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【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 翌朝目を覚ましたのは既視感の酷い状況の中。 取り乱した誰かの絶叫に叩き起されての事だった。 意識が浮上した頃には既に、扉の向こうの従者が 困惑に満ちた声色で入室許可を求めている。 “それともお飲物をお持ちしましょうか”と訊く辺り、 動揺の具合が伺い知れる。 ] ……んー……? ああ、必要だ。 水差しとゴブレット、両方貰おう。 侍女に出させる様に。 [ 寝惚けた頭ながら、最低限の事は為済ませた。 起き上がると、シーツに挟まり呆然と動けぬ儘であろう 学友の事は其方退けで書き物机を片付け始める。 ] [ 放り出されたペンの下には、未だ白紙の遺書。 ] (0) 2020/12/10(Thu) 8:23:13 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ やがて部屋に入って来た侍女に言い付けたのは、 其処に隠れている“客人”の服を見繕う事だった。 運び込まれたシュミーズと上衣は少し大きかったが、 彼女の普段の服装になるべく近いものだったろう。 ] 言い忘れていたが、今朝は早く出る予定だ。 馬で半日も進めば帝都が望めるだろう。 早い処、身支度を済ませてしまえ。 然も無くばもう一度襲う事になる。 [ 涼しい顔と平坦な口調で告げるのが単なる方便だと 気付くのは、寝起きの頭には難しいかも知れない。 どんな反応が帰って来ようと、欠伸を噛み締めて 何処吹く風といって様子なのだった。 ] [ 慌ただしく帰還準備が進められる砦の廊下では、 “昨晩お聞きした際には女は不要と仰ったのに……”などと 何処から現れたかも分からぬ同衾者の噂が立ったとか。 ]* (1) 2020/12/10(Thu) 8:23:49 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 僅かな配下を引き連れ、馬上から降りる。 帰還途中で足を運んだのは城下より間もない宿場町。 その広場に建つ古びた教会だった。 騎士団長を務めた勇士はこの街一番の名家の出で、 歴代の当主と共に緑豊かな敷地の墓所に眠っていた。 最も新しい墓標の前に自ら花を手向ける。 ] ( 戦は終わった。俺もまた終わる。 だが、彼方で逢うべきではないだろう。 おまえはもう自由なのだから。 それに…… ) [ 墓前にて語り掛ける言葉が無いのは、 既に別れは済ませてあるから。 主従であり、幼馴染であり、戦士同士であれば 乱世の運命など互いに分かり切っているというもの。 ] (4) 2020/12/11(Fri) 2:38:29 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 凱旋は箍が外れる兵も多いもので、 “客人”は常に自分か侍女の目の届く範囲で連れ歩いていた。 他国の法に一切従わないとは言え、 懸賞金が掛かれば秘密裏に報酬を求める者も居る。 ] [ 帰り際、馬上で隣の彼女に語ったのは 騎士アルベルタが最後に出陣した戦場の話だった。 ] 彼奴は二千の兵と共に俺が死なせた。 空挺部隊はそうでも無ければ下せなかっただろう。 敵将を取る為に多くの駒を失い、 而して俺は独りでに斃れる最期の一騎となる。 [ 感傷に浸っていた事は言うまでもない。 従者や護衛に聞かれぬ様に声を潜めて、 この二人以外の誰の命も懸けさせる心算はないと 暗に示すような表現を用いた。 最期に手をかける獲物は一人だけ。 ] (5) 2020/12/11(Fri) 2:39:08 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム( 必要な犠牲。 其の言葉を拡大解釈していけば──── いずれ己もそうだと納得出来るのか? ……何もかも滅ぼした後ではもう遅い。 ) [ 帝王学部の特別学科に参謀役として入学した彼女を、 かの賓客は顔見知り程度としか知り得ないだろう。 其れでも話そうと思ったのは、踏ん切りを付ける為。 ■きたかった。たった一つの夢を諦める為に。 二人だけの物語に、もう他の犠牲者は不要であるから。 ] [ 誰かを死に至らしめる前に幕を引くのだ。 ]* (6) 2020/12/11(Fri) 2:39:31 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 数万と続く人の群れは帝都に近付くにつれ数を減らし、 最後には千人程度が主君に続く様にして残った。 王宮務めの騎士達を中心とした軍勢は 昼過ぎには隔壁の麓まで辿り着き。 堆い門をくぐれば、直ぐ様視界に赤い吹雪が舞った。 使い鳥の報せを受けて待っていた民衆達が終戦を祝う。 そして二百年前の皇族に因んだ薔薇の花弁を投げるのだ。 再びの力と栄光を祝して “Gewinnen Sie Macht und Ruhm zurück!” ] ( ────こんな光景を待ち望んでいた訳じゃない。 ) [ 飽くまで戦争に携わらなかった賓客に出る幕は無いが、 この国の頭目のすぐ後ろを馬で着いていけば 散々、赤薔薇に塗れる羽目になるだろう。 