174 完全RP村【crush apple〜誰の林檎が砕けたの?】
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視点:人 狼 墓 恋 少 霊 九 全 管
[工藤はゆっくりと瞬いた。
まだ意識が戻りきらない。
夢と現実の狭間で、名前を聞いた。]
……………………。
[何も言わぬまま、もう一度目を閉じた。
朝霞さんも帰ってきているはず。先にいる今泉先輩や武藤先輩、香坂さんのことも、探せば会えるだろうか。
けれど今はただ、眠ろう。]*
[最後に一瞬だけ、自分のために駆けてきたのだろう姿が見えて、嬉しくて笑って。
そして目を覚ました。そこは病室。
周りを見渡さなくても匂いと雰囲気で分かる。
それぐらい馴染み深い場所だったから。
横を見ると、お見舞いのためにおかれただろうフルーツの籠があって、その中の林檎を目に止めて、目を逸らした。]
帰ってきちゃった、か。
[でも、津崎さんが自分のために駆けてきてくれたことは事実で、それだけは喜んでもいいと思う。]
[目を閉じると、いつの間にか夢に舞い戻ったようで。
私はそこで、次の名前を聞いた。
身体が震えた、私はどんな表情をしていたろう。
でも、と思った。でも。
もし津崎さんが死んでしまっても、私は彼を好きになったことをきっと後悔しない。
それを直接、伝えておくべきだったのかもしれなかった。]
[だってもう、好き嫌いに関わりなく、自分は一人の命を奪っている。
その重さ、その辛さ。
自分で決断したのと、災害で奪われるのとではまた違うと言われそうだが、命の重さに変わりはない。
では何故話せなかったか?
それは彼女が絵画であり、人間の命と違うと言われたら、そこまでであったこともあり、同時に殺人をした人間に好意を抱いてくれるのかという葛藤があったせいでもあろう。
それでも命の重みは、しっかりと確認したはずだった。
結局足りなかったのは、向き合う時間と勇気か。
もう二度と会えないかもしれない、そんな彼に想いを馳せながら、後悔をして、また眠る。]
[天使が告げた名を聞いて、安堵半分と落胆半分の複雑な感情になる。
一番大切な一人に漸く会えるって喜びと、一番大切な一人と会えなくなるかもしれない恐怖と。
誰の名が呼ばれたとしても常に複雑なのは変わりないのだけど、それでも]
………、徹っちん…、
[欲張らないとは決めた。
二本しかないと言われた手で掴める物だけって。
それすらも欲張りだと言うのだろうか。神様は。
──大丈夫だ、徹っちんは最後に「またね」と言っていたから。
本当に、軽く。いつもみたいに。]
[それでも自分の気持ちを伝えたこと、それを自覚したこと。
それだけは後悔していない。それだけは確かだ。]
[すぐ近くにトラくんがいた、同じように津崎さんの側にいたせいだろうか。
彼は複雑そうな顔をしている、それはそうだろう。
親友二人を残して、そして残された親友の一人は死んでいるかもしれないのだ。]
ごめんね、私。上手く、寄り添えなかったよ。
[小さく、本当に小さくそう呟いた。]
[死んでいてほしいわけじゃないし、むしろ死んでいたら嫌だ。
でも、嫌でもそれがあり得る状況で、ただ好きなのと、たとえ死んでいても好きなのとは重さというものが違うのかもしれなかった。
死んでいても、最低な言葉なのかもしれないけれど、それは最大限の言葉でもあったのかもしれない。
好きだと伝えた上で、死んでいたら嫌だけど、それでも好きだと言っていたら、何か変わっていただろうか…?
考えても仕方のないことを考えながら、とりあえず隣に寄り添った。
こちらの夢の中では、足は痛まなかったから、好きなだけ寄り添っていられる。]
[微かな声に視線を移す。
じゅじゅだ。
一瞬、自分に話しかけたのだとわからなかった。
先程までずっと誰にも視認されなかったのもあって、ああ、天使が現れた後のことだから、じゅじゅも夢を見ているのかって理解に少し時間がかかった。]
謝ることはないぞ。
徹っちんはさ、自分をあまり大事にしないから。
だからほっとけないんだけど…、
徹っちんが起きたら、また寄り添ってあげて欲しい。
[その時はきっと、忘れてほしいなんて思わないはずだから。]*
うん、本当に、そうかもしれないね。
津崎さん、他人のことを優先しすぎるから。
それは黒崎さんも、トラくんにも言えることだけど。
ヴィランズじゃなくて、ヒーローズなのかもね。
…寄り添っても、いいかな。
こうして、夢で見れるってことは津崎さんのことを私が傷つけたの、多分見たでしょう?
それでも、寄り添ってもいいって思える?
[許可を求めながら、私は寄り添いたいと思っていた。
津崎さんが目が覚めたら、今度は言いたいことを全部言って、それから寄り添おうと。]
早く、二人が起きたらいいね。
私はいつも三人一緒にいてほしいと思ってる。
[それは小泉さんの死を願う言葉。でも、今は口に出した。
三人が一緒に生きてくれること、それは一番最初から願っていたことだ。
それで、小泉さんが犠牲になっても、いいとは言わないけれど。
彼に許されようとは思わないから、また三人が一緒にいれたらいいと思う。]
オレは結構自分本位だけどな?
はは、ヒーローズだったらやられ役じゃないから良いかも。
…じゅじゅと徹っちん二人の会話は聞いたわけじゃないけどな、何があったかは両視点から何となくわかる。
それでも寄り添って欲しいと思うよ。
徹っちんをじゅじゅが傷つけて、じゅじゅを徹っちんが傷つけたとしても。
それはお互いにしか癒せない傷だとオレは思うし。
[三人一緒にの言葉には小さく頷いて。]
ありがとう。
オレも二人に早く会いたい。
それにじゅじゅが特別大事な人と一緒にいるところも見たいかな。
[自分勝手だと思うオレの願いをはっきり口にされて少し気が楽になる気がした。
自分の入っていない関係間に一緒にいてほしいと願ってくれる優しい後輩。
彼女が誰かと幸せに過ごすところはオレも見たいから。
それがオレの大事な友達であれば尚、嬉しいというのは個人的な願いだけれど。]*
[虚勢を張らせてしまったのは私だ。
でもそれは、虚勢を張らせたかったわけではなく、ただ、生きてるって思いたくて。
生きてるって確認すれば、生きていてくれるのではないかと。
でもそれが、彼にとって辛い虚勢を張らせるきっかけになっているなんて、気づけなかった。
生きているか死んでいるか分からない状態で、生きていてほしいという想いが、生きてるって言わせてしまった。
死んでるかもしれない、なんて言葉に出しても大丈夫だと思えるくらい、頼れる人間になるべきだったと思う。]
──現実・病院──
[どれくらい眠っていただろうか。
微かに歌が聴こえる。
そういえば流したままだったと枕の傍らに投げ出されたスマホに目をやれば、徹っちんが歌っている姿が目に映った。]
………、
[夢の中でじゅじゅと会った。
ミサミサとも会っただろうか。
二人とももう還ってきてはいるのだよな、と覚醒仕切らない頭で思う。
じゅじゅの病室を訪ねた時は家族か親戚か、誰かしらがいて入りづらい雰囲気だったろうか。
そうであれば売店で買った梅しばの大袋というあまり色気のない手土産をその場にいる誰かに渡すなりして病室を後にする。
眠っていれば会えるだろうし、多分じゅじゅは夢の中であいつに寄り添うことを優先したいだろうから。]
[ミサミサへは何を持っていけば良いのか思い当たらず。
アレルギーや好きな食べ物のLINEは返ってきてなかったと思うし、何か食べてるところを結局見てない。
女子グループで会話していたのを見た時はおやつを食べてたかどうかも定かではないし、あれは本人ではなかったらしいし。
悩んだ結果、売店にある適当なレポート用紙と筆記具を買って持っていくことにした。
課題も何も今更ないけど、あの状況でも課題をやると断言したことを思い出して。
面会できそうならとりあえず元気かって聞いて。
まだ眠っているようなら土産だけ置いておこう。]*
ずっと側にいるよ、遅くなってしまったけど。
最後の最後で追いかけられなかったけど、あなたはいつも私の声を追いかけてきてくれたから。
電話をかけたら必ず取ってくれたし、会いたいと言ったら必ず会ってくれたから。
もう、声も聞こえないし、姿も見えないみたいだけど、それでも側にいるよ。
遅くなってごめんね。
[落ちている、といった津崎さんをそっと横から見守る。
何だか一周回って落ち着いていて、でもそれは本人の言っている通り、落ちているせいで、平気なわけではないんだろうということは伝わる。]
小泉さん…
[残る三人のことを頼んだ。自分には何も出来ないからと。
一人で到底三人はカバーしきれないかもしれないが、小泉さんなら出来る限りのことはしてくれると思った。
それは話を聞いたり、一人でいたくないときに追いかけるといったこと。私には出来なかったこと。]
【病室にて】
[とろとろとした微睡みから目が覚めて、もう一度眠ろうと毛布を被る。
眠気はずっと頭の中に居座っていて、眠ればそこに津崎さんがいる。
眠りたくなくても眠れない、会えないなんてことがなさそうなのが救いだった。
でも今回は、傍らにいたお母さんに声をかけられて。]
何?
