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203 三月うさぎの不思議なテーブル
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[俺の好きな人を気にするように、伺う視線。
伸ばされた指が、自身の手に触れ、捉えられた。
少し、冷たい中に、確かに伝わる温度が残っている。
彼が、生きている証。
熱がゆっくりと覆われた掌から
伝わってくるのを感じながら。
向けられた視線を受け止めるように、
手元に落とした視線を上げる。
自身と同じように異性が好きだった人。
戸惑う心に、少し共感するように微かに微笑んで。
やがて彼の視点から話される自身の話になれば、
少し面映ゆかったが、
握り込まれたままの手を振り払うことはしない。]
[改めて告げられた、彼の願いは、
先程、誰にも奪われたくない欲を口にした時より、
幾分かは控えめなものだった。
強引さはない、その優しさに思わず目を細めた後。
話題が、あの気まずい日に変われば
思わず視線を伏せたけれど。
それから、ゆっくりと口を開いた。]
あれは……、高野さんが悪いわけじゃなくて、
戸惑ったんです。
向けられた好意にじゃなくて。
タルトを食べた高野さんに。
[視線を上げられないまま、
重なっていない方の手の甲で口許を隠して。]
食べたのを見た時、
フォークで身体を暴かれたみたいに、
心臓が、
熱
くなったから。
[あの熱を伝えるには言葉で表現するには拙いけれど。
それすら伝えるのも、恥ずかしさで。
耳朶も、頬も熱くなるのを、隠し続けたまま。]
[たったそれだけ伝えるのに唇が乾くのを覚えて、
湿らせるように一度、唇を噤んで。息を吐き出す。
腕を下ろす頃には少し、熱は引いただろうか。]
事故のことは初めて聞きましたけど、
高野さんの仕事のことは、少しだけ。
……知っているんです。
決まった曜日の、深夜。
仕事が終わった後に、
いつも、あなたのラジオを聴いていたから。
[今度こそ、目を見合せたなら。
ずっと伝えたかったことを、口にする。]
俺は女性としか付き合ったことがありません。
でも、ラジオから聞こえる
高野さんの柔らかな声に惹かれた。
好意を伝えてくれたことには、
嬉しくは思っても、嫌悪は感じません。
[温度を分ける手を裏返して、掌を合わせる。
彼に応えるように、少し力を込めるのは。
バイクに乗った時に、回した腕の力と同じくらい、強く。]
まだ、知らないことは多いけど、
これから、時間をかけて。
あなたに応えられるように、
好きになっていきたい。
[目を見合わせて、微笑みを浮かべたなら。
重ねた手の隙間に指を絡めて、
トン、と隣合う肩を寄り添うようにぶつけて。
肩口に頭を預けるようにして、視線を向ける。]
恋人には甘えたい方なんですけど、
それでも、いいですか?
**
――朝ごはん――
[昨晩、小鍋に昆布と煮干しと水を入れて冷蔵庫に入れておいた。
それに新じゃがのくし切りを入れて火をつける。
沸いてから新玉ねぎも少し入れて、味噌を溶く。
朝は最近マーマレード消費の為にパンやホットケーキの事が多かったが、今日のように白米の時には予約炊飯をすることにしている。
炊飯完了の音楽の後、しゃもじでほぐして蒸らしておく。
きゅうりは斜め薄切りにして塩昆布とごま油で和えて白ごまを振る。
本当は焼き魚が欲しいところだが、最近はマーマレード(以下略)で冷蔵庫に買っておく習慣がない。
少し考えて、冷蔵庫から卵を取り出した。]
マシロちゃん、起きれそう?
ごはんできたけどもうちょっと寝る?
