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45 【R18】雲を泳ぐラッコ
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[ほら見て、って彼の方を向いて緩んだ心の隙間に、
もう長く聴いていない名前
が刺さる。
さんづけで呼ばれることなんてなかった。
ぎこちなく手を握られることなんてなかった。
この人は他の人とは違うんだって、うなずいてしまった。
はふ、と力が抜けたようにその場に座り込む。
離れてしまってもまだ冷たい右手で、
ルミさまを手招きする。]
リフルの好きなこと、教えて?
[これからの作戦会議は素早く内密に。
リフルに起こされるよりも前に秘密を二言交わして、
急いで立ち上がった。
年頃の女子には急に立ちくらみがあるのよ、って顔で、
何でもないって笑うけど、
優しい笑顔で見つめられてしまっては、
顔が火照るのをどうしようもないんだ。
――私、またこの人のこと忘れられなくなるんだ。
奇跡の流れ星はまだ降っていたけれど、
視線は空を向かないまま、奇跡の日は暮れていった]
[それからずっと後の日。
2人をピアノの部屋に招いた。
譜面台には一枚の手書き譜が乗っている。
あまりにも恥ずかしい歌詞を書き作曲したのは
エリックという男性。
ということにした私なのは、気が付かれても認めない方針]
[外国語で書かれた詩は私にも歌いづらいが、
ルミさまにもわからない。と思っている。
外国を旅したリフルは聴いて理解してしまうんだろうか]
[修正のあとがおびただしい譜を開けば、
Je te veux《あなたがほしい》のタイトルが現れる。
息を吸い込んでペダルを踏み込み、
3拍子の甘い和音をピアノに歌わせて、歌をうたった]
手入れ、ねえ。
[ 既に無くなった記憶を世話する必要があるのだろうか。 ……いや、彼は記憶を消す、と言うよりかは「封じる」と言っていたような気もする。それならばこれらは鍵の開けられない箱に閉じられているだけなのだろう。
そしてこの小さいのはこれらの管理人。あるいは記憶を大切に守っている存在なのだろう。本当の事ばかりを口にする深層意識とは違うようだし。
……つまり、どういうことなのだろうか。理解の及ばない悉くに口を引き結び、天を仰ぐように息を吐いた。SFじみた概念は触れこそしても得意ではないのだ。
正しい真実は取り上げたこれらに映る──……記憶、のみか。再び脳裏に浮かんだビジョンに小さく眉を顰める。
自分は叱咤した記憶の改竄行為に助けられたものも少なからずあったのだ。]
出来ちまうって言うのは、
何もできないよりかずっとよからぬものなのかね……?
[ 好転した案件を見る。彼はその友人が幸福になったことを喜んだんだろうか? ]
[ 音もない世界の中、自分の背を見ている彼に声なく問う。
その真相がどうあれ、自分には彼が身を削って人に捧げているように見えていた。
無口で不愛想とはいえ理不尽でも傲慢でもない彼のことだ。心を許す人物がこれから増えないとも限らない。出会う人物が彼の力を望まないとも限らないのに。
球体に額を押し付けるようにして瞬きした。 ]
もっと自分の事も大切にしてやんなさいよ。
[ 言ったところで届かないのは知っている。同じことを言ってやるべき人がとうにいなくなったのを
……聞いていた。]
[ 彼もまた忘れていることは悲しいことだけであってほしかった。
苦しさを忘れれば真っすぐ歩けるわけではないが、理不尽に適応する素直さや、自分を守るために使われた理解力の高さなど、必要のないモノを捨てて欲しいと願うのは庇護欲や老婆心に近いのかもしれない。
彼だからこそ、か。それとも誰に対してもそう思うのか、判断しようとは考えたこともなかった。
けれど少なくとも、少なくとも……自分は彼に幸せになってほしいのだ。自分が間違えた分だけ、傷ついた分だけ。
……好意を寄せてくれた分だけでも。
だって、あれほど怒鳴りあって牙を剥きだしにして。お前は間違っていると示してくれたことが、
それほど嫌ではなかったのだから。]
自分を潰して得た強さとか、
そんなの寂しいもんなんだぜ。
[ ほら、お前にだって幸せになる権利はあった。
自分にだってあったはずだ。今はもう必要ないが。
誰かが笑ってくれれば、この痛みや苦しみにも意味があるような気がするから、だから……。 ]
あ。
[ ふと、瞬いた。瞬いて、呆れたように噴き出して、笑った。
そうか、そういうことか。]
僕は、あれか。そうだ。
僕の代わりにめいっぱい幸せになってほしかったんだぜ、シグマ。
……アキラ。
[ きっと彼の幸せな姿を見れば自分も幸せになれるのだろう。自分が直接幸せになることは許し難い。けれど他人が、よく知った他人が幸せそうに笑ってくれるならきっと。それが一番望ましいことなんだろう。
なんて傲慢だ、なんてエゴだ。悍ましくて馬鹿らしい。
救い難いEnablerが本質であるならばこれほど醜いものはないが。これを尤もらしく解説して納得してくれれば御の字だ。
……それが「お前の幸せが僕の幸せだ」なんて安っぽくて胡散臭いにも程がある言葉になることに、今は気づけない。
───。 ]
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