148 霧の夜、惑え酒場のタランテラ
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「貴方は明日外出しない方がいいでしょう。
何故なら、命を落としてしまうからです。」
その後も足繁く村に通った。
わかったのは、まず、彼らは昼間も地味に見えていること。
ただ、光らない分夜よりぼんやりとし、さらに侵食してくる草に紛れて大分見えにくい。
そして、放っておいただけで姿を消す者もいること。
例えば村の大婆さん。
婆さんも足が悪く、家の中で、ほぼ焼けこげて死んでしまったようだが、自分が村に来てから半年くらいの後、ふと姿を見せなくなった。
あとは、恐らく亡くなった者全員がゴーストになっているわけではないこと。
皆の様相を見るに、恐らく自分が死ぬと悟ってから、実際に死ぬまでが長かった者がゴーストになっているように見受けられた。
そんな風に村を訪れ続けながら、自分は「石」を探していた。
恐らく村を破壊した敵兵に持ち去られた、輝く石。
全く、砂浜から特定の砂粒1つを探すような話だ。
しかし、そんなことも、たまには実現することがあるものだ。
ある港町の小さな質屋で、まさにあの石を自分は見つけた。
値段は、自分が行商人から買ったときの10倍近くにもなっており、持ち合わせは全く足りなかった。
さらに、じっとその石を見て居た自分に店主の老人が言う事には、その石は既に質流れしており、早ければ翌日にも海の向こうに運ぶ予定だということだった。
どうですか、今ならその値札の値段でもお売りしますよ、という老人の頭を咄嗟に棚に並んでいた青銅の像で殴った。
老人は無言で床に倒れ、そのまま動くことはなかった。
自分は石を掴み、店から出ると、そのまま足早に町を去った。
今に至るまであの港町の近くにすら戻ったことはない。
何も考えずに、ひたすら歩いて、馬車に乗って、また歩き続けて、故郷の村へと向かった。
まるで戦争の時のような気分だった。
けれども、もう戦後だということも分かっていた。
もう、戦時のルールは失われた場所で、自分がしてしまったことも自覚していた。
そして村に着いたその日の夜、「石」を彼女に捧げた。
彼女の投げ出された腕のある空間に、掌に置くように石を持ち上げた。
次の瞬間、ぼんやりと光る彼女の周りに穏やかな風が吹き、次の時には生きていた頃そのままの彼女がそこに立っていた。
顔の痣も、破れた衣服もきれいに治っている。
彼女は自分に鮮やかに微笑んだ。
そして一瞬のうちにその姿は掻き消えた。
後には崩れた壁だけが残り、少しの後石が崩れた煉瓦の床に落ちた。
石はその近くに埋めた。
石はもう、彼女との美しい思い出だけを思い出すものではなくなってしまっていたからだ。
埋めた後、振り返って村を見回した。
まだいくつもの、ぼんやりと光る影が、点々と散っていた。
あれから村に残る彼らの話を聞き出して、いろんな場所を巡って、また村に戻ってを繰り返して、もう何年が経っているだろうか。
今となっては自分の村は近場で売られる地図にすら載っていない。
しかし、最初に訪れた時と比べれば大分暗くなった夜の故郷の村を訪れるとき、自分には一抹の寂しさと共に満足感も生まれるのだった。**
外出すると命を落とすなら、
外出を避ければいい。
命と天秤にかけても避けられない外出なら、
もう腹を括るしかないですね……。
占いが外れて、外出しなくても死んでしまったら、
それはもうどうしようもない事でしょう。
占い師に文句を言うのは筋違いです。
住んでいる国があと三日で滅びるなら……。
その三日で安全な場所に
避難することが出来るかもしれませんし、
出来なかったとしても、
人生最後の三日間を大切にできる。
占いが外れて滅びなかったら、ラッキーじゃないですか。
でも、僕は船と共に溺死したわけではないんです。
船が沈んだその後に、―――病死しました。
船が沈んだ後に、
「貴方はこれから死にますよ」って占われていたら、
僕はほっとして、
命を運命に委ねることができたと思います。
少しは苦しみも、和らいだのではないかと。
あの時、命を落としたのは、
運命がくれたなけなしの慈悲だと思っていますから……。
[高熱によって生じた悪寒に体を震わせ、
口内は血痰で鉄の味がした。
病魔に侵された肺では、まともな呼吸もままならず、
永遠に止まらないのではないかと思う程に、咳が出た。
海でまれ、
海でち、
海でんだ。
けれど僕が最期に乗った船は、夢と愛を乗せた船ではなく、
絶望だけを積み込んだ船だった。]
[ あの話の真実は1つ。
姫は賊に攫われたこと。
嘘が1つ。
騎士が姫を救い出したこと。 ]
[ ほんの僅かに、手が届かず。
耳障りな嗤い声と共に
