175 【ペアソロRP】爽秋の候 【R18G】
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視点:人 狼 墓 恋 少 霊 九 全 管
[悔しかった。
情けなかった。
わたくしが守るべき
大切な臣下たちから守られて
逃れるしかなかった自分が。
怖くて恐ろしくて、歩みを止めてしまっていた。
再び歩き出せたのは、貴方と出逢ったからです。
あんなに酷い怪我をしていたのに
貴方の心は少しも折れていなかった。
わたくしも続きたいと思ったのです。
────
アスベル様
。]
―――回想:飛鳥井村にて2―――
[ 真っ暗な闇の中、
ぐるりと、周囲を取り囲む赤い眼 ]
……。
[ 怖くない、なんて。
そんなことを言ったら嘘になる。
だけど。―――…それよりも。 ]
ねぇ。
[ きょろきょろと、視線を彷徨わせたあと。
自分の一番近くにあった赤いふたつの眼に視線を合わせて。 ]
あのね。さっき、泣いていたのはあなた?
[ そう、首を傾げてみせると。
暗闇に爛々と輝いていた赤い眼が
ところどころでちかちかと点滅した。
なんだか、瞬きをしてるみたいなんて
どこか場違いな感想を抱いたのを覚えてる。 ]
[ 問いかけてくる声は、若い男の人のものだった。
低く、囁くような声ではあったけど、それでも
兄たちとそう変わらないくらいじゃないかと思った。 ]
…だって。
ここにくるとき、何処かから声が聞こえて。
それが、泣いてるみたいに聞こえたから。
[ 森の中で聞こえた、
鈴のような、嗚咽のような声。
今、わたしの目の前のいる、
暗闇に蠢く赤い眼の持ち主が、
さっき聞こえた声の主なのではないかと
わたしはそう、思ったのだけど。 ]
あ、えっと。えっとね…!
もし、わたしがなにかまちがってたのなら、
そのときは、ごめんなさい。
[ わたわた両手をぶんぶん振り回してから。
見えているかはわからないけど、
目の前の赤い眼に深々と一礼してみせる。
それから。 ]
…でも、あなたが怪我をしていたり、
悲しい思いをしてるのでなければ、よかった…。
[ ほっと、小さく息を吐く。 ]
ところで、あなたはだぁれ?
どうして、こんなところにいるの?
わたしは、えっと…その……。
さっき、お母さんやお兄ちゃんと喧嘩して、それで。
「家出」を、してきたの**
[ 人間でいうならため息を吐くところなんだろう。
それに近い間が、僕と彼女のあいだに流れた。
家出をしてきた?
よりにもよって、こんなところに?
そしてそれ以上に。 ]
……君は、僕が怖くないのか?
[ この姿を見れば、小さな子供ならきっと、
泣き叫ばれるだろうとそう思っていたのに。
あまりにもあっけらかんとしているものだから
なおいっそう、此方は混乱してきた。 ]
…?
こわいって、なにが?
[ 点滅と共に聞こえてきた声が
なんだか戸惑っているように聞こえたから
反射的にそう答えてしまった。
確かに真っ暗ななかで
たくさんの赤い眼に囲まれてるこの状況は怖いけど。 ]
だって。
こんな真っ暗で寂しいところで、
誰かが一人ぼっちで泣いていたら、
そっちのほうが心配だもの。
それにね、
あなたが悪い妖怪とかだったら
わたしのこと、食べてくれるかなって。
[ ……自分でも何を言ってるんだって
今となっては思うけれど。
あのときはかなり本気で、そう思ってた。]
妖は人間を食べて自分の力にするって
村のえらい人たちが言ってたよ。
わたしは、お兄ちゃんたちの『出涸らし』だって、
何をやっても全然ダメな『出来損ない』で
お兄ちゃんたちの才能の『搾りかす』だって
お父さんもお母さんもいってたけど。
もし、妖に食べられたなら
…もしかしたらちょこっとくらい、
わたしを食べてくれた誰かのお役に立てるかなって。
…あ、あれ……?