あ、林檎は剥かなくていいよ、お腹空いてないから。
[何か食べさせようとしてくれる気遣いは嬉しいが、今は林檎は食べる気になれない。
嫌悪感、というほどのものは、今は感じないが。
自分が殺した女性と、今、生死の境目にいる大切な人。
両方を思うと、食べる気になれなかった。]
絵を描きたいから、もし出来たらだけど、次のお見舞いはスケッチブックとペンを持ってきてくれると嬉しい。
[絵を描くと約束した。
病室の中でもそれは出来るだろうと思って、そう、お母さんに言った。]
[お母さんが出ていくとき、人影が見えて、それが誰だかは分からなかったけど、多少何かを話していたように思う。
それからお母さんがしかめ面をしながら、金髪の男の人があなたにお見舞いってこれを渡していったわよ、なんて言って戻ってきた。
フルーツの入った籠の横に置かれたのは、梅しばの大袋。
ああ、トラくんだ、と思った。
多分、今戻ってきている人の中で、そのチョイスをするのはトラくんしかいない。]
友達。
[そう一言、返事をしたときのお母さんは、まあ嫌そうな顔で。
元々、トラくんは、ぱっと見た感じでは不良に見えるので、それも理解できないことではないのだけど。]
私も、そんなに酷い骨折じゃないし、お見舞いいけるかもしれない。
[そんな言葉はすげなく断られたけど、お見舞い品は代わりに渡してくれるといったから。
トラくんに、チョコレートの差し入れをすることにした。]
【夢の中で】
[一人で歩きたいかもしれないけど、私は側に居ようと思ったから、てくてくと津崎さんの後を追いかけて一緒に展示を見ていた。
一緒に展示がみたいって言ったのに、それすらおざなりで帰って来てしまった自分。
こんな形でも、一緒に展示が見れることに、少し喜びを覚えながら。
いい絵だな、と津崎さんが言った風景画は美術館に向かう間の風景を切り取ったみたいで、何だか皆でバスに乗っていたのが遠い昔のように思えて、少し切なさを覚えたけど。
皆との思い出の一風景を切り取ったような絵は、確かに綺麗だと思った。]
[ゲルニカ。タイトルだけは、どこかで聞いたような絵。
その人々のもがき苦しむ姿、それがとても、見ていて辛い。
今みたいだ、の声にそちらを向くと、少し絵に近寄って、絵を見上げて目を閉じる津崎さんの姿が見えた。
今、みたい。確かに、そうなのかもしれない。
傷つけられて、もがく彼の姿。
それはこの絵に描かれた人たちと何ら変わりはないのかもしれない。
そんな思いで、目を閉じた彼を見て居ると、ふとこっちをみた。
気のせいか、と。]
…びっくりした。
[一緒にいるのに、気づいているのかと思った。]
[電話を取ったから、少し聞くのは忍びなくて、少しだけ離れたら、駆け出していった。
一瞬、びっくりして足が止まるけど。
今度は、その背中を追いかけた。
誰かのために走っているんだろう、そこに私がいてはいけないのかもしれないけれど。
それは、その場所についたとき考えればいい。
今は、ただ、津崎さんの背中を追いかけた。]
──夢──
[「起きたら」と希望的な未来ばかりを話してきたし、「死んでいたら」の話題は敢えて避けて話していた。
この夢の中にいた時から目を覚ましてからもずっと。
徹っちんと話す時は特にそうで。
それが虚勢と優しさだとは気づいて無視していた。
曖昧な「誰か」が死んだって確定した未来は、まだその確率が低いうちはそう思っていられたものがどんどん答えに近づくにつれてそんな希望を口にするのも難しくなるのだとわかってはいたのに。
自分の死の確率が上がっていく中で、徹っちんはじゅじゅに「忘れて幸せになってほしい」と言った。
それが相手の幸せだと思うから、そう考える奴なのは知ってる。
だけど、もしその信じたくない未来が確定してもじゅじゅに徹っちんのことを忘れてほしくない。
徹っちんの願いを無視してそんな風に思ってしまうのはオレの我儘だから、口には出せないけれど。
心配そうに寄り添う様子を見て、余裕なんてなかったと吐かれる弱音を聞いて、これ以上避け続けられそうにない可能性の想定に苦しくなった。]
[松本さんがぐったりと、スタッフルームのベッドの上に寝ている。
その様子を見て、そうだ、次は彼が目覚めるんだ、と何故かは分からないけど、今、このタイミングで実感した。
今こうして眠っている経緯は分からない、分からないけど。
そのぐったりとした様子を見て。
目覚めたくなかったんだと、ただ、そう思った。]
[徹っちんと先輩が話している間は、その会話を聞いていた。
どちらかが死んでしまっていることが決まっている二人。
胸中が穏やかなんてわけないと思っていたし。
ただ、先輩は。
呼ばれることを恐れている側だった。
やたら冷静なことに違和感はあったけど、だからって死にたいと思っているなんて。
何も知らないのは先輩がうまく隠してたからなんだろうけど。
そのことを知る人はいたんだろうか。
なんとなく、いない気がした。
先輩は周りのことばかり気にかけていたから。
先輩と会話を終えてからどこかへ歩き出す徹っちんの後は追わず、じゅじゅが寄り添って歩いていくのを見送る。
観たいと言われてオレが嫌な顔した、あの絵。
名もない人の目で見た景色を閉じ込めた作品。
此処にいるうちに一緒に観ればよかったなって何故か思い出していた。
ここから去る前、一緒に観に行くかと少し考えはしたんだけど。
あの時泣いてしまったら、絵のせいだとしても、なんか、最後の別れみたいになりそうで嫌だったんだった。]
[それから、慟哭がどこかから聞こえて。
先輩が駆け出して、その後を追った。
蹲るまつもっちゃんと、悲痛な声をかけているくっきーがいて。
先輩が取り乱す声を聞いて、漸く、ああ、死のうとしたのかって理解する。
オムライス作る人になるから食いにこいよっ言ってたこと。
生きてたら、矛盾抱えてても生きるってミサミサに言ってたのを思い出して。
だけど、どうして、とは思わなかった。
「みんなに幸せになってほしい」ってまつもっちゃんの願いは、この人が生きることと同時には成り立たないってわかっていたから。
徹っちんや先輩の二人だけ残して還るなんてきっとしたくなかったに違いないから。
スタッフルームに運ばれて、深く眠っているようなまつもっちゃんの顔を見つめる。
生きててよかったって思うのに、それを喜んで良い気がしなくて。
二人で話をしたいと徹っちんが言ったら、なんだかその場にはいてはいけない気がしたから、オレはその場からは立ち去るだろうけど。]
…じゅじゅは、二人のこと、見ていて、見守ってて良いんじゃないかな。
[見守っててほしい、とは押し付けてしまうみたいで言えないけど。
二人が屋上に行ってた時、真っ先に心配したじゅじゅなら、まつもっちゃんに言いたいことがあると言って伝えられていたはずの彼女ならって思ったから、そう声をかけた。]*
…そうかな、津崎さんが二人にしてほしいって言うなら、二人きりにするべきなんだと思うんだけど。
多分ね、聞いてはいけないことだと思う。
津崎さんがそういう風にいうのって、私、あんまり聞いたことがないから。
津崎さんの松本さんを想う言葉は、多分、松本さんだけのものだから。
私は、そこを覗き見して、それを奪ってはいけない。
でもね、ありがとう、トラくん。
私が津崎さんの側に居たがるって思ってくれたんだよね。多分。
話が終わったら、また私、一緒に居ようと思う。
[何を話すのか、気にならないわけではないけれども。
わざわざ二人にしてくれ、なんていうのなら、それは大切な意味のあることで。
私は、スタッフルームの外に出て、そこで話が終わるのを待っていた。]
…そっか、そうだな。
二人にしかわからない話もあるだろうから。
悪い、余計な気を回した。
話が終わったらまたそばにいてやって。
[確かに、じゅじゅと徹っちんの会話はオレも聞かなかったし、気になることでも聞くべきじゃないと思うことはある。
徹っちんが倒れていた屋上で、あの後二人が何を話していたかは知らないけれど、二人にしておこうと思ったことを思い出して。
スタッフルームから出れば、外で待つ様子のじゅじゅを残してその場を離れた。]**
【現実・病室にて】
[スタッフルームの外で、話が終わるのをじっと待っていると、突然視界が真っ暗になって、そこから徐々に意識が覚醒して、目が覚める。
横にはスケッチブックと筆記用具を持ってきてくれたお母さんがいる。
時間を見ると、まだ前回から数時間も経っていない。
トラくんにお見舞いを渡すだけでなく、わざわざ欲しいと言ったものを買ってきてくれたようだった。]
ありがとう、お母さん。
でも、あんまり怪我は酷くないから、そんなに頻繁に来なくても大丈夫だよ。
親戚の人たちにも、大丈夫って伝えておくね。
[そう言っても中々離れないお母さんに、大丈夫だと重ねて言って、病室から出ていく姿を見送る。
心から心配してくれているのが分かる、でも、本当に大丈夫だから。
私は、スケッチブックを開いた。
