【人】 XI『正義』 マドカ── 3年前 ── [抱きしめた子供は、 『会いたかった』とまた泣いた。>>205] うん。……うん。 僕も、僕も君に逢いたかった。 [腕の中に収まった身体は、暖かい。 傷を負っていても、暖かかった。 返されぬ抱擁が、君のこれまでを物語る。 縋り付くことさえできぬその指先は、 きっと誰の袖を掴むことすら、 許されなかったのだろう。 『人間』の子供なら、 幼い時分に必ず親から学ぶようなことなのに。] (330) 2022/12/12(Mon) 19:51:02 |
【人】 XI『正義』 マドカ[寒い夜、温もりを求めて手を伸ばせば、 掬い上げるように抱き上げられたことも。 暗い夜道で心細さに指を伸ばしたら、 その小さな手を包むように握られたことも。 きっと、暖かい布団に包まって、 優しい子守唄で微睡に誘われたことも。 ひとつとして、経験がないのだ。 求めれば与えられる、無償の愛など、 思いつきもしないのだ。 嗚呼本当に。 君はどこまでも可哀想で、 可愛い子だった。] (331) 2022/12/12(Mon) 19:51:18 |
【人】 XI『正義』 マドカ 一緒に帰ろう。 君と僕の、いるべきところに。 [僕は、小柄な君を抱き上げた。 君くらいの歳の子なら、 子供扱いを嫌がられるのが普通だ。 けれど僕は、どうしても君に、 そうしてあげたかった。 僕がかつて家族から受け取っていたものを、 君にもあげたかった。 だって、僕だけが享受するなんてそんなの、 平等じゃないでしょう?] (332) 2022/12/12(Mon) 19:51:42 |
【人】 XI『正義』 マドカ 暖かいお家があるよ。 お布団もあるよ。 おいしいご飯もあるよ。 誰も君を殴ったりしないよ。 怪我の治療をしよう。 一人じゃないよ。 僕たちは…… 証を持つ僕たちは。 みんなでひと所に集うべきなんだ。 [僕の言葉に君は、どんな顔をしたろうか。 君の表情が一つでも変わったならば、 僕はそれを嬉しく思ったことだろう。 そして洋館へとたどり着いた後、 止まることなくくるくると変化する君を、 僕はきっと愛してやまない。*] (333) 2022/12/12(Mon) 19:51:59 |
【人】 XI『正義』 マドカ── 現在 ── [廊下から、楽しげな声がする。 あの子の誕生日まで、あと1週間。 あの子も、可哀想な過去を持つ子だった。] ならば、お誕生日くらい、 楽しんでもいいでしょう? [何事にも、バランスが重要だ。 不幸を積み重ねてきたならば、 同じだけの幸せを。 幸せだけではいけない。 でも、不幸だけでもいけない。] (334) 2022/12/12(Mon) 19:52:29 |
【人】 XI『正義』 マドカあの子は、喜んでくれるだろうか? [机の上に置かれた、彩色前の張子を眺める。 故郷では、子供のおもちゃといえば、 こういった張子のものが多く、 年下の子供達のために、 しばしばこの手で作ってやったものだった。 作業自体は、慣れて仕舞えばそう難しくない。 けれど手製の張子には、 お守りのような意味があるらしい。 そうでなくても、子供というのは 小さくて鮮やかなものが好きだ…たぶん。] (335) 2022/12/12(Mon) 19:52:57 |
【人】 XI『正義』 マドカはぁ……行かなきゃなぁ…… [まだ真っ白な張子の人形を眺めて、 深い深いため息ひとつ。 どういった流通経路を持っているのか。 あの人は、頼めば大体のものを入手してくれる。 例えば、島郡の伝統的な塗料とかも。 しゃぼん玉があるんだ、きっとそう 頼んでおいた癖、僕は彼の売店へ 受け取りに行くのに、どうにも気が進まない。] (336) 2022/12/12(Mon) 19:53:26 |
【人】 XI『正義』 マドカ── 7年前 ── [結論から言うと、僕は彼の姿を見て最初に、 盛大に嘔吐した。 失礼極まりない。 今思うと本当に申し訳なさしかないのだけれど、 とにかく顔を合わせる度に、 具合が悪くなった。 吐いたのは、初対面の時だけだ。 ]念のため。 (337) 2022/12/12(Mon) 19:53:51 |
【人】 XI『正義』 マドカ[初めに起こったのは、激情。 ほとんど殺意に近いものだった。 次に起こったのは悔恨。 まるで心臓が凍りつくかのようなそれ。 ほとんど同時に怨嗟。 心臓の半分が、灼熱の炎に包まれた。 それから…それから。 それら全てが最終的に、自己嫌悪に終着する。 その間わずか0.2秒。] う……ぇ、 [瞬間的に湧き上がった感情が、 まるで滝壺に叩き落とされたような衝撃を伴って 一挙に襲いかかったのだ。 いくら証持つ僕らが『人間』より 多少丈夫とはいえ、ひとたまりもない。] (338) 2022/12/12(Mon) 19:54:11 |
