【人】 住職 チグサ── 慈厳寺境内 遠くで鳴る鐘の音 ── [潮風に乗って、物悲しい鐘の音色が届きました>>18。 老いて遠くなった耳にも聞こえるほど、何度も、何度も。 名残惜しむように。あるいは慟哭のように。 この音色は、へレース聖堂の鐘でしょうか。 全ての命は、生まれた瞬間から死に向かっていく。 その真理に則り、今日もまた一つの命が喪われたことを、鐘の音が知らせていました。] …………。 [鐘の音に体を向け、胸の前で合掌し、深く頭を垂れながら、短いお経を唱えました。] 一心頂礼 万徳円満 釈迦如来 真身舎利 本地法身 法界塔婆 我等礼敬 為我現身 入我我入 仏加持故 我証菩提 以仏神力 利益衆生 発菩提心 修菩薩行 同入円寂 平等大智 今将頂礼 [私はおそらく故人とは信仰の異なる身でしょうから、読経は失礼にあたるのかもしれません。 それでも、死の気配に立ち会えば、唱えずにはいられなかったのです。 低くお経を詠みながら、未だ誰か分らぬ故人と、近しい人々の悼みを想いました。]* (27) 2022/11/04(Fri) 19:11:31 |
住職 チグサは、メモを貼った。 (a7) 2022/11/04(Fri) 19:14:24 |
【人】 住職 チグサ── 夜明け 慈厳寺 梵鐘にて ── [僧が撞木を打ち付けると、梵鐘が震えました。 体に染み入るような音が、朝の清涼な空気に広がります。 大きな梵鐘を鳴らすためには、それだけ重たい材木を使わねばなりません。 撞木から吊り下がる太縄は重みに軋み、その縄を握る修行僧もまた、歯を食いしばっています。 これもまた、修行の一つ。 昔、今ほど技術が発達していなかった頃は、お寺の鐘が時計がわりでした。 今では時刻が知りたければ魔法具があります。 いつでも好きな時に、より正確な時刻が知れます。 時計は寺の鐘などよりもよっぽど便利です。 ただ時刻を知りたいだけなら。 それでもお寺は昔と変わらず、日に三度の鐘をつきます。重く、辛い思いをしながら、人力で鐘を鳴らします。 朝に、昼に、そして夕に。時報として。 島に住む人々に向けて。島を訪れる人々に向けて。] (49) 2022/11/05(Sat) 6:41:09 |
住職 チグサは、メモを貼った。 (a12) 2022/11/05(Sat) 6:46:47 |
【人】 住職 チグサ[しかし以前、死の間際を救っていただいたことがあります。 毎年、冬が近づくと、注射を打ちます。流行り病を抑えるために、無毒化した病をあえて迎え入れ、耐性をつけるのです。 私はその毒との相性が悪かった。お寺に戻ってからも何とはなしに体調が悪く、しかし副作用のうちだろうと自室に戻って休んでいました。 それがいけなかったのでしょう。誰にも知られぬままにどんどん呼吸が苦しくなっていき、意識が遠のいていきました。 非常にごくまれなケースではありますが、この注射を起因として、急激に血の巡りが悪くなり、命を落とすことがあるそうです。 たまたまお世話係の小僧が、常ならぬ様子の私を見つけたので、病院に舞い戻っては来れましたが、誰も通りがからなかったならば、あの時に私の命は尽きていたでしょう。] (62) 2022/11/05(Sat) 13:24:13 |
【人】 住職 チグサ[死にかけた日のことを、今でも覚えています。 小僧は大声で呼びかけていたそうですが、私にはその声は聞こえませんでした。 呼吸ができず、目の前は暗くなって、何も聞こえず。 ただ、体の芯に冷たい杭を打たれたような寒気が、私の心をかき乱していました。 暗闇に向かって、声ならぬ声で叫びながら、必死にもがいているつもりでした。 実際のところ、手足は全く動いていなかったことでしょう。 やがてそれにも疲れ果てた頃、強烈な眠気が訪れました。 その頃には私の体は病院に運び込まれ、周りには関係者が集まり、口々に声をかけてきました。 聴力が戻ったとはいえ、耳に聞こえる言葉は水中にいるかのように不明瞭で、ただうるさくて仕方がありませんでした。 時折眼に当てられる強い光もまた、眩しくて不快でした。] (63) 2022/11/05(Sat) 13:25:34 |
【人】 住職 チグサ[皆様今まで本当にありがとうございました。 申し訳ありませんが、どうぞお静かになさってください。 今は眠らせてください。 乾いた唇を開けば、言葉の代わりにヒュウヒュウと肺が鳴りました。 急速に冷えていく体とは裏腹に、心には感謝だけが宿っていました。 ただ、眠れないのが辛くて仕方がありませんでした。 そのようにまどろんでは起こされ、起こされてはまどろむ時間が永遠に続くかと思われたころ、ついに私は自我の無い、正体を無くした深い眠りへと転がり落ちました。] (64) 2022/11/05(Sat) 13:25:58 |
