人狼物語 三日月国


179 【突発R18】向日葵の花枯れる頃【ソロ可】

情報 プロローグ 1日目 2日目 エピローグ 終了 / 最新

視点:


霧ヶ峰 友紀6人が投票した。

霧ヶ峰 友紀は村人の手により処刑された。

月が姿を変え、新たな一日が始まった。村人は集まり、互いの姿を確認する。
犠牲者はいないようだ。殺戮の手は及ばなかったのだろうか?

優しい光が村人たちの姿を映し出す……。人狼に怯える日々は去ったのだ!

村の更新日が延長されました。

村の更新日が延長されました。

【人】 室生 悠仁

 

  食卓に座れば、共に食事をする時間が始まる。
  いつも通りの談笑の中、いつも通りでないのは
  俺の心臓の鼓動と、俺の心のうちのみだ。

  話出すきっかけを探すように視線を向けた。
  トマト鍋を美味しそうに頬張る姿は
  いきいきとして愛らしいと思う。

  ─── 彼はずば抜けて容姿が良いわけではないけれど
  随所のパーツの配置が良く、整った顔だ。
  それでもそこまでモテる様子がないのは
  纏う雰囲気が二枚目より三枚目よりだからか。

  少し抜けてて、ばかみたいなところもあって。
  でも、そんなところも俺には良点に見えた。
  惚れた欲目なのだろうが、……好きだなぁと。
  感慨深げに心のなかでこぼした。
 
(0) 2022/10/20(Thu) 12:23:51

【人】 室生 悠仁

 

  食べている途中に告げると、もしかしたら
  食事をぶちまけたりと困ったことになる気がしたので
  一先ず食事が終わるまでは、いつも通りに
  話して、笑って、食べることに。

  水菜、しめじ、玉ねぎ、じゃがいも、そしてトマト。
  食材がふんだんに使われた鍋は
  この間カフェで食べたものと違って
  料理素人が作ったにも関わらず、大変美味だった。

  彼がいるだけで味の感じ方さえも変わってしまう。
  そのことが面白くて、声を漏らしそうになるのを
  皿を口につけることで回避する。

  俺だけがその意味を知る最後の晩餐は
  温かな雰囲気のまま進行した。
 
(1) 2022/10/20(Thu) 12:24:43

【人】 室生 悠仁

 

  食事も終わり、居住まいを正す。


   「 なあ、少し聞いてほしいことがあるんだ。 」


  本当なら顔を逸したいところを、
  精神力でもって抑えて彼の瞳と目を合わせた。
  少し色素の薄い瞳、普段なら吸い込まれそうなんて
  思うこともあるけれど。
  今はただ、その色が変わってしまうことが
  少しばかり恐ろしい。

  疑問の声を上げてこちらを見る彼に
  ひとつ、息を吸って、吐いて。
 
(2) 2022/10/20(Thu) 12:25:54

【人】 室生 悠仁

 


   「 俺、お前のことが好きだよ。 」


  俺と彼しかいない部屋。
  静寂の中に、ぽつりと告白の声が響く。
 
(3) 2022/10/20(Thu) 12:26:13

【人】 室生 悠仁

 
 
  ─── 言葉の意味を飲み込むためのような間があった。
  そうして、彼は首を小さく傾げる。
  どうやら、間を空けても意味が飲み込めなかったらしい。


   『 俺も好きだぞ? 』

  思った通りに理解していないという意味の
  言葉を吐き出した彼に、俺の頭の中で誘惑の声が上がる。

  わかっていないなら、そのままでいいんじゃないか。
  伝えるだけは伝えたんだ、そこからはもう
  頑張らずともいいのではないか。


  今更のような悪魔のささやきに、けれど俺は頷かない。
 
(4) 2022/10/20(Thu) 12:26:56

【人】 室生 悠仁

 

   ─── 決めたんだ。
  ちゃんと想いを伝えるって。

  伝えて、振られて、……嫌われて。
  そうして今後一切関わらず、
  彼から離れ生きて行くのだと。

  葛藤はあった。逡巡はあった。
  今まで通りで在りたいという、甘えた気持ちがあった。

  けれど、それはきっと永遠に
  彼を、そして自分を。
  裏切り続けることと同義なのだ。

  だからこそ、俺は言葉を重ねる。
  正しく想いが伝わるように。

 
(5) 2022/10/20(Thu) 12:28:19

【人】 室生 悠仁



   「 ちがうんだ。
     俺は、お前を。


         ─── 愛しているんだ。
 」
 
  
(6) 2022/10/20(Thu) 12:30:18

【人】 室生 悠仁

 
 
  その言葉が耳に入ると。

  少しして、彼は困ったように笑った。** 
 
(7) 2022/10/20(Thu) 12:30:44

【人】 古寺 貴菜

何やら近くのテーブルでエロス(ギリシャ神話に登場する恋心にまつわる神。ローマ神話ではクピードーが対応する/転じてなんかそういう感じのアレ)の気配を感じ、思わずどこかと周囲を見回しそうになったが、落ち着け、当方は良識ある大人だ。そんなことは当然ながらすることはない。

しゃかりきコロンブス(しゃかりきになって探したって、コロンブスさえも発見することができない夢の島の意味)を探すようなことは絶対にしないのだ。

めっちゃ気になったりはしていない!**
(8) 2022/10/20(Thu) 20:51:44

【人】 高山 智恵

 これは今日より、少しだけ前の日の話。
 今年のハロウィーン限定メニューの提供を始めてからの話なので、まあそこまで前の話って訳でもないかな。
 その時に、あのお客様が再びうちのカフェのドアベルを鳴らしたんだ>>2:54


「いらっしゃいませ! ―――… 」


 そう、夏の頃に二人連れで来店してきたお客様方の片方だ。
 お客様の顔は比較的覚えているほうかなという自覚はあったのだけれど、あの二人組の初来店時にあった出来事が実に印象的だったものだから、彼らの顔についてはより印象深く覚えていた。
(9) 2022/10/21(Fri) 9:12:16

【人】 高山 智恵


 ( ナンパ野郎のほうはいないんだ。
良かった〜
 )


 ……なんて第一感想は口にできないどころか、顔にすら出しちゃダメだろう。客に対して(それも、良識あるほうの客に対して)流石に失礼すぎる。

 念のために付け加えておくと、件の「ナンパ野郎」はこのカフェの出禁リストには入っていない。あの夏の初来店時だって、こちらの注意に従わず迷惑行為を再三繰り返した訳ではなかったからね。
 とはいえあれはお連れ様の制止と監視あってこそだった可能性もあるので、仮にナンパ男のほうがお一人様で来店してきた場合は要注意対象ではあったんだけれども……。
(10) 2022/10/21(Fri) 9:12:43

【人】 高山 智恵

 そうそう、改めてになるけれど、迷惑行為を再三繰り返す客には
カフェ出禁
措置が取られる>>1:66
 しつこいナンパの件はさっきも話した通り>>1:65だけれど、ナンパの形を取らない性的な嫌がらせについても同様だ(言うまでもないよね)。このような行為>>2:L1を再三繰り返す客は当然出禁の対象になる。
 あ、「再三繰り返す」の定義については、敢えて非公開にしているのでよろしくね。あとうちの店内にも防犯カメラは当然のようにあるので、その心算で。


 この措置は従業員を守るためであるのと同時に、他のお客様を、そしてこのカフェ自体を守るためでもある。
 うちのカフェは、ご飯を求める学生たちの拠り所であり、近隣住民――お年寄りも含めた人々の憩いの場であり、通りがかりの人がふらっと身を落ち着けられる場所であり、駆け込める居場所でもある。
 そんな店が迷惑行為をまかり通らせるような場所になってしまえば、店長たちが20年以上守ってきた在り方が台無しになっちゃうって。憩いに来てまで誰かの嫌がらせの声を(傍からでも)聞きたい客なんてのもまず、いないだろうし。

 え? ハロパやクリパで学生諸君が店でバカ騒ぎするのはいいのかって?
 出禁事項に該当しない限りは、別に。
該当しない限りはね。
(11) 2022/10/21(Fri) 9:15:03

【人】 高山 智恵

 っと、話を戻そう。
 休日は大学の講義も全然(あるいはそんなに)ないこともあって、講義の合間を縫う学生の姿はほぼ無いと言っていい。
 下宿生などで休日も近隣で暮らしている(そして遊びなどの予定もない)子か、或いは元々の住民かが客層の中心になる。結果として平日よりも空きやすい。それでもランチタイムはなかなかに混むけれどね!

 そんなこの日のピークタイム過ぎに、たった一人で訪れたそのお客様。
 この時ちょうど入口近くにいた同僚が彼を案内する。他のテーブル席にも空きはあったけれど、「お一人様である」ということがはっきりしているなら、促す先はカウンター席だ>>2:55

 私の方はといえばこの時テーブル席のお年寄り方や学生たちを担当していたから、時折カウンター内やキッチン内へ戻る際にこのお一人様の様子をちらと見遣る程度だったのだけれど、彼の前に「あの」パンプキンタルトが届けられた>>2:57のは見えていた。
 前に来た時も季節のフルーツのデザートを注文していたこのお客様だったけれど、今回のオーダーも季節限定のスイーツ。それもハロウィーンらしくかつ、一番素朴なもの。
 多分この人、店長と食の話が合う気がする(もしかしたら、店長拘りの品>>2:*1と知った上で注文したのかもね)。
(12) 2022/10/21(Fri) 9:18:38

【人】 高山 智恵

 ややあってから、彼がうちの同僚を呼んで、追加で“ 黒猫のホットココア ”>>2:60を注文する声が聞こえた。
……自分が考案したメニューだからいちいち反応するとか嬉しくなるとかそんな訳じゃないってば! 断じてそんなメニュー初採用して貰った新人みたいなこと……
いやそりゃ嬉しいんだけれど……

 とはいえタルトもまだ半分残っているところからすると、これを食後の一杯に、という訳ではないっぽい。
 ううん、もしかして実はタルトは口に合わなくて残した? あるいは――…


「はい! ただいまお伺いします」


 ふっと挟まった思考は、私を呼ぶおじいさんの声によって遮られた。
(13) 2022/10/21(Fri) 9:20:00

【人】 高山 智恵

 結局その日、私が件のお一人様と何かしら話したりすることはなかった。あの黒猫のココアの感想をちょっくら聞きに行くという時間的余裕も無かった、けれども。

 以前の来店時はナンパ男の件で謝罪してくれたり、そのナンパ男を鋭く睨んだり(元々目つきが鋭い印象はあったけれど)
チョップしたり
といった言動ばかりがつい印象に残っていたのだけれど――。
 そのナンパ男……相方共々、パスタやデザートのシェアを楽しんでいた姿だって、そういえば確かにあの時はあったのだ。直接感想の言葉を伝えられずとも、その様子は伝わってきていた。
 それに対して、たったひとりだけで来たこの日は、どうだったか。


( タルトが口に合わなかったんじゃなくて――
  食べきれなくなるくらいに塞いでた、か。
  あるいは、一人じゃ食が進まない、か。 )


