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【人】 チアリーダー 早乙女 菜月[ぐっと体を沈ませると、ハルカとフユミが柔らかく受け止めてくれる。 「オー!」 落ちない。私は落ちない。絶対的な安心感は、気が狂うほどの反復練習で、ハルカとフユミから貰ったもの。 「ティー!」 二人が私を掲げ上げると、背中にトンと軽い衝動。トップのアキナだ。 私達の勢いを受け取って、アキナは飛ぶ。雲まで届くほどに高く。 まわれ、アキナ。 誰よりも高く。 誰よりも美しく。 「ティー!」 目の前に広がる客席、そこから沸き上がる熱狂のウェーブに、頭が追い付かない。 「イー!」 歓声が全身を刺激する。厚い。体が熱い。このまま血液が、細胞が、全身が、沸騰して消えてしまいそうだ。 「アール!」 笑われるかもしれないとか、恥ずかしいとか、そういう思いがどこかへ消えていく。もっと見てほしい。もっともっと、私たちのチームを見てほしい。 高々と跳び上がったアキナが、重力を思い出した。 人間が、降ってくる。 「エス!」 私だけでは受け止めきれないけれど、ハルカとフユミがいる。勢いと共に増した重みを、二人が和らげてくれる。 キャッチ。] (19) 2020/09/27(Sun) 6:50:51 |
【人】 チアリーダー 早乙女 菜月[ワァ、という歓声がドーム内に響く。声は重なり合い、反響し、共鳴し、 まるで巨大な生き物の鳴き声みたいだ。 その声の渦に負けないぐらい、私たちは大きな声を出す。 「GO! FIGHT! WIN! SEA OTTERS!」 声がどこまでも広がって、やがて自分の耳に戻ってくる。反響。たっぷりと体に染み渡るような、残響。 「……完璧」 耳元でアキナが囁いた。 どうしてだろう。演技は完璧で、ドーム内は熱くて、こんなにも幸せで、みんなも笑顔にしているのに、 全部、不要不急だなんて。] (20) 2020/09/27(Sun) 6:51:43 |
【人】 チアリーダー 早乙女 菜月[チアリーディングはスポーツだ。 グラウンドの外の花じゃない。技を競う真剣勝負。 勝利の証は、会場に溢れる笑顔。 私たちは誰かを応援するために、競い、高め合う。 だけど、イベントも練習もなくなってしまった。 世界を感染症が襲ったから。 『不要不急の外出は控えるように』の報道のもと、 入学式さえ消えた2020年4月、 私達は、高校2年生になった。] (21) 2020/09/27(Sun) 6:52:59 |
【人】 二年生 早乙女 菜月 ──断髪式── 「ナツキ、本当に良いの? チア部は前髪厳禁でしょ?」 うん、大丈夫、もう辞めたから。 おもくそバッサリいっちゃってー [「それなら……」友人は眉毛を下げた割に遠慮なくハサミを入れていく。髪の毛がバラバラと降ってきて、慌てて目を閉じる。「ねぇ雑! 目! 目に刺さる!」「ハイハイ」ジョキジョキ。細かい髪がマスクの中にまで入り込んで、「待ってめっちゃえげつないヒゲなってる!」「ハイハイ」ザクザク。 これでいいんだ、と思う。 だって、どれだけ練習したって、結局イベントは消えちゃうし。 だったら短い青春は、もっと賢く使いたいじゃない? 換気の為に開けっ放しの窓から風が吹き込んで、できたての前髪が揺れる。「あ、ごめ」「ねえ待ってなんで謝るの、どうなってんの乙女の命の前髪」「大丈夫だよ今までデコ全開だったんだから」「これからの花のJK生活ズタズタやぞ」「大丈夫だよそれも美味しいから」「……確かに」それに合わせて、校舎の横断幕もはためいている。] (22) 2020/09/27(Sun) 6:57:53 |
