145 【R18G】星仰ぎのギムナジウム2【身内】
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視点:人 狼 墓 恋 少 霊 九 全 管
「全部一方的でしたね、私がしたことは」
窓際で緩まない頬を触って、ため息をつく。
それなら最後まで一方的でいいだろう。
恋を夢のようだと話した君に伝えようとした、
もう喪われた恋の話。
もう帰ってこない日々、それはまるで夢のような時間で。
君が想像するよりも身近で、愛を知っている人の傍で感じられることを。
「今の君がもし、恵まれていると言うのなら。
私たちが全力で否定してまうでしょう」
「彼が望んだ幸せはこんなものではない。
私たちがもらった幸福は、こんな形では昇華されない、と」
「……だから、ちゃんと幸せにしてみせます。
もっと先生をしますからね、待っていて下さい。
もう、しっかり分けらるようにもなったんですから」
揺れて邪魔になった長い髪を掴んで、筆箱に入ったカッターを取り出す。
余計な感情が籠もったその髪を一房、投げるようにゴミ箱に捨てた。
「そろそろ整えるか、この髪も」
「さて、授業の準備をしましょう。
――早く皆さん、戻ってくるといいんですが」
一瞬だけ作られたその口元は笑っていて。
足音の残響を最後に、誰もいない教室は静かになった。
「………」
俯いたままのその顔は何を考えているのだろうと思った。
きっと罪悪感だとか、不信感だとか、恐怖心だとか。
そういう様々な負の感情に支配されている。
………そうだ。 負の感情に。
それがどれだけ大人達に都合が良いかもわかっていた。
少女を解放するために、少女に治療を受けさせる。
また、勝手なことをする。
どうしたってその不安を拭えないままで、
きっと自分が無力であることもよくわかる。
何か伝えたくて、でも言葉は出てこなくて。
チョークの先が黒板に当てられる音はしたけれど、
それ以上の、文字を綴る音はしなかった。
だから少女が振り向かずに教室を去っても、何も変わりはなかったのだろう。
結局、それほどひどいことをされたとは思っていない。
治療の内容に納得してしまっているから。
不安を溢れさせてしまう不出来な容れ物には蓋が必要だ。
ただ、会う人会う人皆なぜか悲しそうな顔をする。
自分を心配性とからかった生徒だって。
自分を寝坊助だと叱った先生だって。
『……』
僕を担当してくれた、あの人だって同じ。
いつものように中庭の木陰で休んでいても、
頭の上に花冠が乗っている、なんてことはない。
ああ、なら早く治らなきゃな。
皆が見たいのは、多分病が完治したバレンタインだ。
眠っているかのようにそこにいる。たまに歌を口遊みながら。
エルナト
『───もちろん、起きてるよ。
もう眠気に頼らなくてよくなっちまったし』
伸ばした前髪の隙間からは変わらず青い瞳が覗き。
見つめていると、僅かに瞬きのような震えをする。
『本は…… ───
途中まで読んでたし、最後まで読もうとしてたけど。
ごめん、暫くはそうできそうにねえや』
僅かに視線を逸らす様子は、
図書室で気まずそうに頭を下げた、
あの時の面影をありありと残していて。
『愛や恋の力で奇跡とか起きるんなら、
それに越したことはなかったんだけど。
どうやら僕にはやっぱり、夢みたいな話だったな』
無機質に喋りかける偽りの声は、
それでもどこか皮肉気なニュアンスがこめられていた。
エルナト
『うん…… ───今はそう思う』
『想像して、勝手に鬱屈として、塞ぎ込んでしまうよりは。
最後まで読んじまった方がいいんだろうな』
『不安は今でさえずっと湧いてくるけれど、───
希望を持つことだって、今だからこそできるから』
だから、君もそんな顔をするなよ。
渦中の僕が言った所で、どうにもならないんだろうけど。
ここが物語の最後のページではないことは、
いくら自分でも分かっているから。
『あー……その手があった。
何で思いつかなかったんだか。
部屋に置いてあるけれど、───うーん……』
『読みかけの本が結構、そこらに置いてあるから。
エルナトがそれを見て、気をやらないといいが』
小麦の香りを感じた。一度たりとも顔に出したことはないけど、食事は結構好きだったな。
読みかけの本をあらぬところに置く悪癖がある。その先を読めなくても、忘れないために。
君から渡された本は、きっと、ベッドの上に置いてあるだろう。
『124ページ目、「太陽には烏、月には兎───
……“センセイ”もそうだったのかな』
少し考え事をすれば、
独り言みたいに頭のてっぺんから声が出る。
これだけは余計なお世話だな、とさらに独り言ちて。
さらに遡り、自分の両親のことも考える。
彼らだっていつか愛のもとに集まったはずなのに、
傷だらけになったり、いなくなったりするものだから。
『…… ─── ───』
バレンタインは、睡眠そのものはあまり好きじゃない。
けれど、夢を見るのは好きだった。