 業務中はそこまで回らなかった思考を、仕事上がりのバックヤードで思う。
 振り返ってみれば、あのお客様、入店した時からなんだか俯きがちだったし。顔にまで何か出ているような感じ……は、分からなかったけれど>>2:56
 何が彼を俯かせていたのかは分からない。職場絡みのことかもしれないし、家族の事情かもしれない。或いはそれこそ、マブダチナンパ野郎と仲違いするようなことでもあったのかもしれない。
 この件について、あの時彼に応対していた同僚につい尋ねもしたのだけれど、「流石にそこまで判るわけないやん」とのことだった。そりゃそうか。
(14) 2022/10/21(Fri) 9:21:07

【人】 高山 智恵

 まあ、パンプキンタルト自体がケチつけられるようなものじゃなかったっていうのは店として安心できることなのだけれど。
 実際、あの後タルトは全部食べ切ったみたいだし>>2:63――。
 あの温かいココアのお陰で食欲戻った塞ぐ気持ちが落ち着いたのかなー、と思うのはちょっと自意識過剰だったかもしれない。
 

( ……私だって、なあ )


 ことあるごとに塞ぐままじゃ居られないでしょ、とこの頃の嫌気>>0:7を抱えながら思う。
 けれども、なんとかしなきゃってぱっと思ったところで、すぐさまに吹っ切れる訳がない。
 それこそあのココアを呑んだお客様だって、その場しのぎみたいな感じで食欲戻っただけなのかも――とも思い直しながら。
 ……いや、彼が本当にあれ一杯で気持ちの切り替えとか踏ん切りとかついたって言うなら、発案者としては鼻高々なんだけれどさ。
(15) 2022/10/21(Fri) 9:21:50

【人】 高山 智恵

 さて、うちのカフェのメニューは凡そ、店長と初期の仲間スタッフが考案したレシピが土台になっている(パンプキンタルトはまさにその一つだ)。中には創業当時から全くレシピを変えていないものもある(エビピラフとか)。
 その一方で、新たに入ったシェフやパティシエがレシピを考案し(時には既存のそれを改良し!)、退店してからもレシピだけは店に置いていった、というものもある。

 この“ 黒猫のホットココア ”のレシピのベースは、あのの残していったレシピ>>2:106
 常設メニューの中にあるホットココアもガトーショコラも、彼女が書き残したレシピそのまま。現在うちで出しているBランチやロコモコ丼のハンバーグの配合も、彼女が改良したものだ。

 私はわざわざ・・・・、彼女が残したものをベースにした新メニューを今年のハロウィーンメニューに推薦した。
 そんな“ 黒猫のホットココア ”が今、冷えてくる季節に向かう中、カフェを訪れるお客様を温めている。
(16) 2022/10/21(Fri) 9:22:30

【人】 高山 智恵

 猫は気まぐれで、薄情に見えて、特に凶暴なようでいて――それでもちゃんと体温のある生き物だ。


 ――私は嬉しいのはきっと、彼女が残したものが
   ちゃんと認められていると感じたから。
   そして、その彼女は今――



 …………変に考えるのはここまでにしておいた。
 明日も明後日もお客様を迎えるだけ。そう、内心でひとりごちる。

 そして、はっきりと意識したんだ。
 私たちのカフェは、愉快なお二人様にも、ひとりきりのお客様にも、居ていい場所として開かれているんだと。
 ほっと一息つけるココアだって、そうしたお客様のためのものなのだと。**
(17) 2022/10/21(Fri) 9:22:53

【人】 楯山 一利

─カフェ─


"いつも"だったなら、こんなに遅れる事はない。

アイツへ送ったチャットは、未読のままだ。>>2:*10
送信してから1分しか経っていなくても
5分以上経過したようにさえ錯覚するぐらい
待ち時間はとても長く感じた。

いつまで経っても姿を現さない
返信も寄こさない……。
やはり俺と合うのを直前になって拒絶したのか

───それとも…。


胸騒ぎがする。
まさか、アイツの身に何か……。

いやそんなはずない。
過る悪い想像を払拭するように、首を振った。
その後、智恵さんと目があったかもしれない。>>2:109

いつものアイツの様子を知っているだけに
智恵さんも、少し不審がっているのか
こちらを心配するような顔をしてるように見えた。>>2:110

マグカップをテーブルに置いて
俺は、智恵さんの傍まで近寄った。
(18) 2022/10/21(Fri) 19:09:28

【人】 楯山 一利


「あの……。
 
 アイツ……えっと、俺といつも一緒にいる子。
 今日は、来店しましたか?」

ワンコインランチを食べに来るのは
アイツの気分次第。
特に曜日とかは定まっていないと思う。

だからもしかしたら、今日来ていたかもしれない。
その時のアイツはどんな様子だったのか
気になって、智恵さんに問いかけるが
それに意味があるのかどうかは分からない。

もしも智恵さんから、何か聞けたとしても
何も情報を得られなかったとしても
俺はすぐに、金を置いて店から出るだろう。

……アイツを、探しに。*
(19) 2022/10/21(Fri) 19:09:59

【人】 楯山 一利

─カフェを出てから─


家に見に行く前に、
アイツの行きそうな場所を先に潰そう。

最初はカフェの近辺を探し回った。
だが、何処にも見当たらない。

次は繁華街へ足を運ぶ。
本屋、雑貨屋、馴染みのアパレルショップ
ゲーセン、ファーストフード店
……ありとあらゆる所を探し回ったが
アイツの姿を見つける事は叶わなかった。

ガキの頃から近くに居たのに
こんな時に、アイツの居場所さえ分からない。
そんな自分がとても情けないと思った。

何度もライン電話を入れる。
…だがアイツは出ない。

変な心配を掛けさせたくないから
アイツの家に電話をするのを躊躇っていたが
他の行き先が思い浮かばず、気持ち的にも限界だった。
(20) 2022/10/21(Fri) 19:31:44

【人】 楯山 一利


観念して、アイツの家に電話を掛ける。
すぐにお袋さんが出た。

『あらカズくん。
 ウチに電話なんて珍しいわねぇ。

 ……え?あの子と一緒じゃないの?
 出かけてから随分経つわよ。』

つまり、今家にはいない。
もう5時間は経っているとの事だった。
ちょっと心配し始めたのか、どうしたのかと聞かれて
なんて答えれば良いかも分からず
適当に言い訳をして、なんでもないって電話を切った。

暗くなったら、余計に探しにくくなる。
それに夜道を女の子が一人で
ブラブラと出歩くのも危ない。

早く見つけなきゃ……。
無事なことを祈って、俺は街中を駆けまわった。
(21) 2022/10/21(Fri) 19:34:48

【人】 楯山 一利


時間的に気温も下がって来ていて
少し肌寒くなって来ているというのに
走っているせいでメチャクチャ暑い。
ダンスバトルで、5ムーブはしたぐらいの過酷さ。
疲労感も半端ないが、そこには楽しさがある。

だが今は、ダンスとは違う。
何も楽しくないし、ただただ苦痛で
アイツの姿が見えないことに焦りしかなく
連絡がないことも、不安が募っていく一方だ。

「クソッ…!
 何処に居るんだよ……!!」


走り過ぎて、呼吸が乱れながらも
見つけられない事への焦りと不安を
冷たい空気にぶつけるみたいに、叫んだ。*
(22) 2022/10/21(Fri) 19:38:43

【人】 室生 悠仁

 

  視界に入った彼の表情に、考えていた反応ではないと
  虚を衝かれた気持ちになった。

  本来、今俺がしているような表情を
  彼がするはずではなかったのか。
  それがどうして、まるで動揺することなく
  眉を下げた顔になるのかわからなかった。

  彼の性格を考えるに、真実を知ったとしても
  ひどい言葉を投げかけることはしないと思っていた。

  それでも、怒りや戸惑いを露わにするものと
  素直な感情を表すものだと、思っていたのに。
 
(23) 2022/10/22(Sat) 8:49:38

【人】 室生 悠仁

 

  慈愛のようなものさえ籠った眼差しで
  俺を見つめる彼に心がざわめきを覚える。

  なにか言わなければ、
  ─── 彼の口を開かせてはいけない。
  そう思考は確かに回っているのに、
  凍りついたように唇は戦慄くばかり。

  二の句が継げない俺の様子に
  彼は何を思っているだろう。
  眼差しをそのままに体感ゆっくりと
  形の良い唇を開いていくと、喉を震わせる。


   『 知ってたよ。 』

  
 
(24) 2022/10/22(Sat) 8:49:55

【人】 室生 悠仁

 

  聴こえた単語に、その意味に。
  俺の思考は止まり、ざわめいていた心も静まった。
  真っ白になった頭は「は?」というような
  疑問の声とも呼べないものしか上げられず
  彼の続く言葉を待つことしか出来ない。


   『 俺たち、どのくらい一緒にいると思ってるんだ。

     こんなに長くいて、
     わからないなんてことはないだろ。 』
  

  …… 思いもしなかったわけではない。
  バレている可能性にだって思考を伸ばしたことはある。
  けれど、彼は傍にいることを許してくれていたのだ。
  
  男が男を、なんて前時代的考えかもしれなくても
  恋愛対象としていない相手に想われていることなんて
  気持ち悪い以外のなにものでもないだろう。
 
(25) 2022/10/22(Sat) 8:50:21

【人】 室生 悠仁

 

  告げる彼はやはり困ったように眉尻を下げている。
  彼の多くの思考は把握しているつもりだったけれど
  今、何を考えているのか俺にはわからない。


   「 じゃ、あ。
     なんで離れなかったんだ。
     こんな、気持ち悪いだろう、男相手に。
     お前は女好きで、友達にこんな、 」


  想いを抱いている相手になんて。
  動揺は思考にも及び、言葉も判然としない。
  それでも、彼の考えていることを知るために
  拙くも言葉を吐き出していく。


   「 離れる機会なんて、いくらもあっただろう。
     それこそ、中学の時に、 」


  それとも、あの頃は俺の気持ちなんて
  知らなかったのだろうか。
  …… それとも。

  知っていて、離れないことを選んだのだろうか。
 
(26) 2022/10/22(Sat) 8:50:54

【人】 室生 悠仁

 

  ─── 俺のことを、嘲笑っていたのだろうか。
  そんなやつじゃないことは長く見てきて
  わかっているつもりでいても、
  後者だとするならそれ以外の理由が思い当たらない。

  俺の気持ちを知って、その上で
  眼の前で女性を口説いて、
  嫉妬させていたというのなら。
  それに一体、他にどんな理由があるというのか。


   『 好きだったんだよ、俺も。 』


  は? と二回目の声が出た。
 
(27) 2022/10/22(Sat) 8:51:06

【人】 室生 悠仁

 

  すぐさま『友達としてな?』と返ってきたので
  誤解をすることはなかったが、それでも
  俺は口元をへの字に歪め、目付きの悪い目で
  刺すように彼を見つめてしまう。


