【人】 IX『隠者』 アリア―― 洋館三階:薬草園 [ 先述の通り、タナトスの温室の片隅にそこはある。 趣味のために全てを融通してもらうのも骨。 この環境でも栽培できるならそれがいいと、 許可を得て場所を借り、適応するものを数種育てている。 季節によっては花を咲かせ良い香りがするらしい。 そこにいるという言葉を聞いた人は他にもいるだろう>>55 シトラでも、他の誰かでも、 薬師もどきがそこに来る者を拒むことはない。**] (63) 2022/12/14(Wed) 2:29:20 |
【人】 IX『隠者』 アリア[ 特別人が嫌いということはなかった。 酷い目に遭った記憶ならばもはや彼方、 私を構成する大半は森での静穏な日々であるから。 あの森は、彼は、そして彼を集い訪う者は、 この腕の痣を晒してなおやさしかった。 彼自身が身寄りのない人であったし、 思えばもしかすれば、そんな彼を頼っていた人らも 私が知らないだけで、社会的弱者だったのかも…と そう思い至ったのは、わりと最近のことである。 言葉を、学を、生きる術を教えてもらった。 とんだ失礼と承知しつつも、 あの子の方がより辛い境遇だろうと思うこともある。 そう感じる程度には、 私だってきっと、比較的には恵まれていた方なのだ。 とはいえ結局のところ、 ]幸だ不幸だなんて当人の主観でしかない。 不自由ないことが幸福とは限らない。逆もまた然り。 幸せそうに見えるだとか不幸そうに見えるだとかも、 あくまで外野が勝手に見たいものを見ているだけ。 (184) 2022/12/14(Wed) 20:55:40 |
【人】 IX『隠者』 アリア[ 彼は今、あの森の麓に眠っている。 身寄りはなくとも慕われていた人々の手で、 綺麗な墓所を用意されて。 彼が亡ければただの証持ちでしかない、 私にも、その所在を教えてもらえて。 三ヶ月か、半年か、一年に一度か、 そのくらいの頻度で外出許可を得て 主を失ったあの森の家に戻ることがある。 必要もなくなったのに掃除をして、森を歩いて、 二、三日を過ごして、最後に墓所へ向かうと 誰かが置いた花束がいつも先にある。 私も、傍らに花束ひとつを添えていく。 そうやって、互いの無事を確認しあっている。 そのくらいの距離できっとちょうどいい。 ] (185) 2022/12/14(Wed) 20:56:10 |
【人】 IX『隠者』 アリア―― 回想:洋館の『魔術師』 [ それは師を亡くして数日が過ぎた頃。 葬礼も終わり、そのために集まっていた人も去り、 本当に独りになって、本当に何もなくなった。 ただ生きているから徒に夜を明かした。 何度目かの朝。そんな、日のことだった。 別れを告げたばかりの相手を惜しむには早すぎて、 あるはずのない来客を訝しむ気持ちはあった。 わざわざここを訪れる者とは即ち、 そこにいるのが証持ちであることを知っている者だ。 扉を開いた先にあるのは悪意なのかもしれない。 けれどもう、どうでもよかった。 ……と思っていたから、何周も回って予想を裏切った その人の笑顔と明るい声色に私は呆然としたし、>>0:440 今でもそれが強く印象に残っている。 ] (187) 2022/12/14(Wed) 20:57:08 |
【人】 IX『隠者』 アリア―― 迎えに、ですか [ 確かに聞かされていた。そういう場所があるらしい。 本当ならきっと、そこが私のようなもののあるべき場所。 ここは私のいていい場所ではなかった? いつから、こうする算段をつけていた? 回る思考は動かない表情の向こうに溶かした。 ] (188) 2022/12/14(Wed) 20:57:36 |
【人】 IX『隠者』 アリア[ それからというもの、彼は私をよく構った。>>0:442 といっても、元々彼は洋館の古株として 皆のことを考えて何となしに尽力しているようだった。 その一環に過ぎないのだろうと捉えていたけれど、 けれど、けれどそれは、 あの森にあったのとはまた違う、ひとの温もりだった。 きょうだいどころか家族らしい家族がないわけだけれど もし兄というものがいたらこういう感じだったろうか。 証持ちの面々だけではない。 職員も多数過ごしているこの洋館は、 あの森とは違って賑やかで――居心地は悪くない。>>0:633 そう思っていた。思っている。 時が流れるうちに何かが失われても。 ] (189) 2022/12/14(Wed) 20:58:31 |
【人】 IX『隠者』 アリア[ 三年前。 『彼女』が現れて、私の近くにあるものはひとつ減った。 私はといえば、納得していた。 いわばあるべき場所へ戻っただけなのだ。 私の中にある何かは叫ばない。知らないから。 ただ後世に生きる、その後の『彼女』の記録を知る私が その方が当たり前なのだと腑に落ちる思いを覚えた。 だって、『魔術師』は『女教皇』の側にある存在だ。 私達とはそういうものでしょう。 そういうもの、だっていうのに。 ] (190) 2022/12/14(Wed) 20:59:17 |
【人】 IX『隠者』 アリア[ 他の誰へ向けるものならばともかく、 それがこちらへ向けられるものである限り、 私には見えてしまうもの。ではないだろうか。 歪んでほどけていったもの。>>0:448 置かれた距離の向こうにいるひと。 そこで苦しそうにしているのは誰? ―― どうぞ。 ただの気休めです。 少しはほっとするんじゃないですか。 [ いつだったかばったり顔を合わせた時、 避けようとされたとしても半ば強引に持たせようとした。 からからと鳴る小さなドロップ缶。 ただの薬草飴だ。それらしい味がするけれど、 味がするだけで、少しばかり喉に効く以上の効用はない。 数もそこまで多くはない。市販のドロップスと、同程度。 普通に消費してさえいればすぐに底をつくはずの内容量。 ] (191) 2022/12/14(Wed) 21:01:29 |
【人】 IX『隠者』 アリア効くとは思いますよ。 「私」が作ったものなので。 [ ……という真実は、質されなければ闇の中。 偽薬とはそういうものであるからして。 少しでも気が安らぐきっかけにさえなればいい。 身勝手な祈りに本物の効用などあるべきでない。 では、と一方的に踵を返そうとするのは、 この時も、今も、何も変わらない。 きっと遠い前世も。 (192) 2022/12/14(Wed) 21:04:35 |
【人】 IX『隠者』 アリア 変質したことそれこそが、 かつてそこにあったのは「私」であった証明だった。 それは冷たくてさみしいのに、 ほんのすこしだけ、あたたかく感じられる。 * (194) 2022/12/14(Wed) 21:08:04 |
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