【人】 XI『正義』 マドカ── 現在 ── [それから7年、 どのような付き合いをしてきたか。 避け続けるわけにも行かない。 ここには僕らだけではない。 あらゆる感情をひとつひとつ殺して、 そうして理性で縛って己の足を叱咤して、 3年前にクロを連れてきてから特にそう、 クロが彼に懐いていることもあり、 少しずつ、少しずつ、 己の身体を劇物に慣らすような心持ちで、 近づく己の姿は一体、 彼の目にどんなふうに映ってるんだろうか?] (339) 2022/12/12(Mon) 19:54:26 |
【人】 XI『正義』 マドカ[彼に用があるのなら、とりあえずは売店へ。 ここで暮らしていれば常識みたいなものだった。 だから、僕が向かったのは売店。 果たしてそこに彼はいただろうか? あるいは別のところで出会うかもしれない。 不意打ちだけはやめてほしい。 心の準備をさせてくれ。**] (340) 2022/12/12(Mon) 19:54:39 |
XI『正義』 マドカは、メモを貼った。 (a56) 2022/12/12(Mon) 19:56:48 |
【人】 XI『正義』 マドカ── 僕の知らない彼らについて ── [『正義』と『力』は 殺し合いの末、相討ちとなった。 『正義』にとって『力』とは、 尊敬に値する人物であり、 同時に最高の好敵手だった。 間違っても、敵ではなかった。 交わす刃が互いを切り裂き、 振り切った刃の先から鮮血が散る、 それまで何度も交わしてきた、 刃のない刀の記憶が、 互いに太刀筋を覚えさせた。 けれど刃の狭間に見えるのは…… 覚えのない、殺意。] (592) 2022/12/13(Tue) 20:08:26 |
【人】 XI『正義』 マドカ[彼らが最期、何を想ったのか。 それは経典のどこにも明言されていない。 それはそうだ、語る口は既に閉ざされていた。 綴られる言葉があったとして、 それら総ては赤の他人の憶測に過ぎぬ。 彼らの想いは、彼らの胸の内にのみあって、 彼らと共に終えたもの。 誰にだって、分かるはずが、ないのだ。 ────勿論、僕にだって。 ] (593) 2022/12/13(Tue) 20:08:44 |
【人】 XI『正義』 マドカ── 7年前『力』 ── [売店がある、と僕に教えたのは、 多分『世界』だった。 もしかしたら違うかも。 そうだとしても、誰かから聞いた。 その頃僕はまだ、洋館に招かれたばかりだった。 例えば、僕が故郷を失う前だったなら、 例えば、もう少し時間が経っていたなら。 僕はあの時、 もう少し違う反応ができたのだろうか。 魂が覚えている感情というものを知っていたなら、 もう少し……もう少し。 自らの手で何かを買う、と言う発想が、 元々あまりない僕だったけれど、 教えられたからには一眼見ておこうと。 思ってしまったのが、 そもそもの間違いだったかもしれない。] (594) 2022/12/13(Tue) 20:09:28 |
【人】 XI『正義』 マドカ[えずきながら廊下にうずくまった僕の頭に、 氷よりも冷たい二音が突き刺さる。 心臓を、 鋭い刃が貫いたような痛みが走り抜けた。 何故だかその痛みに、安堵する。 ]か……は、 [息が止まりそうな錯覚を覚えて、 喉奥に溜まりかけた、 苦味を帯びた酸味を吐き出す。 頭がクラクラする。 通り過ぎて行く気配に身を強張らせ、 けれど何も言われないのに、ほっとして。 なのに彼は、その青年は、 何を思ったか、 踵を返して隣にしゃがみ込むものだから。] (595) 2022/12/13(Tue) 20:09:54 |
【人】 XI『正義』 マドカぁ……ぅ、 [ありがとうとか、なんとか言えんのかと。 自分で自分を殴りたい気分だ。 それでも僕の口からは、 ありがとう、も、 ごめん、も こぼれ落ちることなく。 言いたかった、伝えたかった。 なのにどうしても、言葉が喉から出てこない。 汚物は垂れ流すくせして、 本当に必要な言葉ひとつ、生み出せない。 僕は結局何も言わず、 ただ、示された扉を見やり、 ふらりと立ち上がった。] (596) 2022/12/13(Tue) 20:10:23 |
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