45 【R18】雲を泳ぐラッコ
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えーと、おじょ…… んん、
[「お嬢様」はまずい。
今迄も何度か彼女を連れて街を歩いた事はあったが、
呼ばなくても済む程度の時間だったり用事だったろう。
でも恋人の真似をするなら、名は必要だった。
──メグ。
彼女からその名を聞いたのは、
いつ、どんな場面だったか]
…………
[その名を、呼ぶ気にはならなかった。
呼べば……きっと彼女は喜ぶ……と思う。
けれど真似でいいのだし、
その名を呼ぶ特別な人間に、自分はなるべきではない。
そう思ったから、あたりを見回して、
店先に並んだ熟れた黄色い果物が目に入る]
……レモン、でいいか? あんたの名前。
[ついでに口調も砕けさせて、許しを請うた。
代わりに、今回のお願いの理由を聞かない事にした]
[まずは通りに面した小さなクッキー屋へ案内した。
デートスポットではないけれど、自分のお気に入りの店だと説明した]
自分や相手の好きな物を売ってる店、
特に身近なものだとお互い楽しめると思うぜ。
[バターの香りに包まれた店内をぐるぐる回って、
ビン詰めされたチョコチップクッキーを指してオレはこれが好き、とか、飾ってあるレシピを見てよくわからんと笑ったりした。
それから彼女にもどれが好きかと聞いたり、
新作のレモンクッキーを試食させてもらって「すっぱい」と店員さんに言って笑われたりした。
量り売りでいくつか包んでもらって店を出て、]
……最初に荷物増やすのは良くない……
[と、ハッとした様に反省&彼女へアドバイスをした]
食べ歩くか。
メシが入らないかもしれないけど。
[眉間にシワを寄せて提案したが、
閉めてもらったばかりの袋を開いて、二人でクッキーを分ければ、また笑みが戻るだろう]
[一枚しか買わなかった物は半分に割って、
大きく割れた方を当然の様に彼女へ差し出した。
そうして次の場所を考えながら、
「気になる所があったら言ってくれ」と、
立ち並ぶ店がよく見える方を、彼女に歩かせた。**]
──鈍色の球体1──
[簡素な光源しかない木製の離れ。
線の細い女が疲れ切った様子で、月を見上げている。
『帰りたい』と紡ぐ言葉は、この国の物ではなく、
女の他には夫しかその意味を知らない。
女が暫く故郷に想いを馳せていると
控えめなノックが響いた。
応じるものは無音でも構わず、扉は開かれ、
小学校低学年くらいの子供が姿を表す。]
……しつれい、します……。
またごはん、たべてなかったみたいなので…りんご…もってきました……。
[不格好なうさぎ林檎を乗せた皿を女の近くに置くと、
子どもは正座をして心配そうに様子を窺っている。]
……からだのぐあいは……どう……ですか……?
[女はこの国の言葉を全く理解してない訳ではなかったが、
疲れからか異国語を使う気力はなく、
子供も言葉が返らない事には慣れてる様子。
誰が同情を含んだ視線を向けても顔色の変えない子供は、
女が林檎に手を伸ばすのを見たら、やっと安堵した様に微笑んだ。]*
[一気に想いを吐き出しすぎて
脳がくらりとする。
虚ろだった青い瞳が
迷うように揺れて見えるのも
そのせいだろうか。
それとも…、己の切望が見せる幻か。
諦めの気持ちが大半を占めているのに
目は離せない。
食い入るような眼差しの下、
造形の神が形作ったような喉の隆起が上下して
それから、
信じられないことが起きた。]
……っ、
[乾ききった触覚や脚は脆い。
下手に触れば
折れてしまいそうな
そんな儚さを隠しもせずに
震える声が訊ねてくる、────俺に。]
[水気を帯びても
鱗粉が落ちてしまう心配の無い
ふたつの青い輝きが、
己をしっかりと捉えている。
それを自覚した瞬間、震えが走った。
今まで感じたことが無いくらい
深く。鋭く。
興奮と喜びが綯い交ぜになって
酷く満ち足りたこの気持ちを
何と呼んでいいのか分からないけれど、
目元は柔らかく撓み、頬は緩む。]
ああ、良いに決まってる
頼むから…さ
