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【人】 一ツ目龍 モクレンぼう、と波間に影が立つ。 飛沫に溶け込むような銀の鱗を夕暮れに隠し、巨体ながら音ひとつ立てず島を目指す。 掲げられた頭部には鬼灯のような眼が独つ、もう一つは抉られたように肉の色を晒している。 銀糸の鬣からは逞しい角が伸び、大顎には鋭い歯が並ぶ。それは竜と呼ばれるに相応しい姿だった。 見る者があればの話だが。 咆哮ひとつ。 浜には男が一人、波と戯れている。 祭の喧騒を背にしばしぼんやりと水面の月を眺めているが、逃避も潮時かと顔を上げる。 明かりの消えない村にのろのろと足を進めながら手首を探ると、着けたままの候補の証、彼には外す術のない隷属の腕輪がひんやりと触れた。 「あーあー、今年も盛り上がっちゃってるねえ」 祭から離れた罰なのか、疼く傷跡を前髪の上から一撫で。 「わーかってますよ。お片付けして来いってんでしょ? いい加減こんな水蛇なんか飽きて食うなり逃がすなりしてくれませんかねえ、主様は」 歩を進めるごとに知った顔も知らない顔も増えていく。 誰に届ける気もないぼやきなど、誰も聞いてはいないのだ。 (4) 2021/07/31(Sat) 18:58:53 |
【人】 一ツ目龍 モクレン「――おやァ?」 ふと、足が止まる。 道行く人々の腕を飾る証から、込められた力が抜け始めている。 神狼に勝負を挑むには最後の夜を狙う他ない。 しかし、人々が着ける腕輪は神狼の気を帯びている。 片目の縁を辿りたくとも惑わされて終わるばかりだった。 今ならば。 神狼の力が弱る夜。贄を食い損ねた獣が現れる夜。 枷から延びる細い糸は、確かに、見える、 がり、 がり。 ふらりふらりと人の輪を外れる。 がり、 向かう先に大きなものがいる。 がり、 けれどまあ、体だけなら己が負けようはずもなく。 がりり。 尖った爪が皓い疵を何度も辿る。 島の神を食えば次の神に成るのだろうか。 海の竜が島を司るなら悪くもなかろう。 まして猥雑な騒ぎを好む獣と違って自分は至極温厚だ。 疼きが耐え難く強くなる。 これは警告か。 ならば、巣は近い。 (6) 2021/07/31(Sat) 20:37:36 |
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