【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 赤黒く死が積み重なる峠。 処理の追い付かない死体が 敵味方問わず一絡げに燃やされる。 ] ( 通った後には築かれる炭の山か、 焔が嘗め尽くした灰の原のみ。 どう歩いたのかも、どう生き抜いたのかも、 ある時を境に覚えていられなくなった。 ) (45) 2020/12/03(Thu) 0:05:38 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 山脈の冷気が裾を広げるかの様に、 焼け爛れた平原の戦場に新雪が降り注いで行く。 その中に立てられた軍幕の一つに仄かな光が灯り、 中央に横たえられた寝台の傍に立つ影が一人。 ] サー・アルベルタ=フォン=アイゼナハ。 誓を守り、王の意に添い、逆境にて闘い抜く。 彼女の務めは此処に終わった。 [ 別れの言葉を読み上げれば一度だけ振り返り、 遺体の安置された其の場を後にする。 爆発と崩落に巻き込まれた彼女の亡骸は、 戦い続きの兵士達に死に物狂いで捜させたのだった。 ] (48) 2020/12/03(Thu) 0:10:01 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 軍幕の外では大勢の臣下や各家の当主が控えていた。 同じ歳に生まれ、同じ王宮で育った騎士団長が 皇帝にとってどんな存在であったのかは 彼等の殆どが理解している。 おくびにも出さぬ様に振舞ったとしても、 心情もある程度は窺い知れるもの。 誰もが彼の言葉を待った。 ] 生まれた家へ送り届けてやれ。 その際、戦から退きたい者はそうして構わん。 隊列に加わり、安全に帝都までの路を往くが良い。 [ そうして軍議は明日に回された。 ] (49) 2020/12/03(Thu) 0:10:25 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 散っていった名も知らぬ駒を幾つ掻き集めても、 その名と生まれと家族の有無を一つ一つ聞かされても、 到底将たる其れには及ばない。 『価値』がではない。意義の有り様がだ。 陽動の為に割いた二千の兵の命より、 バルバロスの森に斃れた戦士達より、 この峠を超える際に失った臣民より、 彼女は 心の中で 重い存在だった。 ][ 彼自身が知る喪失の痛みとは 彼の瞳が初めて開く前に産褥の床に亡くなった実母、 既に定められた運命の中で手に掛けた父帝…… 判断を誤って身近な人間を喪う事はなかった。 故にこそ訃報は失態を確実に物語る。 そうして男は冬季の撤退を取り止めた。 ] (50) 2020/12/03(Thu) 0:10:48 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム( 若き騎士団長を屠ったのは、 我々の恩師でもある魔術学園の老教師だった。 本来の領分は名家お抱えの研究者だったからか、 戦争を機にダンメルス家に戻って来たらしい。 ) [ 憎かったのは彼そのものではない。 奪われた物を取り返す事だけが目的だったのに、 雪を踏み締める脚は次第に感覚を失くし…… 暫しの間、 悪 (52) 2020/12/03(Thu) 0:12:00 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ この深紅の鎧も、ベルベットの外套も、 眩いまでの炎を宿す宝剣も、 その悉くを血に染めながら立ち尽くしていた。 眼前には見知った顔の男。 膝をつき、擦り切れた魔導書を手に、 最後の悪足掻きに置き土産を残そうとしている。 何を思ったのか、王はつい手を止めた。 携えた剣を振りあげようとした格好の儘。 ] ( ……どう闘っていた? どうやってこのホールキープまで来た? そう思った時、足が動かなくなった。 得体の知れぬモノから自我を取り戻し、 宿ったのは躊躇だったのだろう。 ) (53) 2020/12/03(Thu) 0:12:37 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ その掌の雷が爆ぜる前に、 剣を墓標の如く 突 き 立 て た ゜ 鮮血が足許を濡らし、耳障りな音を立てる。 動かなくなった其れを兵に運ばせた。 ────何も、返す言葉がなかった。 つい先程まで何かに身を任せていた者には。 ] ( だからこそ決めた。 この闘いは自分独りになろうとも続けると。 ) (56) 2020/12/03(Thu) 0:14:34 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム( 足が、身体が重い。 二度目の遠征に出て既に一年近くが経過している。 数の有利を覆す為にどれだけ力を使っただろう。 契約は確実にこの身を蝕んでいる。 此処で国に戻れば、間違いなく次はない。 そうなれば誰がこの恥を雪ぐのだ? ) (57) 2020/12/03(Thu) 0:14:51 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 使い鳥はこの所頻繁に本国と送り合っていた。 