”こんな”とか、もう言うなよ
どこもかしこも魅力的で
俺を魅了して止まないっていうのに
良くない訳がないだろ
俺の手で、その美しさを
更に際立たせてやりたくて
今も、どうしようもなく、うずうずしてる
[愛おしさを隠しもしない
甘い声音で、諭すように静かに囁いて
それから、少し遠慮がちに
座面で乱れている金色の毛先を一房
そっと掬い上げた。
先程は拒まれてしまったけれど、
今度は構わないだろうかと問いかけるように。]*
[泪が一時的に止まっていたから
はっきりと見えた。
僕を見つめる彼が、微笑むのが。]
……ッ
[――母さんは、顔に皺が寄ることを気にして
余り表情を変えようとしないひとだった。
誰かの心からの笑顔を見たのは
もしかしたら、初めてだったかも知れない。]
[トクトク、心地よく胸が鳴っている。
草木が芽吹くようなこの気持ちを、
僕は知らない。
貴方なら、知っているんだろうか。]
[愛おしさが全面に載る声の囁きは
鼓膜からするりと滑り込んで
砕かれたばかりの心の傷を癒してしまう。
金の髪ごと救い上げられて
心の奥底からこれまで感じたことのない歓びが
胸の奥から泉のように溢れて、溢れ出して
目元から透明な雫となって発露する。]
…………………うん
[うずうずすると言った貴方の
思うが儘にして欲しい。
そんな想いを込めて、頷く。
優しく細めた左右の瞳から
ぽろぽろと温かい雨が降り落ちた。**]
[まだよそいき顔のリフルに裏口で逢ったときには
ごめんね、って言ったけれど、
ジャケットに袖を通した彼の後ろを歩く間は、
勝手に頬がゆるんでいた。
街歩きの靴でリフルと歩くと、
ちょっと上に目線が向いて姿勢が伸びる。
その少しの背の差が面白い。
お姉さまの背はいつの間にか追い抜いてしまっていたから、
並んでもこうはならなかったんだろう。
お姉さまと街を歩くことは叶わなかったけど
リフルと歩くのは楽しいんだ。
思い切って誘ってみて良かったって、今でも思っている]
リフルは着替えないのね。
[使用人は屋敷の外に出ることも多いのだから、
制服で出かけるのは当たり前なんだろう。
ジャケットでサスペンダーを隠している
と
動きやすさの格好から身なりを整えたようにすら感じる。
変装をイメージして髪に櫛を通した私より気楽なのに、
しっかりした男性だなあって思うのは何でだろう。ずるい。
帽子とステッキがあれば、立派な紳士になるのでは?
本人に言ったら、堅苦しいと渋い顔になるかなあ。
彼の後ろに隠れてくすくすと笑った。
使用人姿とドレス姿で逢うのと違って、これも楽しい。
差が埋まった姿でデート(スポット)に出かけるのも、
後で楽しい話の種になるに違いない。
結局楽しいからってリフルを連れ出すのが私なのだ。
定期報告以外で呼び出すことはほとんどなかったりする]
[その笑顔は、リフルにお願いをするときに一度消えた。
無茶なことを言っているんだろうな、と思っても
彼以外にこんなこと頼めない。
断られたら困るから、
ごめんね、は飲み込んで、手を握って欲しいと伸ばした。]
[演劇とかオペラとかで、恋人というものは知っている。
その次に結婚するらしいよ、とも知っていたので、
これは予行練習なのだ。
ただの興味本位かもしれないけど、宿題の為なのだ。
そんな毒に当たった顔しないで欲しい。
心配になっちゃうから。]
よろしくね。
[かしこまりました、って、
まだ中庭の住人に戻ってくれない彼が
義手の左手をかしてくれた。
利き手と義手と、どちらが大事なものなのか、
そんなことは考えに登らない。
出したのは右手、出てきたのは左手。
不慣れな配置に手が止まった。
……これは握手じゃないから反対側でいいんだ。
横に並んで手を繋ぐんだ。
手を握って欲しいと思ったくせに、
握手することしか頭になかった。]
……うん
[ボディーガードさんの隣に移って、
精巧な指をまとめて包んだ。
検索に忙しい彼の横で、冷たい親指の関節をなぞってみる。
この人は私の知らないことを知ってる人なんだ。
こういうところを頼もしいと思う]
レモン?