おかしいな。 おかしいな…。
[ 気がつくと、ぽろぽろと涙が溢れて止まらない。 ]
ごめんね、あなたがこわいわけじゃないよ。
これは、ほんとうにほんとだよ。
[ ……ただ。 ]
そんなことでしか、だれかの役に立てないのが
ちょっとだけ、くやしいなぁって…。
[ しゃくりあげながら、それでもどうにか
自分の言葉を口にする。
今、ここで死ぬのならば、
どうせなら、もっと誰かの役に立って死にたかった。
もし、もう少し大きくなって、大人になったら。
わたしもお兄ちゃんたちみたいになれるかもってしれないと。
そんな淡い夢も、見ることさえ叶わなくなる。
それが少しだけ、悔しい。 ]
……。
[ 弱ったな。 ]
ねぇ、おちびさん。
[ 泣きじゃくる彼女にゆらりと、
闇を凝らせて作った手を差し伸べたところで。
ふと、彼女の額の傷に気づいた。
それから、彼女の目元が既に泣き腫らした後だったことにも。
…これは。 ]
[ ―――…なんていうか、呆れた。
この子供は、自分が怪我をして泣いていたというのに。
それでも、自分以外の誰かが泣いていると思ったら
そちらのほうを優先しようというのか。
そのために、この真っ暗な洞窟に足を踏み入れたというのか。
こんな、まだ小さな子供が。 ]
どうして、
[ 言いかけた言葉を、どう続けたらいいかわからずに。
ただ、伸ばした闇色の手で彼女の頭を撫でて。
それから、その頬に触れて、涙を拭った。
特に抵抗もなく、ただ驚いたような顔を見せる彼女に。 ]
……心配しなくていい。
僕は妖怪ではないし、君を食べるつもりはない。
[ 信じてもらえるかはわからないけど。
彼女の額にそっと手を添えて撫でながら
赤い眼を逸らさず、幼い彼女にも伝わるように
言葉を選んで話しかける。 ]
―――君も見てわかるとおり、僕は人間じゃない。
君たちの言葉でいう『神様』と、呼ばれる存在だ。
というより『祟り神』と言ったほうが
君たちにはよりわかりやすいかもしれない。
遠い昔、渡守の一族にこの山に封じられ、
以来、代々この洞窟に閉じ込められてきた。
―――君たち人間にとって、忌まわしい神だ。
[ 僕にとっては、人間のほうがよほど恐ろしく
悍ましい存在だけれど。
それをわざわざ、こんな子供に伝える必要はない。]
[ 言い終わって額に触れていた手を離せば
額の傷は跡形もなく消え去っていた。
おそらく痛みも消えているだろう。 ]
―――さ、帰りなさい。
これ以上ここにいては、なにより君の身体に障りがある。
[ とん、と小さな彼女の背を軽く押して入口へと促す。 ]
森の中に蛍たちがいただろう?
彼らが村の中まで送ってくれる。
洞窟を出たら、決して振り返ってはいけないよ。
[ ぽふぽふと、どうにか彼女を安心させたくて
なるだけ優しく、背を押し出す。 ]
―――ありがとう、小さい子。
短いあいだだったけれど、君と話ができて嬉しかった。
[ 長く独りだった身には、
彼女の、幼くも優しい言葉は温かく心に沁みた。
それでも、祟り神となったこの身に、
彼女の眩しさや温かさは毒そのもので。
離れがたくなる前に、彼女を元の場所へ帰そう。 ]*
[ 目の前の赤い眼は自分のことを『祟り神』だという。
洞窟の入口の黒鉄の門と注連縄を思い出せば、
封じられているというのはなるほど、その通りなんだろう。 ]
どうして、封印されているの?
[ いつのまにか収まっていた痛み。
そっと額に手を伸ばしても、痛くもなければ
指先が血で濡れることもない。
さっき、頭を撫でてくれた闇の手が、
わたしの額に触れてくれたときからだ。
わたしに語りかけてくれる言葉も、
わたしの背をぽん、と優しく押してくれる闇の手も
……騙されているのかもしれないけど、
それでもやっぱり、彼が悪い何かであるとは思えない。 ]
わたし、『小さい子』じゃなくてことね。
『わたうら ことね』よ。
お名前、ちゃんと呼んでほしい。
[ 訂正を求めながら、くるりと声(?)のほうへ向き直る。
人差し指を立てて赤い眼のほうへ突きつけると。 ]
それに、わたしあなたのお名前をまだ聞いてない。
わたしはちゃんとお伝えしたのだから、
あなたも言わないと、めっ!よ?
