(a7) 2020/09/30(Wed) 6:20:59
人魚を気遣う人は、
街の中には、いなかったけどさ。
ユウ君はかわいそうって言ってあげたよね。
たぶん、この本を読んだ他の人たちも。
人魚は自分からああなりにいったんじゃない?
悲劇のヒロインぶりたいっていうか。
ひどい扱いを受けて、私平気ですっていい子ぶるのって、
ある意味、楽だもんね。
絶対に悪者にならずにすむし、
だから、人魚は報われてるんじゃないかな。
[なんだか棘を含んでしまった言葉は、数分眺めて、消した。
ユウ君の言葉
から感じた「もんにょり」も、数日後に名前を知った。
私きっと、この人魚に嫉妬したんだ。]
[一度収まったかに見えた彼の怒りが
また爆発したようだった。
理由の解らぬ暴力に嗚咽を漏らせば
彼もまた顔を顰める。
自分でしたことに納得していない――、
そんな表情に見えた。]
(……解らないよ)
[いったいなぜ、そんな顔をするのか。
どうして、僕の胸が締め付けられるのか。
訳がわからずに居ると、
彼の唇から想いが奔流のように溢れ出す。
それは鼓膜を叩き、凝り固まった思考を砕いていった。]
[こんな僕のことを
彼はまた、美しいと言ったのだ。]
……っ、……、……
[今度こそ、聞き間違いではない。
心の揺らぎを示すように瞳が大きく揺れる。]
[血液を零す左胸の激痛が
これは夢ではなく現実だと教えてくれた。]
[ごくりと唾を飲み込んだ。
胸がずきずきと痛む。
これは、内側からの痛みだ。
彼が感じているだろう憤りの片鱗が
僕に伝播した痛み。]
……っ、……ほんとう、に……?
[淡い色の唇が動き、訊ね返す声は震えていた。
否定されてしまえば
簡単に崩壊してしまいそうな弱々しさを
隠すことも忘れた無防備な心で
彼の言葉を望んでいる。]
こんな僕でも、良いの……?
[相変わらず潤んだ両の瞳
けれど在原治人というひとを確と捉えた。**]
[逢ったこともないくせに、
彼女の一部を共有させてもらっているだけのくせに、
俺は彼女と手を繋いだり、キスしたり、
もしかするとせっ…までしたかもしれない男に
ほんの少し、勝ったつもりでいる。
それに気付いた瞬間、恥ずかしくて、惨めで
またこの世界から消えたくなった。]
[盗賊団に身を置いていた事は話していない。
ここの誰にも。
シャーリエたちには「そろそろ腰を落ち着けようとしていた旅人」だと名乗った。実際色んなところで暴れていたから、あまり遠くない嘘だ。
両親が盗賊団だったからずっとそこで、その背中を見て育った。
逃げ出すなんて考えは浮かばなかった。
けれどずっと嫌だったしやめたいと思っていた。
だから追い出される様にボコボコにされて、
辿り着いた先、この館で雇ってもらえるのなら僥倖でもあった。
わざわざ盗賊出身なんて言って、雇ってもらえると思わなかった。
そんな奴を雇おうとするなら、ここの領主もまともじゃないとも、思ったし。
……貴族の中には盗賊団と繋がってる奴もいるとかいないとか、聞いた事もあったけれど。
できれば真っ当に働きたかった。
義手だったのも、少しは己がまともだと見てもらえるのに役立ったのかもしれない。
これは数年前にヘマをして機械に持っていかれた腕の代わり。
誰譲りなのか、己は生まれつき手先が器用で、
鍵やら何やら作れる者を失う訳にいかない、と、
団が金を出して与えてくれたものだった。
……こっちには何の恩も感じていない]
[館で今の仕事を与えられる迄のいきさつは知る由もなかったが、まぁ窮屈な点もあるとは言え、団に居た頃の仕事に比べれば遥かにいいものだ。
人の苦しむ顔を見なくて済む。
それだけで何て毎日生きやすいんだろう。
まぁ、何かとちょっかいをかけてくるお嬢様の存在が、己の庭に咲く一輪の花の様でいて、小さな棘の様でもあるのだけれど。
食堂で、整った顔が微細に変化してゆく。
間近で見ていた己だけがそれに気付けばいいんだけれど、
朝食中は声を掛けられなかったが、
食後、噂好きな奴らが「ねえねえ」と声を掛けて来たので、
「忙しいんで」と巻くのに無駄に気疲れした]
[さて、その元凶とは裏口で顔を合わせる事になった。
文句のひとつでも言ってやろうかと思ったけれど、
