74 五月うさぎのカーテンコール
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……どうして、って、聞いてもいいかな。
あ、全然、嫌とかじゃなくてさ。
理由を聞きたいんだ。
きっと君は、俺に、あの日助けたっていう以上の気持ちを、抱いたんでしょ。
[そういうことだと自惚れるならば、だけれど。]
……俺はね。格好よかった試しはないよ。
だけど君は格好いいって言うだろ?
そういう、君に見えてる俺の話が聞きたい。
どう?
[叶うなら、その儚げにすら見える身体をそっと、抱き寄せよう。
体重を少し、分けてもらうみたいに*]
[その日の夜は、分かれて眠りについた。
しゅんとした基依さんに一瞬絆されそうになったけれど、許してしまったらきっと明日の朝は起きられない。
彼の部屋に泊まって別々に眠るなんてことは今まではなかったから、隣に感じられない体温を少し寂しく思う。
「本当に床で寝るんですか?」と尋ねてみたけれど、彼の意思は頑なだった。
だから、旅行先ではいっぱい甘やかしてあげようと心に誓っている。]
[翌朝、彼より少し早起きして身支度を整える。
レモンシフォンのバルカン・ブラウスに、
オフホワイトのフィッシュテール・スカート。
前後で長さの違うスカートは前身頃がやや短く膝を覗かせる。
長く歩くだろうから、パンプスはヒールのないものを選んだ。
メイクは洋服に合わせて明るめに。
ベージュゴールドのアイシャドウを引けば、ラメがきらきらと光る。
グロスはオレンジを重ね塗りして発色良く見せて。
支度が整えば、まだ眠っている彼の肩を揺らして。
なかなか起きなかったら、目覚めのキスを頬に落とす。
梅雨の晴れ間の天気は快晴。
旅行日和にわくわくしながらいつもと同じように手を繋いで、彼の部屋を後にした。]
[温泉へ向かう電車の中では、彼の同僚のメールからSASANKAの今夜のメニューの話になった。
画面を隣から覗き込んで、今日も好きな野菜が並んでいることに「いいなぁ」と羨望の声を上げる。
オクラはシンプルに茹でて鰹節とポン酢で食べたいけれど、
お店で出すならまた違った味を楽しめるだろう。
かぼちゃは料理にもいいけれど、甘いスイーツでも食べてみたい。
ラム肉は食べたことがないけれど、煮込んだら柔らかそうだ。
彼の言うテリーヌも食べてみたいと、やっぱり話題に上がるのは料理の話。
SASANKAから離れても、料理のことばかり考えている基依さんに笑いながら、電車は順調にレールを進んでいる。]
[駅からバスに乗り継いで、ようやく辿り着いた温泉地は平日でもそこそこ賑わいがあった。
旅館に辿り着いてチェックインを済ませたら、早速二人分の浴衣を選ぶことになる。
基依さんには黒地に細かな格子模様の浴衣を。
帯はわずかに鼠色がかった白色を選んで。
自分用には青紫がかった紺地を選んだ。
柄の白抜きの菊と黄色い冠菊の花火が映える。
帯は基依さんに合わせてアイボリー系の白にして、菊花のような唐松文様が浮かんでいる。
生地も思っていた以上にしっかりしているし、これなら温泉街も十分に堪能できるだろう。
早く袖を通してみたくて、期待に胸が膨らんだ。]
[浴衣と旅行鞄を手に案内された部屋は二間続きの純和風のもの。
ゆっくり出来るようにと露天風呂付きの客室を選んだから、部屋の奥には脱衣所へと向かう扉が見える。
食事も部屋食で済ませられるようにか、部屋の中央には大きなローテーブルと座椅子が置かれていた。]
すごい、基依さん。
お部屋に露天風呂がありますよ!
いつでも入れますねっ。
[荷物を置いて、早速と部屋の中を探索する。
備え付けられた窓からは温泉街がよく見えた。
そわそわする気持ちを抑えきれずに、はしゃいでしまう。
こっちこっちと、窓辺に立って手招いた。**]
すわ
[俺、好きだって言いましたが?
隣を示す仕草をじっと見て、また顔が赤くなる。
ソファに膝で乗り上げると座面が軽く沈んで、正座で向き合うために少し背を丸めた。]
どうして、ですか…?
ジンさんは顔も格好いいですが?