[ …困ったな。 ]
僕は……僕には名前なんてものはないよ。
僕は、ただの『神様』だから。
[ 人間たちにとっては
役割さえ果たせれば、それでいいのだから。
名前なんて、必要ない。
今も、そしておそらくこれからも。 ]
[ やがて、扉の前に近づいたところで。 ]
…!
[ ぐらり、と目の前の空間に歪みが走る。
それと同時に、地の底から響くような
唸り声とも断末魔ともつかない不気味な声が空間を揺らす。
それは瞬く間に周囲へと拡散して、
―――やがて、爆ぜるような衝撃とともに
大地が、空気が大きく揺さぶられた。
…その日。飛鳥井村とその周辺の山々を震源とした
大規模な地震が発生したと、後に聞かされた。
だけどあのときは、そんなことを知る由もなくて。
ただ、彼女を守ることで、精一杯だった。 ]
僕につかまって!!しっかり!!
[ 咄嗟に彼女の周囲を質量を持たせた闇で
覆いかぶせるように取り囲むとその身体を中空へ。
今は下手に彼女を外に出さないほうがいい。
どうして、彼女を庇うんだろう。
出会ってほんの少し言葉を交わしただけの、
(恐らく渡守の血を引いているだろうけど)
ほとんど何の力も持たないような、こんな子に。
]
……ッ
[ …体感にして二分ほどだろうか。
漸く揺れが収まった頃、外へ視線を向ければ
月明かりが照らす、門の向こう側の狭い景色だけでも、
その惨状が伝わって来た。
森の樹々は一本残さず倒され、
樹の幹や大地には所々抉られたような傷痕が残っている。
そして何より、樹々の向こうの闇から滲むように
湧き上がってくるのは、醜い小鬼や虫妖の類。
狙っているのは、僕か、
それとも僕の腕の中の小さな彼女か。
どちらにせよ、関係ない。 ]
……ことね。
しっかり掴まってて。
[ 僕とて、並の妖怪程度にむざむざやられてやる気などない。
ましてや、今この腕の中には小さな命を抱えているのだから。
―――結局、有象無象の妖たちを全て退けたのは夜が明けてから。
漸く終わったとほっと息を吐いたところで。
…腕の中の小さな彼女が、
ぐったりとしていることに気づいた。 ]
…ことね? ことね!
[ 『祟り神』としての自身が放つ瘴気に
少女があてられたのだと気づいたのはやや立ってから。 ]
―――…ことね……。
…嫌だ。そんなのは、嫌だ……。
[ 彼女を、死なせたくない。
でも、どうすればいい?どうすれば。
そんなときだった。
悲しみと混乱の中にあった僕と、彼女の許へ。
昇り始めた朝日を背に浴びながら、
あの男がやってきたのは。]
[ 彼と、彼の仲間たちに保護されて、彼女は森の外へと運ばれていく。
どうやら、浄化の儀式を済ませた後に病院へと運ぶらしい。
運ばれていく彼女を洞窟の中から見守る僕に、彼は囁いた。
『もし、彼女と一緒に居られる方法があるとしたら
君は、どうする?』と。
―――…そうして、後は知っての通り。
やがて意識を取り戻した彼女が此処に戻って来た後。
僕らは、互いに契約を交わした。
僕が彼女の『式』へと降ることで
僕は『祟り神』としての力をほとんど失い、
妖としても実に半端な力を持ったなにかになった。
そうして、僕らは八年の年月を共に過ごしてきた。
落ちこぼれの退魔師と、彼女に仕える式神として。 ]**
[ 今の感情は何て言えばいいのだろう。
友人が想いを実らせた嬉しさと
私の想いが実らなかった辛さ? 悲しさ?