[揃いの食器はない。
どれも一人暮らし用の1つきりしかないから、テーブルに並んだ時に統一感は出せないが、「お揃い」を増やす楽しみがあるということで。
自分のスウェットを着た真白の起床を待って一緒に手を合わせよう。]
[『スターゲイジー味噌汁』
『カニカマの淡雪仕立て』
今日の更新に、
#独身男性の優雅な朝食というハッシュタグはついていない。
スターゲイジーパイの中身をイメージして作った味噌汁と、ふわふわの真っ白な卵白が特徴の皿。
一緒に食べて「おいしい」と思えば縁起を担げる気がして。
#信じてるそれだけをタグづけした。**]
[ 武勇伝でもなんでもない、
けれど、人によっては自分語りとか
そういう類の長い、話。
思えば過去、誰にも
こういう話はしたことがなかった。
例えばうさぎの穴でも。
肩書を知らず、自分の名前も知らず
そんな女の子から声がかかる事はあった。
テレビもラジオも、昨今は避けられがちな
傾向があるから。
彼女はいるんですか いないよ
じゃあ――…… そんな風に知り合うことは
あっても、そのうち、縁は遠くなっていった。
それは女の子のせいだけじゃなく、
自分のせいも大いにあろう。
知らなかったと大騒ぎされることもあれば、
知れば、心配している健気な私の皮を被り
根掘り葉掘り、聞こうとされる事もあった。 ]
[ 自分の欠点を晒すことも、傷痕を晒すことも
したことがなかったから。
話の順序が合っているかどうか、
時々反応を伺いながら。
事故の話の後、火傷痕のある所を
見つめられたら ]
もう痛くはないんだよ
少しみっともないけどね。
[ そう言いながら小さく笑う。 ]
[ 振り払うようなことはないだろう、という
確信はあった。その後のことを予見していた
わけではなくて、
お客さんのことを、よく覚えていて
『今度は是非、デザートもどうぞ。』
『お祝いデザート、何か考えるんで。』
ただのお客さんとのやり取りを、忙しいからと
切ることなく、続けてくれて、
仲間の異変に気づき、手を差し伸べる事を厭わず
好意を寄せられてると知って尚、今日この場に
来ることを選んでくれた、君だから。 ]
[ 繋がれた手は、振り払われる事がないままで
こちらの話は一旦、終わる。
今じゃなくてもいい、いつかきっと、
だとか、そんな不確かなものでも良かった
性別の壁は、大きい。
理解が深められて来ているとは言え、
男女のカップルが当たり前に、やれることを
戸惑う場面や、人目を避ける場面は多いだろう。
――相手が好奇の目で見られるような職種なら
なおさら。
特に自分たちは、今までそれを
考える必要のなかった、二人だから。
わかるよ、と言いたげな微笑みが
それを決定づけているようだった。 ]
……俺に?
[ 口元を手の甲で隠した君が
顔を隠したまま、言葉を続ける。
暴かれたみたいに、
熱くなったから、
それを聞くとこちらも僅かに、恥ずかしくなる。
そうなの、と言いながらも
熱が上がっていくようだった。 ]
[ 息を吐き、腕をおろして続けられた言葉には
正直、すごく、驚いて ]
え、あ、深夜の方の、
[ 少しだけ知っているんです
そこまでは範疇内だった。MVの人気は
衰えることなく加速しているし、
それに伴うように、公開録音の事は
記事になるし、友人も外で見ていたし、
その話を店内でもしていたから。 ]
[ 深夜の方、つまり
アレ
とかコレとか
ソレとか、聞かれていた、と。
………マジで?????
驚きはわかりやすく表情に出ていた。 ]
うん、
[ 合わされた手に、力が籠もる。
続けられる言葉に、一つ一つ頷いて
君がくれる言葉を、大事なものを
抱えるような気持ちで、聞いた。 ]
[ 心のどこかで。
だけどお客さんとしては大事です、だとか
友達として、お友達から、とか
そんな言葉が返ってくるのではないかと
思っていた。それが正しいとも。
指が絡み、
とん、と肩がぶつかる。
『好きになっていきたい。』
――今、なんて言った? ]
はい……大歓迎です……
[ ぶつかる視線。
驚きすぎて、呼吸するのをわすれるくらい。
なんとか言葉を返すも、あまりの距離の近さに
気の利いた事を言えるでもなく。
いや、近いな!? ]
[ 何もされないと思っているのか、
されてもいいと、思っているのか。
どっちだって、いい。もう手遅れなので。
絡まる指ごと持ち上げて、顎に触れ、
僅かに向きを変える。
君の瞳に映る自分の姿ったら、ない。
ぐずぐずに煮溶けた果実よりも、甘そうだと
他人事のように、思ったのはひととき。
すぐに見えなくなってしまったので。 ]
こんなに距離縮められると、
何されても文句言えないと思う。
[ それこそこのまま攫われてしまっても。 ]
それでも文句あるなら、聞くけどね。
[ これ以上ないくらい、そう例えば