   『 想いには応えられなくても
     好きだったんだ、お前のこと。

     だから傍にいてほしくて、
     ずっと知らないフリをしていた。 』


  本音だろう言葉を零す彼はバツが悪そうにしている。
  今までにもそういう表情は見たことがあったが
  ここまで本心を伝えてくれたのは初めてかもしれない。

  初めての場面だというのに、心が踊るより
  動揺や混乱が脳裏を占めるばかりだ。
 
(28) 2022/10/22(Sat) 8:51:16

【人】 室生 悠仁


  最低だよな、と苦く笑う彼にその通りだと
  頷こうとして、…… 頷けずに彼を見つめた。

  俺の気持ちを知った上で、それに対して
  なんの答えも出さず。
  自分は同じ気持ちを返せないのに
  愛されていたいなんて。
  自分勝手で、酷くて、ずるいことだと感情が言う。

  しかし、それとともに冷静な部分も声を上げるのだ。
  なにも告げていないのに答えてほしかったなんて
  俺の思考回路だって、相当自分勝手なものじゃないかと。
  
  ─── 俺が勇気を出して、嫌われることを厭わず
  告白していたのなら、きっとこうはならなかった。
  
  ならば、彼を怒るのは筋違いというものだろう。
  
(29) 2022/10/22(Sat) 8:51:28

【人】 室生 悠仁

 

  …… 彼の手が持ち上がり、そっと俺の頬に触れた。
  こんなときなのにどきりと跳ねる心臓を
  気にもしないように、なにかを拭う動作で
  指が頬を滑っていく。

  どうやら、理性では理解していても心では納得できず
  気持ちのまま、瞳から涙がこぼれ落ちていたらしい。

  だからといって、自分を好きなやつに
  こんなことするなんてどうかしている。
  優しさのようで全く優しくない行為に
  俺は彼に恨みがましい想いを抱いた。


   「 …… ずっと好きだったんだ。 」
  
 
(30) 2022/10/22(Sat) 8:51:40

【人】 室生 悠仁

 


   「 お前の全てが好きだった。 」


  うん、と彼は静かに頷く。
  その間も涙を拭う手は止まらない。


   「 なのに、どうして。

     何も言ってくれなかったんだ ……。 」
 
 
(31) 2022/10/22(Sat) 8:52:22

【人】 室生 悠仁

 

  正しく恨み言が、ぽつぽつと溢れるように出てきた。
  彼はひとつひとつに頷いてくれる。
  そうして少しして一言、ごめんな、と
  謝罪の言葉を穏やかに零した。

  幾許かの間、俺はさめざめと涙を落としていた。
  彼は一瞬腕を持ち上げる動作を見せるも
  その腕が俺の体を包むこともなく、ただ
  頬を滑る雫を拭い続ける。

  越えてはいけない線が俺たちにはあった。
  そして彼はそれを、越えない選択をしたのだ。
**
  
(32) 2022/10/22(Sat) 8:52:40

【人】 高山 智恵

 カズ君から呼び止められ、私は振り向いた>>18
 追加のオーダー……という訳ではなさそうだ。だってここは彼に案内したテーブル席じゃなくカウンターだ。それに――


「ああ、うん。――さんでしょ?
 今日は特にうちには……、……」


 カズ君と二人で来店していた時に聞き拾っていた名前を口にしながら「来てなかったなー」と言い掛けて、口を止めた。
 ――あれ? 本当に今日は来てなかった?
 ぼんやりとした引っかかりが、頭の中でぱっと線を結ぶ。


「いや、来てた来てた!
 ランチタイムに来てデミオム食べてったよ」


 今日の昼のことを度忘れしていたのは、当然のように店員にとって目まぐるしく忙しい時間帯だったからであり。
 彼女も“ いつも通り ”ワンコインランチをオーダーしていたからであり。
 そして、その彼女から何かしらの話を聞いた覚えがなかったからだ。
(33) 2022/10/22(Sat) 10:48:34

【人】 高山 智恵

 ――そう、“ いつもなら話してくれる ”感想>>2:79の一つすらも、聞いた覚えがない。


「……なんだか今日はちょっと、
 あの子、元気なさそうだったかも」


 実際のところ、本当に元気なかったのか否か、までは未だに判らなかったけれども――。
 あの時どうして、うちによく通ってきてくれている彼女に「どうかしたの?」の他愛ない一言すら掛けられなかったか。
 ピークタイムの多忙の所為にしてしまえばそれまでだが、今の状況とも合わせて考えるとどうしても悔やむものが抱かれる。
 ――いや、まだ「まさか」の話>>21だって決まった訳じゃない。けれども。
(34) 2022/10/22(Sat) 10:48:58

【人】 高山 智恵

 私の返答を聞くなり、カズ君はすぐに、その場に代金を置いて店を出て行った>>19


「ってあっ、ちょっとカズ君――お客様!」


 はっと呼び止める声が口をついて出てきたけれど、多分もう彼の背には届いていないだろう。
 カウンターに置かれたお金はぱっと見50円くらい多かったのだけれど、まあその件は今は本当にどうでもいい。
(海外の飲食店みたいなチップ制とかはうちには特にないので、不正会計疑いとか起きないように一応差額は控えておくことにした)

 脳裏を過ったのは、もっと別のこと――彼が無理してまで一人であの子を探し回ったりしないか、だ。
 ホットココアの代金(よりも少し多いお金)をひとまずレジにぶち込んでから、私は一度バックヤードへと走った。
(35) 2022/10/22(Sat) 10:49:18

【人】 高山 智恵

 この時は丁度、ダンサーのあの子が出勤してくる時間帯だ。
 タイムカードを押しに来た彼を見つけられたので、ちょっくら捕まえて声を掛けた。


「あのさ、いきなりで悪いんだけれど……。
 ――君、カズ君とはラインとか何かやってる?」


『えっ智恵さ――高山さん、どうしたんですかいきなり』


 本当は私から直にメッセージしたいところだったけれど、生憎カズ君とは、少なくとも個人的にはSNS等での繋がりがない。
店のアカウントからメッセージ送信を試みることは流石に考えなかった。

 同じチーム所属なら兎も角、ライバルチームのメンバー同士がどの程度SNSで繋がっているかはよくわからない。バンド同士やアーティスト同士の横の繋がりであれば話に聞くけれど……。
 ただ少なくとも彼はカズ君とは知り合いらしいので、好敵手なら好敵手なりに、何かしら個人的な繋がりがあってもおかしくはないと思ったんだ。
(36) 2022/10/22(Sat) 10:50:12

【人】 高山 智恵


「もし今すぐ連絡できるようなら、言っといて。
 『あの子のことで、もしものことがありそうなら
  大人でも警察でも頼れ』って。
 私の名前付きで言っておけばカズ君も聞くでしょ」


 向こうの返答を待たずに用件を続けてしまったのは、私も多分にちょっと焦っていたからかもしれない。他のお客様の応対のこともあったものだからね。
 私の心配がカズ君に伝わってるなら、私からの伝言としてこの言葉を“ 好敵手 ”が伝えてきても、そこまで不審には捉えられない筈だ。
(37) 2022/10/22(Sat) 10:51:41

【人】 高山 智恵

 ただ一つ明確に問題があるとすれば、私の名前を出させることで、この子に「このカフェでバイトしていることを自ら好敵手にバラす」ことを強要させかねなくなる、くらいか。
 うん、カズ君自身はこの子がうちの店にいることに全然気づいていないみたいだったので……。何せ以前、他のお客様のテーブルまで行き来する際にカズ君たちのすぐ横を通り過ぎた時にすら、カズ君のほうからは全く反応がなかったくらいだったから>>2:82。普段の印象って本当に大きいなあ……。


『……、……わかりました。
 なんとか、やってみます』


 この返答通りにこの子が「好敵手のアイツ」に連絡するかは分からないし(そもそも連絡できるかも不明だし)、もし何もしなかったとしても、私から怒る心算はなかった(そもそもこれ、業務外要望なので)。
 普通に上司から部下への無茶ぶりっていうのもあったけれど、若い子たち(ばかりとは勿論限らないけれど)の中には警察に対しての後ろめたさや不信感を抱えている子たちもいるのだから>>1:111
(38) 2022/10/22(Sat) 10:52:09

【人】 高山 智恵

 もっとも、姿の見えないあの子に関しては、これまでの話を聞く限りだと下宿生ではなく、実家で親御さんと同居しているらしい>>21(ついでに言えばカズ君も実家暮らしっぽい>>1:59)。
 その親が過度の放任主義か、電話すらもできない状態か、或いは子供の外泊予定とかを予め伝えられてたりしていない限りは、娘の帰りが異常に遅い時には親御さんから警察への電話を考えるだろう。

 けれどももし万が一、親御さんすらも動かなかったら? カズ君ひとりしか、あの子を探しに行かなかったら?
 事の経緯の一端に触れている大人として―― 一端だけ、とは言っても――もしこれが最悪の事態に繋がってしまったら、気が重いなんてもんじゃない。


( あの子も――それにカズ君にも、
  何もないといいんだけれど…… )
(39) 2022/10/22(Sat) 10:54:03

【人】 高山 智恵

 さて、今のこの状況で、私自身にできることといえば。 
 変わらずこのカフェでお客様をお迎えする、ということだ。

 昼に一度うちの店を訪れ、その後のカズ君との待ち合わせには来なかったあの子だけれど、何かの拍子にまたうちのドアベルを鳴らさない、とも限らない。
 だからもし彼女が来てくれた時のために、私はここにいる。勤務時間の件とかを置いといても、だ。
 その時には、「カズ君は一度うちに来てから、あなたあの子を探しに出て行った」ということも知らせないといけないからね。**
(40) 2022/10/22(Sat) 10:56:03
高山 智恵は、メモを貼った。
(a0) 2022/10/22(Sat) 11:34:22

高山 智恵は、メモを貼った。
(a1) 2022/10/22(Sat) 11:35:03

高山 智恵は、メモを貼った。
(a2) 2022/10/22(Sat) 11:37:08

【人】 高山 智恵

 いつも通り慌ただしかったり、いつもよりも気掛かりが絶えなかったり――これは、そんな今日の営業が終わってからの話。
 ……うん、いくら顔なじみのカズ君相手とはいえ“ お客様 ”相手にガチのタメ口で話していた辺り>>33、本気で無自覚の疲労だとか心労だとかが重なっていたらしい。帰ったらきちんと休もう……明日が丁度私の休みで良かった……。

 さて、もうすぐ帰れるという頃にバックヤードで見かけたのは、布を掛けられた大きな円錐形――クリスマスツリー。今日霧ヶ峰さんが奥の倉庫から出してきてくれたものだろう。
 電球などの飾りも含めたチェックもちゃんとこなしてくれたらしく、近くのゴミ入れの中に捨てられた飾りが光を弾くのが見えた。
 霧ヶ峰さんが地味な細かい作業だけじゃなくて力仕事まできっちり確実にこなしてくれる>>2:L1のは、率直に言って、店としては非常に助かる。地味ながらも大切な戦力、と言っていい。
(41) 2022/10/22(Sat) 17:14:06

