203 三月うさぎの不思議なテーブル
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それは大事にしたいと思ってます。
[耳に馴染んだ彼の声。
ずっと惹かれていた、好きな優しく落ち着いた。
その中に、少し甘さが混じっていれば。
その音を聴けるのは自分だけの特権だと感じて。
恋人の可愛らしいおねだりに、応えるべく。
口を開く。]
[駄目になればいい。
肩の力を抜いて、どろどろになるくらい。
俺だけにしか見せない顔を、見せて欲しい。
]
――……、一緒に駄目になります?
景斗さん、
[愛しい人の名を呼ぶ声は同じく、甘い。
一度じゃ飽き足らずに、雨を降らすみたいに。
唇に音を乗せて。*]
[ 甘やかすことに慣れていないこの手が
好き勝手に触れて、撫でる。
それでも、思いは伝わったようで
緩く首を振られた。
撫でる手はそのまま、動かし続けた。
自分がそうしたかったから。
それとこの手が必要だ、欲しいのだと
思わせるような息遣いや、態度があったから
でもある。かな。
愛しさがあとからあとから溢れて
掬いそこねたものが、愛しい存在に
向かうのは自然なことに思える。 ]
[ 他人は所詮、他人だから。
理解してもらおうと思った事がなかった。
人はどうせ、最後には一人で死ぬのだから。
築いたものは、最後には消えてなくなるのだから。
自分の弱さや、情けなさ、
そういう、預けるつもりがなかったもの
渡すつもりがなかったもの。
それをいつの間に、君に悟らせてしまったのか。
交わす言葉の中から、
浮かべる表情、仕草から。
悟られてもいい、と思うように、
なってしまったのか。
ああ、本当に弱いなぁ。
愛され慣れていないものだから。 ]
[ 言葉にされることはなくとも、
伸ばされた両腕の中に閉じ込められて
動揺と、戸惑いに視線が揺れる。
どうしたの、突然。言葉にするより先に、
スキンシップは好きな方だと告げられ、
熱
を分け合い、離れて。
こぼれ落ちる前に、眦にもあたたかさが
落ちる 満ちる。 ]
十分、そう感じてるよ。
[ 大事にしたいだってさ。
言葉の通り、今でも十分、そう感じているのに。
本当に格好いいったらないよね。 ]
是非、喜んで。
[ 誘われるように、体を起こし、
くるりと半回転。
体を預けてくれるようなら、抱き上げて
寝具に運ぶ、くらいの余裕はあったと思われる。
このときは、まだ。
視線に滲む欲については、見逃して頂きたく。
格好良い恋人が、あまりに可愛く、
誘ってくれたのでね。
しかしその余裕も、すぐに消え失せて
いっただろうね。その夜には、特に――。* ]
[ 翌朝。
朝と言うには少し、遅いくらいだけれど。
起き出して、コーヒーマシンのスイッチを
入れて、洗面台へ。
鏡に写っただらしない顔は
冷水でもどうにもならなかったが、
顔を洗い、歯を磨けば、歯磨き粉の
齎す刺激と清涼感で幾分かは、
マシになっただろうか。 ]
おはよう、よく眠れた?
[ そう声を掛けたのと、コーヒーマシンが
抽出完了の合図をしたのは、同時くらい。 ]
コーヒー飲む?*
[悪戯に囁いてにまっと笑えば
じとっとした眼差しが返って来る。
それがおかしくって、くふくふ笑いながら
腕を組んだままに歩いた。]
ふふふふ。そっかそっか〜。
素直でよろしい♡
[いや、ここはね?