民家が立ち並ぶ狭い路地を抜けて大通りに出れば 視界を覆う程の花吹雪も少しは収まるが。 見慣れぬ女の姿を民衆が気に止める事はなく、 手を振り返す君主の立ち振る舞いに誰もが夢中だ。 ] (10) 2020/12/11(Fri) 10:06:49 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 結局は、全て殺めた所で満たされはしなかった。 正しくは、解放される事に安らぎを見出したのだ。 ……最期を看取る者が既に在る安心感を。 ] [ 薄い笑顔の下、死を恐れぬ戦士の殺伐とした希望 ] (11) 2020/12/11(Fri) 10:07:10 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 日がだいぶ傾く頃合には王宮へと戻った。 南西の夕空に浮かぶ白い半月が、 一週間にも満たない残りの時間を指し示している。 賓客に与えられるのは寮長時代の自室より大きな部屋と、 専属の侍女、絢爛豪華な衣装、食事、其れから自由。 熱い湯を浴び、傷を癒すのも思いの儘だったが、 たった数日で満喫するには少々此処は広過ぎる。 ] ( 『茶でもどうだ』とつい声を掛けたのは、 もうじき終わる人生だとしても 積もる話が山程あるからだ。 その中に、長らく抱き続けた違和感の 手掛かりがあるのではないか、と。 ) (12) 2020/12/11(Fri) 10:07:23 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム……俺の死が予定調和の上と教えた時、 おまえは散々俺を咎めたな。 だが、おまえと其の旧友の過去を聞いた時も 俺は同じ様に咎めた。 “誰かの為に死ねる程その命は安いのか”と。 [ 誰にだってもう、死んで欲しい訳じゃない。 いつか口に出した息苦しさは消えていたが、 次に苛まれたのは毛色の異なる■の苦しみ。 収拾のつかない心を見つけ出す為に問う。 ] (13) 2020/12/11(Fri) 10:07:40 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 薄く口の広いティーカップに注がれたダージリンは 秋の終わりに摘まれたばかりの皇室御用達の品。 何度も品種を変えながら、五年の間の出来事を 心行くまで語り合った。 何かと口煩いから甘すぎぬケーキを従者に出させて、 陽の差し込む庭園でなく敢えて自室を選んだ。 ……本当は、事ある毎に小言を差し込まれることも いつからかは鬱陶しく感じなかったのだけれど。 彼女の“獲物”と看做された夜に、 どの様な情緒の変化があったのか。それが知りたくて。 ] 遠い昔の邂逅だったとは言えど、 おまえが“そんなもの”の為に命を投げ打ったのかと 苛立ちさえ覚えたものだ。 ……抱いたことの無い奇妙な思考だった。 [ 彼女にとっては何にも代え難き幼馴染であるとは 分かっているのに、どす黒い気持ちが抑えられない。 そうしていつか冷たい言葉を吐いた事さえあった。 己は運命“如き”の為に魂さえ捧げたというのに。 ] (14) 2020/12/11(Fri) 10:07:59 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム( あれからずっと、気の浮き沈みを繰り返していた。) おまえも似たような心持ちだったのか? 肯定するならば、詳しく考える事は止めておく。 同じだと言うのなら、其れだけで充分だ。 [ 誰かの運命を自分のそれより煩わしいと思ったのも、 其れが永遠に訪れなければ良いと考えたのも、 生まれてこの方経験がなかったものだったから。 凸凹の感情にもいつか当て嵌る時が訪れるだろうか。 『満月の晩、夜半過ぎに謁見の間まで来てくれ』 ……そう告げれば、此度の茶会は締め括られる。]* (15) 2020/12/11(Fri) 10:08:18 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 幼き我が子を腕に抱く慶びも、 長らく別れていた妃との再会も、 戦場を共にした戦士達との祝賀も、 『我等の王』と慕う民草の言の葉も、 ────全てすり抜けて、過去の幻燈となる。 ] ( 宿業から解き放たれて尚、刻限は迫る。 何を遺そうにも時間は足らず…… とうとう遺言は書き上がらなかった。 新たな国土統治の取り決め及び相続、 そして新帝が成人する迄の代理人を立て。 誰にも終わりを仄めかさず、 終ぞ彼奴にも秘めた 約束 の話はしなかった。 ) (22) 2020/12/11(Fri) 22:58:40 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 其の理の外側に在る至高の獣が、 この冠ごと打ち砕いてくれる瞬間を望む。 冷えた鋼鉄の玉座は心まで蝕む様で、 黙した儘、目を閉じ其の刻を待った。 ] (23) 2020/12/11(Fri) 23:02:46 |
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