【人】 高山 智恵

 ……のだけれど、微妙に違和感を覚えて、ゴミ入れの中を覗き込んだ。


「これ、まだ全然使えなくない?」


 思わず声に出してしまった――うん、そうつい言ってしまうくらい、捨てられていたそのツリー飾りは綺麗だった>>2:75。ベタつき汚れもカビも、極度の変色もなかった。
 ――あの霧ヶ峰さんに限ってこんな適当な仕事する?
 そう訝しみながらよく目を凝らしてみると、その綺麗な飾りと似たような飾りが他にも捨てられているのが見えた(どこがどう似ていたのか、は一旦置いて)。そちらも摘まみ上げてみればやはり、特別汚れや損傷が見られるものではなくて――。


( あー、そういうことか )


 これらの飾りがゴミ入れに放り込まれていた理由にひとつ心当たりを得ながら、それでも普通に「捨てるには惜しい」状態のものだと思えたそれらを、そっと回収しておいた。
 このツリー一式とか飾りとか、一応、お店の予算内で購入しているものだからね!
(42) 2022/10/22(Sat) 17:15:59

【人】 高山 智恵

 ただ、回収したとはいっても、即座に黙って布の下のツリーにこれらの飾りを付け直す訳ではない。
 今日のところはとりあえず、例の飾りは私のロッカーに入れておくことにした。後のことは後日店長と相談しよう。


( 霧ヶ峰さん、やっぱ大分堪えてたんだな…… )


 捨てられていた飾り付けのデザインに共通していたのは、「あの俳優さん」の役柄を想起させるモチーフ、だ。
 思い出した。これを私にさらっと教えてきたのは、アートやってるバイトの子だ>>2:98
 そして霧ヶ峰さん自身が、自分の口で自分の「推し」について話したことは、そういえば、なかった。
 ……教えられた当時は「そうなんだ」くらいに聞いていたけれど、今思えばあの子、
他者の個人情報晒す心算のない趣味を広めてた
んだな。もうすぐギャラリーで学生展だって言ってたから、学生展が終わってからさりげなく注意しておかないと(去年の話だから、本当、さりげなくね)。
 え? あの子霧ヶ峰さん普通にどう見たって態度で誰推しかバレバレな子じゃんって? いくらバレバレに見えたって、それでも秘密を他人に広めるもんじゃないよ……。
(43) 2022/10/22(Sat) 17:16:29

【人】 高山 智恵

 件の飾りをわざわざ戻したりしなかった――霧ヶ峰さんの目の届くところから一旦隠したのは、(おそらく)傷心していた人への配慮といえば配慮だったのだけれど、店側にとっては(金額的にはささやかな)損失ともいえる。
 けれどもこの出来事は少し、ほんの少しだけ、ちょっとだけ安心できるものだった。

 だってこれ、見たくないものを見続けるという「無理」をしない、という選択を霧ヶ峰さんが採れたということなのだから。
(44) 2022/10/22(Sat) 17:18:14

【人】 高山 智恵

 店長からの共有事項でも、実際に見聞きした霧ヶ峰さんの勤務態度でも把握していること。
 彼女は客からの嫌がらせを「平気な顔で」スルーする>>2:L1
 そしてちゃんと上層部に報告してくれるし、助けもちゃんと求めるし、他の子が受けた嫌がらせについても同様に対応して助けてくれてる>>2:L2
 彼女は勤務上の悩みを一人で抱え込んでいるようには見えないし、新人研修で指導したことをきちんと生かせる、それでいて他の子の状況にまで気を配ることもできる、いわば「デキる」従業員に見える。

 見えるん、だけれど。
 それってイコール「精神ずぶとい系」って訳じゃないよね、と私は思ってる。
 「平気な顔で」って言うけれど、営業スマイルって、ただでさえ素顔を隠す仮面と似たようなものだ。あの子の場合はそのスマイルがそれこそ貼り付いて固定されているように見えるものだから、余計に仮面めいた印象がある。
 つまり彼女の「平気な顔」は、必ずしも本当に平気とは限らない、ってこと。
 セクハラに関していえば、霧ヶ峰さんが受けたのは本当に「たまに」程度のようだけれど……それでも、ね。
(45) 2022/10/22(Sat) 17:19:46

【人】 高山 智恵

 他の従業員たちがあからさまにギョっとするような汚れ仕事や力仕事だって、文句の一つも言わずにやり遂げる霧ヶ峰さんだ。
 だからって、文句言わないんだから仕事押し付け続けていいって訳でもない>>41
 いつも通りに笑ってみせてる顔の裏で彼女がどんな「無理」をおしているか、判らないのだから。


 そんなあの子が「無理なもの」をちゃんと回避したんだ、と内心ひとり思いながら、私は家路に就いた。
 多分、苦笑いしてたんだろうなあ、この時の私――
(46) 2022/10/22(Sat) 17:20:24

【置】 高山 智恵

 さて、明日は私はオフの日なので、今日のうちに。
 未だうら若い霧ヶ峰さんには、大人の私からちょっとお節介を残しておこう。


“無理しないのは大事だよ。
 いつもいつも笑ってる必要なんて、ないからね。

 高山”


 これは、霧ヶ峰さんのロッカーに、ドアの隙間から差し入れておく置き手紙のメモ用紙。
 ラインやSMSで送ってわざわざ通知ぶち込むことはせず、気付いてくれたらいいや程度のメッセージだ。
 なあに、メモに気づいてないようであれば、直に顔を合わせた時にさらっと言えればいいだけの話なのだから。**
(L0) 2022/10/22(Sat) 17:26:47
公開: 2022/10/22(Sat) 17:50:00

【人】 高山 智恵


 ――私は無理してない?
   自分の気持ち、無理して殺そうとしてない?


 ――あのだって、今、ひとりきりで・・・・・・無理してない?
   あの娘の側には今、誰がいる? 誰が助けてくれている?




 ……ああ、今日はもうさっさと、うち帰ろう。**
(47) 2022/10/22(Sat) 17:31:30
高山 智恵は、メモを貼った。
(a3) 2022/10/22(Sat) 17:36:51

【置】 楯山 一利

─回想:半年前─


半年前、ブレイクダンスの大会があった。>>2:15
それなりに大きい大会だったから
個人戦は無理だったけど、
チーム戦には出られる事になったんだ。

だから、アイツに俺の勇姿を見て欲しかったし
ブレイクダンスの良さも知って貰いたかったから
「観に来て欲しい」って、大会のチケットを渡した。
アイツは怪訝そうにしながらも、
拒絶することなく受け取ってくれた。

…当日は、緊張感が半端なかった。
それは大会に出場することに対してもだが
アイツが観に来てくれるかもしれない、と
そっちの方に意識が傾いてしまっていたと思う。

チームメイトからは、
『カズが緊張なんて珍しいな』って言われたし
よく会う好敵手>>2:70の奴からも
『カズさんだいじょーぶ?』
って心配されるほど露骨だったんだろう。

差し入れされた焼き菓子を
とあるダンサーからお裾分けされた。>>2:17
この日ばかりは、緊張を和らげたくて
藁にも縋る思いで頂いたのを憶えている。
(L1) 2022/10/23(Sun) 1:17:49
公開: 2022/10/23(Sun) 1:20:00

【置】 楯山 一利


後で知った話だが
あのダンサーは、最近噂になっている
ダンスがメチャクチャ上手いと評判の人だった。
惜しくも、この大会で優勝までは出来なかったが>>2:18
噂の通り良い所まで勝ち上がっていた
と、記憶している。(俺の記憶が確かなら、だけど)

いよいよ本番。
俺たちのチームが次に呼ばれるという頃
まだ、アイツは観に来ていなかった。
『ごめん。用事が終わらなくて、遅れる。』
と連絡は入ってたんだけど…ガッカリしたね。
俺よりも優先される用事って、なんなんだよ……。

でも俺は、目の前のダンスバトルに集中した。
踊っている間は、アイツの事を忘れて
一生懸命やれるだけの事を精一杯出し切った。

結果は、一回戦落ち。惨敗だった。
気落ちもしたけど、また頑張ろう!って
チームメンバ同士励まし合えたし
俺たちのダンスを見て評価してくれる人たちも
少なからず居てくれたから、嬉しかったなぁ。

それからは、他のダンサーたちのバトルを
最後まで観覧していたかったから
アイツを待ちながら、俺はずっと会場に居た。
(L2) 2022/10/23(Sun) 1:18:58
公開: 2022/10/23(Sun) 1:20:00

【置】 楯山 一利


で、結局アイツが来たのは
大会が終わる1時間くらい前だった。

「おいおい。おっせーよ!
 もう大会終わっちまうぞ。」

まだかまだかと待ち望んでいた苛立ちを
そのままアイツにぶつけちまった。
でもアイツはそんな事をお構いなしに
『ごめんごめん。どうしても抜けらんなくて。』
ってケロッとした顔で返してたから
なんとも思わなかったんだろう。と思いたいが
多分……。
今にして思えば、実はそうじゃなかったのかも。


来てくれたアイツを、とりあえず
チームメイトや他のダンサーたちに紹介。
その時、『もしかしてカズさんの彼女〜?』
って茶化されたんだけど
俺はすぐに「い、いや違う!ただの幼馴…いや、隣人!」
と、気恥ずかしさが募って強めに否定した。

当の本人は否定することも肯定することもせず
ただただ俺らのやり取りを
冷ややかな目で見ていて
社交辞令の挨拶を済ますだけに終わっていた。
(L3) 2022/10/23(Sun) 1:20:32
公開: 2022/10/23(Sun) 1:25:00

【置】 楯山 一利


大会が終わってからは、
ダンサー皆と打ち上げをした。>>2:18
打ち上げはダンサーに限らず、
友人や家族とかも招くことは出来たから
アイツにも参加してくれるように頼んだんだけど
最後までは、居てくれなかったな。
それに終始不機嫌そうだった。

遅れた事もあってか、会場の盛り上がり方とか
周囲の雰囲気についていけなかったみたい。
(そもそも生真面目なアイツと
 ノリが合わない部分があったのかもだが)

そういうのも察せなかったせいか
アイツの態度も気にくわなくて、面倒臭くなっちゃって
もう勝手にしろよ、と投げやり気分で
一人で帰らせたんだった。

それから俺は、アイツのことを気にも留めず
色んなダンサーたちと交流を深めていたし
全員とまではいかないものの、
一部のダンサーたちとラインも交換出来た。>>36
アイツの事がなけりゃ、もっと楽しめたと思う。
(L4) 2022/10/23(Sun) 1:21:53
公開: 2022/10/23(Sun) 1:25:00

【置】 楯山 一利


打ち上げの帰り道、アイツからラインが来た。

『あの人たちとの付き合い
 考え直した方がいいんじゃない?

 それにいつまでもこんな事やってると
 お父さんもお母さんも心配するよ。』

俺は酔っているのも相まってムッとした。
アイツらのことやブレイクダンスを
悪く言われたような気がして。

それに、最初から観に来てもくれなかったし、
俺のダンスだって見ていない癖に…。
なんにも知らない癖に……!