一生忘れないだろうなと評する、タルトを
食べた時のような、幸せな顔でわらう。
特別な時間、特別な場所、
特別な景色の中に、君がいる。
――そういえば肉食だとか、誰かが言ってたな。
]
そういえば、アレ聞いてて、
普通に接してくれてたの……。
めっちゃくちゃ恥ずかしいな
[ 特に第一回のアレ。
彼女に言ってみました、とかいうお便りもくるアレ。
実践したカップルが
(大変身近に)
居たらしいが
それは俺の預かり知らぬところ。 ]
一枚だけ、いいかな記念に
ここ、来たときはいつも一枚だけ撮ってるから
[ それからしばらく、なにもしないを満喫したか
ぽつぽつと話をしたか、どちらにしても
夕方になる前には、帰り支度をしようと
したはずで、その前に、スマホ片手に問いかける。
――いつもは自分、映さないんだけどね。
叶うなら、湖を背景に、君と二人、顔を並べて。** ]
[ 荒れていた頃の話は、特段面白いものでもない。
少し夜遅くまで行き場所も居場所もない者同士、
友人たちと他愛ない話を交わしていただけだ。
そんな誰かと過ごす夜も特に心震わせるなにかもなく、
ただ、ぼんやり生きているなあ、と思う程度の。
好意を寄せられたことがない、……と嘘は言えまい。
が、当時は「友達として好きだよ」だとか。
店員になってからは、お客様、と敢えて呼んだりとか
そんな手段で回避してきた。
だから彼の内心の心配事は無用だったりするのだけれども
例えそれを知っても大咲は
彼が抱えてくれる独占欲に、擽ったそうに笑うだけだ。 ]
[ 誕生日を祝うという習慣がない大咲でも、
これから先、彼の誕生日は忘れまい。
うさぎの穴で「ハッピーバースデー」もしっかり覚えた。
祝うなら。せっかくなら、二人きりがいい。
"特別な人"に祝われる未来は薄らとしか想像出来ないけど
きっと泣きたいくらい素敵な日になるのだろう。
好きなものが少しずつ増えていく。
してみたいこと、知りたいこともそれ以上に溢れて
両腕だけじゃ抱えきれないかもしれない。
始まりたての今でさえ、そんな風に考えてしまって
──でも、生まれて初めて
誰かとの未来を考えるのが楽しくて、胸がきゅ、となる。
これが恋
なんだなぁって
いつかの日、投げられた問いへの答えを
大咲はようやく得られたような気がした。 ]
[ 飛び込んだ先で零した拙い話を
彼は抱き締める腕に力を込めながら、ただ聞いてくれた。
そうして紡がれた「応援してる」という言葉へ
うん、と確かに頷いて返す。
速崎を理解出来ていなかったなら、また知り直したい。
あの日どうして自分まで傷付いたのか。
きっとそれは、何てことはない出勤途中の雑談の最中
彼の親へ抱いた想いが大咲の本心だったからだ。
お金が無くても子供がお腹を空かせることがないように、
そうやって大事にされてきたことを、知っていたから。
自分の目には些か眩しい、素敵な家族。
内心抱いた親への共感と 彼への羨望。
「かわいそう」が、羨ましがった自分への刃に聞こえて ]
[ でもあの日、栗栖が言っていたように
速崎は一線を超えないことが出来る人だ。
そしてそれをちゃんと言葉にした栗栖も、
大咲にはやっぱりあの日と変わらず強く映る。
だから。大咲も、頑張りたい。
──結局、クッキーの連作も実質未完成なのだし? ]
……ふふ。ありがとう、ございます。
私も、そうやって傍にいてくれる
神田さんのこと、…すき、です…。
[ 少しの間、安心出来る腕の中で言いたいことを整理して。
抱き締めたまま傍で待ってくれる彼を、
ようやく整え終えたこころのまま、見上げてから。 ]
[ 無防備に見えるのならそれはきっと
向ける相手が貴方だからなのでは、ないだろうか。
二人して同じ角度に首を傾いでいることへ気付けば
お揃いですね、と囁くように、仕草を示し。
それから──
ケトルのお湯よりも先に熱くなった体温に
「不意打ち成功」とばかり、わらって ]
約束、しましたからね。
[ 夜綿さん。
──と、もう一度、形を得るように名前を呼び。 ]
手、繋いでてくれるんですか?
うれしい。
[ 断られる想定をしていないのに敢えて問いかけるのは、
ちょっとだけ狡かったかもしれないけれど。
目論見通り返ってきた了承へ、はにかんで。
それから、それから。
二人で食べた瑞野の杏仁マンゴータルトは美味しくて、
タルト生地はフィエのだな、と気付いたり。
艶を与えるナパージュがフルーツを傷めていないから
そんな情報だけで、瑞野の掛けた手間が伝わってくる。
食べ終えれば、お風呂と──彼の服を貸してもらった。
薄付きのメイクを落とし、スキンケアと髪を乾かし終え
不意に はた 、と気付いたのは ]
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