兵站の要求や人員の増量、必要物資の買い付けなど 用途は多岐に渡るが、 数ある中でも一番大きな報せは男児の誕生であった。 ] ( 帰った処で抱いてやれるかも定かではなく、 己に似てゆく成長ぶりを見る事も叶わない我が子。 ならばせめて乱世は俺の代で終わらせよう。 そして泰平の名君となり、その統治の栄えんことを。 ) [ その為には誇り高き家名と、慕う民草と、 豊かな国土と、其れを治める貴族が要る。 故にこの交渉は重要な意味合いを持ち、 彼が下した決断は────…… ] (60) 2020/12/03(Thu) 0:16:18 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム ( 死んで欲しい奴こそ、金で命を買い戻す。 ) [ 穢れた施しは受けぬと心に決め、 腐り果てた精神を隔絶する為に裏切りを選ぶ。 招き入れられた城に武器は持ち込まず、 その代わり……ありったけの“火酒”を振舞おう。 独断での交渉に走った子爵を守る味方はない。 僅かな兵のみが控える城内で 仇敵を一思いに燃やし尽くすのは容易かった。 ] (62) 2020/12/03(Thu) 0:17:10 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 燃え盛る階下。 増設された回廊から大広間を見下ろし…… 其れから床に額を付けた眼前の男に視線を移す。 この二百年シェーンシュタインを支配してきた子爵は 肩書きだけ与えられたに過ぎなかったらしい。 『未来永劫忠誠を誓います』と 上擦った声で命乞いする様には 嘲笑だけを降す。 ] ( 悪意の芽は摘まなければならない。 いつか玉座に着く息子の敵は全て滅ぼし、 その上で汚名は返上し 皇族の立場を確固たるものとする。 ……故に。 ) (63) 2020/12/03(Thu) 0:17:33 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム────貴様がこれまで重い税を巻き上げて来たのは 誰の民だったのだろうな。 ( 冷たく言い下した先の、気に食わぬ髭面が歪む。 懇願が通らぬと知れば歯を剥き出して怒り狂う。 嗚呼、醜く、鼻持ちならぬ、人の子に有るまじき貌。 そんな唾棄すべき様が“見たかった”。 ) [ なれば己は是と思えたから。 ] (64) 2020/12/03(Thu) 0:17:48 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルムもっと深く跪け Mehr knie dich, Scheisse! [ 憎しみの儘に、床を掻く指先を靴底で踏み躙る。 骨が砕ける音が響く迄、悲鳴と嗚咽が言を封じる迄。 ] (65) 2020/12/03(Thu) 0:18:08 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ ────薄汚れた腕を掴み、 片手で軽々と短躯の男を釣り上げれば 廻廊の手摺から業火が渦巻く階下へと放り出した。] 貴様の先祖が好き勝手に造り換えたこの場所は、 いずれ七諸侯が隠し持つ金で再建しよう。 故に、貴様の手垢と靴底の泥が着いた 偽りのシェーンシュタインに────価値などない。 [ 呪われた血に流れる祖先の記憶が この場所を懐かしむ事はなかった。 或いは、感動など既に失くして 人でなくなってしまったのかも知れない。 ]* (66) 2020/12/03(Thu) 0:18:36 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム( 勇敢な人物の死に目には、必ず雨が降る。 天泣という言葉がある様に──── 餞なのだとすれば其れは、 ・・ 実に結構な事だ。 ) [ また一つ、名家が滅びる。 主君に背いてまで独立を志した者達の旗が燃える。 地図から、歴史から……消されていく。 全ての領民と兵の行く末を賭けて 決闘を申し込み、そして破れた男。 その亡骸を雨が濡らしていくのを見据えては 己が胸の内の向き合っていた。 惜しい人間を亡くしたものだと、 この戦争で初めて敵側に抱いた感情。 ] (67) 2020/12/03(Thu) 12:55:55 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 其れでも振り返る為の時間が足りないのは 残るベストラ家の本拠地が山脈の先、 堅牢な自然の要塞の中にある故だった。 21回目の命名日を迎えても、祝う暇もなく。 葬られた墓も、焼けた城も、総てを春の芽吹きの中へ 置き去りにして行軍は続く────…… ] ( 兵は休み休み入れ替わるが、己は違う。 常に前線に立って軍を率いるのは、 気が狂いそうになる程の熾烈さに身を置くことだ。 戦場に出ると悪夢を見ずに済むことは、 血腥い本質ではあるが、幸運とも呼べる。 ) (68) 2020/12/03(Thu) 12:56:17 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 人間にとってはこの世こそが地獄であると かつて説いたのは何処の誰だったか。 