そんな怒りもあってか、そのラインを境に
俺はアイツと衝突することが増えたように思う。
(L5) 2022/10/23(Sun) 1:23:41
公開: 2022/10/23(Sun) 1:25:00

【人】 楯山 一利

─現在─


アイツはランチタイムに来ていた。>>33
と、店を出る前に智恵さんから聞いていた。
普段ならランチの後は大学の講義を受けに戻ると思うが
今日は俺との待ち合わせ時間に合わせてくれたし、
さっきお袋さんとの電話では
『出かけてから』と言っていた。>>21
つまり、講義はない日なんだと思う。
(まさかアイツの性格上、講義サボる訳ないしな?)


ならば、ランチの後に行くとしたら何処か?
と考えながら、思い当たる場所を探し回ったんだが
一向にアイツの姿を見つけられないでいた。>>20

『元気がなかった』>>34

智恵さんから聞いた言葉を思い出す。
それは、昨日の俺との喧嘩のせいかって
最初は軽く考えて終わっていたんだけど
そもそも、今日のアイツの様子が
"いつも"と違っていたという事なんだと
今更になって気付く。

それはすなわち、俺が今の今まで探し回った
"アイツが行きそうな場所">>20になんか
そもそも行かないんじゃないか…って事だ。
(48) 2022/10/23(Sun) 1:37:08

【人】 楯山 一利


ならば何処なのかって、
そんなのもやっぱり見当がつかなくて
それにもう、体力も限界だ……。

俺はふらつきながら、道の端で足を止める。
走り過ぎて疲れて呼吸が荒いせいもあるが
焦燥感と不安に圧し潰されそうだ。

「亜由美………。」


会えない想い人アイツの名を呼んだ。
それは、自分でも分かるくらい
誰の耳にも届かない程に、
か細くて弱々しいものだった。
(49) 2022/10/23(Sun) 1:50:25

【人】 楯山 一利


最後に名前を呼んだのは、いつだったっけ……。

ガキの頃は「亜由美お姉ちゃん」だった。
アイツを意識し出してからは、そう呼ぶのを止めた。

かと言って、「亜由美ちゃん」はしっくり来ないし
「亜由美」の方が良いとは思いつつも
羞恥心に負けて、滅多に名前を呼ぶ事もなくなって
「お前」呼ばわりする方が、多かったように思う。

だから、思い出せなかったんだ……。

でも……
もしも、また会えたなら
ちゃんと、名前を呼びたい。

              
亜由美───…。


そして「好きだ」と……
しっかり、伝えたい。
(50) 2022/10/23(Sun) 1:52:43

【人】 楯山 一利


あの時、もっとちゃんと話せていたら……。
あの時、素直になっていれば……。

あの時、謝っていれば……。>>0:24>>0:25

今になって、色々と後悔している。
もう何もかも手遅れなんじゃないか、って
そんな嫌な想像しか出来なかった。

でも、どんな形であれアイツの姿を見るまで
まだ諦めちゃダメなんだ……。

連絡はないだろうか。
淡い期待を胸に、スマホをポッケから取り出す。
だが、画面を開いて見えたのは
アイツからの通知ではなくて
意外にも、好敵手からのチャット。>>37>>38
(51) 2022/10/23(Sun) 2:11:46

【赤】 楯山 一利


『カズさん。急ぎで、ちょっと話せませんか?』

…こんな連絡して来るなんて、一体なんだろう?
ダンス関連のこと?
でもそれなら別に急ぎでもないだろうし……。

送られて来てから、随分経ってしまったかも。>>37
今はもう話せるような状況じゃないかもだから
チャットだけでも返信しておいた。

「なに?どうした?」

その後、1分も経たない間に既読になった。
これは話せるってことで良いのか?

なんて考えていたら、電話が掛かって来た。
(*0) 2022/10/23(Sun) 2:12:32

【人】 楯山 一利


『急にゴメン。
 高山さんから伝言頼まれちゃって。』

"高山さん"という名前。
あまりピンと来なくて。
ダンサーの誰かだっけ?なんて考えてたら

『ああ、カズさんが普段から
 智恵さんって呼んでる人ね。』

「智恵さんって、カフェの店員の…?」

あれ?なんで知ってるんだ?
と、疑問を口にするんだけども
向こうは要件を早々に済ませたいらしく
それには応えないまま、話を続けた。
未だこの時点でも、この人が
あのカフェでバイトしてるとは気付けなかった。
(52) 2022/10/23(Sun) 3:33:50

【人】 楯山 一利


『"もしものことがありそうなら
 大人でも警察でも頼れ"、ってさ。』

「えっ?智恵さんが……?」

急いで店を後にしちゃったから、
智恵さんが、そこまで気に掛けてくれていた
とは知らなくて驚いた反応を示した。

…同時に、俺は一人で何とかしようと
突っ走り過ぎていたことにも気付かされた。
少しだけ、冷静になる。

「…分かった。
 ありがとうございます。
 って、伝えといてくれる?
 
 俺、智恵さんの連絡先知らないからさ。
 悪いんだけど…宜しく。」

好敵手といえど、そこまで親しい訳ではないから
こんな風に伝書鳩扱いするのは
ちょっと気が引けるんだけど…。
というか、二人はどういう繋がりなんだ?
まさか、この人もあのカフェの常連だった?
なんて想像するけど、そこまで訊ける余裕はなく。
(53) 2022/10/23(Sun) 3:34:23

【人】 楯山 一利


俺の頼みに、向こうは快く応じてくれた。

『ああ、良いよ。

 それより、本当にだいじょーぶ?
 あの子って…大会の時に紹介してくれた
 隣人の子だろ?』

そう。半年前のブレイクダンス大会で
チームメンバやこの人にも紹介したんだった。>>L3
この人にまで変な心配を掛けさせて情けなくも思うが
否定したところで、無意味だから
素直に「うん…。」と頷いた。

『実はさ……。
 これ、高山さんにも話してないんだけど

 俺、昨日会ったんだよ。あの子に。』

「……は? え?」

なんでこの人と、アイツが?
会ったってどういうことなんだ?と
混乱しているのを他所に、向こうは話を続ける。
(54) 2022/10/23(Sun) 3:35:29

【人】 楯山 一利


『カズさんに内緒にしてくれって
 口止めされちゃって……。
 だから、連絡しなかったんだ。

 でも、高山さんに伝言頼まれちゃったし
 なんか様子も尋常じゃなかったしさ。
 黙り続けるのも、無理だなぁって。
 …ごめん!』

ちょっと、何を言っているのか
理解が追い付かなかった。

そもそも、なんでアイツが
この人と会ったんだ?
俺のチームメイトではないし……
って、ああ。そうか。
アイツはこの界隈の事をよく知らないんだ。
だから、あの場に居たこの人の顔を憶えてて……?

それで、ストリートダンサー
一人一人を訪ね回って、探し出して……?
(55) 2022/10/23(Sun) 3:36:30

【人】 楯山 一利


『あの人たちとの付き合い
 考え直した方がいいんじゃない?』>>L5

あの日、アイツが俺に送って来た内容は>>L5
ブレイクダンスのことも、ダンサーたちの事も
否定するような言い方だった。

昨日の喧嘩別れだって、
俺がブレイクダンスしているのも
ダンサーたちとの付き合いを続けてるのも
気に入らないから口を出して来た。
ってのが理由だし。

だからきっとアイツは……
この人に文句を言いに行ったんだろう。

…いつもの如く。
姉気取りの、お節介を焼きに。
(56) 2022/10/23(Sun) 3:36:57

【人】 楯山 一利


「もしかしてアイツ……。
 気ぃ悪くするような事言ってた?
 それだったらごめん。本当に……。

 アイツ、ブレイクダンスにあんまり
 良い印象持ってないみたいでさ。
 なんにも知らない奴だから……。」

そんな想像だけで、相手に詫びを入れる。
でも、向こうからは意外な言葉が返って来た。

『あ〜。違う違う。寧ろ逆!

 丁度、道端でダンスの練習してたところでさ。
 カズさんがいつもどんな風に過ごしてるのか
 教えて欲しい、って言われたんだよ。

 でも俺たち、バトルぐらいしか会わないじゃない?
 だから普段のカズさんなんて知らないけど
 多分、俺らと同じように
 練習頑張ってると思いますよーって
 ダンスの練習風景、見て貰ってたんだよ。』
(57) 2022/10/23(Sun) 3:38:16

【人】 楯山 一利


俺は、その話を聞いて
頭を強くぶつけたような衝撃を受けた。

……アイツが?
あんな喧嘩別れをした後で?

ブレイクダンスを……。
俺の事を、知ろうとしてくれた……?

アイツがそんな行動をするなんて
半ば信じられなかった。

『何があったか分かんないけど……。
 早く、会えるといいね。』

そう言い残して、『じゃあ、バイト中だから』と
好敵手の彼は電話を切った。
(58) 2022/10/23(Sun) 3:39:18

【人】 楯山 一利


電話で聞いた話が、上手く整理出来ないでいた。
…いや、受け入れるのが困難というべきか。
まさか、って気持ちが大き過ぎて。
俺はその場に立ち尽くしていた。

でもこの人がこんなウソついても
なんのメリットもないだろうし…。
多分、本当の事なんだろう。

ただ、今日会えなかった事と
連絡が取れないことが、まだ結びつかない。

昨日ブレイクダンスについて聞いて
実際に練習風景を見てみたけど
やっぱり、認められなかったってこと?

……分からない。
兎に角、アイツと話をしなければ。
(59) 2022/10/23(Sun) 3:40:49

【人】 楯山 一利


再びアイツを探しに回ろうとしたところで
智恵さんからの伝言を思い出す。>>37

警察……は、まだ気が早いかな。
その前に、まずは親だ。
さっきはお袋さんに変な心配かけさせたくなくて
なんでもないって電話切っちゃったけど
連絡があったかどうかぐらいは
聞いておけばよかった…。
そんな発想にすら至らない程
俺の頭は冷静なんかじゃなかったから
智恵さんと伝言をしてくれた好敵手に感謝した。

『あらカズくん。
 まだあの子と一緒じゃないの?

 そういえば、1時間くらい前に
 "今日はちょっと遅くなる"って
 連絡が入ってたわよ。』

…良かった。
と思うのと同時に、アイツが俺の連絡を
意図的に無視してたってのも分かって
ちょっとしょげる…。
やっぱり、会いたくないって思われたんだろうか。
でも理由は依然として分からずだ。
(60) 2022/10/23(Sun) 4:02:26

【人】 楯山 一利


『あの子も大人だし、
 あんまり煩く言うつもりはないけど
 遅くなり過ぎるのは心配だから…ね。

 カズくん、宜しくね。』

お袋さんとの電話を切った後、
俺はふぅ…と安堵にも似た溜息を吐いた。
直近の安否確認ができて、少し不安が取れた。

あとは何処に居るか……だな。

また昨日と同じ目的で動いているなら
全く見当違いなところばかり探していたかも…。

かと言って、ダンサーたちの練習場所を
一つ一つ探し回るのは、つらいものもある。
(気候や状況によって変わることが多いから)
(61) 2022/10/23(Sun) 4:02:52

【人】 楯山 一利


とりあえず、手近なところから探そう…。

歩き出していたら、少し先に公園が見えて来た。
それは昨日、友紀さんと一緒に飲んだ公園だった。

昨日はダンサーたちの姿はなかったが
今日はもしかしたら……?

