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【独】 歌うのが怖くとも カンターミネ>>-374 ずっと傍にいた女は、静かなあなたを見ていたけれど。 ふと、端末の時間を見てああ、と声を上げた。 「……エーコ、肩の鎮痛薬そろそろ切れるから。 新しい軟膏使うな?脱ぐの大変だろうし 勝手に手ぇ突っ込むから、痛かったら――」 固まったように。1秒か、もう少し。空白のあと、口を開く。 「――我慢せずに、言ってくれ」 それが、女にとって今一番口から出て欲しかった言葉、なのかもしれない。襟の辺りからそうっと、震える手を入れる。なんだか、悪い事を言ってしまった子供のように、あなたの表情を窺った。 それで肩になるべく負担のないように留めていたガーゼを少しだけ捲って、一度抜いて。それから軟膏を指にとって、また入れて……。無言のままに、治療を施した。 それから、目的地に到着する前の頃までは、 あなたの手を握ったまま、端末からの報告を読んでいた。 中身はまるで頭に入って来なかったが。 そうしてふと、口火を切る。 「……エリー。ひとつ「お願い」があるんだけどさ」 切り出した一言は、長年の付き合いでも珍しい言葉だった。 (-403) shell_memoria 2023/10/01(Sun) 18:00:26 |
【独】 歌うのが怖くとも カンターミネ>>-374 >>-403 「もう何も、一切、全部、 我慢しないでほしい ん、だけど……」言葉尻を濁すのもまた、珍しいもので。 「いやその……伝わり辛いよな、えーっと……なんて言ったらいいんだろ……エリーさ、脱獄の時とかそうだったけどちゃんと……そう、わがままっていうか、自分の言いたい事?やだとか、一緒にいて、ってのを言ってくれたじゃんか。俺、あれすっげー嬉しくて……だから、えーと……他のさ。例えば痛いとか、辛いとか、やだとか怖いとかお仕事休みたいとか、そういう細かいのもデッカイのもぜーんぶ、……言ってくれたらなー、とか、思ってたり、するん、だ……よな」 とつとつと語る。ちらと顔を盗み見るような仕草。 やっぱり、悪い事をした子供のように。 「……いや、突然言われても難しいし、『今?』って感じだよな、ごめん。……でもほら、真面目な話って中々しないだろ?それに……その、今の内に少しでも言いたい事を言う練習が出来たら、って思ってたんだけど……」 窓の外を見やる。夕陽が創る海上の赤い世界が揺れていた。 「……まあ、なんだ。俺の為だと思ってさ。言いたい事あったら、言ってよ。なんでも……それこそ、夜ごはん何がいいとか……あー……そう、結婚式いつがいいとか、あればさ」 場を和ませるため、とばかりにそんな事を言って。 言っている内に、車は緩やかに停車する。 「……練習、してくか?その……俺で。 何か言いたい事とか……我慢してる事とか……」 今言った、お願いの内容を。これからする、『お話』を前に。 口を滑らかにする作業は必要だろうか? あなたからの返事があればそのようにしたあとで。 ないのなら、少し待ってから。 わかった、と口にして、車を降りる事だろう。 (-404) shell_memoria 2023/10/01(Sun) 18:03:42 |
【独】 歌うのが怖くとも カンターミネ>>-410 >>-411 額を合わせて言葉を聞けば、常とは逆に。 今度は、こちらが笑顔を張り付かせた。 あなたほどは上手くない。眉は八の字だし、口角だって 上を向いたり、下を向いたり。震えてすらいる。 本当を言えば、あなたの真似は無理だと確信している。 だって、そんな本音が現実になる予感だって消えてない。 信じてはいる、きっと間に合う、あの男がそんな、 と思ってはいるが。保証がないのは、どちらの可能性も同じ。 「……」 お喋りが静かになる。なんとか笑顔を作らないと。 『お姫様の王子様』らしく。せめて、この件が終わるまでは。 (-412) shell_memoria 2023/10/01(Sun) 19:28:08 |
【独】 歌うのが怖くとも カンターミネ>>-410 >>-411 >>412 「……任せとけよ、エリー。 その為に俺がいるんだ」 そう言って、手を取って、車を出た。 その先には、――きっともう、誰もいなかったんだけれど。 後には血の跡だとか、壊れた赤い車だとかばっかりで。 きっとそこには、ここにいた男と、もう一人の誰か以外、 誰の入る余地もなかったんだから、しょうがない。 しょうがないけど、しょうがないけれど、 (-413) shell_memoria 2023/10/01(Sun) 19:34:39 |
【独】 歌うのが怖くとも カンターミネ>>-410 >>-411 >>-412 >>-413 「……ッの……」 ほんのひと時、ざわりと逆立ったライムグリーンは、 きっと父親のように思っていたからこそ、 「俺達の話くらい聞いて死ねよ、クソバカオヤジーーーーーッ!!!!」 夕陽が去るのと一緒に黒くなっていく、 海に向かってそう叫んだ。 ぜえ、はあ、と息を切らして、……そこでやめた。 空撮ドローンの音がする。間もなくここは 夕陽の代わりに、ドローンの投射光で照らされるだろう。 或いは、それが何か遺された物を照らす事も、あるのかもしれない。 (-416) shell_memoria 2023/10/01(Sun) 19:40:20 |
【独】 歌うのが怖くとも カンターミネ>>140 言いたい事もなにもかも、色々あったけど。 結局その役も『父親』に取られたみたいだし。 「はーぁ」 なんて零すため息は少し自信を無くしたような。 でもまあ、それもいいだろ? だって、一番は俺が『王子様』である事じゃなくて。 彼女が前を向いて、歩いて行けるって事なんだから。 「……よっし!叫んだらすっきりしたわ、俺は。あはは! あ、今度さあ、他の奴とメシ食いに行くんだよ。 そこで俺達の結婚発表しちゃおうぜ。 ……あでもエーコがいるのバレていいんかな。 まあ、ダメだったら適当にボカして言うわ。 そもそもそいつら全員、バラしたらどうなるかくらい よーくわかってる奴らだろうしな。さーて、じゃあ――」 「エーコ、帰ろうぜ!」 (-429) shell_memoria 2023/10/01(Sun) 20:50:29 |
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