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【人】 美雲居 月子[ ごちそうさま、と落とされて、 「ええ」と返事をしたら、 す、と動いた足。遠くなる。 ぐら、と揺れた気がして、 つい、その浴衣を掴んだ。] 黎哉さ、 [ だが、すぐに離して。 掴んだ右手を左手で包むように、 胸元に寄せる。] (155) 2020/08/19(Wed) 21:43:21 |
【人】 美雲居 月子[ その背中に、伸ばした手のひら。 それは、触れることはないけれど。] ───然様なら [ 小さく、別れの言葉を告げて。 今度こそ、その背中を見送るだろう。]* (156) 2020/08/19(Wed) 21:43:54 |
【人】 美雲居 月子 ───ロビーにて [ ああ、いい人だなと思った。 こんな場所で、一晩共寝しただけの、 名前も明かさない女に。 この先のわたしが、どうなろうと この人にはなんの関係もないのに。 あんな一言、小さな我儘に 向けてくれた優しさはこのメモにも、 その言葉にも、表れていたから。 頭に乗った手のひらが優しく撫でる。 くすぐったくて。なんだか、変な感じで、 困ったように目を眇めて眉尻を下げるが、 払い退けたりはせず、じっとしていた。] (157) 2020/08/19(Wed) 21:44:33 |
【人】 美雲居 月子[ そうして差し出したビニール袋を 彼は受け取ってくれる。 中身を確認して、困ったようにぼやくから] 8個くらい、すぐやろ いけるいける、食べよし [ とからから笑った。] (158) 2020/08/19(Wed) 21:44:51 |
【人】 美雲居 月子[ にっこり微笑んだ彼に尋ねられる。 目を開いて、それから、 思案するようにゆっくりと逸らして 人差し指で下唇をとん、とん、とん、と 三回叩きながら唸る。 彼の方を見遣る。すう、と目を細めて。] 美雲居、やていうたやろ? [ そう、また名字だけを伝えた。 あのとき…曖昧に迷ったときとは違う。 確かな、意思を持って。] ほな、敦久さん、おおきに。 [ 小さく一礼して、踵を返す。 フロントへと向かい、 チェックアウトを済ませた。 ホテル前に待機している タクシーへと向かう。 その黒い車体に吸い込まれた 女の表情はきっと、穏やかだった。]* (159) 2020/08/19(Wed) 21:45:26 |
【人】 美雲居 月子 ───それからの話 [ 京都の自宅に帰る道中、 なにを考えていたのかは覚えていない。 ただ、やることだけは決まっていたから。 ただいま、と家の扉をあけて、 脱いだ草履をそろえて靴箱に仕舞う。 そのままなんの迷いもなく行ったのは 祖父のいる書斎だった。 膝をついて、ノックを2つ。] 失礼します、月子です [ そういうと、「入れ」と聞こえた。 ゆっくりと引き戸を開き、畳の縁を 踏まないように中へ足を進める。] (160) 2020/08/19(Wed) 22:21:49 |
【人】 美雲居 月子[ 銀縁の眼鏡をずらしてこちらを見る 祖父に、正座をしたまま深く頭を下げた。] おじいさまに、お伝えしたいことが ありましたので、きました。 今お時間よろしいですか。 [ 「ああ、なんや」と祖父が眼鏡を外す。 こくりと唾を飲んで、喉を潤した。] うち、結婚は嫌です。 そやから、しません。 [ はっきりと、言い切った。 顔を上げて、寸分たりとも逸らさない。 視線は真っ直ぐに祖父の眼を射抜いて。] (161) 2020/08/19(Wed) 22:22:22 |
【人】 美雲居 月子[ まあ、それからはお察しの通り。 祖父は大激怒し、大揉めに揉めて、 飛んできた祖母や母には 宥められてしまったけれど、 兄だけは、味方になってくれた。 20も歳上の人。それもまだ一度も 会ったことのない人。 そんなひとといきなり結婚なんて できるはずがない、と。 そもそも妹をわたしたくはない、 という台詞には笑ってしまったけれど。 最後には祖父も疲れ果てたように もうええわ、とこちらを遇らった。 もちろんそんな1日で決着のつく 話ではなかったのだけれど。] (162) 2020/08/19(Wed) 22:22:53 |
【人】 美雲居 月子[ だが、事態は思わぬ方向に行く。 祖父が親友に連絡した。 孫同士の結婚の話だが、と 切り出すと向こうはキョトンとして。 そういえばそうだった、とからから 笑ってみせたのだ。 それにはさすがの祖父も呆れ返ったらしい。 さて、そしてその等の孫本人はというと、 45になり、現在すでにお付き合いして いるひとがいるのだという。 だから、20も下の人と本当に結婚させる つもりだったのかと祖父とその親友は 怒られたらしい、とまで祖母に聞いた。 ───正直、これまでの諦めた人生、 捨てた青春の日々はなんだったのだ、と それはそれは暴れてしまいたくなったが。 それでも、手に入れた自由は 大きかったから、それでいい気もした。 最後に、選び取ったのは自分。 間違いなく、そう言える人生になったから。 数ヶ月後、知らないアドレスから、 一通のメールが届くだろう。] (163) 2020/08/19(Wed) 22:24:03 |
【人】 美雲居 月子[ そんな内容で、旅館の場所が 記されているだけのメール。 届いていなければ、それまで。 ただ、背中を押してくれたその人に 伝えておきたかっただけなのだ。 わたしが選んだ未来を。 今日もまた、誰かを迎え入れる。 柔らかく微笑み、三つ指をついて。 ああ、そうだ。 あの旅館にもう一度行く予定は 今のところないのだけれど。 うさぎの温泉饅頭だけは、 今度こそ口に入れたくて。 そのうち、熱海には行きたいと思っている。]** (164) 2020/08/19(Wed) 22:26:06 |
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