とことんすっとぼけることも考えたんだけど
揶揄いたい気持ちの方が勝ちました。許して。
だって君がそんな顔するんだもん。
何買うの?とか聞かなかっただけこれでも手心を加えている。
拗ねていた彼は、すぐにでれっと破願して。
甘い顔と言葉を向けてくるものだから
こちらも何だか恥ずかしくなってしまう。]
…………私もさ。
二人きりになりたいな。って、思ってたから。
[なんて、照れを滲ませてそっと告げ。]
[さて、玲羅の住まいは駅から少し歩いた住宅街の中にある。
単身者用のオートロックマンションの3階。
彼を伴ってエレベーターに乗り、自宅の鍵を開けた。
広さは1DK。
こうなることを見越して事前に掃除していたので
部屋の中は綺麗な筈だ。
右手がダイニングキッチン、左手が寝室である。]
いらっしゃい。
どーぞ、適当に座って。
[玄関を入って寝室側に案内すれば。
テレビボードや棚に小物類が並び
ローテーブルの下にはラグが敷かれ、
クッションが幾つか置いてある。
奥の方にはシングルサイズのベッドとオープンクローゼット。
全体的にナチュラルな配色の
明るい色味の家具で揃えられている。
彼が座ってくれれば菓子の入ったビニール袋をその辺に置いて
ダイニングキッチンに移動して飲み物でも淹れてこようか。]
なんか淹れるね。
お茶と珈琲と紅茶、どれがいい?
[自分の分はティーパックのお茶である。
マグカップを二つ出し、ケトルでお湯を沸かして。
彼から希望が返ってくれば注いで淹れて持っていこうか。**]
[伝わっているのなら、不満はない。
自身が口数が足りないことは知っている。
伝えきれていない部分もきっとあるし、
彼が注意深く拾っていたとしても、
俺の不器用さから、届かせきれないこともあるだろう。
でも、数少ない言葉を拾って、
小さな癖を見つけて、受け止めてくれるから。
言葉で言い表せない代わりに、熱を、分ける。
触って、触れて、身体を擦り寄せて。
もっと、知ってほしい。
俺があなたを知っていく度に感じる愛しさを、
彼にも、同じように。返して欲しいから。
]
[言葉足らずな誘い文句に乗った
、
浮かんだ笑みに、悲哀の色はもう滲んでいない。
身体を起こすのに、助けるように身を引けば。
腕を引かれて、]
……―― ゎ、
[ぽすんと、ソファに身が沈む。
入れ替わった位置、抱き上げられる身体に。
少し、いや、かなり動揺した。]
ちょ、 ……っ、
[誘いはしたが、まさか。
こんな運び方をされると思わなかった。
華奢な方ではないと思う、決して。]
[ソファからベッドまでの短い距離とはいえ、
簡単に持ち上げられたことに。
かぁ、と一気に顔に血が集まって熱を帯びた。
寝具に降ろされたら、ソファと同じ匂いがする。
微笑む彼を見上げる視線には、
男として、少し悔しさも滲んだものだったかも
しれないけれど、それ以上に羞恥が勝った。
――敵わない。
先に惚れた方が負けだとか、よく言うけれど。
恋をしてしまえば、誰もが敗北を感じる時がある。
ああ、もう、溺れそうだ。
]
[その後、きっと。
ソファに転がっていた時よりも
駄目になった姿を見せてしまっただろう。
そんな姿を見せても良いと思える程に、
――心は近づいていく。少しずつ。少しずつ。]
[ 夜明けに一人、目が覚めた。
隣で眠っている彼の寝息を聞く。
腰元の傷跡に、
慈しむように、口づけを落とした。* ]
[――目覚ましの音で醒めない朝は貴重だ。
代わりに聞こえたのは、穏やかな声。
まだくっついていたい瞼を重そうに持ち上げて、
薄っすらと視界を開けていく。]
……ん、
[仄かに香るコーヒーの香りに刺激されて、
シーツから顔を覗かせたなら、彼の姿が映る。]
……はよ、……ンッ、
……おはよ、 ございます……。
[一度、掠れた声を飲み込んで言い直して。
気だるさの残る身体を起こせば、
重力に従って肩からシーツが滑り落ちていく。]
[朝は、正直。弱い方。
こし、と瞼を指の腹で擦りながら、
まだ思考の巡らない頭の中。
少し遅れてきて伝達された問い掛けに。]
飲む……、
[それだけ応えて、小さな欠伸を洩らした。*]
普段着?
[普段着とは。
普段着?
仕事着は、厨房に立つ日と、打ち合わせ用の清潔かつ地味なもの。
そして黒と赤と銀のパンクファッション。
以上。クローゼットの内訳はその3パターンに、最近お出かけ用のお茶会服が一揃い増えただけ]
パジャマとか?
