「……あは、本当に君って奴は。
　そんな事言われたら、どんどん欲張りたくなる。俺も何度でも味わいたいよ、君に刃を入れる感覚も、俺を染めて笑う君の表情も。」

もしその時がまた来たなら、次はどんな君を見せてくれるのだろうか。
何時になるかも分からないが、その未来を想像して。より楽しそうに笑うのだった。

それ以上攻撃をすることは無い。
元より、反撃を誘うつもりで起こした攻撃だ。

君の涙と感情が、自分の身に。雨の様に、星の様に、落ちていく感覚がする。


暫く泣いている君を、困った様に見ていたが。
やがてゆっくりと、迷う様に。片方の手が君の頭上に伸ばされる。

「……嫌わない、よ。嫌わないし、怒らない。


そして、そっと。押し倒された姿勢のまま、その頭を撫でた。

「俺も欲張るし…楽しそうな君を見るのは好きなんだ、欲張ってくれてかまわない。………と、言っておいてあれだが、…その、照れるな」

一般的には照れる内容ではないのだろう、と理解はしている。
けれど、君が与えてくれるのなら。俺にとっては、褒美のようであるから。

「…本当に、楽しみだ」

その甘美な"また"を夢見て恍惚とした色を滲ませた。

「わたし、いつもうまく行かなくて、間違えて、間違えてもわからなくて、難しくて、下手で、それでも、シェルタン様教えてくれて、怒らないで」

「そ、それが嘘でも、悪い人でも、優しかった、好きなんです、わたし、もっとお話したい、楽しいことしたい、教えてほしいです、怒らないで、ごめんなさい……」
これはいわばあなたの気持ちなんて全く考えられていない、自分勝手な涙だ。泣けば解決すると思っているわけではないが、なかなか泣き止むことはない。

「本当ですか、変でも、上手く行かなくても、嫌わないですか、私、怪我、ええと、大丈夫ですか、私、間違えましたか」
まだ目をこすりながら、でも素直に撫でられている。

子供を宥める様に、ただただ頭を撫でている。
幼子の世話は慣れている筈なのに、その手は少しぎこちなくなる。
だって、嘘でも悪い人でも、なんて言われてしまっては。


「……嫌わないって。間違えてもいないし、もし間違っても構わない。怪我も平気だし、もう怒ってない、から。……ね？」

君の涙が止まるまで、そうして君の事を宥めているだろう。

幼子のように撫でられて、ぎこちないなんて構わない、わかってない。
あなたの優しさがただ嬉しいと感じる。

「間違えてない……怒ってない、…………な、泣いてしまってごめんなさい。泣かないように頑張ります。はい、怒ってない、怒らない……。は、離れます」

あなたがそこに裏があったとしても気づいてないだろう。というのは見て取れるだろう。
泣くのも悪いことだと思っているのか、落ち着いてきたらやっと又謝りながら、あなたから手を離した。

「ありがとうございます、好きです。好きでいてください、またたくさん遊んで、いろんなこと教えて下さい。私、頑張って覚えます」
これは深い意味のない好意である。その証拠に彼女はこの言葉を泣きやもうとしながら伝えている。でも嘘ではない。

漸く少しだけ平静を取り戻して来たのか。纏まりのない言葉の断片から、君の性質を想像する事が叶う。

君の感情が落ち着いて来て、手を離されれば起き上がり。それでも頑張って泣き止もうとしている様子だったので、もう少し撫でるのを続けながら。

「うん。……うん。銃の練習でも、他の事でも。……遠慮なく聞きに来ると、いい。」

好意は確かに伝わり、受け取った。君は正直な子だ、嘘を付ける程器用ではないと良く知っている。

ただ、少女は撫でられているままだ。あなたの歪みも愛憎も感じ取ることがないまま。ただ素直に撫でられるまま。
言わなければ伝わらないし、言ってもきっと。

「聞きに行きます。沢山、考えて、勉強頑張ります。はい。撫でられるの、嬉しいです。」
あなたの気が済むまで、だんだんちょっと嬉しそうに撫でられていることだろう。
残った涙が嬉しそうに細めた目から溢れて消えた。

「なるほど……あなたもアルレシャ様にはよくしていただいているのですね。うらやましいです」

ついに言っちゃった。

「全ての看守様が優しいとは限らない、それはそうなのですけど。あの方に救われた日から、よくよく観察していたのです」
「そもそも私達囚人は人権などない存在。罪を犯して収監され、罰を受けるのは当然のこと。看守様に酷く当たられるのは囚人が悪いのです。もちろん、治安の悪いエリアに配置された私も含めてね」
「ゆえに、囚人に罰を与える看守様は正しく仕事をなされている方。囚人にも優しい看守様は聖人のような御方、なのです」
「それに気づいてからはますます看守様の素晴らしさを感じるようになりましてね！日々罪を悔いて生きるばかりでしたよ、ええ！！」

話すうちに熱がこもり、早口になる。それだけ看守に対して強い思いをもっているらしい。

何も知らずに、子供の様に懐いてくる君を。君の表情が泣き顔から嬉しそうな笑みに代わる時まで、人形師はその頭を撫で続けていた事だろう。

その後はすっかり冷めてしまったであろうココアを温め直して、きっと取り留めも無い話をして。
君が何か引き留める様子が無ければ、それでお開きにするつもりだ。

「自分もお茶会したいと告げれば、恐らく了承してくれるのではないでしょうか。元囚人の看守となると、それなりに苦労も多そうですし……」

言ってから、その苦労は大体他看守からの物だろうし気にしないどころか喜びそうだな……と思ったが、その言葉は一旦飲み込んでおく。

「な、成程。優しくないのはそれはそれで職務を全うしていると……まあこの監獄で看守をやろうと思えば、厳しくするにしろ優しくするにしろ後サボるにしろ、ある程度の気概が必要になってくるのは確かだとは思いますね……
　……ちなみに囚人時代の罪って、聞いてもいいものですか？」

あっ！ちょっと気迫に押されてる！