【人】 二年生 早乙女 菜月[こちらは教室の中だから裏面だけど、表の文字は知っている。 『 祝 チアリーディング部 2019年度全国大会 銅賞』私立桐皇学院高等学校チアリーディング部、「SEA OTTERS」はチア界の強豪だ。 横断幕が少し小さいのは、銅賞が恥だから。金賞を取って当たり前、なのだ。 それだけ本格的な部活だから、入部すれば青春は全てチアに捧げる。練習は週七、日の出とともに筋トレし、昼休みはミーティング、暇さえあれば倒立の練習、柔軟と共に眠りにつく。 今だって、グラウンドの方から練習の声が聞こえてくる。「せーの、」『あ、い、う、え、お!』「せーの、」『か、き、く、け、こ!』と、はたからは遊びか怪しげな宗教にしか聞こえないが、いたって真面目な練習メニューの一つ。全力で目玉をむき出し大口を開けて表情筋をグリグリ動かすことで、チアに欠かせない笑顔を身に着ける。 やっぱり怪しげな宗教かもしれない。 そしてお年頃だろうが何だろうが、容赦なくデコ全開です。チアは表現力が大事なの、デコも出せずに己出せるか。 まあ、もう辞めちゃったから、作るけど。] (23) 2020/09/27(Sun) 6:59:39 |
【人】 二年生 早乙女 菜月[断髪式を終えると、「あれ」と友人が声を上げた。視線の先には、私の鞄が横倒しになっていて、一冊の本がはみ出ている。「童話集? ナツキが本なんて珍し。そういうの好きだったっけ?」 うん、 [さりげなくしまい込みながら、言葉短に答えた。] (24) 2020/09/27(Sun) 7:00:36 |
【人】 二年生 早乙女 菜月[例えば、劇場に潜む怪人とか。 空に浮かぶ宝島とか。 雲を泳ぐラッコとか。 そういった空想話とは無縁な人生を送ってきた。 カサカサな紙をパラパラするより、 自分の体を使って、生の声で話す方がよっぽど楽しい。 あの時までは、そう思っていたんだ。]* (25) 2020/09/27(Sun) 7:02:51 |
元チアリーダー 早乙女 菜月は、メモを貼った。 (a3) 2020/09/27(Sun) 7:08:41 |
【独】 元チアリーダー 早乙女 菜月/* わーいやっと!!!!やっと始まったぞ!!!!楽しみにしていました、よろしくお願いします!!!!! 突然の秘話がやりたいがために朝五時に相方にメッセージ送り付けるという暴挙 ともくんよろしくお願いします!!!! さてこれから好きになるために小川未明読むぞ☺ 菜月と同じ気持ちになるため読むの我慢してた☺ (-7) 2020/09/27(Sun) 7:13:27 |
【独】 元チアリーダー 早乙女 菜月/* イメージソング「カルデネ」でいきます 知らないことを隠したい、のは あなたと、話したい、から、 とか あなたの腕にすがりたいのは ミルクを、注ぐのと、似ている とか、歌詞が美しくて好き 淡いふわっとした好意を寄せていく感じが あまじゅっぺぇぇぇぇぇええええしゅきいいいいいい (-8) 2020/09/27(Sun) 10:48:07 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月[図書室はちょっと苦手だ。みんな息をひそめていて、なんとなく苦しい。友達と宿題を広げながら、やっぱり教室の方が良かったなって、ちょっと後悔してた。斜め向かいの友達が、なんだか遠く、希薄に感じる。 パラパラと紙をめくる音、シャーペンのこすれる音、カーテンのはためく音、放課後の部活の掛け声、咳払い。図書室は、無音のようで色んな音がある。まっさらなシャツに落ちた一滴のカレーみたいに、静かな場所だからこそちょっとした音が目立つのかもしれない。ここを使う人たちはみんな、本か床か窓の外を見ていて、誰も人を見ない。それなのに、音だけ大きく切り出されてしまって、耳をそばだてられているみたいで、やっぱり嫌いだ。 図書室にいると、自分がほどけていく。薄く黒くなって、ペラペラの紙に焼き付けられていく気がする。] ……あれ? [沈黙に耐えかねて、質問にかこつけて話しかけようとして、初めて向かいに座る友人が消えていることに気づいた。 友人だけじゃない。その他の利用者も、友達が広げていた宿題も消えている。開け放した窓から夕方の風が侵入して、クリーム色のカーテンがシフォンスカートのように膨れていた。] (28) 2020/09/27(Sun) 12:00:22 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月[オレンジ色に染まった空間で、一人困惑して視線を落とす。私の宿題も、無い。] ここ……どこ? [いや学校の図書室なんだけども。 