[首が斜めになる。
体ごと引き寄せられると、慌ててソファの背もたれに片腕をついた。
反対の腕は宙に浮く。正座から中腰へと浮いた体が傾いて、体重の一部が、]
俺、好きだって言ってるのに
……
[そのまま、はふ、と息を吐いた。]
一目惚れ。
子供の一目惚れなんて、薄くて、頼りないものなんじゃないかって思いました。
だけど。
あれから何年も、何度も、ストリートビューで店の前まで来ました。
ハッシュタグでシャシャンカを調べて、どの写真にも違うご飯が載っていて。
どこかにジンさんが少しでも写り込んでないかって。
募るばっかりで。
再会できてからはもっとずっと、毎日毎時間。
髪を縛ってるところ。仕事してる横顔。コーヒー淹れる仕草。
立ってるとこも座ってるとこも歩いてる姿勢も格好いいです。
店のみんなのこともお客様のこともきちんと見ていてくれるとこ。
あんまり好きじゃなさそうなのに食べてくれるとこ。
見守って、自由にさせて、育ててくれるとこ。
愛してるって冗談を言って。格好良くないなんて言って。
あの時何も聞かないでいてくれて、今は聞いてくれたこと。
助けてもらったからだけじゃないです。
好きだって言ってるのに……
抱きしめてくれるところ。ほんと冗談じゃないです、よ。
[宙ぶらりんで所在なかった片腕を下ろした。**]
顔……
[冴えない自信しかない。が、目の前の彼にとっては違うのだろう。
ぺたぺた触ってみても何が変わるわけでもない。ひげの剃り残しに出会って、所在なさげに目が泳いだ。俺の家なのに。]
一目惚れ、ねぇ。
6年経って劣化してなきゃよかったけど。
[6年という月日は大きい。
生まれたての子供が小学校に通える。
振り返ればそんなときから店をやっているし、年食ったなと自重しないでもない。]
薄くない薄くない。
知ってるよ、俺もしたことあるからね。
あれは不思議なもんだよなぁ。本当に、ほんの一回会った、触った、それで忘れられなくなるんだよな。
俺が写ってる写真は、見つけた?
[それが自分に向いてると思うと、どうもこそばゆくて茶化してしまったが。
けれど否定はすまい。わかるよ、と優しく囁いた。]
はー…………愛されてるなぁ、俺。
[否定はしないが、並び立つ好きなところたちには呆気にとられる。
褒められているとは思うのだが、如何せんただ普通にしていたら褒められたという気分で、実感は全然やってこない。
ただ、ある一点についての言及は、小さくやべ、とこぼして。]
……バレてた?
別に食わないって訳じゃないんだけどな。
フルーツとかはむしろ好きだし。
なんて言うか、優先順位が低い? いやー……
うん。ごめんね。
[ランチにドルチェをつけるくせに。
毎日のように季節のフルーツを仕入れるくせに。
今まで製菓に特化したスタッフがいなかったのは、この理由も大きい。
悟らせてしまったことに、謝った。]
そーだね。
本当なら、こんな思わせぶりなことするなとか、怒られても仕方ないんだろうけど。
心細い子を甘やかすでもいいって言ったのは、君だからね。
これは俺流の甘やかし方ってことで。
[よしよし、とそれこそ子供にするようにまた頭を撫でて、ゆっくりと、今度は腕の中に抱き寄せる。]
ごめんね。
君が俺を想ってた6年は俺の中にはないから、今ここで君に答えを返してあげることは出来ない。
[真っ直ぐに好意を伝えてくれた彼だから、きちんとこちらの思いも、伝えようと思った。]
だけど、よければ受け止めさせてほしい。
すぐに答えが返せないからって、サヨナラゴメンナサイできるほど、非情になれないやつでね。
とりあえず今夜はこれくらいしか渡せないけど、それでいいなら。
[頭を撫でていた手をするりと降ろして、あやすように背中を叩く**]
[「したことある」
経験談として過去形で語られる終わった恋。
そうだよ、忘れられなくなるんだよ。
客の撮った写真。たまにしか写ってないとこも素敵です。]
好きなもの食べる時は、嬉しそうデス。
俺のには違うから、わかるよ。
……謝らないでください。
好きになって欲しいけど、好きになれとは、言えない。
[それでも甘やかしてくれる。
受け止めようとして、くれるから。差し出してしまう。]
蓮司さんは私を甘やかしすぎな気がする。
でも、ありがとうございます。
[湯船が張ってあるとか、至れり尽くせりでは。
一人だとその辺、簡単なシャワーで済ませてしまうから
仕事終わりには純粋に嬉しい。
改めて聞くと、私より余程健康的な生活だ。
夜シフト入った翌日は、昼頃まで寝てしまったりするし。
食事は三食摂るけど時間はまちまち、歩くのも通勤くらいだ。
ともかく、彼の仕事が詰まってそうでないのなら。]
じゃあ、私が夜シフト休みの時
一緒にSASANKAへ食べに行きません?
私もたまにお客様として食べたいので。
ご飯もだけど、麦くんのスイーツ色々食べたいし、
頼んだら蓮司さんにも一口ずつあげますね。
[楽しみ、と想像して笑って。]
あと本の部屋にも、また入っていいです?
読んでみたい本が色々……、 っ
[食器を洗おうと水を出したところで、
抱きしめられて小さく肩が跳ねた。]
ちょ、濡れ…… ひゃ!?
[耳元に落とされた声と感触にぞわっとして
慌てて振り返れば、意地悪い微笑み間近にあって頬が染まる。
けれどそれ以上はなにもせず離れていく手に
ちょっと物足りないような気分になりながら。]
もう。お風呂出たら、そっちの寝室に行くので
大人しく待っててくださいっ。
今日すぐ寝ちゃいそうな気がしますけど、
……もし蓮司さんも眠かったら寝ててもいいですよ?