お見舞いに置かれていたフルーツの入った籠、その中の林檎。
見たくない気持ちはあったけれど、恐る恐る見て、そしてスケッチをする。
絵画の中の女性を、私を想ってくれた女性を考えながら筆を進めた。]
──現実・病院──
[寝たり起きたり繰り返している合間、少し前にじゅじゅのかーちゃんが来た。
お返しにともらったチョコレート菓子の箱はどう考えても梅しばの10倍以上の値段の代物だったので面食らったけれど。
三人一緒にいるのが良いと夢の中で言われたことを思い出せば、一人で食うには勿体なさそうなそれをありがたく受け取っておいた。
足の怪我のためか本人は会いには来られないらしい。
じゃあこっちから行こうかと思ったけど、おそらく歓迎されていないことは雰囲気から察せられたのでやめておく。
いかにも箱入り娘って感じだもんな、という感想が浮かぶ。
うちはといえば親が必要な日用品とか着替え持ってきた以外は、
まるで健康体なバカ息子の心配をして損したと呆れて帰ったきりなのもあり。
病室覗いた時も、売ってるの見たことあるけど買う機会まずないシリーズの果物バスケットとかあったし。
病弱な娘とはその辺の扱いは家族間でも違いそうだ。]
[それに自分の容姿を鑑みれば、親には悪い虫を警戒されるのも無理のないことだろう。
撤っちんも大概歓迎されないだろうなと頭の片隅で考えて。
こんな状況下でなければ、海外行くならついでに攫っちゃえば良いのになんてまた無責任なことを言えただろうけど。
まあでもその程度の訝し気な視線はどうってことはなかった。
戻ってこられない一人の価値を知っていて、その人を大事に思っている相手から不公平だと恨まれることを考えたら、余程。
その一人がどちらであってもその価値を知ってる故に、受け止めなければいけないことなんだろうとは、まだ覚悟ができていない。]**
+27
[筆を徐々に進めて、絵の中の林檎も少しずつ形になっていく。
線は綺麗じゃないし、陰影も上手く捉えられているとは思えない。でも、私は描いた。
やがて、一枚のスケッチが出来上がる。
がむしゃらに描いただけの、少し歪な林檎。
中学やら高校やらの美術の評定は悪くなかったけど、お世辞にも上手いとはいえないその絵。
それでも私は、その絵を捨てなかった。
私が彼女を想って描いた絵。
どんなに下手でも、そこには彼女の思い出と私の想いが詰まっているのだから。
もう一度描きたくなるまでは、これでいい。
そのスケッチを枕元に置いて、事故に遭ったとき持っていた鞄の中からカモイレイの絵葉書を出して、それもスケッチブックに添える。目が覚めたら一番に見えるように。
私を想ってくれた人たちのことを、一番に想えるように。]
[私が選んだのは津崎さんだった。
津崎さんを選ぶために、私は絵画の女性を、工藤さんを犠牲にした。
だから私は津崎さんに好きということが伝えられたのだと思っている。
彼女からもらった勇気や機会を全て生かせたわけではないけれど。
一番に想えるように、といっても、好意を受けたどちらも一番なんてことは言わない。
これは、私が生きてほしいと願う人と、私の背中を命を懸けて押してくれた人の欠片。
選んだ、選ばないの差はあったけれど、この二つは私にとって凄く大切なものだから。
だから、側に置いておきたい。受けた想いを。
その想いを抱いて生きていきたい。]
[それから先に目覚めたトラくん以外の人たちのことを考えた。
トラくんは歩き回っていたけど、みこさんや香坂さんは大丈夫なのだろうか。
命に別状がないだけで、自分のように骨折していたりするのかもしれない。
あまり痛い思いをしていなければいいけど、なんて思いながら、私はお見舞いに行くか悩んでいた。
入れ替わり立ち替わりで、私の様子を見に来てくれる優しい親族。
その人たちの目を盗んで、果たして動けるだろうか。
とりあえず、生還したはずの人たちに怪我の様子を聞いてみる。
大事はない、なんていっても、やっぱり気になったから。]
[目覚めて、今更ながらに、もう会えないかもしれないと思うと、何故生きている側の自分が傷つくのを恐れてしまったのか、という後悔が過る。
傷つけた彼が逃げていくのならそれでもいいのかも、なんて思っておきながら、やっぱり嫌だと呼び戻して。
そこで初めて、傷つけたのが怖かったのではなくて、傷つくのが怖かったのだと自覚した。
それは目覚めて当初に感じたもので、別のことを考えていても時々、やっぱり考えてしまう。
最後、駆けてきてくれたのが、あんなにも嬉しかったのなら。
自分から去ろうとした背中を引き留めたら、もしかしたら、相手も嬉しかったのかもしれない、なんて。]
今更。
[今更、だけれども。]
[じゅじゅからLINEが来ていた。
聞いた話ではじゅじゅの足の骨折はそれなりに痛そうな怪我なのだが。]
『お返しありがとう、すごいうまそう』
『オレは無傷。なので心配ない』
『じゅじゅも無理なく』
『こっちまで来れなくてもLINEならいつでも』
[多少かすり傷はあるのだけど、まあほぼ無傷みたいなものかなと。
虎が強そうなポーズをしているスタンプを送る。
スタンプ履歴の上の方にあるスタンプになんとなく目を落とせば、よっしー先輩のパン屋を教えてもらう話を思い出して、胸の奥が痛くなった。
夢の中の状況を思えば少し眠るのが怖い。
いっそ早く教えてくれと知りたがっていた結果が出るまでの猶予は、もうさほどないのだろうから。]*
──夢──
[スタッフルームを後にしてからは、特別展の絵の前、林檎頭の前に立っているくっきーを少し後ろから離れて見ていた。
還れることがわかったといっても、残された二人のことを考えて、まつもっちゃんの様子を見て、複雑な思いであることは容易に想像がついた。
1/2の確率で死んでいる二人を置いて還るのはきっと、オレが還った時よりずっときつい。
ひとのために何もできないことを歯痒いと、悔しいと感じる性分なのは知っているから。
精神の不安定が影響するらしいこの世界で、還るまでの間に少しでも平穏であって欲しいとは難しい話なのはわかっていても。
彼女が彼女の絵の前でどんな囁きを受けて、
どんなもう一人の自分を見たかはわからない。
何かを話している声は聞こえた気はするのだけれど。
絵に一歩近づいた先で、おかしなことが起きているんだって気づいたのは、強い意志を持った声に自分の名が乗るのが聞こえたのと同じくらい。
近寄る間もなく弾かれたように絵から離れて、一言吐き捨てた後、歩き出す顔にドキリとしてしまった。]
[見合うとか見合わないとか気にしていたようだけど、本当に何を気にしているのだろう。
────こんなにもいい女なのに。
とは、かわいいよりも大分言うのが難しそうだと、誰も見ていない顔を片手で覆った。]**
[あるいはただ単純に自分の意思を告げるのが怖くて。
いつも誰かの好意に甘えて、自分の決断を、こうしていただけませんか?という形で相手に委ねた。
はっきりとこうしたい、こうしなければならない、なんて決意は長続きしなくて、あまり言うことも出来なくて。
…実行したいと思っても、実行に移す勇気はなくて。
でも、津崎さんは自分が勝手に心配すると言ったことに好意を感じてくれていたようだった。
だから、多分、相手を言い訳に使うより、もっと自分で行動するべきだったんだと、本当、今更だけれど。]
もう一回告白しよう。振られてもいい、告白したい。
[せめてまた会えたときには、こうして感じる後悔を伝えようと思う。
命のかかった瀬戸際で、相手を追いかけられなかった人間の言葉がどれだけ届くかは分からないけれど。
もし、彼が生きていたとして、伝えられないのではやっぱり同じだから。]
なんて、決意は立派でも、実行できるかが危ういんだけどね。
[津崎さんを追いかけること、松本さんに頼られること、黒崎さんの重荷になりたくないと思ったこと。
どれも実行できなかったことだ。
所詮、口だけ思うだけで実行できなければ意味がないことは、もう分かっているから。]
だから、逃げないでね。
[自分にそう言い聞かせる。逃げないで、と。]
[LINEを見ると、トラくんからの返信がきていた。
並べられる文面、心配なく、無理せず、LINEならいつでも。
最初の一文を除いた全てに思いやりの言葉があって、本当に気遣いヒーローなんだな、なんて思いながら。]
美味しそう、か。食べてくれるといいな。
[三人で。三人で食べてほしい。
トラくんと、黒崎さんと、津崎さん。
三人揃った姿が見たい、それがあるべき姿なんだと、私は思っている。
あえて三人で食べてほしいとは言わなかったけれど、きっとトラくんならそうするから。]
【現実・病室にて】
[目を閉じると、声が聞こえてくる。
それは優しい、思いやりを持った声。女の人の声。
あなたが辛いときは、私を思い出して。
逃げたくなったら、私を思い出して。
辛いときはあなたを慰めてあげる、私が側に居てあげる。
でも逃げるのはダメよ、それで後々苦しむのはあなただって、もう分かっているでしょう?