[横顔を見ていたら、彼の提案の意味をつかみ損ねた。
私を表す名前は教えてあるのだからそれでいいのに。
彼が呼んでくれたことは一度もない。
中庭の住人と認めてくれないみたいで悔しいのだけど、
――シャーリエと呼ぶのは、お姉さまと区別しない人たちだ――
それより、リフルの視線の先のすっぱい果物が気になった]
レモンはあなたの名前だと思うんだけど……
私でいいのかな
[金の髪に若い果実の黄緑の瞳。
甘い柑橘の仲間なのに、甘さを見せてくれないとんがり具合。
でも毒は持っていない、少しで料理の味わいを変えてくれる、
レモンの人。
レモンの人にレモンと呼ばれてしまうのも面白くて、
硬い手を温めながら、うん、と頷いた]
お気に入りの、クッキー!
[デートが始まってすぐ、恋人の話を曲解した。
彼はお気に入りの店と言ったのだ。
ここが諜報スポットだとか、ここでバイトしてたとか
そんなこともあったかもしれない(ない)のに、
もう口がクッキーの口になっている。
リフルのお気に入りのクッキー食べたい。]
好きなものを一緒に見る、 見るデート。
……うん、楽しい
[ゆっくりと回っている間に、いつの間にか
チョコチップクッキーのビンを抱えている私が、
彼の左手にくっついている。
レシピを読んでふんふん覚えた後、
「小麦粉が入っていたんですね」とのたまう。
空になった試食のお皿をクッキーで出来てると勘違いする。
ビン入りは大きいですよと店員にたしなめられている横で、
リフルはどんな事を思っていただろう。
手はしっかり握って離していない。
離したら迷子になりますからね]
私は二色のクッキー好きです。
バニラとココアのマーブル模様の〜
[レモンを食べて酸っぱい顔になった彼とケースに立って、
気に入ったクッキーを選んでいく。
まず私がマーブルクッキーを選んで、
次にリフルが選んだクッキーを入れてもらい、
後は興味の湧いたレモンクッキーを一枚追加して、
私が出します!と鞄からおサイフを取り出した。
これでもリフルと街にでているのだ、
お金は使えるんですからね。]
[子供のお使いのように得意げに
クッキーの紙袋を抱えてお店を出た。
これで両手がリフルとクッキーで埋まってしまった。
デートとは手が足りなくならないだろうか。
鞄が肩掛けで良かった。
通りの二人連れを見て、紙袋を片手に2つ持っているのに なるほどガッテンしていたけど、
荷物は増やすと良くないものと連れから聞いた。]
食べ歩き……は、はい
[食べ歩きは少しだけ経験があった。
人の多いところで歩きながら食べたらわたわたしたので、
今日は一度止まって口にクッキーを詰める。
三枚のチョコチップは一枚ずつ食べた。
おまけのレモンは私のにして、チョコチップを譲った。
一枚入りのマーブルは彼が割ってくれた]
[たのしくておいしい。
うれしい。
人にぶつかりそうになったらリフルの方にくっついた。
もしお姉さまと出かけられたら
食べ歩きを教えてもらっていたのだろうか。
そしたら彼と自然に歩けていただろうか。
クッキー屋で注目されてしまった自覚はあったから、
歩いてる間はちょっと大人しくなった。]
ご飯、はお酒のおつまみよね?
[クッキーをちゃんと飲み込んでから話すのが、
躾の行き届いた娘っぽかったかもしれない。
ディナーはコース料理を想像して、
一品料理はお酒のお供と思っている]
前はそうじゃなかった?