目的通りに動いていないとしても
未だここは見ていない所だし
一応、様子を見てみるか…。

俺は、その公園に真っ直ぐ向かう。
(62) 2022/10/23(Sun) 4:04:26

【人】 楯山 一利

─公園─


…もう、日が暮れて来ていた。
カラスの鳴き声が聞こえてくる。

昨日のような子連れの家族は居ない。>>1:76
もう帰った後なのかもしれない。
ダンサーたちもいないようだ。

かと言って、人っ子一人いない訳ではく
東屋の下や二人掛けのベンチ。
それから、ブランコに人影があるのが見えた。

夕陽が逆光になっていて、見えにくかったけど
俺は、すぐに気付いた。
アイツの姿……見間違いなんかじゃない。
(63) 2022/10/23(Sun) 4:58:23

【人】 楯山 一利


「亜由美───!」


急いで走り寄る。
俺の声が聞こえて、俺の姿を捉えたのか
向こうは一瞬身体をビクつかせて、俺の名を呼んだ。

『か、カズ……!?』

どうして此処に?
そう驚いたような顔をしてるのが
分かるくらいの距離まで、近寄った時。

今まで募らせていた不安とか
鬱憤とか、苛立ちとか、怒りとか
心配とか、見つかった嬉しさとか
…好きな気持ちとか。
全部の感情が、一瞬にして
訳が分からないくらいグチャグチャになって。
(64) 2022/10/23(Sun) 4:58:46

【人】 楯山 一利


「お前……ふざけんなよ!
 連絡ぐらい寄こせっつーの!」

拳を震わせながら怒鳴っちまった。
ああ、本当に俺ってバカだ…。
会えたら名前を呼んで、好きだと伝えたいって
思っていた筈なのに……。
またこうやって、強く言っちまうんだ。

でも、こうやってまた会えたことは嬉しかった。
何にもなくて、無事で本当に良かった。

「どんだけ心配、したか……。
 分かってんのかよ。」


ああ、もっと他に言い方はないのか。
こんな時でも天邪鬼を発揮する自分に嫌気がさす。

ちゃんと伝えなきゃ、意味がない。
そう教えてくれた人の言葉を思い出し
冷静になれと、一息吐いて。
(65) 2022/10/23(Sun) 4:59:46

【人】 楯山 一利


「……亜由美が。
 無事で、良かった。」

素直な言葉を伝えた後って、とんでもなく恥ずかしい。
でもその気持ちに嘘はないんだ。

俺は、彼女を抱き締めた。
きっとガキの頃以来。
でも今は、あの頃とは違う。

好きな人にやっと会えた。
無事で居てくれた。その安心感と嬉しさ。
愛おしい気持ちを伝えるような抱擁。

伝わったかどうかは分からないが
彼女は俺を拒むことなく受け入れてくれた。
(66) 2022/10/23(Sun) 5:00:23

【人】 楯山 一利


『カズ……。ごめんなさい。

 合わせる顔がないって、思っちゃったの。』

逆に、彼女の方から謝って来た。
涙声になっていたのもあって、俺はビックリする。

「なんで……?
 昨日、俺が酷い事言ったから?」

『ううん。違う。
 ……私が酷いことを言ってた。
 
 なんにも、知らなかった癖にね。』

彼女は、ぽつぽつと自分の心境を語り始めた。

最後に喧嘩した時、俺から言われた言葉>>0:23
聞いた瞬間は悔しいとか悲しいとか
そういう気持ちでいっぱいだったけど
別れた後、少し冷静になってから
どうしてそう言って来たのか考え直したらしい。
(67) 2022/10/23(Sun) 5:21:07

【人】 楯山 一利


彼女は、一度も俺に歩み寄ろうとしなかった。
今になってやっと、それに気付いた。

その癖、俺の為と思って
ブレイクダンスやダンサーたちを
否定するようなことを言って。>>L5
俺の事を傷付けてしまっていた。

今までそんなことにも気付かずに
ずっとお姉さんぶって口を出して
お節介を焼いてしまっていた。

でもそれは全部、独り善がりだったんだと。

気付いてから、謝ろうとしたけれど
もう半年以上前のことだし……
今更。と言われるのも怖かった。
かと言って、何もしないままも気持ちが悪く
(68) 2022/10/23(Sun) 5:29:57

【人】 楯山 一利


…そんな時、あの大会で紹介して貰った
あの人たちを思い出して>>L3
本当に、今更ではあるけれど
少しでも歩み寄ってみた方が良い。と
普段の俺がどんな様子なのか知るためにも
(俺に知られるのは気まずいからコッソリと)
一人で、ダンサーたちを尋ね回ったんだとか。

それでようやく見つけたのが、あの人。>>54

話を聞いて、ブレイクダンスの
練習風景を見せて貰って>>57
やっぱり……と
自分の過ちを再認識したのだとか。

そして俺からの「会えない?」と連絡が来た時>>2:*0
『わかった』と返事はしたものの>>2:*5
もう俺と合わせる顔がないな…と
強く思い始めていたらしい。
(69) 2022/10/23(Sun) 5:31:55

【人】 楯山 一利


いよいよ今日になって
会うのも怖気づいているし。
もう俺から連絡が来ても反応しないで
このままフェードアウトを決め込もう。
と思っていたのだとか。

(まぁ親同士付き合いあるし、家も隣同士だから
 すぐに全部ってわけにはいかないけれど
 近いうちに独立しようとも考えていたのだとか)


「……………。」

俺は、最後まで黙って
彼女の懺悔にも似た告白を聞き届けた。
(70) 2022/10/23(Sun) 5:33:42

【人】 楯山 一利


話を聞いて、やっと色々と腑に落ちたのだが。
それでもやっぱり、いきなり無視は酷過ぎる……。
せめて会いたくないって連絡くれよ。
余計な心配掛けさせやがって…。と
恨み言を言ってやりたくもなったんだけど

「……確かにさ。
 何も知らない癖に!って
 ムカついたこともいっぱいあったよ。

 でも、考えてみたら
 俺だって……。
 何にも伝えられてなかったんだ。」

ブレイクダンスへの熱意も。
お前への、気持ちも───。

お互いちゃんと言葉に出来なかった故に
起きてしまった、"すれ違い"。

言葉にして伝えるだけでよかった。
…簡単なことだったのに。
それさえも出来なかった。
(71) 2022/10/23(Sun) 5:54:50

【人】 楯山 一利


「もっとちゃんと、真剣にダンスやってる
 って、俺も伝えるべきだったんだ。
 
 ……だから、俺もゴメン。」

もう二度と、そんな過ちは
繰り返したくないから。
素直な気持ちを言葉に乗せて
しっかりと、彼女に謝った。
(72) 2022/10/23(Sun) 6:02:14

【人】 楯山 一利


そうして、お互い謝ることが出来てから
少し微笑み合えるようにもなった。

今度は、俺の気持ちを伝えるんだ……。

「……あのさ。
 さっき言ってたことだけど。>>70
 もう勝手に……消えようとすんなよ。

 俺、お前と離れるのは……イヤだから。」

『うん…分かった。
 もう、そういう事はしないよ。

 でも……どうして?』

俺は真剣な表情で、彼女の瞳を見据える。
彼女は、そんな俺を見つめ返す。
本当に分からないのだろうか。
…それとも、俺の言葉を待っているんだろうか。
表情だけでは分からなかった。

だが、いずれにせよ
俺のすることに変わりはない。
(73) 2022/10/23(Sun) 6:30:42

【人】 楯山 一利


「"好き"───なんだよ。
 ……亜由美のこと。

 姉ちゃんとしてじゃなくて。
 一人の、"女の子"として。」

俺の告白を聞いて、彼女は目を見開いた。
お前にとって予想外の言葉だったのか、
それとも別の意味だったのかは
読み取ることはできなかったから。

「亜由美は……?
 俺の事、どう思ってんの?」

やっぱり"弟"みたいな存在なのか。
少しは異性として見てくれてるのか。
お前が俺に抱いている気持ちを知りたくて、
でも不安も隠せないまま訊ねた。*
(74) 2022/10/23(Sun) 6:32:34

【人】 室生 悠仁

 

  某日、パンプキンタルトの美味しかった店にて。
  俺は一人、まだこの店で食べたことのないメニューを
  注文するため、カウンター席に座っていた。

  時間は前と同じように休日の少しピークから外れた頃。
  人が多いのもそこまで気にならないほうだが
  今日は静かに食べたい気分だった>>12

  デザートだけでなく、きちんとした食事を摂るため
  昼食を食べることなく来店したものだから
  俺の胃袋は空腹に鳴き声を上げている。

  泣いた子どもをあやすように、腹をひと撫ですれば
  SNSを見て既に決めていた本日の昼食予定のメニュー
  ジャック・オー・ランタン≠、
  やって来た店員に注文するのだった。
 
(75) 2022/10/23(Sun) 9:40:19

【人】 室生 悠仁

 

  先日、俺は愛しの彼に告白して振られた。

  とはいっても、当初は振られたといえるような
  はっきりとした言葉を貰えていなかった。
  彼の態度として俺がそう察知していただけで
  曖昧なまま話が進んでしまっていた。

  だからあのあと、きっぱりと気持ちに
  蹴りをつけるため、改めて言葉にしてもらうことした。


   「 この先、未来を考えても
     俺の方を向かないというのなら

     きちんと振ってくれ。 」


  涙で濡れた声で言うには少し恥ずかしかったが
  泣いてすっきりしたのか、淀みなく声を発せたと思う。
 
(76) 2022/10/23(Sun) 9:40:32

【人】 室生 悠仁

 
 

『 お前の想いには応えられない ───。 』  



  彼の声を思い出していた頃に、
  ジャック・オー・ランタン と名付けられた
  季節限定ハロウィンメニューが届く>>2:*1

  黄金色に光る卵の上では赤いカボチャのランタンが
  楽しそうに目を光らせて笑っている。
  もしかしたら時によって表情を変えていたり
  することもあるのかもしれない。

  そのお茶目さにくすりと笑みを浮かべて
  けれど写真を撮ることもなく
  スプーンを柔肌に差し込んでいく。

  抉られた黄色の皮膚からはきのこたっぷりの
  炒められた赤色のご飯が覗いた。
 
(77) 2022/10/23(Sun) 9:40:44

【人】 室生 悠仁

 
 
  ─── 写真を送る相手はもういない。
  とはいえ、別に彼との縁が切れたわけでもない。
  SMSを頻繁に送り合うことこそなくなったが
  きっと連絡すれば返事は返ってくるだろう。