私はいつでもあなたの心の中にいるのよ、それを忘れないでね…
その声に導かれるように、私はゆっくりと眠りの中に落ちていく。]
ありがとう。
──現実・病院──
[LINEを返した後、スマホを弄るついでカメラロールを確認するとあの時昼に三人で食べたオムライスやパフェなどが写っている。]
………、また食べに行けると良いな。
[三人で。行けるのだろうか。
くっきーとのLINEはレストラン前の待ち合わせの時が最後になっていて。
そこにあの時の写真を立て続けに送る。]
あの壊れかけのスマホ、まだ生きてんのか謎だが。
[それから、徹っちんからのLINEにはやっぱり夢の中で貰ったURLはなくて。
いつだったかわからないくらいのくだらないやりとりが残っている。
徹っちんのトーク画面にもあの時の写真、それからオレの自撮りを送りつけておいた。
放っておけない友人。
素直に好意をいつでも投げてくれる稀有な存在。
こうして友人の無事を願うと同時に先輩の顔が頭をチラつく。
オレが還ることを、あそこで何か得るものはあったかと聞いてくれた先輩。]
先輩はどうだったんだろうな…。
[あの時聞けなかったことが今更悔やまれる。
あれがどちらのための夢だとしても、もっとオレにも出来ることがあったんじゃないかと考えてしまうのはどうしても止められなかった。]*
──回想・夢の中──
[工藤は夢と現実の間を行き来した。
とろとろとまどろむ中で、悲痛な叫びを聞いた。]
………………。
[工藤は夢の中に立つと、倒れこんだ松本先輩を見下ろしていた。
虫のように縮こまったまま、死のうにも死にきれず、殺してくれと繰り返している。
あたりにはむせかえるような林檎の匂いが漂って、どろりと濡れたナイフが落ちていた。]
……………………。
[工藤はかがみこんでナイフを拾う。それは手に取ることができた。
ナイフは二つに分裂する。床に落ちたままのものと、工藤の手におさまるものと。
そうして、彼の頭の傍にかがみこむと、喉元に刃を押し当て、引いた。]
[くぱ、と皮膚が裂けて、断面が露になる。深く血管と筋肉を傷つけて、命の管を絶つ。
体液が勢いよく噴き出して、工藤の顔を、スーツを汚す。
そのまま気道を確保するように、顎を持ち上げた。
より多くの体液を外に逃がそうと。
だが、すぐに傷は塞がった。
工藤はもう一度喉を切りつけると、今度は頭を抱え込む。幼子をあやす様に。
心臓の鼓動に合わせて、びゅくびゅくと体液が吹きだす様を、瞬きもせずに見つめていた。
やがて小泉先輩たちが駆けつけて、必死に介抱を始めた。
工藤にも首の傷にはまったく頓着することなく、ただ腹の傷だけを癒している。
彼らが必死に手当てをして、励まし続けている横で、工藤は何度も喉を切りつける。
何度も、何度も、切りつけていた。]*
──病院・一瞬目覚めた──
[どれほどの時間そうしていたのか。
きっと武藤先輩が駆けつけた頃には、工藤は消えていたはずだ。
一瞬だけ夢から覚めた時、病室には武藤先輩がいた。
寝ぼけ眼のままレポート用紙と筆記具を受け取ると、レポート用紙を撫でて紙質を確かめ、]
私が普段使っているものと違います……
[もらったくせに余計な一言を言って、再びとろとろとまどろみの中へと落ちて行った。
ジョークの件を問い詰めることも、礼を言うこともできなかった。その時は。]
──また夢の中──
[次に気が付いた時には、厨房に立っていた。手には、武藤先輩からもらったお見舞い品を持っていた。
小泉先輩がいた。何かを作ろうとしているのか、粉を計量している。
工藤は秤の目盛を見た。それからもらったレポート用紙を広げると、何やら書き込み始めようとして、]
…………………………。
[一瞬、じっとレポート用紙と筆記具を見つめた。無表情のまま紙面を何度かさすり、]
…………………………………。
[また黙ってメモを取り始めた。
部屋の温度計を見た。湿度を見た。オーブンの温度を見た。
生地に触れて弾力を確かめた。
何も言わぬまま、ただ小泉先輩の手元を、環境を観察していた。]*
──病院・ミサミサの病室──
悪い、寝てたか。
[眠そうな様子に寝ていたところを起こしたようで悪いなと思ったが手土産は受け取られたので良しとしておこう。]
書ければよくね?
まあ、こだわりがあるなら今度聞くわ。
[あ、寝た。
眠りに落ちたということは会いに行っているのだろう、誰かに。
オレが夢の中で駆けつける前にまつもっちゃんの介錯をしようとしていたことは知らないけれど、ミサミサも残してきた皆のことが心配なのだろうと思う。
オレたち還ってくる側はいつでも会えるのだから、焦ることはないし。
レアだけどあまりまじまじ女子の寝顔を見るのは悪いなと思って、その時は一度自室に戻ったかな。]*
──病院・いつか目覚めた時にうろうろ──
………………。
[工藤はよろよろと起き上がると、寝台から足を下ろした。
服装は普段来ているパジャマ姿だった。家族が持ってきてくれたのだろう。
大きく痛む場所は無いが、病室から出る時にやっぱりおもいっきり脛をぶつけた。]
……………………。
[しゃがみこんでしばらく脛をおさえる。
それから、パジャマ越しに足を数度撫でると、少し荒々しくパジャマの裾をめくった。]
………………………………。
[美術館に入った時にできたでっかい痣は、湿布に守られることなく、むき出しになっていた。
工藤は長いこと、自分の足を見つめていた。]*
──夢──
[よっしー先輩のことを考えていたからだろうか。
何度目かの眠りについて見たのはくっきーとよっしー先輩が話しているところだった。
さすがに手洗いにはついていかないが、その辺りの細かいところは夢の中では認識していない。
青白い顔をした先輩の第一声は、自分のことではなく徹っちんが亡くなっていたらというものだった。
もし二人きりで残って…の問いを自分に当てはめて考える。]
徹っちんとだったら、いつも通りくだらないこと話して。
あと歌を歌ってもらって。
何か楽しいと思えることをいろいろする。
それから、聞けなかったこと、もしかしたら聞いてほしかったかもしれないことを聞く。
オレのことを知りたいと言っていたけど、特に深いものなど何もねえんだよな…、まあ、そのことを正直に言うかな。
[くっきーの言うように、それが誰であっても最後に笑って別れられれば良いと思う。]
[ただそれが誰であっても「忘れてくれ」と言われても忘れることはないし、忘れたくないから。
オレは忘れてほしくないので「覚えていてほしい」と言うだろうから。
誰かの記憶に残りたくて、誰かを記憶に残したくて。
そんな時間を過ごしたいと思う。
そう思えば、会えなくなる誰かのことをオレは記憶に残すことはできるのではないかと思う。
あの時間に出来なかったことは多くとも、こうして見守ることしか出来なくても。
──例え本人が望まなくても。
そう思ってしまうのはオレの我儘なのはわかっている。]*
【夢・スタッフルームの前で】
[二人が何か話している気配を感じながら、津崎さんが出てくるのを待つ。
でも、何だか、大切な話をしているのだろうなと思いつつ、私はただひたすらスタッフルームの前で待っていた。
ふと、思い出す。並べられた荷物。変わっていた装い。
私はね、長い間夢にいるんだし、お湯を浴びて着替えたくなったんだと思った。
でも、多分、違うってこと、分かってる。]
分かってるよ…
[並べられた荷物、サコッシュ、それにつけられたキーホルダー、絵葉書、私のハンカチ。
サコッシュに兎のキーホルダーつけてくれてたって、私、その時気づいたの。
こんな、何もかもが、本当に遅いの。私。
でも、困らせるだろうけど、もう一度だけ言わせてほしい。
好きだって、言わせてほしい。]
──夢・厨房──
[猫型に成形されたクリームパンをじっと眺めていたが、ふと床を見下ろす。ちょうど小泉先輩が蹴とばした林檎が、ころころと転がった。
ぱっくりと口を開いて、林檎がしゃべりだす。
泣き声なのかも、工藤には判別がつかなかった。ただの喚き声として認識した。]
……『はは、ちょっと我の強い“林檎”を踏んでしまったんだ。
でも、踏んだら、少しだけすっきりしたから。
臭くて悪いな。』
[かつての小泉先輩と全く同じ口調。声質だけを工藤のものと置き換えて、蓄音機で再生したかのようだ。]
……………………。
[小泉先輩の悲観的な独白。彼が特別展の絵に愚痴を吐きに行っても、もはやその絵は意思を宿さない。だからその場所にいる人が掬えばいい。
存在しない工藤は一言も発することなく、じっと林檎を見つめ続けた。その間も喋っていたならば、幾度も”普通”と繰り返す林檎を。
その林檎が誰の意思を表しているのか、工藤には知る由も無い。
小泉先輩が出て行っても、工藤はそこに留まった。喚く林檎と二人であり続けた。
そうして、数分後。右足を振り上げると、勢い良く踏みつぶした。
林檎は跡形も無く消える。辺りには濃厚な林檎の香りが立ち込める。]
……とても臭いです。
[全くすっきりしなかった。]*
──閑話・工藤‘──
[特別展の絵は最早しゃべることは無い。
朝霞の生み出した絵も、動き出さない。
けれど朝霞には彼女の声が聞こえるのだろう。絵そのものが独自の自我をもって動き出すことは無くとも。
朝霞の中の女は、朝霞の理想が投影されて、少しずつ変容していく。
彼女が最も欲する言葉を、違うことなく口になる。自我を持つ生者の身では叶わぬこと。
朝霞は自らの本音を、彼女の口を借りて探しているのだ。
女は何も答えることなく、ただ朝霞の絵の中に在る。
だから、見栄も建前も虚勢も、何もかもを取っ払って話しかけられる。
それが、死者の持つ力だった。]*
【夢・スタッフルームからレストランへ】
津崎さんと松本さんは、二人で支え合うようにして出てきた。
二人の表情から、彼らにとってお互いがどれだけ大切な存在か伝わってくるようだった。
津崎さんと絵の中の工藤さんのお陰で、私はその類いの好意にいつの間にか凄く敏感になったようで。
その二人を見て、私は笑った。
何故かは分からない。
切なくなかったわけではないし、自分も彼を支えたかったという気持ちがないわけではない。
でも、それが出来た者と出来なかった者の違いは大きくて。
どうしたってそれは、私の覚悟が足りなかったせいだから。
それでも津崎さんへの想いは消えないけれど、それは凄く我儘で。でも、もう決めたから。
誰かを言い訳にしないと決意したのに、あの時津崎さんが去っていくのを彼の気持ちを言い訳にして追いかけなかった自分。
そんな自分を許したくないけど、自分では許してしまいそうだから。
松本さんが帰ってきたら、思い切り殴ってもらうの。
松本さんの大切な人を傷つけた私を殴ってもらう。
知らねえよって言われるかもしれないけど、お願いする。
狡いけど、それは必要なことだから。
やっぱ先輩、パン屋なれば良いのに。
[粉からパンを焼いたという先輩についていきレストランに入ると焼き立てパンの良い匂いがした。
好きなことを仕事にするのは難しいというが、既に先輩はパン屋で働いているし。
パン屋でバイトしていても趣味でパン焼くのは好きじゃないとやる気にならない作業だろうとは推測できる。
“パン屋になれば良い”。
その言葉がどれほど残酷なものかをオレは知らない。
先輩が生きていたとして、いや、生きていたら余計に傷付けるだろう言葉ということを。
就職先の話を聞いた時、つい口に出しそうになってやめた話。