[立食パーティーみたいな、料理が最初に出てるやつ、
と説明を試みながら左側の店を覗く。
キラキラした宝石はふぅん、って素通りした。
リボンを売ってるお店は、興味ある?って彼に聞いた。
画商に浮世絵が飾ってあるのを見て振り返った。
その先のお店で。]
あ……
[お客のいないお店の中に、
ピアノが飾ってあるのを見つけた。
ピアノがある家は多くないだろうが、
貴族のお嬢さんが嗜んでいることがあるからお店がある。
お店があるから、音楽家が来ることもある。
普段は客の入らない楽譜のお店だった]
ひとつ、一つだけ探し物してもいいかな……?
[多分リフルは興味がないだろうお店だ、
「デート」じゃなくなってしまうかもしれない。
ささっと用事だけ済ませてしまうつもりで……]
荷物になっちゃうかしら
[食べられない楽譜を思って恋人の顔を見た。
表紙と裏表紙を含めて4ページの紙だから、
折ってしまえば鞄に入るかも……と少し悩み。]
お願いっ
[本日三度目のお願いをした**]
[俺の言葉を聞いて
表情が柔らかく変化していく。
まるでその様は
雲間から光が差し込んで
七色の橋が架かる瞬間を目の当たりにしているようで
目だけでなく、心も奪われた。]
[彼が生きているからこそ
見ることの出来る、嫋やかな変貌に
感嘆のため息が止まらない。]
ああ……、本当に凄いな
先程まで在った最上を
易々と超えて
更に高みへと昇って行ってしまう
今の、その顔、 堪らなく綺麗だ…
[青いふたつの泉から
零れ落ちる雫に
どうしても触れてみたくなって、
金色の房をそっと降ろすと
両方の掌で濡れた頬を包み込んだ。]*
──鈍色の記憶2──
[怯えた者たちも立派に努めを果たし、
兵達は戦果を上げて帰郷した。
家族があるものは、再会を喜んだ。
友や恋人、知人を持つものも喜びを顕にした。
無愛想な少年を待つ者は普段はいない。
だが、伝えたい事があるのだと、妙齢の女性が少年に近付いた。]
『シグマ!わたし、結婚することになったの!』
[世話になったし言っておこうと思ってと、幸せそうに笑う女。
祝事に少年も喜びを浮かべたが、
同時にズキリと痛む頭を押さえ。
“おめでとう”と言葉にはして幾つか話したが、
すぐに回復しなかった少年は体調が悪いと言い、
日を改めて祝儀を持って行く約束をして、女と別れた。
あの人が幸せで、嬉しい事に偽りはない。
全部忘れて、きっとそれで正解だった。
あの人に呼んで欲しかった存在を捨て去っても。
]*
[裏口で言われた「ごめんね」は、呼び出した事や食堂で目立ってしまった事だろう。
何でも許される立場なのに、きちんと謝ってくれるその姿勢は好きだった。
隣を歩いてくれていたら、締まりのないその顔を見てきっとこちらも笑って、もう少し空気も和んだ事だろう]
着替えてますよ。
[着替えてないと言われたけど、ジャケットを羽織ったんだからこっちの認識としては着替えてる、の部類だった。
確かにお嬢様に比べたらきがえたレベルは雑魚だが。
何か後ろでくすくす笑い声が聞こえたのは、
着替えてないと笑われたんだと思ってちょっとバツが悪くなった。
更に突飛なお願いを持って来られて、
多分今迄生きて来て一番間抜けな顔をしたんだ。
彼女が飲み込んだものも、
不安を抱えたその胸も気付く事さえなく、
一つしか持たない答えを差し出して、
それから、あくまでも彼女の意思に従うと左手を差し出した]
………
[変な間があった。
この間の解説を彼女から聞ければきっと笑ったんだろうが、まだ主従の気持ちが抜けていなかったものだから、問う口を持ち合わせていなかった]
[義手を、こんな風に優しく握った人なんていなかった。
生身の右手だって、よく考えればそんな感触は覚えていなかったけれど。
感覚のない筈の機械の手でも、触れられた事はわかるし、握られた事もわかる……検索に忙しかった訳ではないが、関節をなぞられたとは気付かなかった。力加減は器用なもので、決して彼女に痛みを与える事はなかった]
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