少し時間が経っていた事もあり、普通に迎えた。
ラフめな深い緑のジャケットを羽織って、髪を結ぶリボンは薄い色のただの紐に変えれば、肩幅はそう広くなくとも女には間違えられない。
カジュアルダウンした格好のお嬢様の隣に立って、おかしくはないだろうと思う。
彼女は平民の女にしてはめかしこんだ格好だったが、
普段の豪華なドレスで目が肥えたのか、
彼女には野暮ったい格好は似合わないと思うからなのか、
突っ込むという選択肢は無い。
多分年下なのに自分より大人びて見えていた彼女が
髪をふたつのお下げにしている様なんかは、
年相応に見えて、何だか少し安心する気さえする]
デートスポット…… はい。
[酒=寝る、の式は思い浮かばなかったが、
こういう時突っ込んだって彼女との差を知るだけだから、
わかるところに頷けばいいのだ。
頷いたけれど……
そういう目線で街をあまり歩かなかったから、すぐに候補が出て来なくて、歩きながらめちゃくちゃ脳内で「この街 デートスポット」を検索している。
お嬢様がデート?と迄、今は思考が回らない]
[この場で言いにくそうな事は無理に聞き出さなかった。
人が減ったのが鍵だったのか、隣から白魚の手が伸ばされて驚いた。更に続けられた言葉に、口がぱかんと開いた]
へ、ぇ?
[間抜けな声が勝手に出て、彼女の顔へきちんと向き合えば、作られた様なきれいな笑顔にどきっとする。
何だ?何かの芝居か?又は何かの劇の影響か?と、締まりなかった唇を結んで、まじまじと彼女を見降ろす。
だってこんな俗っぽい事言い出すとは信じ難い。
彼女の心臓も脈打ってるとは思いもよらず、
理由が聞きたい、と思った。
けれど先に、
自分の中で決まっている答えをくれてやる事にした]
かしこまりました。
[少し硬い微笑みを湛えて、はっきりと頷いた。
それから「どうぞ」と、義手である左手を差し出して、握らせようとする。
彼女が握ってくれるなら、こちらからも握り返す。
硬い金属の手を嫌がられても、]
……いざという時の為に、
利き手は空けさせてやって下さい。
[と譲らなかった。
さて、かしこまりましたとか言ったけれど、
とりあえず手を繋いでみたけれど、
改めて問われると恋人ってどんな事をするんだろうなぁ。
手を繋いで街をぶらりして一緒にご飯?と、
そんな大雑把なプランになったのは、
デートスポットの検索で忙しかったからだろう]
えーと、おじょ…… んん、
[「お嬢様」はまずい。
今迄も何度か彼女を連れて街を歩いた事はあったが、
呼ばなくても済む程度の時間だったり用事だったろう。
でも恋人の真似をするなら、名は必要だった。
──メグ。
彼女からその名を聞いたのは、
いつ、どんな場面だったか]
…………
[その名を、呼ぶ気にはならなかった。
呼べば……きっと彼女は喜ぶ……と思う。
けれど真似でいいのだし、
その名を呼ぶ特別な人間に、自分はなるべきではない。
そう思ったから、あたりを見回して、
店先に並んだ熟れた黄色い果物が目に入る]
……レモン、でいいか? あんたの名前。
[ついでに口調も砕けさせて、許しを請うた。
代わりに、今回のお願いの理由を聞かない事にした]
[まずは通りに面した小さなクッキー屋へ案内した。
デートスポットではないけれど、自分のお気に入りの店だと説明した]
自分や相手の好きな物を売ってる店、
特に身近なものだとお互い楽しめると思うぜ。
[バターの香りに包まれた店内をぐるぐる回って、
ビン詰めされたチョコチップクッキーを指してオレはこれが好き、とか、飾ってあるレシピを見てよくわからんと笑ったりした。
それから彼女にもどれが好きかと聞いたり、
新作のレモンクッキーを試食させてもらって「すっぱい」と店員さんに言って笑われたりした。
量り売りでいくつか包んでもらって店を出て、]
……最初に荷物増やすのは良くない……
[と、ハッとした様に反省&彼女へアドバイスをした]
食べ歩くか。
メシが入らないかもしれないけど。
[眉間にシワを寄せて提案したが、
閉めてもらったばかりの袋を開いて、二人でクッキーを分ければ、また笑みが戻るだろう]
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