気が付けば、窓から入ってくるのも無言の風で、カリカリとノートを引っ掻く音も消えていて、人の気配は完全に消えている。世界から私だけが切り出されてしまったみたいだ。 誰もいないっていうだけで、知らない場所に迷い込んでしまったみたいで、急に不安になる。 夢じゃない、と思う。こんなに心臓がドキドキしてるんだし。] ねえ! からかわないでよ! [声は空しく広がって、だれにも拾われずに消えた。 しんとした空間の中で、自分の息遣いがやけに大きい。視界の中で動いているのは、私と、揺れるカーテンだけ。] (29) 2020/09/27(Sun) 12:01:12 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月[いや。 ひとつだけ、人影が目の前を横切った。] ……え? [私の声に気づくそぶりもなく、その人は本棚に影を映しながら歩き去る。 男子だと思う。スカートを履いていないから。 確信できないのは、人影『だけ』だったから。 何もない空間から、するすると黒い影が伸びて、本棚に映っている。そうすると、次は窓からピーターパンでも飛び込んでくるのかな。子供のころ見たアニメを思い出したけど、窓からは誰も入ってこない。身動きもできずに見つめていると、実体を持たないその人は、足音も忘れて、図書室の奥へと歩いていく。] あ……ねぇ、待って! [だけど、影は振り返らない。というより、私の声が聞こえてないのかもしれない。歩く速度は全く変わらず、本棚の向こうに消えた。 思いっきり話しかけたくせに、少し怖くなった。関わらないほうが良いのかもしれない。異世界? ぽい場所で影についていくのって、なんか碌な目に合わない気がする。けど、このままだと確実に見失う。 ちょっと迷った末に、結局その影を追いかけた。]* (30) 2020/09/27(Sun) 12:03:17 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月[その影からは、私はどういう風に見えていたんだろう。 普通に見えていたのか、全く見えていないのか、それとも同じように影だけが見えていたのか。 私も影だけじゃないかねって予想して、私は本棚から伸びる四角い影に隠れながら、忍者みたいにこそこそ『彼』を追いかける。 実体が見えてたら、まぬけなぐらい丸見えだけど。 彼は一番奥、壁際をびっちり埋める本棚の前で考え込んでいるみたいだった。 だけど私が本棚の影に隠れたままじゃ、何の本を見ているのか分からない。 彼の視界に私の影が入らないように気を付けながら、こそこそと背後から近づく。 私は背が高いから、どうしたって壁際の本棚に影が映りこみそうになる。彼にばれないようにと思うと、自然と這いつくばる形になる。 それぐらいなら羞恥心とかないです余裕。下にハーパン履いてるし。] (31) 2020/09/27(Sun) 12:08:37 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月[猫みたいな四つん這いで、風下ならぬ光下から近づく。斜め下からその影を見上げていると、彼はすっと手を伸ばして、一冊の本の背表紙に手をかけた。 たしかに一冊の本に手をかけていたけれど、抜き取ったのも影だけだった。透明な本が光をさえぎって、まぶしくてしかめていた私の顔に、影を落とす。] あ……あの! [チアで鍛えた脚力を存分に発揮して、一気に伸びあがった。高い背よりもさらに長く私の影が本棚に伸びる。彼にもしも私の影が見えていたなら、いきなり現れたように感じただろう。 彼が抜き取った本は、そのまま本棚の中に納まっていた。私が背表紙に指をかけると、影と一緒に実体もついてくる。軽くて、セピア色に変色した本を彼に見せながら、] 私も! これ、借りてもいいですか! [コミュニケーションを試みた。 これで何事も無かったように本を変えられたら爆笑だなって思いながら。]** (32) 2020/09/27(Sun) 12:09:31 |