そんな綺麗な言葉で言い換えなくても分かっている。
私の心は、進行形でどんどん醜く黒ずんでいる自覚がある。
セシリーへの嫉妬心が無いといえば嘘になる。
だから声を掛けられない。
直視できない。
歓喜に包まれた声をすべて遮断したい。]
( あんなに大きな声出して。
一緒に旅を続けている間でも、戦っている時でも。
こんなに声を張り上げたセシリー、
一度や二度程度しかなかった気がする。
……それだけ、私の事を思ってくれているのね。
本心から。
……それが貴女という人だものね。
アスベルが好きになる理由だってよく分かる。
私も男に生まれてたら、絶対好きになっていたもの。
でも。]
[ 今の私には、貴女の汚れ無き純粋な心が
海よりも深い優しさが。
──────…………。
[ 今の私はどんな顔をしていただろう。
きっと嫉妬に狂った般若のような
もしくは…………。]
[いつもは何者も寄せ付けない
強く美しい戦場に咲く花だ。
だけどいまはそうではなく
嫉妬に狂う般若でもなく
風に吹かれるだけで潰れてしまいそうな
ただの女の子に見えた。]
[友達なんだから秘密にされてたの
ちょっとくらい怒ったって良いのにさ。
不満も哀しみも全部胸に仕舞って
生えた棘すら自分に向けて
必死に押し殺して
妬ましいはずの相手に
祝いの言葉まで伝えようとして
お前は本当に……、優しい奴だよ。]
――回想:夜が明けてからと赤い眼の彼の話――
[ あの夜、たった一晩で
わたしの知る世界は変わってしまった。 ]
[ 突如発生した局地的な地震と、 それによって発生した大規模な土砂崩れによって 一つの集落が丸ごと飲み込まれた。
そこに暮らしていた住民たちも全員死亡したと世間ではそう伝えられている。
父も、母も、兄たちも。
……わたしの知る人たちも、皆、いなくなった。
先生たちに助けられた後、運び込まれた病院でそのことを知らされた。
そのとき直接先生たちから聞かされたことはそれほど多くない。
だから、なのかな。
自分でも不思議なくらい、悲しい気持ちはなかった。
……ただ、あまりにも現実味がなくて。
壁も床も天井も、何もかも真っ白な知らない病室にただ一人。
退院するその日までただただ抜け殻みたいに過ごしてた。 ]
[ 退院した後、わたしは先生たちに引き取られて。
そこで、わたしの知らなかった飛鳥井村のことを知らされた。
飛鳥井村があった山の地下深くには、人の世と人ならざる者たちの世を繋げる『幽冥門』という特別な呪物があり、それを封じるために渡守の一族のなかでも 結界術に長けた者たちによって『門』の封印と守護が行われていたこと。
『門』を封じる結界を維持するために、渡守の一族は『神』と呼ばれる存在の力を『門』の封印に代々利用していたこと。
そして、あの夜。
あのときの地震は『門』を奪うために何者かが人為的に起こしたものだということ。
あの地震によって封印が弱まったことで邪気が周辺に溢れ出し、地震以外にも大きな災厄として近隣に大きな被害を齎したこと。
―――…何もかもが初めての話で、そして小さなわたしには何よりとても難しくて。
ただ、困惑しながら話を聞いていた。 ]
[ それからもうひとつ。 ]
……あの子は、神様はどうしたの?
[ 『門』を封印するために彼は利用されていて、その『門』が奪われてしまったというのなら。
彼が今もあそこに封印されたままでいる理由はないはず。
そう思って、彼について聞いたところで。]
『あーそれなんだけどね。
こっちもちゃんと話しておかないとなぁ』
[ そういうと先生はぽんぽんと軽く手を叩いてみせた。
まるで何かを呼びよせるように。
そうして次の瞬間、何もなかったはずのその場所に知らない男の子が一人、空間に滲むようにして現れた。 ]
……。
[ なんやかんやあって数十分後。
先生の家の縁側に、わたしとその子はふたりきりで座り込んでいた。 ]
……ねぇ。
ほんとうに、きみ、あのときの子なの?