  それでも、未だ燻った想いがもう外に出ることはない。
  子どもの頃から続いた長く重い片想いは
  やっと手放される機会を得たのだから。

  想定していたより穏やかに進んだ物事を終えると
  舞台の幕は下ろされ、客もいないそこには
  ただ一人の男が残ることとなった。

  再び同じ舞台で幕があがることは永遠にない。
  いつかこの傷口が痂になり、塞がったとしても
  前の形に戻ることはあり得ず、傷跡は残り続けるからだ。
  
(78) 2022/10/23(Sun) 9:41:00

【人】 室生 悠仁

  
 
  椎茸に舞茸、エリンギにしめじ。
  見ただけで様々な種類の食材が使われた
  このオムライスは、普段のものとは一味違うらしい。

  口に運びながらSNSで書かれていた内容を思い出す。
  しかし思えば、この店の普段のオムライスというものを
  知らないから比較をすることが出来ない。
  それでも、他の店で食べたことのあるものと
  大分趣が違うことはわかった。

  きのこに合うようにだろうか、クリーミーな味付けは
  まろやかに舌の上で踊り、きのことともに
  味覚器官を刺激してくる。

  匂いも芳醇で、視覚的にも楽しく
  五感に訴えてくる商品はこれもまた
  店長の手腕なのか、それとも他の社員のものか。

  今まで食べたどの食べ物よりも美味しい>>1:10
  とは言えないまでも、今まで食べたものの中でも
  美味しい部類のオムライスは。
 
  ─── それなのに、どこか味気なく感じた。
  
(79) 2022/10/23(Sun) 9:41:09

【人】 室生 悠仁

 

  恋の病とは度し難いものだ。
  勝手に燃え上がり、その気がなくとも溺れさせられ、
  思考を永遠に蝕み苛んできて。
  一度かかったら簡単に治ることはなく
  治療のための期間は数日から年単位まで様々に及ぶ。

  人生を振り回す大病は厄介に過ぎるが
  人は愛することをやめない。

  それは繁殖のためであったり、娯楽のためであったり、
  長い人生を生きていくためであったり。
  はたまた、なんの意味もないときだってあるだろう。

  俺の恋はどの部類だったのだろうか。
  人間の心は複雑で、全てを全て、
  言葉に当てはめることなんて出来やしない。

  俺はひとつの恋を手放した。
  わかっているのは、その事実だけだ。
 
(80) 2022/10/23(Sun) 9:41:48

【人】 室生 悠仁

  

  枯れた向日葵の花びらが散っていく。
  夏の季節が終わり、秋を越えて、
  もうすぐ冬の季節がやってくる。

  動物たちは活発だった動きを止めると
  長い休眠期間に入るだろう。
  やがて陽だまりのようにあたたかな
  春の季節がやってくること夢見て。


  瑞々しくも可憐な、新しい花が咲く日を夢見て。
 
(81) 2022/10/23(Sun) 9:42:22

【人】 室生 悠仁

  

  オムライスを堪能すれば、締めのデザートに入る。
  先日は店長拘りのパンプキンタルトを頂いたから
  次は違うものを頼んでみようか。

  店員を呼んだあと、注文している最中に
  ふと思い立って黒猫のホットココア≠燉鰍だ。
  気まぐれで愛らしいその顔を、今の心境で
  見つめてみたい気分になったから。

  さて、商品を発案した店員と話す機会なんてのはあったか。

  口に含む味はあの日飲んだものと変わらない。
  それでも、今日は黒猫が優しく
  愛嬌のある顔で微笑んてでくれている気がした。**
 
(82) 2022/10/23(Sun) 9:42:30

【人】 高山 智恵

 結局あの日業務外要望を押し付けてしまったバイトの子からは、その日のうちに、ちゃんとカズ君と連絡が取れたとの報告があった。そのカズ君から私宛に「ありがとうございます」の伝言を受けた、とも。
 ……バレたくないバイトの件が結局バレたか否か>>52>>53は不明のまま、だけれど(あの子の顔色を見る限りだと、気恥ずかしさとか、そういうのは無かったっぽい)。

 手短に報告されたのはそれだけで、あの子が他に何かカズ君から聞いたり話したりしたか>>54>>55>>57>>58というのは聞かなかったけれども。ちゃんとカズ君にこちらからの伝言が届いたというのは判ったから、それだけでも胸が幾らか楽になった。
 これでカズ君が一人で突っ走ってしまう心配はなくなったし、いざという時には頼みにできる大人たちが動くだろう。
 あとは、昼に来たっきりのあの子亜由美が無事であればいい。さらに望むならば――あの子やカズ君が多分抱えてるんだろう浮かなさが、ちゃんと晴れてくれればいい。


 そうして日も暮れてから店を閉じるまでの間に、また何かあったかどうか――それについてはまた別の話に。
(83) 2022/10/23(Sun) 16:08:37

【人】 高山 智恵

 さて、まだ一つ話していなかったことがある。
 “ 彼女 ”が去年カフェを辞めた、そのいきさつだ。

 ……といっても、特別衝撃的な出来事があった訳じゃない。
 単に独立の準備をするからというだけの、いわば円満退職だ。店長も、彼女の新たな航海を後押しする形で、笑って送り出した。
 尤もこの時、キッチンスタッフの穴を埋める人材引き継ぎの件で色々あったんだけれど……まあそれはいいや(色々あった程度には、彼女はシェフ兼パティシエとして優秀だった、ってことだ)。

 それ以降、彼女はこの街に戻ってきていない。
 別の街でカフェの開業を始めるためにあちこち奔走しながら、所々で見つけた“ 素敵なもの ”の写真を私に送ってきているんだろうと、私は思っていた。
(84) 2022/10/23(Sun) 16:12:04

【人】 高山 智恵

 物理的に遠く離れても結局途切れることのない、この一方的な気持ちは、思えば本当にずるずると長く続いていた。

 告白してみる勇気も勢いも持てなかったうちに、「彼女はあのひとを見ているんだ」と知った日>>2:106
 それからも何年も何年も、「あり得ない」期待ばかり考えながら彼女の隣で働いていた。
 どこかであの男に幻滅してくれないかな、なんていう捻くれた期待すら、抱いていた。結局、正直な彼女の口からは、そんな幻滅が零れることなんてなかったんだけれどね――。

 ……こんなこと考えるだけで、大分、自己嫌悪ってひどくなってくる。
 打ち明ける勇気も持てなければ断ち切る勇気も出せない私なりに、どうすれば、と今夜も考えるんだな――…
(85) 2022/10/23(Sun) 16:13:15

【人】 高山 智恵

( いっそさ、ちゃんとあのに告白して嫌われてみる? )

 多分これ、何度も何度も考えてる。
 けれどもそれは、できない。

 ――だってあの娘が私を嫌って離れたら、
   他に誰が側にいるの?
   あの男ですら、あの娘の側にいる訳じゃないんだよ?
   あの子みたいに、探してくれるカズ君
   気遣ってくれる子が他にいる保証なんてない。
(86) 2022/10/23(Sun) 16:16:29

【人】 高山 智恵


 ……結局、彼女に嫌われること、拒絶されることを、私は恐れ続けている。
 そんな恐れだって、無理してでも超えなくちゃ、片想いを自分から絶ち切るなんて芸当はできやしないんだろう。

 ――私がそういう無理なんてしてたら、
   他の若い子たちに「無理しない」なんて
   言える顔もないでしょ?

 
(87) 2022/10/23(Sun) 16:18:33

【人】 高山 智恵

 こんな夜に限って、スマホアプリのプレイリストのランダム再生で掛かってくるのは、“ あなたはあなたのままでいい ”なんてメッセージを乗せた柔らかなヴォーカルだ。


( 私は私のままで――、か )


 私を、“ 私の想い ”を自分で殺してしまうことなく、それでいて想いを薄れさせ、手放すには――。


( あの男こそ、絶対あの娘に相応しいって
  ……そう認められるようになったら、いいのかな )
 
(88) 2022/10/23(Sun) 16:19:36

【人】 高山 智恵

――明くる日の休日――


 その日、私は電車と地下鉄とを乗り継いで、都心の中の少し閑静な地区にあるチョコレート専門店を訪れた。
 ここは、彼女の“ 素敵なあのひと>>2:106が構える店だ。

 シンプルな一粒からデコラティブな一品まで、精緻な細工品とでも呼ぶべきチョコレートがショーケースに並ぶ。
 この店でもハロウィーンらしい季節限定の新商品は出されていたけれど、専門店としての基本的な部分――この店ならではのカラーは伝わるようにしているのが、ちゃんと判る。
 そして小さいながらもカフェスペースも併設されており、私が来た時にも、何人かのお客様がチョコレート手元に話に花を咲かせていた。
 そうした混みがちな時間帯だったからか、シェフである“ あの男 ”も、店頭で接客に当たっているところだった。
(89) 2022/10/23(Sun) 16:20:43

【人】 高山 智恵


『いらっしゃいませ。
 ああ、お客様、もしかして―――の』


「え? あの、覚えてくださってたんですか?」


 うちのカフェの店名を挙げながら爽やかに笑うショコラティエに、私は面食らって目を丸くした。
 彼はうちの店には客として一度来ただけで、私ともその一度しか顔を合わせたことがない。しかもその時の私はただのバイトの一人だった。
 お客様をお迎えする側の私はともかく、彼の方からもこちらの店員の顔を覚えてくれていたとは!

 これは彼がお客様としてうちに来た時もそうだったのだけれど、彼はただ物腰が柔らかいというだけでなく、自分の立場に驕ることなく、細やかな気配りができる人、という印象だった。それは彼の作品チョコレートの造りの繊細さにも表れているようだった。
(90) 2022/10/23(Sun) 16:21:37

【人】 高山 智恵


( ショコラティエとしても、人間としてもデキる男。
  そうだな。そりゃ。
  あの娘が惚れこんじゃうのも道理かあ――… )


 きっとあの娘は最初に出会った時から彼の人間性にも惹きつけられたんだろうな、とひとり納得しながら、プラリネチョコレート6粒の箱を注文した。
 そしてカウンター越しに、彼から商品の箱を受け取った――。
(91) 2022/10/23(Sun) 16:22:05

【人】 高山 智恵


 …………………………。




 彼の左手の薬指に、キラリと銀色に輝くものが嵌っていた。
 
(92) 2022/10/23(Sun) 16:22:47

【人】 高山 智恵


 ……えーっとこれ、前にうちに来た時は着けてたっけこの人?
 顔と態度は覚えていても、指輪の有無までははっきりと記憶に残っていない……いや、過去のことは問題じゃない。今のことが問題なんだよ。なんだけれど。


「……、……ありがとうございます。
 あ、あの。失礼ですが……ご結婚されてるんですか?」


 いや、これ本当に失礼なやつだよ。仕事に全く関係ないところで他人の既婚未婚を聞き出そうとか。そういう他人のプライベートをどうしてわざわざ人は詮索したがるのかなあ??
 ……自分で言ってて情けなくなってきたよ……。

 解ってはいた、解ってはいたんだ。でもつい訊かずにはいられなかった。
 彼は嫌な顔一つせず(忙しいってのもあるだろうだから、嫌な顔していいところなんだけれど)「そうなんですよ」とさらっと答えた。妻には経営面で支えられてるとか、そういう短い話も笑って添えて。
 私は辛うじて内心の動揺を抑えて、プラリネの箱を受け取ってから、もう一度「ありがとうございます」を笑って口にした。