【独】 元チアリーダー 早乙女 菜月/* ほんとうにいい月夜だった! 「赤い蝋燭と人魚」「野ばら」「月とあざらし」で鍛えられた後だと、「いったい……いったいこのお婆さんにどんな不幸が……」ってビクビクしてしもうた 小川未明の作品読んで、「え、おわり!?」ってなるなつき書きたい (-16) 2020/09/27(Sun) 12:37:42 |
【独】 元チアリーダー 早乙女 菜月/* 小川未明はいちいち浮かぶ絵が綺麗だな…… 童話は美しさを「それはもう素晴らしい」「それはもう目の覚めるほどに」「それはもう美しい」でゴリ押ししてくること多いけど、なんかこう、簡単な言葉で美しい絵を浮かべてくれる小川未明 (-18) 2020/09/27(Sun) 12:46:34 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月[ 「ナツキ!」 と、肩を叩かれて、はっと我に返った。とっさに本を背中に隠す。 図書室の中に、さざ波のような雑音が戻っていた。最終下校を告げる放送は、図書室も例外なく流される。 「こんなところで何してんの。帰るよ……なになに? エロいのでも見てたの?」のぞき込まれそうになるのを、「やめーやプライバシーの侵害やぞ」 笑いながら頑なに背中に隠す。いつもの癖でつい声が大きくなりかけたところを、様子を見に来た司書が止めた。「図書室でじゃれないの。早乙女さん、貸出なら処理するから早く」「はーい」しっしっと友達を追い払いながらカウンターについて行く。 先生が赤いレーザーで読み取ったところで、「あれ?」と首を傾げた。エラーを起こしたらしい。「貸し出し中? もっかいやらせて……ああ、読み込めた。はい、返却日は二週間後です、破るなよ早乙女」「ゴリラ扱いやめてくれません?」確かに破りやすそうな厚みではあるけども。] (33) 2020/09/27(Sun) 14:53:11 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月[数人で連れだって校舎を出る。うちの高校は、校門を抜ける前に、体育館の横を通る構造になっている。体育館には明かりがついたまま。開け放した扉の奥で、オデコ丸出しの集団が私に気づかず練習を続けていた。「いくよー! ワン、ツー、スリー、ハイ!」という掛け声が聞こえてくる。チア部はいつも延長練習をしている。 「やってるねー。どうすんのナツキ、辞めたら暇じゃん。帰って何してんの」「え、筋トレとランニング」「え、なんで……」「え、やることないし……」「え、恋とか……」「え、恋……?」 帰ったころには忘れてそうなくだらない話をしながら、長く伸びた影を眺める。太陽はもう落ちかけていて、ずいぶん周りと同化してしまった。 「ていうかマジで彼氏作ればいいじゃん。別に恋愛アレルギーじゃないでしょ? 前彼氏いたし。なんで別れたんだっけ?」 彼氏ねえ…… [そういやいたな、そんなんも。告白されて、断る理由も無いから付き合ったのが。 霞んだ記憶の中から、去年の人を思い出した。] (34) 2020/09/27(Sun) 14:54:10 |
【人】 元チアリーダー 早乙女 菜月── 回想 元彼との蜜月 ── [私は最近彼氏ができた女子高生。正直私、幸せです♡ 彼を応援するためにも、恋もチアも頑張るぞ〜♡ さーて学校ついた柔軟すっか、と鞄を下ろしたところで、ぶぶっとスマホが震えた。 『なっちゃんおはよう 今何してるの〜?』 『練習だよ』と返してスマホを置く。 さーて柔軟終わった倒立すっか、と立ち上がったところで、再びぶぶっとスマホが鳴る。 『今何してる〜?』 『れんしゅう』 さーて倒立終わったタンブリングと思ったところでぶぶっ『今何してる〜』『練習!』ぶぶっ『練習!!』ぶぶっ] 練習ゥ────ッ!!!! [マットにボスっとスマホをぶん投げながら、思わず叫ぶ。] どんだけ聞いてくるんだよ! こちとら年中練習しとるんじゃい! あぁあれか!? 芸能人の公式LINEみたいに何が来ても自動返信で「練習」って返すシステム構築すりゃいいんか!? [なんだなんだどうしたどうした、と部員たちが寄ってくる。] (35) 2020/09/27(Sun) 14:56:49 |
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