[くふくふと機嫌良さそうに笑う玲羅。
腕を組んだ距離は近い。そりゃ顔も赤くなるよね。
そして買い物の内容聞くのやめてあげようね?
栗栖くん年こそ1個下だけど、初カノだよ???
スマートさとか求められても応えられない。
でも……]
…………えい。
[デコを少し突いときました。
玲羅も楽しそうだから。良いかなって。
楽しそうだから、許しちゃう。目も細まる。]
[そしたら小さな呟きが聞こえて来たから。
]
人の事言えないじゃん。
[今度は俺が胸の奥で笑って。
腕を組む玲羅に微かに体重をかけると、顔を覗き込んだ。
ほんのり照れた顔可愛いね。
ここで『可愛い』とか言うと、また反撃が来るのかな?
それもきっと楽しそうだ。
彼女といる時間は、何で何時もこんなに楽しい。
思わず疑問を浮かべる程。初めての恋に俺は浮かれていた。]
[お邪魔したお宅はオートロックのマンション。
それだけでちょっとびっくりすると共に、安心した。
びっくりしたのはお高そうってこと。
安心したのは、玲羅の身が少しでも安全そうだってこと。]
おじゃましま〜す。
[案内された部屋は可愛らしい。
明るい色見のナチュラルな風合い。
女の子の部屋って感じがする。
女の子の部屋入った事無いけど。
勧められるまま、ラグの上に、クッションを抱えて座って。
玲羅はお茶を淹れてくれるらしい。こういう時どうするの?]
えっと……
[淹れて貰って良い物?
もう分かんないや。
混乱し過ぎて笑っちゃった。]
俺ここで座ってて良い物?
手伝わなくて良いのかな。よく分かんない。
ふふっ。
リクエストして良いなら、そうだな〜……
背伸びして、紅茶。
あんまり飲んだこと無いし、なんだかお洒落なイメージ。
[分からない事は聞いちゃえ。
不慣れ感丸出しで、スマートさは皆無だけど、玲羅に尋ねて。
家でもうさぎの穴でも供されるのはお茶だから。
珈琲や紅茶にはあまり馴染みがない。
よりお洒落そうで、女子受けしそうな方を選んだ今の俺はちょっとあざといぞ。悲しい程ちょっとだけどね。]
[お茶が入った頃合いかな?
手伝えることは手伝った上で。
鞄に手を伸ばして……]
そだ。俺もお家に訪問するお土産買ってきたよ。
[がさごそと。長方形の箱を取り出しました。]
[取り出したら。可笑しくなって。吹き出した。
くすくす笑いながら。もうキスならしたのにね。
でもコンビニで見かけて思い出したら、買わずにはいられなかった。
なんだかんだで。思い出のお菓子だったから。**]
[ 足りないと思ったことは、ない。
言葉だけで全てが伝わり合うなんてのは
幻想だと思っているし、
いつだって君の言葉は、実直で
飾り気がなくて。
真心ってこういうものなんだろうなって思う。
そうしてと頼めば叶えてくれるような
気がするけれど、今はまだしない。
――叶えてくれそうだと思えるだけで、
興奮してしまうのはまた別の話だけど。
まだ見ぬ日の君よりも、今は
擦り寄ってくる今日の君に、意識が向いているから。
向いているどころではないのだが。 ]
[ その触れ方
にそういう意図がなくても
もう、遅いかな。
躊躇する時間すら、惜しいくらいには。 ]
やだった?
[ 少なくとも驚かせた事は間違いないだろう
そういう反応だった。
成人男性である君の体は、軽々と
持ち上げられるわけではないけど、
ソファとベッドの短い距離、手を引く暇と
秤にかけて、即決した。鍛えておいて良かったね。
誰かさんのおかげでだいぶ、焦れていたので。 ]
ごめんね、みっともないけど
限界で、
[ 羞恥の色濃い表情に、にっ、と笑って。
先程君がしてくれたように、額に、頬に、
唇を落として、君の手を導くように強く引く。 ]
[ 裾から肌に直接触れれば、分かるだろう。
すっかり痕になってしまった、皮膚が。
治りきったその箇所は、他より少し
敏感になることも。
躊躇しないで、触れて欲しい、
その願いを叶えてくれたなら、
あとは手を取り合い、溺れるだけだった。 ]
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