[ 問いかければ、こくんと無言で頷くのが見えた。 ]
先生から聞いたけど、
…あんまり姿がちがうから、びっくりしちゃったよ。
[ 彼が目の前に現れた後、先生から聞かされた話。
あの夜、わたしを助けようとして逆に自分自身の瘴気でわたしを殺しそうになってしまったこと。
それを助けるために、私と彼のあいだで式としての仮契約を結んだこと。
いろいろ事後承諾なのは、ちょっと気にかかるけど。 ]
……ごめんなさい。
[ まずは、謝らないといけない。
縁側に座ったまま、深く頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
あの夜、自分は祟り神だとあの子は言っていた。
渡守の家が封じ、代々利用してきた『神様』がこの子だとして。
…自分のことを祟り神だと名乗るくらい、わたしの家や故郷の人たちは彼にたくさん辛い想いをさせてきた。
わたしは、何も知らないまま安穏と故郷で過ごしてきた。
そういうことなんだと思う。 ]
あのね。
先生が、おうちにおいでって言ってくれたんだ。
先生本人は忙しいみたいだけど、
おうちには奥さんもいるから平気だって。
[ そ、と。
彼の前に手を差し伸べて。 ]
ちゃんと契約して、わたしのそばにいてほしい。
わたし、退魔の才能はないっていろんな人たちから言われてるけど。
これからも君と一緒にいられるくらいに、
わたし、強くなりたいな。
[ そして。 ]
いろんな世界を一緒にみていこう?
わたしも、あなたもきっと飛鳥井の狭い世界しか知らないから。
[ わたしは、故郷のことを何も知らなかった。
わたしたちが暮らす村の仕組みも、
わたしたちの一族が何を守って来たかも。
そのために何を犠牲にしてきたかも。
そしてなにより。
あの真っ暗な世界でどれだけ長い時間、過ごしてきたかわからない彼に。
温かくて眩しくて、優しい世界を、たくさん…たくさん見せてあげたい。
―――それが、今のわたしの夢。 ]
だから、えっと……。
[ ほんの数十分前。
「彼と本契約を結ぶには、彼に名前をつけてあげること」
「そうすれば晴れて君と彼は術師と式神としての
パートナー契約が成立する」
先生に言われて、一生懸命考えたけれど
…自分の名前の付け方がいいのか、ちょっと自信がない。 ]
―――…シンシャ
辰沙。それが、君の名前。
[ 深く、一度深呼吸をしたあとに、わたしの式神としての彼の名前を口にする。
以前、兄が持っていた鉱物図鑑にあった石の名前。
かつて『賢者の石』とも『竜の血』とも呼ばれ、丹や水銀の原料にもなった、赤い石。
その図鑑に載っていた鉱物の、深い綺麗な赤色が彼の瞳の色に重なってみえたものだから。 ]
[ 秘密にされたことは
ショックでないと言えば嘘になるけど
どうしようもなかったのも事実だった。]
怒ったり妬んだりする気持ちもなかった。
出し抜かれた、なんて思いもしなかった。
それに、二人の幸せそうな表情を見て
“ああ、私じゃ勝てない。無理だ。”
最初から土俵にすら上がれていなかった、
と、即悟ってしまったから。]
[ でも。
私かセシリー。どちらが先に
恋心が芽生えていたのかは分からないけど
もし、私がもっと早くに
アスベルに想いを伝えていれば。
もし、私が先に告白したとしても。
良い返事を貰えていたとしても。
──セシリーと出会った段階で
想いはあの子に向いていくんだろうな、って。
恋が散った感情は、マイナスの方にばかり向いていく。]
[ やめて、そんな優しい言葉
ますます泣いてしまう。
──── やめないで。ひとりにしないで。
やめて、仲間の幸せも喜べない
醜い私に構わないで。
]
[ 自分はヒーローじゃないって、
そんなことをいうけれど。
でも、わたしにとって辰沙は、
あの夜、小さかったわたしを助けてくれた彼は、
わたしにとっての一人のヒーローなんだ。
それは今も、変わらない。]
[ だから、そんなことを言わないでよ
いつか、わたしの手の届かない、
遠いところへ行ってしまいそうで。
わたしは、それがとても怖い。 ]
…もう。
[ それでも。
普段滅多に見ないような顔で微笑まれて、
約束、なんて言われてしまえば
つられて、わたしも表情が緩む。 ]
…うん。約束よ。
[ 溢れる涙は、まだ少し止まる気配を見せないけれど
それでもどうにか片方の掌でそれを拭うと、
反対側の手の小指を、微笑む彼の目の前にを差し出す。
当たり前の日常なんてものが
いざというとき驚くほどあっさりと
脆く崩れてしまうことを知っているから。
少しでも、言の葉で縛っておきたくなる。 ]
…じゃあ、気を取り直して。
お昼ご飯、何にする?