そしたらいつでも会いに行けるのに、なんて。
果たせるかわからない先の約束とどうあっても果たせない未来は全く違う。]
……先輩にだって生きててほしいよ。
[当たり前だ。
こんな誰かの生を望めば誰かの死を望むみたいな状況を慈悲だと割り切るのは難しい。]
[やがてレストランに現れた徹っちんとまつもっちゃんの表情や雰囲気は、スタッフルームを離れる前より大分いつも通りになっていた。
徹っちんはまたまつもっちゃんを救ったのだろうとどこかで確信する。
助けようとして咄嗟に屋上から一緒に落ちてしまうくらいに救いたいと思っていることは知っているから。
多分それは徹っちんにしか出来ないことなんだろうから。
自分が死んでるかもしれないのに、そうあれる徹っちんはやっぱりいい奴だよ。
ほんとにいい奴は自覚してないらしいけどな。]*
[そして出来るなら。
私に沢山のものをくれた二人のことを、側で見守っていけたらいいと思う。
傷つけて、逃げて、寄り添えなかった、頼りにしてといったのに、頼りになる存在として存在出来なかった自分だけど。
この生死の狭間で何回も後悔した、そのことを抱えて生きていきたいから。
現実に戻って、これから私も傷ついたり、それでも前に進んだりしなければいけない。
そのときに逃げたくないから。
本当に頼れる存在になって、二人のことを見守りたい
そしてそれが許されなくても、やりたいことは同じ。
傷つくことを恐れない人間になりたい。
私の前に、どんな形でも私を求めてくれる手が現れたとき、それを迷わず掴めるように。]
[やっぱり自信はないけれど、何度も言い聞かせれば逃げないんじゃないかとも思って。
私は何度も繰り返す。
逃げないで、と。
そしてその声に応えて、私の中の女性が私を支えてくれるのだ。
逃げてはダメ
と。]
──病院──
[物珍しいという理由でうろうろする場所ではないのはわかっているが。
もうじき目覚めるだろう顔を思い浮かべて、それから、次に呼ばれる最後の名前の受け止め方もまだ覚悟が出来なくてどうにも落ち着かずに廊下を歩いていた。
ふと顔を上げると蹲る小柄な人影が見えて。]
ミサミサ?どっか具合悪いのか。
[駆け寄ってみれば、その視線は痛々しい痣を見つめていただろうか。
世界が一度真っ暗になる前にできたという痣と同じ場所だと記憶はしている。
しゃがみこんでいるのは新しくぶつけたりしたのか歩いたら痛み出したのか。]
ちょ、ちょっと待ってろ。
[幸い病院だしと廊下を早足で看護士を探す。
状況を伝えて彼女の元まで連れて行けば、応急処置を施してくれただろう。]
そういえば他に怪我とかないか。
ほら、じゅじゅから来てなかったか?LINE。
[でかい痣に湿布か何かの処置がされて落ち着いたら、思い出して聞いてみる。
病室から動けないらしい彼女はおそらく他の皆に聞いているのだろうと思って。
もう返していたかもしれないけれど、ミサミサはあまりLINEに反応してた記憶がないもので。]
……、「脛が痛いですね」って返すのはどうだろう。
[他の怪我の有無も聞く前にそう得意げにアドバイスしておいた。]*
[不意に聞こえた、小泉さんの私の体を慮る言葉に、胸が締め付けられる。
三人で一緒にいてほしいと…今は松本さんを含めて四人だけど…そう願った。
津崎さんに生きていてほしいと願った。
そしてそれは同時に小泉さんの死を願う言葉。
許されなくてもいいから、そうなればいいと思っていた。
けれど、こうして、小泉さんのその言葉を聞いてしまうと。
私は本当に様々なものを研究室の皆からもらっていて、そこには勿論、小泉さんの姿もあった。
その小泉さんの死を願うこと。
それがとても苦しくて、本当は誰にも死んでほしくなくて。
それでも津崎さんに生きていてほしくて。
私が死ねば。その気持ちがある。でもそれは私ではなかったから。
津崎さんが生きていればいい。
それが小泉さんの死を願うことになったとしても。
改めて、そう、思った。]
──夢──
[よっしー先輩が焼いたのは猫型のクリームパン、バスの中でかわいいと言ったら気恥ずかしそうにぶっきらぼうな返事をしていたことを思い出す。
チョコペンで顔を描くのは結構難しそうだ。
くっきーの描いたちょっと不恰好な目のでかい猫を見て笑ってしまうけど、オレが描いたら多分ひどい出来になるのはわかっているので文句は受け付ける。
先輩がパン屋でどこまで担当してるか知らないけど上手いんわだろうなというのはわかっていたけど、まつもっちゃんがやたら上手いのも意外でまた笑ってしまった。
バスの中で猫パンは1/4はまつもっちゃん、1/4は徹っちんの腹に収まったはずだ。
焼き立ての美味さはまた格別なんだろうけど。]
[そう思えばこの4人の中ではくっきーだけ初めて食べるんだなと。
めちゃくちゃ美味そうに食ってる顔を顔を綻ばせて眺める。
そりゃ羨ましくはあるけどそこまで食い意地張ってないので申し訳なく思われてるとは思わなかったが。
かわいく出来上がった猫の顔を見ながら先輩のバイト先に虎型のパンを買いに行く約束のことを想って。
どうせ大量に虎のパンは買う気だったし還ったら買ってきてやろうかなと考えてから、一緒に行けば良いかと思い直した。]*
[そんなことを考えてたら、まつもっちゃんの声がして。
紡がれる言葉は、避けていても誰も責めたりしないだろう話題。
心の中に隠したままでも良い話。
生きてて欲しい誰かがいても、他の人に死んで欲しいわけじゃないし生きてて欲しい。
同時に叶わないとわかっているからといって、"願っていけないことではない"のだと初めて気づいた。
皆に生きていて欲しいけど、自分はいいからなんてオレには言えなくて。
その癖誰に生きてて欲しいかを明言することは、代わりに誰かの死を願うようなことだと思って出来なかったオレに伝えてくれた言葉をもう何度目か、思い出す。
それはまつもっちゃん自身が死ぬことが一番だと彼が思っていたからこそ、オレに罪悪感を抱かせないために言った言葉なんだろうって気づいてしまったから、やっぱりズルいなって思う。
だから、還ってきたら。
不本意な生還だとしても、困らせるとしても、「生きててよかった」って言うよ。
どちらの命が消えてしまったとしても。]*
[松本さんから紡がれた言の葉は酷く、私の胸を抉った。
それは私が決意したのと逆のこと。
小泉さんに死んでほしいわけではないけれど、津崎さんにより生きてほしいと願うなら、小泉さんに死を願わなければならないと考えていた私にとって、あまりに眩しい言葉。
どっちも生きていてくれ、それは願えなかった。
願えなかったその言葉を口にする松本さんを見て、私は涙を溢す。
なんて、綺麗な言葉なんだろう。
心の底から、他者の無事を祈る言葉。
人を犠牲にすることを良しとせず、最善を祈る言葉。
たとえそれが叶わなくとも、願っていけないわけではない。
それでも、人が死ぬことが分かっていてそれを願うのは、とても勇気のあることだ。]
本当に、皆、生きてたら…
[生きてたら良かった、私が死ねばよかった。
でも違うんだ、きっと、私が死ねばいいという話ではないんだ、これは。
皆で生きていたいんだ、皆で、帰りたかったんだ。
誰一人、欠けることなく。皆で。帰りたい。現実に。]
帰りたい…
[帰らせて、あの、誰一人欠けていなかった頃に。]
[覚悟を決めたつもりでいて、私は津崎さんの死の可能性から逃げているんだなって改めて気づく。
自覚すらないなんて驚きだ、改めて自分に呆れる。
津崎さんと松本さんに寄り添って生きていてほしい、黒崎さんやトラくんと三人揃ってヒーローズで楽しく生きていってほしい。
拒絶されても、今度は話を聞きにいきたい、伝えられなかったことを改めて伝えたい。なんて。
津崎さんが死んでしまったら、もう出来ないことなのに。
彼が生きている想定でいつも考えて。
もし、彼が死んでしまったらどうしよう、なんて、きっと考えないようにしていた。
…とりあえず、トラくんや松本さんに人となりを聞こうと思う。出来るなら黒崎さんにも。
私には出来なかったこと、本人に聞けなくなってしまった後でも諦めたくないのなら、そうするしかない。
そして、小泉さんがいなくなってしまったら。
こっちはもう、決まってる。
私は彼の居たパン屋に行く、たとえそこにもう本人は居なかったとしても。
出来るなら香坂さんや工藤さんと一緒に。
小泉さんの面影を追おうと思う、だって行くって約束したから。]
【現実・病室にて】
[涙に濡れながら目を覚まして、私は歩こうと思った。
考えてはいたことだった、親戚の目を盗めるかなんてことを私は気にしていた。
でも、話を聞きに行くのなら、殴られに行くのなら、お見舞いに行きたいのなら。
自分の足で歩かなければならない。
動いちゃダメと言われて、大人しく従っていたけれど。
それでいいのかと考えれば、良くないと思う。
だから、私は松葉杖を取った。
そして廊下に出る、一歩ずつ、一歩ずつ、ふらふらとよろめきながら]
[足が痛かった、痛かったけど、動けないわけじゃなかった。
支えを使っても、私は自分の力で着実に、前へ前へと進んでいた。
動けないと思っていたのは、私の思い込みだった。
出来ないと思ったのは、私の甘えだった。
痛みにさえ堪え忍べば、私はしっかりと前に進むことが出来た。
そして私は歩く、どこへともなく、ふらふらと。
やがてお見舞いをしよう、なんて気持ちになって。
真っ先に行こうと思ったのは、トラくんではなく、工藤さんの病室だった。
勿論、トラくんはお見舞いに来てくれた人だ。
ちゃんと対面して話したいこともある。
でも、私は工藤さんに会いたかった。
絵画の中の工藤さんとは違う、不器用で言葉足らずな工藤さん。
彼女に私は絵画の工藤さんに会わせてくれたお礼を言ったけれど、もう一つ言いたいことがあるから。]
[還ってきてくれることが、還ることを嬉しいと思ってくれることは待つ側への救いだ。
マスクの下は見えないけど、どこか機嫌の良さげな徹っちんを見る。
徹っちんには海外にいるばあちゃんのこととか、これからも続けるだろう歌のこととか、生きたい理由はたくさんあるはずで。
徹っちんはオレの持ってないもの、たくさん持っているから。
いつも褒めてくれるけど、オレが羨ましいと思うもの、憧れるものを徹っちんの方が持っているんだってこと、ちゃんと知っといてほしい。
だから、一人を忌まなくても。
生きたい理由の中にオレも在ってくれたら良いと思う。
くっきーやじゅじゅ、まつもっちゃんと、徹っちんを想う人の分だけ生きる理由があれば良いと願ってしまう。]
[先輩は死にたいと言ったけど、津崎が亡くなっていたらどうしようと言ったけど、先輩にも還りたい理由があるはずで。
あってほしくて。
先輩はそれを考えないように、自分が残ることを前提にずっと過ごしてきたのかもしれない。
それでも、この研究室の面々が少しでも還りたい理由であって欲しい。
もし還りたい>還りたくないが先輩の本心なのだとしても。
還った時に、それを悲しいと、申し訳ないと思って欲しくない。
偶々順番が違っただけでそれはオレも同じ立場だから、それは自分への戒めみたいなものかもしれない。]*
【現実・工藤さんの病室にて】
工藤さん、失礼します。
[痛む足で、私は工藤さんの病室を訪ねた。
LINEで先に、今から訪問します、とは送っておいたけど、そこに彼女は居ただろうか。
もし、居たなら、彼女に伝えたいことがある。]
工藤さん、まずはお怪我、大丈夫ですか?