その時は、隣に潜り込むので。
[寝室のベッドは余裕のキングサイズだから、
仮に真ん中に寝られてもスペースには問題ない。
勿論、タオルとかの場所もわかってるから
洗い物を片したら、着替えを持ってバスルームへ行こう。**]
[今夜はこれくらい。
線引きがされたことでようやく、ずっと強張っていた緊張が抜けていく。
それ以上進んじゃいけないと分かれば、振る舞い方も]
ん、はい。
6年なんて、どうってことないです。
昨日より今日、明日、これからもっとどんどん好きですから。
今は、これで。
[ソファの背凭れに突っ張っていた腕からも力を抜けば、抱き寄せられる力に上体が従って。体重を預ける。
腕の中に入ってしまえばあたたかさが心地良く。
背中を叩く手にあやされて、喉を鳴らした**]
[床で寝た翌朝は身体が痛いが、今日から温泉でケアできると思えば暫くは我慢しよう。
紫亜に起こされて伸びをすると、骨が軋む音がした。
彼女は既にメイクまで済ませて準備万端だ。]
晴れて良かったな。
[卯田の方の準備はそう時間がかからない。
洗顔と髭剃り、着替えはシンプルに黒シャツとジーンズで。
朝食は駅前のパン屋でベーグルサンドを買う。
スモークサーモンとアボカド、照り焼きチキンとサニーレタスの2個。]
[野菜好きの紫亜としては、レコメンドボードの内容に心惹かれるものがあったらしい。
基本的に「おすすめ」は旬のものが並ぶから、旅館でもオクラやかぼちゃは食べられるかもしれない。
ラム肉は流石になさそうだから、それは店の次の機会を待ってもらうしかないが。
常に料理の話しか話題を広げられない自分に彼女は呆れてはいないだろうか。
ちゃんと耳を傾けてくれる彼女に甘えているなと思いながら、彼女が好きなファッションに詳しくなる自分を想像しようとしたがどうにも違和感しかなかった。
何せ「そういうデザインの服」だと思わずに、真っ直ぐ履けていないのじゃないかと紫亜のスカートを数度見て瞬きしたくらいだ。
かといって、「わからないから嫌だ」というのではなく、彼女が好きなものに目を輝かせているのが見ていて楽しいから、此方が上手く返せなくてもずっと続けて欲しい。
彼女にとっての卯田の料理話もそうであったら良いなと思う。]
[浴衣選びも彼女の好みに任せた。
よくスーパー銭湯で見かけるようなぴらぴらの布ではなく、ちゃんと「服」だ。
これでも温泉街を気軽に出歩いて自分で脱ぎ着がしやすいよう簡略化されたものらしい。
帯も半幅より更に細い腰紐のような、蝶結びが出来る柔らかさを保っている。
紫亜が選んだ女性らしい菊の柄は、着たらきっと映えるだろう。
此方で何か時間に追われるイベントを予約している訳ではないので、二人のペースで着替えてぶらぶら散策してみるのが楽しみだ。]
ありがとうございます。
はい、夕食は19時で大丈夫です。
[案内してくれた仲居さんに礼を言って、部屋に荷物を下ろす。
普段豪遊とは縁遠い生活をしているので、今回は奮発した。
外の自然に反射した陽光が差し込んだ部屋はHPで見るよりも落ち着きがある。
室内を見てはしゃぐ紫亜の様子を見てにこにこしていたら、手招きされた。]
お〜「温泉街」ってあんな感じなんだな。
この後着替えて行ってみようか。
それともひと休みしてからにするか?
結構移動時間かかったし、疲れてないか?
[十分な広さのある出窓に腰かけて、紫亜を抱き寄せた。
彼女がこのまま膝の上に乗っても軋むような漸弱な作りではなさそうだ。
下には人の行き来が見えるが、日差しも高いから上を見上げる人はいない。*]
[仲居さんがお辞儀をして部屋を後にすれば、広い部屋には二人きり。
旅先の空間という滅多にないシチュエーションに浮かれながら、挨拶を終えた彼を待ちきれずに手を引いた。]
んー……、確かにちょっと歩き疲れたかも。
外に出て足湯とか探してみます?
お部屋のお風呂でもいいですけど。
[足湯に比べれば少し深いかもしれないが、他に誰が見るわけでもなし。多少服が濡れたところで、着替えもある。
腰に回された手に気づいたら、促されるままに膝の上に身を預けて。
この高さであれば目線も近いから、サングラスに隠された眼が透けて見える。]
基依さんは?
何かしたいこととか、行きたいところとかあります?
[するりと両腕を首筋に回して、甘えるみたいに小首を傾ける。
朝に食べたベーグルもとうに消化しているだろう。
少し時間は過ぎたけれど、遅い昼食もいいかもしれない。]
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