わたしはカルボナーラがいいかなって思うの。
[ にこ、と表情を崩してみせれば。
さっき小指を絡ませたときよりも不器用な
微笑みが返ってくるかしら。 ]
[ ―――それから、その日は考え着く限り休日を満喫した。
カフェで遅めの昼食を食べた後、書店の中を一通り見て回る。
絵本や児童書の棚の近くを通りかかったときは
平積みされた絵本にふと懐かしい気持ちになった。
まだ、出逢ってまもない頃、
「本を読んだことはない」「文字も読めない」と
彼女に告げたところ、さっそく毎日のように
彼女の読み聞かせが始まった。
幼児向けの絵本から小学校の教科書、
やや分厚めの児童書から文庫本までなんでも。
一生懸命読んでくれたし、文字の書き方も教わった。
思えば、彼女は末っ子で、しかも兄たちとは
比較されてばかりだったと聞いているから。
…お姉さんぶりたかったのだろうかと、今は思う。]
[ それから、レシピ本のコーナーで暫く足止めを食らった。
最近彼女はお菓子作りに凝るようになってきた。
とはいえ生来大雑把なところがあるので、計量がそれほど難しくなく、
かつ工程が簡単なものが彼女としては理想のようだ。
よく動画サイトをチェックして、気になったもの、気に入ったものを
積極的に作っている。
…彼女の作る食べ物は実際美味しいし、
美味しいと伝えると喜んでくれるので。
もっと、正直に伝えられるようにならないと。
「これとかどう?食べたい?」と
傍らにいるとよく聞かれて居心地が悪いので、
それとなく距離をとって見守る。
彼女が本を選んでいるあいだ、近くにあった
フリーペーパーを手に取って暇つぶしに眺める。
途中、冊子の片隅に書かれていた
『SRNK彗星が地球に最接近!千年に一度の天文ショー!』
と書かれた記事にはほんの一瞬眉を動かしたけれど。
(4)(5)(15)(8)(11)5d15分後、お目当ての本を見つけたようで
こちらへ手を振ってかけてきたので再び合流することにする。 ]
[ それから、シアター近くのゲームセンターで
暫くクレーンゲームに没頭する理音に付き合った。
彼女のお目当ては、何かのアニメのキャラクターらしい。
赤い眼をした白兎。
特に表情のないただのぬいぐるみのはずなのに、
なんだか妙におちゃらけた印象があるのは、なぜだろう? ]
……、もう、諦めたら?