[また痣が出来ている、とはいえ、私は以前の痣について詳しいところを知らないのだけど。
そうして、前置きをしてから、私は話す。
彼女に話しておきたかったことを。]
あなたに伝えたいことがあって来ました。
私は、絵画の中のあなたと話させてくれてありがとうと言ったけれど。
私は、これからあなたとも話していければと思っています。
こうして、二人とも現実に帰ってきて、私たち二人とも、これからがあるから。
否が応でもこれからがあるから。
だから、この先のあなたの人生に私を付き合わせて下さい。
私はそうしたいと思ってる。
[近々訪れる、津崎さんか小泉さんとの別れ。
彼女がその瞬間の痛みに共感してくれるとは、正直あまり思わないけれど。
でも、感じないわけではないはずで。
何かを喪い、生きていかねばならない痛みを彼女も感じるのなら。
死者の想いを拾おうとするなら、傍らで自分も拾わせてもらおうと思う。
それは痛みに向き合う上で、甘えなのかもしれないけれど、私はそういう経験を分かつべきだと思った。
生きていく上で辛いことを、誰かと分かつべきなのだと思う。
それは彼女だけではなく、皆にも当てはまること。
そして約束を、出来るなら彼女と香坂さんと三人で果たそうと思った。]
──病院・これは審議で脛──
[湿布は消えたというよりも、最初から存在しなかったのだろう。
変色した肌をじっと見つめていると、武藤先輩が通りがかった。]
どっか具合悪いのか。
はい。脛をぶつけました。
[駆け寄ってきた武藤先輩を見上げると、彼はすぐに看護師を連れてきた。
別に骨が折れているわけでも無し、放っておけば数日で治るが、痛みは弱くなった。]
[甘えと形容したけど、逃げたいわけではなくて。
痛みから逃げたいわけじゃない、誰かの痛みに共感したい。
誰かが聞いて、と思うときに、どうしたの、と返せる人間になりたい。
自分の気持ちは自分のもので、気持ちそのものは分かつことは出来ないのかもしれないけれど。
そのときどう思ったのか、は聞くことが出来るから。
むしろ、聞かないことこそ逃げだと思うから。]
誰かが私のために何かをした時。
なんか落としたものを拾ったとか、こけたときに支えてくれたとか、そういうことしてくれた相手には「ありがとう」って言うと言い。
私が嬉しかった時か、自分に利があったと感じれば。
[看護師にはおそらく怪訝な顔をされただろうか。工藤は気にするそぶりも見せず、看護師とじっと見つめ、「ありがとう。」と言った。それから武藤先輩のことも見上げると、]
武藤先輩が看護師を連れてきました。ありがとう。
[黒目を動かすことなく言った。
それから、しばらくの間黙り込んだ。
LINEの件を言われて、こう答えた。]
小泉先輩が私に利があることをしたので、今ここに居るのは私です。
小泉先輩にはお礼を言いませんでした。そしてもう会わないかもしれません。
[抑揚無く、事実をなぞらえた。会話のテンポを掴むのが遅く、移り変わった話題についていけない。自然と流れを掴むことができる武藤先輩には、一瞬理解できなかったかもしれない。]
[特に小泉先輩の話題を続けるわけでもなく、LINEの話題に追いつく。]
他に怪我とかないか。
ありません。
[LINEには確かに連絡が来ていたが、返事はしていなかった。
それからなぜかどや顔の先輩を見上げて]
どうだろう。
[言いながらもLINEを開いた。]
『武藤先輩が「脛が痛いですね」って返すのはどうだろうと言いました。
松本先輩は以前、親父ギャグのことを「年老いたおっさんは思ったことを無意識に口にしちまうらしい。それがオモロでもおもろくなくても」と言っていました。』
[悪意はない。]*
【少し先の夢の中・レストランにて】
[黒崎さんと松本さんのやり取りが耳に入る。
正直なところを言ってしまえば、私は松本さんが死にたいこと、仕方がないと思う。
一番最初、一人になったのを咎めたときにも私は、
“一人になりたいときには言ってほしい”と言った。
勝手に一人になったのを咎めたのであって、一人になったことそのものを咎めてはいない。
そして松本さんは、どうあっても皆の嫌がることは積極的にしない人だ。
死にたいというからには、それ相応の理由があって。
それが、あのとき二人でやり取りしたことにあるのなら。
いや、多分、きっとそうなんだと思う。
津崎さんが一人になりたくないときに、寄り添ってくれたのが松本さん。
だったら津崎さんが先に死んでしまったら、追いかけないわけがなくて。
それで、良いんだと思う。私たちが悲しいのとは別で。
津崎さんのことを想って死ぬのなら、それを津崎さんが止めないのなら、二人にとってはそれで良いんだと思う。]
[今の津崎さんの気持ちがあのときと一緒かは分からないけれど、私は津崎さんに“朝霞が生きてて良かったと思う”と言われたから、絵画の中の工藤さんを犠牲にしてきたから、生きようと思うところもあって。
死にたい気持ちもあるけれど、私を想ってくれた人の意思を無かったことにするのは嫌で。
もし、津崎さんが松本さんに一緒に死んでほしいといって、それを松本さんが了承して、二人が幸せなら。
私は多分悲しいし、松本さんに死にたい理由を聞くとは思うけど、死ぬことを咎めようとは思わない。
それは私には出来ない、望まれなかった、もしくは気づけなかった寄り添い方の形で。
松本さんが、私に死の重みを手渡してくれるなら、私は松本さんが死んでもいいと思っている。
ただ、最期に、死ぬときだけ、連絡してほしいと思う。
津崎さんを想って死んでいく人のことを、私はせめて覚えて生きていくから。]
[津崎さんが立ち上がり、厨房へと入っていく。
松本さんは追いかけなかったけど、私は姿が見えないわけで。
ううん、松本さんと二人きりという状況でもないなら、私はもう、津崎さんの側を出来る限り離れたくなくて。
だからそっと、厨房の中を覗く。]
──病院・ミサミサと──
[前にぶつけた場所と同じ場所ぶつけたんなら災難だなと思いつつ、お礼を言う理由は知っていたので、看護師が怪訝な顔をしていても、そうだなって顔で黙って聞いていた。]
おう、ミサミサに利があったのはオレも嬉しいぞ。
[相変わらず真っ直ぐ見つめたまま告げられた礼に笑って返す。
それから、じゅじゅからのLINEの話をしたのに先輩の話が出てきたので少し目を丸くして、言っている意味を咀嚼している間に次の話題の返事が返ってきた。]
ほかに怪我がないならよかったが…、
[スマホに文字を打ち込む文言が「脛が痛いですね」の一文より明らかに長い、オレが言ってたとは言わなくて良いと口を挟みかけたが更に親父ギャグの話を付け加えた当たりで降参した。]
いや、まあ、ジョークと親父ギャグは紙一重なので…。
じゅじゅもウケるはずだ、きっと…。
[ハメられたと言われた件をきっちり学んでいるな…と思えばオレが恥ずかしいことくらいは我慢しよう。]
……、先輩にも還ってきたらお礼言えばいいさ。
そうだな、もし会えなくても…、
ミサミサ自身のこと、これからも大事にしてやってくれ。
先輩のおかげで此処にいるなら、それが一番嬉しいはずだから。
[それから漸く咀嚼し終わった先輩の話を今更出すのは混乱させたかもしれない。
絵の中と入れ替わったまま戻った可能性のことは理解してないけど、彼女が此処にいることを先輩は望んだのだということだけはわかったから。]*
[歌、好きなんだなと思った。
私にロマンチックな歌を歌ってくれたときも、ちょっとおどけた感じで、凄く綺麗な歌声で歌ってくれた。
私の愛がないと死にそう、か。
今、こんなに想っていれば、ともすれば彼は死なないだろうか。]
行って、トラくん、行って。
[黒崎さんと津崎さんが話すらしい。
でも、そこに私が居ていいものか、分からない。
