 愛 (50) 2020/12/12(Sat) 4:43:00 |
【人】 ヴィルヘルム( 死を目前にしてやっと気付いたのは、 おまえを何処にだってやってしまいたくないという事。 ずっと満たされなかった奇妙な心地の正体は、 同じ死の苦しみを味わう事になったとしても 共に在り続けたいと叫ぶ秘めた想いだった。 蓋をし続けたのは己だったのだ。 だから、どうか…………どうか。 ) (51) 2020/12/12(Sat) 4:51:29 |
【人】 ヴィルヘルム────……傍に居てくれ、リヴ。 ( Egal was kommt, ich werde dich nie verlassen ) [ 凍える身体が全身で紡いだ、たった九文字の願い。 ずっと痛んでいた、空白ばかりが胸を占めた、 <利己>に限らぬ想いの応えを導き出した。 ] (52) 2020/12/12(Sat) 4:55:23 |
【人】 ヴィルヘルム[ 互いの唇を結んだのは泡を含んだ赤い糸。 伏せていた瞳が揺らぎながら愛しい貌を見詰めては、 散々血に穢した口許を歪めて、弱々しく笑った。 其れを最後に、とうとう全身の膂力を失い 首元に回した両腕さえ零れ落ちて、躰は沈んで行く。 抱き留めてくれると言うのなら、其の温もりの傍で。 唯独り、死後でさえ離れたくはないと望んだ者の元にて。 空気を喘ぎ求める事もなく、痛みに喚く事もせず、 死を受け入れる支度が調えばいっそ穏やかに、 かんばせを見上げ続けていた瞳を閉じた。 ] (53) 2020/12/12(Sat) 4:55:43 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[──────────びゅいッ と黒翼広げた暗殺者独り 冬空を切って星まで堕とさんとばかりの勢いで振りかぶる。 心の臓を着地点とした短剣がどうなったのか、悪魔学に疎い己はすぐに判断などできず貫けてしまったとして...これから起こることなど、分からない。 それでも、ふと我に帰れば狂気の離れた身体を 抱き止めてやりたくて、思わず腕を伸ばした。 (誰だって意識のある確実な死は寒いものだから、 大切なのだと認めた者の最後くらいは寄り添いたい。 ……自分自身が征服者として奪ったものを、 まだこの胸の中に残ったわずかな人間性で。) 息さえぴったりと合わされば、抱き合う形をとって、 ───それから。] (55) 2020/12/12(Sat) 8:08:00 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ………ッ !? ふ……ッん────ぅ、 [御伽噺の口づけなんかとは程遠い、貪り尽くすかのように覆い被さられたそれに大きく肩が跳ねた。 甘さの中に錆びた香りが混じりこんだそれは酸素の代わりに強制的に流し込まれて、脳みそを強過ぎる刺激が塗り替えていく。 その味の正体が、嘗て自分が渡した小瓶の中身だということにすんでのところで気づけない。 逃げることを許されない確実な死を運ぶ餌付けを享受しながら、ファーストキスにしては酷過ぎるそれまでもを受け入れようとする。 互いが最後に共有するのは終焉へと至る迄の過程だったのか。理解しようとしても時既に遅し。 小さな身体が唐突に受け止めるにはその激情は果てしなく重く、きつく蓋をされ続けてきただけのしかかるものの多さに圧倒される。 幾ら閉鎖的で鈍感な精神と思考を持っていても、 過去に抱いたことのある感情への名前の付け方を知っていれば……己に向けられるそれがなんなのかくらいわかる筈。 ……自惚れているのかと思われても仕方ないかもしれないが。] (56) 2020/12/12(Sat) 8:08:05 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[鼓膜を揺らすのは、遅すぎるくらいの愛の懇願。大きく見開かれた片目の澄み渡った凍土が激しく揺れ、隠し切れぬ動揺を明らかにしていた。 ……些か物騒な赤い糸を繋げた激しさに朦朧とした意識をなんとか奮い立たせようとしても、微笑まれた相手の視界には蕩けた表情を隠すことができない己の情けなさが映し込まれるのみ。] …………どうして、私なんか、 (怪物なんかいたところで、) [思わず零れ落ちるのは、純粋な疑問。 その答えを聞く前に、終わりに近づく身体は冷たい床の上に頽れていこうとするから───反射的に相手を抱きとめ、包み込んで。 ゆっくりと正座するように腰を下ろしたその膝へ、頭を降ろさせようとする。] (57) 2020/12/12(Sat) 8:08:09 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ(……ぽた ぽた と。 