【人】 白い大蜘蛛 カガリビ「サクヤ」、と名乗ったあの少女。 あの時の少女の名を、まだ覚えている。 幸い、物覚えは良い方だ。 けれど、その名前が目の前の彼女と結びつくことは無い。 自分は所詮、隠り世の存在。 現世に生きる彼女とは、文字通り住む世界が違う。 ――「無遠慮に現世で正体を明かすことはできない。」 ゆえに、深く踏み込まず、名前を問いただすこともしない。 彼女の名前を聞く機会があったとしても、上手くはぐらかしてきた、はずだ。 何より、今の彼女とかつての少女とは、一つ違う点がある。 今の彼女は、隠り世で「雛」として過ごすに足るまで成長している、という事だ。 庇護対象だったかつてとは違う。 ――もし、彼女が隠り世へと招かれる事があれば、存分に愛でるに値する「雛」になるだろう。 その時に、互いの素性は邪魔になる。 自分とて、雛を愛でる機会があるならば、心置きなく可愛がりたい。 だからこそ、こうして付かず離れずの距離を保っているのだから。 (11) 2022/03/15(Tue) 19:51:07 |