でもトラくんは、絶対悪いなんてことない。
だって二人の親友なんだもの。
トラくんが近くにいるなら、私はトラくんをひっつかみ、ひたすら行ってと繰り返しただろう。
私は、迷ったけれど、行くことにした。
そこに私の存在する余地がないなら、離れるから。
それでも出来る限り一緒に居たいという気持ちを優先することにした。]
──夢・厨房──
[やがて小泉先輩が戻って来て、焼き上げの段階に入った。
工藤はうろうろと手元をのぞき込み、オーブンや溶き卵の温度を確認し、しまいには余った溶き卵に指を突っ込んで、付着した分を舐めた。]
……………………。
[やがて香ばしい香りと共にパンが焼き上がる。
皿の上で放熱している間、粗熱さえ取り切れぬ頃、やけどしない程度にまで冷めると、一つ手に取った。
皿の上には相変わらず四つのパンがある。だが工藤の手元にもおさまった。]
[それをじっと見つめると、大きく口を開けてかぶりついた。]
………………………………。
[まだ熱い、ゆるいカスタードクリームが、断面から溢れそうになる。
工藤は無言で咀嚼しながら、立ち上がる湯気を見つめた。
その香気を嗅いだ。
パンを半分に割って、生地のちぎれる弾力を感じた。
冷めていくにつれて硬くなるクリームの流動性を確かめた。
咀嚼して唾液と混ぜ合わせ、パン生地がまとまっていく速度を数えた。
呼吸と共に鼻腔を抜ける香りを確かめた。
鋭敏な五感を全て使って、小泉先輩の作ったクリームパンを観察した。
一つを食べ終わると、もう一度手に取った。
そして同じことを繰り返した。
同じクリームパンでも、今度はもっと冷めていたから、一度目とは全く違う味だった。
食べるたびに違う味になった。
その記憶を体に刻み込んだ。]
[やがてパンはレストランに運ばれて、お絵かき大会が始まる。
チョコペンで個性豊かなネコチャンが出来上がっていくのを、じっと見つめていた。
ちなみにこの作業は工藤もやったことがある、数少ない特技だ。
規定量ぴったりで顔を描くのが得意だった、だがあまりにも判で押したように同じ顔に仕立てるので、面白みに欠けるネコチャンズだと不気味がれらることもあった。
しばらくは和気あいあいとお絵かき教室をしていたが、やがて沈鬱な空気になる。
黒崎先輩が、工藤には無い魔法を使って、松本先輩の心を言い当てた。
いつからか、朝霞さんや武藤先輩も集まっていただろうか。もしかしたら夢から弾かれた生者たちは、幾重にも夢の境界にはまりこんで、姿が見えないかもしれなかった。
工藤はじっと松本先輩を見つめていた。]
……………………。
[何も言わずに、ただ真っ黒な目で見つめ続けていた。]*
ああ、そうだな…、あの二人はどっちも世話が焼けるからな。
[別に二人の間にオレが常にいる必要はないって思ってはいたけど、それとは関係なく、やっぱりどっちも放ってはおけなくて後を追った。]*
【現実・工藤さんからの返信】
うーん、ちょっと把握するのに時間かかる…かな。
[脛がいたいですね、多分、脛と文末のですねを掛けているのは分かる。
一瞬理解が追いつかなかったけど、多分そういうことだ。
でも“松本先輩が親父ギャグのことを歳取ったおっさんはな何でも口に出してしまうらしい、それがオモロでもオモロでなくても”の一文がよく分からない。
親父ギャグは歳を取ったおじさんの言うことで、ギャグの内容が面白くなくても口に出してしまうと、そういうことだろうか?]
それ、トラくんが歳取ったおじさんってことにならないかな…大丈夫?
[トラくんが親父ギャグを教えて、それに豆知識を加えた形なのは何となく想像がつけど、文面的に別の意味に捉えられてしまって仕方がなかった。二人がやり取りするのは微笑ましいけど。]
[少し前。まつもっちゃんとくっきーの「待ってる」に残る二人からはほぼ返答はなく。
もう還れないかもしれない二人の胸中は生きている身にはきっと測りきれないほどに深いところにあるのだと思う。
爆発したくっきーの言葉は、残していく側としてはよくわかるものなのだけれど、やはり先輩や徹っちんからは反応はなくて。
代わりに反応したまつもっちゃんの希望を察したらしい「死ぬ気でしょう」って話にまつもっちゃんは曖昧に返して。
徹っちんが何も反応しないことからそれを少なくとも容認しているのだろうなと思った。
まつもっちゃんの「死にたい」が「いきたい」に変わったことは多分大きな意味がある気がして、そこに当てはまる漢字が例え悲しいものでも、何も言うことはできない。
徹っちんがそれで良いというなら尚更、
と考えてたら場がバラバラになってきたので、どうしたもんかな…と思っていたらじゅじゅの必死な声がして、くっきーを探すという徹っちんに気付きを追った次第だ。
じゅじゅの様子になんだかあの時みたいだなと思う。
だから心配している彼女がついてくることは何も悪いことだとは思わない。]*
[話しかける津崎さんはあのときみたいだなって思った。
あの優しい声、差し伸べられる手。
きっと何かを諦めている、あの手。
あのとき、あのとき私が、後を追いかけられていれば、何度目かも分からない今更な後悔が胸の中を蹂躙する。
その手をはっきりと掴んで、ずっと側に居てほしいと、我儘を言いたくなってしまうのだ。]
[多分、松本さんに会えなくなるとかの問題は、あまり気にかけてないんだろうと思う。
だってもし、死んでしまっていても、松本さんは津崎さんを追いかけていく。
生きているなら、また会える。
それだけのことだから。
上へと昇っていく二人を追いかけて、私も歩く。
私はマブダチではないけれど、やっぱり追いかける。
ともすれば、これは津崎さんが親しい人間にかける、今際の言葉。
私が横合いから奪っていいものではないのかもしれないけれど。
それでも後を付いていく。付いていきたかったから。]
[上に向かう二人の後を歩いて。
二人きりになった時の徹っちんとくっきーの直近の会話は確か徹っちんが暴れてくっきーが止めた時の言い争いみたいな感じだったから、普通に話せる時間がとれたようでよかったと心底思う。
二人が仲良くしたいってことは知ってるけど、お互いの思い込みとか言葉足らずですれ違うことが多いみたいだし。
だから二人が穏やかに話せることは嬉しいのに。
徹っちんは後悔ないようにしてんのかなって思うと、これが最期の会話だと思ってるんじゃないかって思うとどうしても、胸の奥が苦しくなった。]
[恐ろしい焦燥感が身を焦がし、私はやはり津崎さんに生きていてほしいと願う。
私はもう、綺麗で純粋な願いも言葉も要らない。
津崎さんに生きていてほしい、幸せになってほしい。
そのための犠牲は厭わない。
自分が傷つけたのに、他者の犠牲は厭わないなんて最低なことを望んでいるとは思う。
でも私は願う。
小泉さんに許されなくてもいい。
津崎さんに生きていてほしい。]
[津崎さんが好きだと思ってくれていた私より、多分幾分か穢れた考えだと思う。
狡くて、弱くて、逃げ腰だった私の唯一の美点だったかもしれない、人を犠牲にすることを厭う心。
それはもう、私が自ら投げ棄てたものだから。
生きていてほしい、何度だって願う、生きてほしい。]
…徹っちんは大事な友達に時間を割くことを厭わないから、その遠慮はしなくて良いんだがな。
[どうにもくっきーはその辺り自分に向けられる感情への自覚が下手だとオレは思う。
怖がりだから仕方ないというのはわかっているけど。]
歌…
[やはり彼は、歌うのが好きなのだ。
好きというより、人生そのものを表しているのかもしれなかった。
歌は彼にとって、感情の代弁者であり、共に育ってきた理解者なのかもしれないと思った。
彼の歌う歌は、残念ながら数回しか聞いたことがないけれど、どれも雄弁に彼の心を語っているように思えたから。]
トラくん、ここに居ていい?
