【人】 門を潜り ダヴィード>>162 イレネオ 直接告げたことはなくとも隠しているわけでもない。 それは男にとって当たり前のことだったから、いわゆるこの年頃の『親』に対する一般的な振る舞いが分からなかったという理由に尽きる。 そして、そんな自分を育ててくれた人たちのことは誰にも話せるものではなかった。 「あたたかい物は食後の満足感が違いますから。 胃も懐もあたたかい方が幸せですよ」 もし貴方がいつかそんな言葉を口にしていれば、この時間はたちまちに無かったことになって、男は貴方から隠れるように消えていただろう。 そうはならなかったから今に続いている。 「 miao 。 ……いや、うーん。すみません、今のなしで。」 ではそれらしく鳴き真似のひとつでもしてみるか。 そんな思いつきから発せられた音は悲しいくらいに猫には聞こえなかった。 「やった。楽しみです。 猫には向いてないようなので人間の特権を享受しましょう」 いつの間にやら、男の手には2本のフレーバーウォーターが握られていた。ラベルにはオレンジとレモンが描かれている。 店で共に売られていたものだろう。 (166) 2023/09/11(Mon) 7:57:59 |