【人】 住職 チグサ[次に目覚めた時、私の体には様々な管が繋がれていました。 この管の一本一本が私の命を繋ぎとめていたのでしょう。 私は回診に来たお医者様を微睡のままに見上げ、まだ不自由な体を曲げて合掌しました。 この心を表すには、言葉ではあまりにも不完全です。だから言葉ではなく仕草に、感謝を込めました。 私を、体の苦しみから解放してくださったお医者様に。 私はそれまで、僧侶と言う立場でありながら、死をどこか他人事のように捉えていました。 自らに死が迫ってやっと、命の有限性を突き付けられたような気がいたします。 もう若くはありません。その限られた時間の中で、どのように生きるべきか。 お医者様が体を癒すように、僧侶として心の医師でありたい。 このような、貴重な体験をさせていただいたのだから。] (65) 2022/11/05(Sat) 13:27:16 |
【人】 住職 チグサ── 現在・慈厳寺への来訪者 ── [病院を訪れる方は、体に不調を抱え、病んでおられます。 そして病院が体の病を治す場所であるならば、寺とは心の病を癒す場所です。 だから、ここ慈厳寺を訪れる方は、その多くが心に迷いや苦しみを抱え、もがいておられているのです>>59。 慈厳寺はお墓のお世話もさせていただきますが、それはお勤めの一部に過ぎません。 もともとはより良く生きられるよう、様々な智慧を広めるための場所です。 たとえお檀家さんではなくとも、訪れる方の宗教にかかわらず、門戸を開いております。 もっとも、食堂や美術館よりは敷居が高く感ずる方もありましょうが──] ようこそお越しくださいました。 [修行僧によって客間にお通しされた客人は、少年と言っていいほどに年若いお方でした。>>59 もっとも、様々な種族が共存するここキュラステルにおいては、肌艶で実年齢を測るのが難しくはありますが。 その腕には緋色の呪布が巻かれていましたが、僧は特に反応を示しませんでした。 私もまた。 ] (66) 2022/11/05(Sat) 13:28:29 |
【人】 住職 チグサ[案内人の視線は、むしろ差し入れにじっと注がれています。 私はありがたく頂戴すると、客人の分と二つ用意するように言いつけ、あとは僧の皆さんでどうぞとお伝えしました。 余談ではありますが、お寺と言う雰囲気がそうさせるのでしょうか、手土産にはよく東国の伝統菓子をいただきます。 ですが案外、僧侶は洋菓子に沸き立ちます。 世俗から離れ、刺激に飢えた僧侶たちにとって、街の雰囲気を感じられる洋菓子は魅力的なもの。名店の『ばうむくうへん』に僧侶たちは大いに喜んだことでしょう。] そうでしたか。お母さまを…… ……心より、お悔やみを申し上げます。 [さて、少年は訥々と己が心の病状について話してくださいました。>>60 私は彼のお話で、先刻聞いた鐘の音が、彼の母の死を表していたことを知りました。 彼の家の文化に則って弔われたはずなのに、わざわざここに足を運ばれている。きっと思うところがあったのでしょう。] (67) 2022/11/05(Sat) 13:29:22 |
【人】 住職 チグサ…………お母さまは、遠い遠いお国から、いらしたのですね。 [お話を伺う限り、お母さまの信仰は、慈厳寺とも違うものでした。 お母さまが信じた神は、ここにもおられない。おそらく、この島のどこにも。] 残念ながら、あなたがお母さまの神を求めて私の元を訪れたというのならば、願いを叶えることはできません。 [しかし、彼がそのような目的で訪れたとは、私には思えませんでした。 ただ、心が乱れ、苦しみに溺れかけているからこそ、何かしらの救いを求めてこのお寺を訪れてくださったように感じられました。] ですが、信仰とは心を育む食事のようなもの。 私がお出しできる料理が口に合うかは分かりませんが、ひとまずの飢えをしのぐ助けにはなりましょう。 [それから私はお経を詠みました。 亡くなられたお母さまのためではなく、彼自身のために。 あるいは、私自身のために。 ] (68) 2022/11/05(Sat) 13:29:58 |
【人】 住職 チグサがしゃくしょぞうしょあくごう 我昔所造諸悪業 私が過去に行った過ちは かいゆうむしとんじんち 皆由無始貪瞋痴 全て、始めも分からないほど大昔から、 貪りの心、怒りの炎、愚かなる考え方によります。 じゅうしんくいししょしょう 従身口意之所生 それらは体、口、心の行いから生まれたものです。 いっさいがこんかいさんげ 一切我今皆懺悔 全てを、私は今、御仏に照らされて悔い改めます。 [唱えた経文は、死者を弔うものではありません。 生きている者が、自らの罪科を告白して心を軽くする時に唱えるものです。 もしも、神仏の力を借りて、彼が心の奥深くに抱える後悔を吐きだせるのであれば──懺悔をしたいのであれば。 言葉を無理に声に出さなくてもいい。胸の内で唱え、見つめることが力となる。 僧侶として、少しでもその手助けができれば良いのですが。]* (69) 2022/11/05(Sat) 13:32:47 |
住職 チグサは、メモを貼った。 (a14) 2022/11/05(Sat) 13:37:12 |