私の目の前で彼女は攫われた。
…追わなければ。
首を飛ばされるだけでは済まないなんて
罪と罰の行く末など今はどうだっていい
守ると誓った
己の意思で、その日まで命を全うすると
嫌いだった
嫌いになんてなりきれなかった
一番近くで6年もの間、見てきたんだ
失いたくない
守らなければ
助けなければ
駆られる衝動の正体を僕は知らない まま。 ]
[ 薄い魔力の痕跡
途中、途中、途切れ
迷いながらも、追いきった。
暗雲立ち込める趣味の悪い敵のアジト
まさかダンジョンの中層部から
通じているだなんて。
一歩を踏み出す度に
ざり、と土の軋む音がする。 ]
[ 遠く
微かに耳が拾いあげたのは、
か細い女の子の声。
ぷつり、と 慎重の糸が切れて落ちる。
うだうだとしている暇はない
考えを纏めるより先に、
声の聞こえた方へ駆け出した。
愚かだった。 ]
[ 辿り着いた部屋に居たのは
賊のリーダーらしき男
縛られて床に転がされている主
姫様と幾分も歳の違わないだろう
二人の少女 2人とも違う国の姫だ
認識するまでの数瞬の間に
]
[ 目が合った。
にぃ、とリーダーらしき男が 嗤う。
石より冷たい、非道へ堕ちた者の眼。
───動けない
逸らすことも 閉じることも出来ない
少女の
白
い服を穢し
床に滴り落ちて広がっていく
赤
が
視界の全てを埋めつくした。
僕の顔を見た瞬間に、刺したのだ。
けたけたと厭らしい嗤いが、響き渡る。 ]
「 ────お勤めご苦労!
よくやったね、君が一番乗りだ!
ほら、そっちの子だよ
返してやんな、わりと優秀な騎士さんにさ 」
[ …何を言っているのか
分からなかった。 一番乗り?
困惑の収まらないうちに、
下っ端らしき男が姫を…ヴィオラを、
連れて 返してきた。
酷く怯え 震える身体を抱き締めて
欠けてしまいそうなほどギリ、と
歯を食いしばって未だ嗤う男を見る。 ]
………一体、何が目的なんだ
[ 犠牲となった一人の少女の
亡骸
を前に
呟けたのはそんな一言だけ。
遊んでいたのだという。
三国の王女を攫って、
誰が一番に助けに来るか、と。
もう帰っていいと言う男に、
逃がすかと食いかかりたい気はあった
…訓練された騎士を欺くほどの魔法の使い手
ヴィオラを守りながら
この数を相手にするのは、…無理だ。
逃がしてもらうしか、選択肢は無い。 ]
……その子は、どうするつもりだ
[ ──それでも、生きているもう一人を
見捨てて帰るだなんて そんなことは出来ないと
男を睨みつけた。
「 殺すよ?
当たり前だよね
騎士くんが無能なのがいけないんだからさ
この子の騎士は来てないんだ。
…なぁに、その目。文句でもあるの?
なら、君のお姫様
[ 絶望の二択
主に奪われた生存。
…事の顛末だけを記す。
少女は二人共生き残ったが、
騎士の活躍によるものではない。
一人の少女が
その身を差し出すことによって、見逃された。
私はまた、何も出来なかった。 ]
[ その日から 王女は毎夜
悪夢に魘されるようになった
魘されても大丈夫だという彼女を
見ていられなかった。
私は王に全てを話した。
年若い少女が 身体を犠牲にすることを止められなかった
自分の力ではどう足掻いても 誰かが死んでいた
それでも
命を持っても償いきれないことをしたのだ、と。
王は言った。 ]
「 ──…忘れさせなさい。
増える罪は 私も共に背負おう 」
[ 人の記憶を操る禁術。
王女を蝕む破瓜の記憶を奪った。
彼女の数年の記憶までも、犠牲にして。
…それより現在に至るまで
僕は 奪った記憶による悪夢を 見続けている。 ]
[ 吐くような痛み 胸を突き刺す下卑た視線
許して
声が頭の中を木霊する
返してしまえば きっとこの
痛み
は消える
返せるはずがない
それが
罪
で 彼女の幸せになるのなら ]
[ 開かない扉に縋り着いた昼
誰にも話すことの出来ない記憶
相反する悩みの答えは
未だ 見つかっていない。 ]**
命と天秤にかけても避けられない外出。
そう、セシリーだってわかっていたはずだ。
予想なんて、いくらでもつけられたはずだ。
覚悟の上だった、というの?
続く彼の身の上話を、私は聞いていた。
確かに、事前に船が沈むと伝えられていたら
そもそも乗らないって選択だってあったかもしれない。
でも、同時に思ってしまう。
それは先延ばしに過ぎないかもしれない。とか。
運命を覆した結果
更に大きな災厄が待っているのかもしれない、とか。
知らない方が幸せだった可能性とか。
どこまでも考えすぎてしまう。
変えた結果もたらされるものと
変えない結果を天秤にかけようとしてしまう。
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