[居るつもりだったが聞いてしまった、津崎さんは友達への歌をこれから歌う。
その間に何者も入ってほしくないのではと思った。]
勿論良いと思うぞ。
きっと徹っちんは気にしないし。
[マブダチのための歌だとしても、届く先はいくつあっても良いと思う。歌は徹っちんが生きてるって証だと思うから。]
[話を聞けばやっぱり歌は彼の代弁者か理解者のようで。
歌を通して表現するのだ、自分の素直な気持ちを。
嘘偽りのない本心を。
言葉に出来ない複雑な想いまで。]
──病院・病室に朝霞さんが来た──
[工藤の怪我はせいぜい痣ぐらいで、それも事故由来ではなく事故前にコケたあれだ。
LINEでは病室を訪れるという連絡は事前に来ていたから、行違うことはなく。
ちなみに完全に後出しだが、工藤も目覚めてから朝霞さんの病室を訪れていただろう、おそらく朝霞さんは寝ている頃だっただろうし、親戚だか従業員だかに阻まれて病室には入れなかった。
入り口で『朝霞さんには夢の中で記憶の混濁が見られました。頭の精密検査を受けることをお勧めします』とウダウダ主張していたら追い返された、頭の検査は工藤がやられた。
話を戻そう。]
はい。まずはお怪我、大丈夫です。
[それから工藤はじっと朝霞さんの目を見つめ、黙って彼女の話を聞いていた。
体の向きを、朝霞さんが話しやすいように変えることも無く。
穏やかな眼差しで話を促すことも無く。
ただ、観察しているようにしか見えない瞳を、絵の中の女と同じ顔で向け続けた。]
…………………。
[人が死ぬということ。それに涙を流せないこと。
いくら痛みが胸を突き刺そうとも、それが表面を揺らすことは無く。顔の下には膜があって、感情が表面化するのを阻んでいるかのよう。
朝霞さんとも、きっと共感はできないのだろう。
けれど、微動だにしない表情の、その下の心を慮る魔法を、彼女は持っている。]
私の人生に、朝霞さんは付き合いたいと思っている。
[工藤は繰り返した。そしてもう一度言った。「私の人生に、朝霞さんは付き合いたいと思っている。」
それは工藤にとって、全く理解ができない時にする癖のようなものだった。]
私は絵の女ではありません。
彼女のような言動を期待されてもできませんが、そのことを分かっていますか。
[工藤は朝霞さんの目を見つめたまま確認した。
入れ替わっていた間も、意識はあった。
自分よりも絵の方が優れているとは、最早思わない。彼女には彼女の、自分には自分の魔法があると知った。そして自分の魔法を使って生きていくと決めた。
しかしコミュニケーション能力に関しては、間違いなく絵の中の女の方が上だった。朝霞さんの相談に乗るなど、工藤には決してできなかったこと。
朝霞さんが寄り添うのに適しているのは、不器用な自分ではなく、絵の中の彼女ではないかと疑問に思った。]*
━とても、とても長い夢からの目覚め━
夢を見ていた
“カムパネルラ”達の織り成す…とてもとても長い、夢を見ていた
[目を開ければそこは、見慣れない部屋。
そして、枕元に目線を移せば…やはり見慣れない一輪挿しの“リンドウ”の花。]
“悲しむあなたを愛する” “正義”…か。
なにが“愛”だ。なにが“正義”だ。
あたしは、なにもできなかった。
音楽の話、好きなものの話、美術館の話…話題なんて何でもいいよ。
ただ、みんなともっと話したかった。
“終わる日まで 寄り添うように 君を憶えていたい”と。
一人ひとりの声や表情、姿なんかを焼き付けようとしたのだろうけれど。
あたしがそれをするには、何もかもが足りなすぎた。
…つか、返事してないよ…!
“いきな”という、たった3文字に込められた“2つの意味”を餞に、松本センパイは送り出してくれたのに。
生還に向けてしっかり歩いて“行きな”と。
辿り着くであろう現世でしっかり“生きな”と。
…人にそんなこと言っておいて、松本センパイだけ還らないとか、ナシですからね?
[今更言葉にしたところで、夢の中の世界には届くわけなどなくて。独り言で終わった。]*
──夢・レストラン組のぞき見──
生きてたら頑張る。
[工藤は繰り返した。
生きる気力が無いと言っていたのに、生きていたら頑張ると言う。
くるくると一瞬のうちに変わる人の意見は、工藤には全く理解できない。
結局何が嘘で何が本音なのか。
解説してくれる人が必要だった。]*
勿論、分かっています。
絵の中の工藤さんは、私が手に掛けて、今は私の心の中にいる。
私の思い出の中にしか生きていない。
でもあなたは、今、生きている。
現実で、私の手の届く場所で。
絵の中の工藤さんは絵の中の工藤さんで、今目の前にいる工藤さんは現実の工藤さん。
それは絶対に覆らない事実だし、彼女の代わりをあなたに務めてほしいだなんて思わない。
[いなくなった人の代わりなんて、誰にも務まらない。
それは向ける好意が人によって全然異なる自分にとっては当たり前のことだ。
それが分かっていながら、突き放してしまった人のことは胸を締め付けるが、今は目の前の工藤さんと向き合わねばならない。]
私はこの現実で、あなたと現実を分かち合うつもりでいる。
それが出来なくとも、試みることはできる。
それは言動に期待するとかではなくて、ただあなたの人生に私が付き合っていきたいから。
……、
[怒ると思うの時点で察してはいた前提だから、オレは怒らないし、今は悲しいと思わずにおく。
仮定の話。
もし死んだらパソコンのHD壊してくれって友達に頼んどくみたいなもの…、とは違うってわかってるけどな。]
オリジナルの曲のこと、気になってはいたんだ。
[生きた証として残せるものがあるなら、それはずっとオレが欲していたもので。
だから、本当に、もし、仮に、
………徹っちんがいなくなるなら、
オレはそれを、残したいと思うよ。]*
[エロ画像の一言に思いっきりがっくりしてしまったが、紡ぎ出される言葉はどれも真摯で、本当に大切なものなんだと分かったから。
私はマブダチではない、そしてこれはマブダチにしか頼めないこと。
分かっている。
それでも、隣にトラくんがいて、黒崎さんに頼み事をする場にそぐわないながらも居れたこと、マブダチではないけれど、相応しくないけれど、彼の生きた軌跡を託そうとする場に立ち会えたことは嬉しかった。]
動画投稿…してたんだね。
[初めて知ったことだった。歌は彼の人生。
その歌が残るなら、聞きたいと思う。
未編集の動画、マブダチにしか頼めない、彼の人生そのものの軌跡。
何となく、何となく、どうしてほしいのか、分かる気がした。
だって彼は、死にたがりではないから。]
ああ、徹っちんの動画についてはオレも最近、というか還る前に知ったが。
…今度本人に聞いてみると良いぞ、多分教えてくれるから。
[もし聞く機会がなかったらオレが教える、とは今は言わないでおく。]
…嫌がられるかもしれないけど、聞いてみるよ。
私、津崎さんのこと、今凄く知りたいから。
生きて還った後ならきっと大丈夫だよ。
……、徹っちんは、ちゃんと自分のこと知ってほしい、わかってほしい奴なんだと思うし。
[津崎さんの側に、黒崎さんが居てくれて、本当に良かった。
黒崎さんだけじゃない、トラくんも、松本さんも。
彼の側に居てくれる人は沢山いる。
こうして、強めに叩いて元気を出させようとしていると、少し安心する。
この先、どうなるか、分からないけど。
私は拳を強く、血が出るほどに握りしめた。
この痛み、この辛さ、この苦しみ、全部天使に伝わればいい。]
──病院・武藤先輩と会話──
[LINEをしゅぽしゅぽ打っていると、何やらわちゃわちゃと言われたが特に気にしなかった。
そのLINEの難易度に朝霞さんが首をかしげることになる、当然だ。自分が知ってることはみんな知っているという前提に立って話すからこうなる。
話題はどんどん移り変わる。いったん過ぎ去った会話が再び戻ってきたり、横道にそれたり。
だから工藤は雑談が苦手だった。]
……はい。先輩にも還ってきたらお礼言います。
……………………。
[還ってきたらお礼を言えばいい。思いつかなくても、時間が伸びたのだからなんとでもなる。
今考えるべきことは、還ってこなかった時のことだ。その時はもうやり直せないのだから。
津崎先輩か小泉先輩か、どちらかは死ぬ。どれだけ祈っていても。
だからどちらになっても、死を受け入れる準備を進めていく。
工藤はドライに現実を受け止めていた。]*
[トラくんと一緒に二人の後を追いかけて、レストランまで戻る。
わざわざ人に呼びかけるのを見れば、歌うのかな、なんて何の気なしに考えてしまう。
それは多分、私の願い事。]
松本さん…
[頭に過ったのは、現実の怪我。
命に大事ないとはいえど、怪我の程度には差があるだろう。]
筆談できないのに…
[彼は文字を読めない、読むのが苦痛としか、今はまだ分からないが、そんな彼にとって唯一に等しい意志疎通手段を奪われるのは辛いだろう。
早く回復してほしいと、思った。]
[その約束は確かにオレも聞き届けたから。
オレも手伝うだろうけど、その約束は無しになれば良い。
無しになることを信じてる。
元気を失くした徹っちんにくっきーが割と痛そうな喝を入れるのを少しだけ笑って見届けて、二人が戻っていくのをじゅじゅと追った。
多分、もう少しだとわかるから、還る2人、残る2人を見守る。]
待って、現実の怪我…?
[そろそろだ、そう思った、そう思って強く強く想う。
何度も思ったことを、この程度で変わるまいと思いつつも。
彼への想いを、受け取った想いを強く強く考えた。]
[まつもっちゃんの喉の不調。
現実での具合とリンクしているのだろうか。
筆談できないの意味をオレは知らないので不思議に思うけれど、戻ってからも大事なければ良いのだが。]
[少し離れた席に腰掛けるくっきーの側に寄る。
自分が還る時、そうしてもらったみたいに。]
戻って来たらすぐにでも駆けつけるつもりだけど、
…答えを見届けてから、だよな。
だから少しだけ待たせるかもしれん。
[目を逸らしたい最期の答え。
じらされ続けたみたいなそれを知るのは怖いけど。
それを聞いた後の内心はどうあってもきっと滅茶苦茶だと思うけど。
どんな結果も受け入れる覚悟だけはしておく。]*
[彼が誰かに駆け寄るのは何度も見たけれど、頭を撫でるのは初めて見た。いや、一回だけあったか。
大切な人なんだと思う。
大切な人たちと一緒にいてほしいと思う。]
…愛してる。
[好き、ではない言葉。私が言うと不実かもしれない言葉。
でも、言いたかった。今。この時に。]
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