【人】 住職 チグサ[独特なお経の節回しには、心を落ち着かせる力があります。 多くのお方はその力に魅せられて(と言っておきましょう)、あくびをかみ殺しておられます。 単調で意味の分からぬお経に耳を傾けるのは、同業のお方か、迷い苦しんでおられるお方ぐらいのものでしょう。 生きていて肉体を持つ私には語れずとも、神仏の前で、胸奥でなら、その迷いを素直に見つめられるでしょうか。>>71 お経とは本来、生きる智慧を説いた詩のようなもの。勇気と力を与えてくれるもの。 にもかかわらず、お経が退屈なものになってしまったのは、利口ぶってやたらと儀式化し、意味を分かりやすくお伝えしてこなかった私達僧侶の責任でしょう。 世俗から離れ、己が研鑽を詰み、迷いや苦しみから逃れ、究極の安心を得ることが、仏教徒の目指すところ。 しかし同時に、迷い多き世俗の渦中で社会を支え、もがき生きておられる方々にも、もっとできることがあったのではないでしょうか。 経典の意味をお伝えするお勤めを、図書館だけにお任せしてはいけなかったのです。] (99) 2022/11/06(Sun) 10:10:23 |
【人】 住職 チグサ[地獄という場所があるのか。それは私には分かりません。 まだ生きていますから。 私には分かりません。故人の魂が、死後、望ましい弔いによって救われるのか。 ただ確実に分かることは、誰もがいつかは死ぬということ。 誰もが死ぬまでに、故意か無自覚かにかかわらず、罪を犯すということ。 だから誰もが、神仏の前での懺悔を必要とするのです。 生きておられる人にお預けするには重たすぎる己の罪科を、本当に見守っておられるかは分からない、けれどそうであると信じて大いなる神仏に告白し、己が行いを振り返ることが。] (100) 2022/11/06(Sun) 10:12:50 |
【人】 住職 チグサ[お若い方に読経をしながら、神仏に向けて私もまた懺悔しましょう。 彼のお母さまの死に胸を悼めながらも、どこかで私は安心を得ています。 その死が、私に近しい人々に訪れなかったことを。 私が我が子と定めたお弟子さん達、人生を共に過ごした戦友に訪れなかったことを。 そしていつ果てるともわからぬ老いた身でありながらも、我が身に訪れなかったことを。 この安心は慈悲ではなく、ただの本能、我が身可愛さによるもの。 見ず知らずの他人の死を、我が身に起こった悼みのように捉えられない、身勝手な病。 私にはまだ、捨て去らねばならぬことがたくさんある。 そのことを若いお客人から学ばせていただきました。 執着を捨て去るために── 私もまた、お客人と同じ緋色の呪布を受け取ったのです。 ] (101) 2022/11/06(Sun) 10:14:55 |
【人】 住職 チグサ[読経を終えた後でしょうか。 まだ迷いの中におられながらも、幾ばくかは落ち着いたご様子でした>>72。] お母さまもまた、遠い土地に来られて、様々なことを思われたのでしょうね。 あなたはお母さまのお心が変わりゆく様を、幼き頃から見つめておられた。 さぞかし切ない思いをされたことと、お察しいたします。 [それから、言葉が見つからなくなってしまって、しばらく口を噤みました。 沈黙の間に、彼もまた思うところを探っていたでしょうか。>>73 淹れたお茶はすっかり冷め、いただいたばうむくうへんも乾いてしまったように感じます。 風が吹くたびに落ち葉が泳ぎ、乾いたさざめきをあげていました。] ……ご冥福を、お祈り申し上げます。 [やっと、そのようにお伝えしました。] (102) 2022/11/06(Sun) 10:15:44 |
【人】 住職 チグサ[境内から去る前に、もう一度声をおかけしました。] 差し出がましいことを申し上げますが──どうかお忘れなきよう。 この世界のどこにも、既にあなたのお母さまはおられない。 あなたがお母さまを見つけられるとすれば、ご自身の胸の内だけです。 あなたが「天に召されず、無念のままに果てた」と思ったなら、そのように。 あなたが「多くの苦難があったけれど、それも含めて母の人生だった」と思ったなら、そのように。 お母さまは肉の体から離れられました。 その姿かたちは、あなたの中で、如何様にも変わっていくでしょう。 あなたのお母さまを安らかに眠らせられるのは、私ではありません。 この島でも、国でも、神や御仏でもありません。 そのようなお力を持つお方は、ただ一人、あなた自身だけ。 どうか、そのことをお忘れなきよう。 [お弟子さんでもないお方に口出ししても、うるさいばかりでしょう。 それでもお説教をせずにはいられないのは、和尚の性でしょうか。 深々と合掌しながら、心の中でだけ、「いつも応援しております」と唱え、お見送りいたしました。]** (104) 2022/11/06(Sun) 10:17:18 |
住職 チグサは、メモを貼った。 (a20) 2022/11/06(Sun) 10:22:12 |
(a21) 2022/11/06(Sun) 10:22:48 |
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