大抵は叶わないものだということを知っているからこそ、
それを不安に思う必要も、何も無いから。
でも、叶うかもしれない、と信じることくらいはしてみようと思った。
それで不安になっても、表現するものがないから、いっそ。
エルナト
『124と125ページの間……
の、どこかまでは忘れちまったから、
その頭から読んでくれたら大丈夫。──ありがとう』
君が離れてから身体は微動だもしていない。
肉声も、表情すらもないけれど、
内側には気持ちが色々、沢山籠っている。
それを伝える手段がないのが心惜しいだけ。
『動けるようになったら……すぐに、──
いやすぐには保証できないな。ともかく、
ずっとこのままなわけじゃねえし。
筋肉が衰えないようにと起こされた時に、
身体が大丈夫そうだったら戻しに行くよ』
車椅子を進めて、ちょっとだけ距離を詰める。
『あ』と短く声をあげれば、少しの沈黙が挟まれて。
『……読み切ったら、でいいかな。
もっと時間がかかるかもしれないけど』
反応を返すことはできないが。目はずっと本の文字を追っていた。
パン祭り
「……なに、急にパン作り出して。菓子でもなく」
通りすがりに、どうぶつパンに惹かれて寄ってきた。
まさか食べられなかったら自分の口に突っ込まれようと
計画をされていたとも知らずにノコノコと飛んで入ったのである。
得意では全くないが基本的に内向的な事ばかりが好きだ。
琴の演奏とワイルドストロベリーを育ててる辺りで今更だが。
なお、繰り返すが実はパンも菓子作りも得意でもなんでもない。
通り魔のようにどうぶつ度が(39)1d100%のパンを作って行った。
全然動物に見えなくて無言になった。ラピスのを見て更に悲しくなった。
夕暮れ。物語を反芻する。
特別なものはなにもない、
愛が成就する、普通の結末を。
きっとそういうものだ。
夢みたいなものなのは、愛それ自体であって、
普通の幸せを得ることはそれほど難しいことじゃない。
不安の病を患っていても、同じことだ。
ましてやどんでん返しで不幸になることなんて、
そうそうあるはずもない。なるべくしてなるもの。
僕のこの身体も、彼の語った恋の結末も。
『僕たちは、──望み過ぎたんですよ。
もっと普通でいいんです、センセイ。
身の丈に合った幸せと向き合わなくちゃ───
それ以上は手に入らないだけだったんだ』
誰かに話しかけるように。
手紙もまた認めなくっちゃな。
エルナト
『あ、いや───独り言だ。
こうなってから心の声が、
だいたい筒抜けになって困るんだよな』
隠し事のひとつもできやしない、と、
喉が機能していればため息のひとつでも吐いていたところ。
『……ずっと姿を見せてねえと、
それこそ心配されるだろうし、行くか。
食事は……食べることもそうだけど、
生活の空気をみんなで共有するのが、好きだし』
眠気の奥に、不安と一緒に隠れてた好みを放り出して。
自分で行けるのにな、とか言いつつも、
厚意に甘えて食堂まで押して行ってもらおうか。
冗談言うなよ……とげんなりした。それが本気であるとは露知らず。
この夜を以て監視者は瞼を下ろすことだろう。
くそったれな役目もこれで終わりだ。
取引の下に課せられた役割は果たした。
そしてこれ以上に為すべきことを、
昼過ぎ。急に現れては、なんでもなかったようにいつも通り。
頭の花飾りは無くなって、代わりに右眼に花が咲いていた。
夢でも見てるかのように、ずっとふわふわと幸せそうに笑っている。
「んふ ふふふ えへ またそだったねえ」
「がんばってえらいねえ ふふ」
園芸部の受け持つ畑に、ゆらゆらと揺れながら屈んで作物を見ている。
傍らに置かれたジョウロは空。
鼻歌を歌いながら、誰に向けるでもなく話していた。
「いーなー おれたちもかってにさきたいね」
「おれのナイフとられちゃったもんなー」
「どんなきもちなんだろーな」
「いたくもないしきもちよくもないのかな」
ふしぎだなあ、と浮かされたような声音で呟く。
自分の病気は嫌いじゃなかった。人の為になれると思って。
ホントに治ってしまったら、自分なんて何のために在るのかわからない。
おれ、なにされたんだろ。なおったのかな。
よくわかんないけど。
でも、なんだか
しあわせ
だからいっか。
ずっとこのままでもいーや。
| (a40) 2022/05/08(Sun) 18:45:54 |
| (a41) 2022/05/08(Sun) 18:46:11 |
深夜。
寮の部屋を抜け出して、空き教室へ訪れた。
気づく同室者も今はいない。
「………、………」
ぼんやりとした顔で、黒板でチョークを削っている。
何度も何度も上から書かれた文字列はもはや何が書かれているのか読み取れない。
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きっと色んなことを私は間違えた。
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