その頬に流れゆくのは、枯れたと思っていた涙。 冷ややかな頬を伝えば、温度を徐々に失う相手の顔に 水滴を立ててしまうから、絶えず指先で拭っていた。) [………今からずっと昔。 幼馴染を喰らった日からだった。 どんなに慕われようと、ひとの関わりは自然と薄れていった。 自身の友好関係など、信頼関係など、誰かの蜘蛛の巣から零れた糸を伝っていたものに過ぎなかったのだ。 ( ”弱い”自分の代わりに、”智慧”を身につけた。 身につけても、私は─── 弱虫で、臆病者だ。 全てを守れるだけの力も 救える力もなかった。 だから、 「選んで」 「棄てた」。 修羅を歩む孤独な道が正しいのだと信じて。 ) ────……大事なものなんて、選べるものじゃないのに。 その先は、何よりも恐れる孤独があるだけなのに。] (58) 2020/12/12(Sat) 8:08:29 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[力尽きたあの子を抱き上げてから気づいた。 私は呪いなんて要らなかった。 ただ、大切な誰かが苦しんでいるなら、 その悲惨な苦痛に苦しんでいるのなら。 ────…… 傍で寄り添い、支えたかっただけ。 互いにひとりぼっちになりたくなかっただけ。] ………傍に、いてくれるのか? これからも、ずっと……私の隣に。 [今も舌先に残り続ける甘ったるさの味の源を辿ろうとすれば、漸く彼の意図がわかった気がして───叶わなかったはずの自身の悲願が届いたような、不思議な暖かさが広がって。浮かべたのは泣き笑い。 指し示されるはずのなかった“自分を持ったままの終焉”を約束された安息感だけが、この心を静かに満たしていた。] (返事なんて必要なかった。 返される内容さえも察しがついてしまう問いだから。 もう孤独に震えることも、泣き叫ぶこともない。 死の向こう側に至ってもずっと、寂しくないという事実が 揺らぐことなく目の前に差し出されているだけ。) (59) 2020/12/12(Sat) 8:08:50 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[プロポーズにも似た短い言葉に、乙女のように応えることは自分らしくもないだろうから。 ほんの少しだけ……死の間際に、痛みを我慢してほしい。 全てを奪われたあの夜の仕返し。火傷だらけの身体には、彼の所有印が未だ色濃く全身に残っていたはずだから。] [相手に覆い被さって、その喉元を引き裂かぬ程度に食らい付く。 口づけのお返しとしては少々野蛮な噛み跡をひとつ、そこにくっきりと浮かばせて───それが懇願への返事の代わり。 此奴は永遠に自分の獲物だと言わんばかりのマーキング。] [遅効性の毒薬がその身を激しい苦痛の末路へと誘うまで────あと少し。 死に向かうには寒すぎる季節の訪れを告げるのは、割れてしまった窓から降り注ぐ雨から変化した───……*] (60) 2020/12/12(Sat) 8:15:17 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ[私は自分勝手な復讐心で数多の敵と同胞を殺し、狂い果てるべき定めの“ひとでなし”だった。 (こんな私を怖がらない。 こんな私を拒まない。 あまつさえ、こんな私の願いを叶えようとした。 いつまでもばかで愚かだと思うが────……、) でも、お前が私に向ける気持ちを、漸く理解できた。 (2人寄り添い眠った夜が穏やかだった訳も、 餞別を渡す名残惜しそうなかんばせも、 甘く抱かれた夜に触れる優しい手つきも、 ……いまなら全部、納得がいく。) ────────……… だから、「噛んだ。」 (応えた。)] (61) 2020/12/12(Sat) 9:46:39 |
【人】 終焉の獣 リヴァイ (『────……傍に居てくれ、リヴ。』) (「……何処にも行けぬと知っておろうに。」) [大切なものを傷つけてはならないと知っていたのに。 死に向かう痛みを増やすだけだというのに。 百獣の王には、その生き様に相応しいくちづけを。 (いつまでも自分から祝福を送れないまま、) その喉に自己主張の少々激しい其れを残してしまったのは、 地獄までの一本道で出会うための目印代わりと ─────指切りの代わりだったのかもしれない。] (62) 2020/12/12(Sat) 9:46:58 |
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