そして時は紡がれ 戦況は刻一刻と姿を変え 最期の仇を前にして、 城壁の外ではまたも冷たき秋の雨が降る…… ] ・ ・ ・ (70) 2020/12/03(Thu) 12:57:35 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ ────迸る焔は怒りそのもの。 向けられた切先に宿る其れは留まる事を知らず、 溢れ出る程に術者の命を削る。 業火に照らされる王の面持ちは対照的に冷たく、 這い蹲る黒衣の男を無感動に見据えていた。>>0:64 ] [ 二百年の記憶を得てしても、 彼等が背いた理由を悟ることは出来ない。 それ程までに欲は歴史を左右し、 同時に歴史書を複雑に変えていく。 戦争の歴史こそが人間の歴史ならば、 その火種である『欲』とはインキだ。 時と共により深く染み渡り、誰にも消すことは叶わない。 ] (71) 2020/12/03(Thu) 12:58:18 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム貴様らは眠っている幼子も、 きょうだいも、その妻も殺した。 唯一落ち延びた我が祖先を錻力の玉座に追いやっては 囃し立て……嘸かし可笑しかっただろうな。 俺は貴様と同じ轍は踏まん。 だがその旗を燃やし、史書から抹消するのは変わらない。 [ 対峙する王は瞳こそ焔の色であれど、 声色は何より冷たく悍ましかった。 ] (73) 2020/12/03(Thu) 12:59:22 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルムでは誰が対価を支払う。天が恵み給うとでも? 貴様の血肉と首に代えねば、 我々に残るのは家名だけだ。 ────貴様らが身勝手に踏み躙り、貶めた家名がな。 [ 受け継いだ記憶がそうさせるのか、 微かに声色に怒りが混じる。 在り方で言えばとうの昔に人間ではなく、 其れは四年に及ぶ戦で表面化していた。 ] (75) 2020/12/03(Thu) 13:00:14 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム死者は蘇らない。これは生者への報酬だ。 再びの栄光を示し、その忠誠が報われたと証明する為の。 ・・・ [ 誰もがお前の死を望むと言わんばかりに 鋭い言葉を用いて言い切る。 国の為、一族の為、家名の為。 ] [ 此処まで殺めて来た。これ程迄に死なせた。 墓標が生者にとっての罪や喪失になるからこそ、 “後戻りなど出来はしない”。 ] (77) 2020/12/03(Thu) 13:01:18 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム奥方の命は保証してやる。 精々西の大陸で慎ましく暮らすが良い。 全てを失った時、命に価値など無いと分かる。 [ 見え透いた問いには答えない。が、 僅かに覗かせたのは生き様への価値観。 まるで自分が“そう”在るかの様に。 ] (79) 2020/12/03(Thu) 13:02:16 |
【雲】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ 四年と七ヶ月。 古き地図の姿を取り戻す為に費やした年月。 それだけ長く戦っていれば、 心がゆっくりと拉げていくのが嫌でも分かる。 人は人を殺める為に自らの心を殺し、 其れを定めと割り切るほどに擦り切れていく。 自分は戦う為に生まれたのだと背追い込めば尚更に。 自分を忘れて仕舞いそうな時こそ あの 小瓶 の存在を思い出しては約束 の在処を想う。 ]( 今なら解る。苦しみとは痛みでなく、 傍に立つ者が盤上から降り 二度と戻らないという喪失感だと。 ) (D1) 2020/12/03(Thu) 13:02:43 |
【人】 燎原の獅子 ヴィルヘルム[ ────だが、最期の仇を前にして火は揺らがない。 降り頻る雨に掻き消されることもない。 ] [ むしろ落ち着き払った様子で言葉を受け止め、 やがて静かに唇を開いた。 配下達が掲げる篝火の明かりが近付く。 ] ……“我 Wilhelm von Arenberg、 テリウスの指導者にしてブラバントの王。 家名の誇りに懸け、獅子の御旗の許に” “汝、Judas von Bestlaに死刑を言い渡す”。 ( 吐き出せば、重荷は自然と消えた。 而してArrynに然うした様に、首を落とすだけ。 ) (81) 2020/12/03(Thu) 13:03:54 |
【人】 征伐者 ヴィルヘルム[ 使い鳥に終戦の報せと行き先を託し、 たった一羽、籠から高く送り出す。 もう暗号を用いる必要も、 撃墜される心配をする必要もない。 筆は軽く、迷うことなく進み──── “待っている” そんな一言で締め括られた。 ] (83) 2020/12/03(Thu) 13:07:39 |
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