[ 既に千円分、このゲームに注ぎ込んでいる。
これはもうご縁がないということなんだろうけど。
…どうしてもほしいと言い張る彼女に、
小さくため息を吐いてから]
…ぼくがやる。やらせて。
[ 基本的な操作方法を教えてもらってから、
ボタンに手をかける。
―――本当はよくないけれど、ごめんね。
彼女の月々のお小遣いの額を知っている身としては
このまま続けられるのはいろいろ障りがある。 ]
[ それから数分後。
件の白兎と、ついでに薄紫の瞳の黒猫を手に入れて
上機嫌の彼女だった彼女は、運良く座れたバスの座席で
すやすやと穏やかな寝息を立てていた。
白黒二匹のぬいぐるみを抱きしめたまま、
僕の肩に無防備に頭を預けて眠る彼女の横顔に
ふふ、と口許が柔らかくなる。
時刻は既に夕方。
空の色はすっかり、茜色に変わっていた。
最初こそ十人ほど人が乗っていたバスは、
大通りを過ぎてから急速に乗客を減らし、
新興の住宅地を過ぎた頃には
僕ら以外の客はすっかりいなくなっていた。
彼女からいったん視線を外すと、
ふと何気なく窓の方へ目を向ける。
学校方面へと緩やかに坂を上るバスから見えるのは
黄昏に色づく賑やかな街の風景。 ]
[ まだ、天候は暑かったり肌寒かったりと
不安定ではあるけれど
陽の傾きが少しずつ早くなっていっていることに、
季節の移り変わりを感じる。
もうすぐ秋が来て、それから冬がやってくる。
クリスマスを過ぎればそこからはあっという間に次の年だ。
これまでもそうであったように、これからも。
こんなふうに彼女と、日々を重ねていけたらいい。
……そう、願わずにはいられない。 ]
……………………。
[ ―――…夕焼けは嫌いだ。
思い出したくもないものを思い出してしまうから。
まだ、自分が何者なのかもわからなかったとき。
彷徨うなかでたまたま見つけてしまったあたたかさを、
与えられなかった優しさを、
あの闇の中へ縛り付けられたときの絶望を
嫌でも、思い出してしまうから。
―――僕だって、誰かを恨みたかったわけじゃない。
憎みたかったわけでも、呪いたかったわけでもない。
ただ、僕は…… ]
……ッ。
[ 今は違う、と。
今の僕にはこの子がいると
自分に言い聞かせるように、彼女の肩を抱き寄せる。
腕に抱くこの温もりが、あたたかさこそが
僕が生きるべき世界なのだと、言い聞かせる。
胸の内で、何度も、何度も。
そうでもしないと、頭がおかしくなりそうだったから。 ]
…理音。
もうすぐ着くから、降りる準備をしよう。
[ 彼女の肩を軽く揺すって、声をかける。
バスを降りて寮へと辿り着けば、
そのまま慌ただしく夕飯の支度をすることになるだろう。
そうしてまた、いつもの、
慌ただしくも穏やかな日常に帰ることになるはずだ。
きっと。
…妙な胸騒ぎがするのは、きっと気の所為だ。 ]
[ ―――その夜。 ]
……。
[ 誰かに、呼ばれた気がした。
時刻は日付が変わって少し経った頃。
無論、こんな時間帯に理音が起きていられるはずもなく。
そっと隠形を解いて実体を形作ると、
ベッドの上で無防備に眠る彼女の毛布を一度きちんとかけ直す。
そっと、彼女の寝顔を覗きこんで起きる気配がないのを確認するとそのまま姿を消して部屋を後にした。
再び僕が姿を現したのは寮の屋上。
消灯時間もとっくに過ぎた時間帯、当然照明などあるはずもなく。
非常用通路の灯りの他は月と星の光だけが辺りを照らしている。
そしてそんな時間帯、そんな場所に、わざわざ僕だけを呼び出そうとする相手なんて限られている。]
――…何か、ご用ですか?
……先生。
[ 夜闇の向こう側にいる人影に声をかければ。
暗闇に何かを擦るような音と、
それと同時に現れた小さな炎が人影の顔を照らし出す。 ]
『やぁ、シャイボーイ。
デートは楽しめたか?うん?』
[ 紫煙をくゆらせながら、彼は僕に語りかける。]
……ご用件は?
『まぁそう固くなるなって。
……こちらとしてはなぁ辰沙、
お前たちと険悪になるつもりはないんだよ。
なんといっても、お前たちが小さい頃からの付き合いだしな』
……。
『ま、そうはいっても難しいか。
あの子はともかく、お前自身は気づいてるんだろう?』
[ 言いながら、彼は空を指差してみせる。
彼の指差す方向に見えるのは、
火星より、アンタレスよりも大きく、そして尾を引く大きな赤い星。 ]
『今、この星に近づいている噂の彗星な。
千年に一度、最接近するって言われて
一般連中にも広く知れ渡っちまってるあれ。』
『俄かには信じがたいが……あの彗星が、
本来のお前の大許……本体なんだろう?』
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