 そのままそそくさと店を後にする己の背に、周囲の視線が刺さった気がした。
 多分これ、傍から見たら「あの人シェフ狙いで来てたんだ〜」みたいに見えるんだろうな……。そういうの期待していた皆々様には大変残念だけれど、これ、私自身の問題じゃないんだよ。
(93) 2022/10/23(Sun) 16:25:34

【人】 高山 智恵


( ナナ!
   あんたがランスロット卿他人の連れと不倫する奴になってどうすんの!! )



 かのランスロット卿がそれだけの役柄って訳じゃないことは知ってるよ、知ってるってば! っていうのは置いといて。
 この件については、ナナに直に問い質さないといけない。出先での通話は、流石に傍目に見聞きされるとヤバそうな気がしたので、努めて抑えて。
 ふつふつと湧きあがるあれやこれや――ちょっと自分でも形容しがたい類の焦燥感を抱きながら、私は真っすぐに自宅へと引き返していった――。


 ……っと、そうだった。言い忘れてたけれど。
 「ナナ」っていうのが“ あの ”の名前だ。**
(94) 2022/10/23(Sun) 16:26:16

【人】 高山 智恵

 あのチョコレート店から引き返して自宅に着くや否や、SNSの画面を開く。そしてナナに先にチャットを送ることもせず、いきなり通話機能で電話を掛けた。
 1秒、2秒、3秒、……(39)10n60秒。
 彼女のぼんやりとした声が、スピーカー越しに響いてきた。


『もしもし。高山さん、どうしましたか』


 スピーカー越しとはいえ久々にきちんと聞いた彼女の声は、本当に去年までと変わらず、歳の割にどことなく幼くのんびりとした響き。それでいてあの頃よりも、少しぼんやりとしているような声だった。


「ナナ――黒江さん、あのさ、あんた。
 あの男……ショコラティエの――さんのこと、
 好きだとか言ってたっしょ」


『はい。あのひとのことは今でも好きです』
 
(95) 2022/10/24(Mon) 12:33:02

【人】 高山 智恵

 今日私が知ってしまったことが事だった所為か。
 ナナの声の緊張感のなさを耳にして、焦燥感の中にちょっとした怒りの火が点いた。


「その男、既婚者だよ!! マズいっての!!
 まさかと思うけど最初から知ってて好きだとか
 そういうんじゃないよね黒江さん!?」


『いいえ、そういうんじゃないです高山さん。
 知らなかったです。今初めて知りました』


 ナナは相変わらずのほほんとした調子で、淡々と答えた。
 ――最初っから不倫する気満々だったとか、そういう訳じゃないみたい、か。
 私がそうほっとしたのも、束の間。
(96) 2022/10/24(Mon) 12:33:35

【人】 高山 智恵


『でも、どうして既婚者だとマズいんですか?』

「マズいでしょ!!!!」



 あまりの返答に、私は思いっきり怒鳴って即答していた。やっちゃった……と内心思いながら、それでも私は声量を抑えて言葉を続けた。
 カフェと料理といきものには強い興味があって、けれどその他は大して眼中にない――元々かなり浮世離れしているところのあった“ 天使 ”だったけれど、まさかここまで世間知らずの常識知らずだったとは……という呆れが、この時の私にはあった。


「あのさ、この前ニュースでやってたでしょ――いや、やってたんだけどさ。
 浮気がバレて離婚した俳優がいたって」


 それから私は、一連の報道内容に基づいたその俳優の状況>>0:15を簡潔に説明した。
(97) 2022/10/24(Mon) 12:35:08

【人】 高山 智恵


「――既婚者と付き合うって、さ、
 そういうヤバいトラブル招くってことだよ。
 芸能人みたいに炎上したり追い回されたりは無くても、
 相手の奥さんに多額の慰謝料請求されたりとかさ」


 社会通念的にどうだとか相手側の気持ちがどうだとか、いつぞや話したアーサー王とグィネヴィアとランスロットが結果としてどんな運命を辿ったかとか、そういうことは言わなかった。彼女にはそれよりも実利的なことを話したほうが効く。そう思いながら、こう説いたのだけれど。


『はい。でも、高山さん』


 この期に及んでまだ「でも」が来るのか……と頭を抱えたところで、彼女はこう、続けたんだ。
(98) 2022/10/24(Mon) 12:35:33

【人】 高山 智恵


『どうして私があのひとと不倫することになってるんですか?
 私は、あの男と恋愛したいとは思っていません』
 
(99) 2022/10/24(Mon) 12:36:02

【人】 高山 智恵


「……… ………は?」


 ナナが一体何を言っているのか、全く理解できなかった。
 その一瞬、思考自体が完全に停止していたんだと思う。
 私が「は?」の一声の後、暫く何の返答もできないでいた時に、彼女はさらに話を続けた。


『あの。私は――さんあの男が好きですが、恋してはいません。
 ショコラティエとしての一生懸命さが素敵で、好きです。
 でも、恋愛や結婚をしたい人、というのとは違います』


 漸く、彼女の言葉が飲み込めてきた。
 つまり、好きは好きでも、「好ましいlike」であって「愛してるlove」ではないってこと? そうなの??
(100) 2022/10/24(Mon) 12:36:45

【人】 高山 智恵



「そ、そう、なんだ?
 じゃ、じゃあ『振り向いてもらいたい』ってのは……」


『振り向いて? 私そんなこと言いましたか――、
 思い出した。そういえば私、言ってました。
 あの男から見ても本格的だって認められるような、
 そんなチョコレートを作りたいって思って、
 振り向いて、って言ってました』


 ……それこそまるで、掛けられていた魔法がさっと解けていくかのように。
 通話越しにナナが伝える真相と真意を前に、全身が脱力していくのが判った。
(101) 2022/10/24(Mon) 12:37:23

【人】 高山 智恵



「そ、そっか……。
 じゃあ別に、恋愛対象として
 振り向いてほしいとか、じゃなくて」


『違います。
 どうして高山さんはそう考えたんですか?
 高山さんは、やっぱり
です』


 いや普通はそう考えちゃうよ!!!!
……と言いたかったけれど、確かに愛だとか恋だとかの言葉をナナの口から聞いた覚えはない。つまり私が一人で勘違いして、何年もそう思い込んだまま今の今まで過ごしていた、ということだ。
 私もこればかりは、ナナから「変」の烙印を押されるしかない。
(102) 2022/10/24(Mon) 12:37:51

【人】 高山 智恵

 そう、ナナは最初から、あのショコラティエに想いを寄せてなんていなかった。
 私があのから離れないといけない絶対の理由は、もう存在しないんだ。

 ……でもそれと、彼女が私に振り向くか否かはまた別の問題。
 彼女は私に興味なんてないかもしれない――否、そもそも恋愛自体に何の関心もなくたっておかしくない。今までのあの“ 天使 ”の言動を鑑みれば、そんな風にすら自然と考えられる。
(103) 2022/10/24(Mon) 12:38:50

【人】 高山 智恵

 ふっとこみ上げてきた期待を私は抑えて、努めて平静を保って言葉を続けた。


「……そう、だね。変だったよ私。
 なんっていうか、その、ごめん。
 変に勘違いしてこんな電話しちゃったりして」


『電話のことは気にしないでください。
 私も最近、高山さんに電話したほうが
 いいかどうか考えてました』


「え?」


 この後にナナが続けた話は、不倫疑惑の件やその真相解明とは別の意味で、少しばかり衝撃的だった。
(104) 2022/10/24(Mon) 12:39:01

【人】 高山 智恵

 曰く、ナナは去年の退職後、確かにカフェの開業を目指して本格的に動き出していた。店舗の場所探し、資金集め、食材の仕入れ先の確保などなど……勿論、オリジナルのメニューの開発も。
 こうしたことにひとりきりで・・・・・・取り組み始めた結果、半年ほど前に、文字通り、倒れたのだという。
 そういえば確かに一時期、チャットで写真が来なかった時があったけれど……結局1週間くらいでまた写真が届き始めたから、単に忙しくなってたのかなくらいにしか思ってなかったんだ。
 結局この件で実家の親御さんまで病院にやってくる始末となり、それ以降は実家に戻って(戻されて)暮らしているとのこと。カフェの新規開業の計画も、一旦白紙に戻すことになったらしい。
(そう、彼女にはちゃんと、いざという時に頼みにできる親御さんがいるんだ)

 で、暫くは仕事のことは考えずに静養しなさい……と親からも医者からも言われていたんだけれど、それでも、カフェをやる、という“ 使命 ”は彼女の中で消えないままで。
 親御さんとも相談した結果、まずは文字通り手を貸してくれる仲間を集めてからにしなさい、ということになったんだって。

 ……なんとなく、彼女ならこうなりそうな気はしていたんだ。
 だからこの話から受けた衝撃も、「少しばかり」程度のものになってしまった。
(105) 2022/10/24(Mon) 12:41:16

【人】 高山 智恵


「そっか、黒江さん。そうだったんだ。
 ……いや、めちゃくちゃ大変だったんだね」


 それ、私にくらいその時に話してくれて良かったのに――と言いそうになった口を噤む。
 ちゃんと頼れる親御さんがいる彼女に対し、ただの元同僚の私なんかに言えることじゃないでしょって。
 ――助けてあげたい。
 そう思ったって、助けてほしい相手は私って訳じゃないでしょって、私はひとり思い直したんだ。
 ――わざわざナナが私に電話しようとしていたことの意味も考えずに、ね。
(106) 2022/10/24(Mon) 12:42:02

【人】 高山 智恵


『はい、大変でした。なので、
 私よりもマネジメントが得意な高山さんに
 オープニングスタッフになって貰いたいです』


 …………あの、ナナ、あなた今なんて言った??
 とっさには何も彼女に返せず、「えー」だの「あー」だのといったしどろもどろな声ばかりが喉からこぼれ出る。
 っていうかオープニングスタッフって言うけれど、カフェ開業計画は一旦白紙に戻してそれっきりなんだよね? 今はもうちょっと先にやることない?? いやそれとも単に計画とか準備とかを一緒に手伝ってほしいってだけの意味合い?
 正直、私自身かなり混乱していて、この時きちんと筋道立てて考えられていたのか自信がない。


「あ。うん、だから私に電話しようとしてたんだ……。
 うん、そう言って貰えるのは嬉しいん、だけれど。
 ちょっとこっちの勤務とかのこともあるから
 すぐさまスタッフに〜っていうのは難しいかな……」


 実際今の私は正社員の身分だ。それは彼女も当然把握している。
 本気でナナの店に移るとなれば、うちのカフェでもそれ相応の引き継ぎをきちんと行わなければならない。私も将来独立を考えてるってことは店長も聞いてるから>>2:105、そこまで強硬に引き止められる……ってことはないと思う、けれど。
 というかこれ、古巣からの人材引き抜きってやつじゃ……。ナナ本当に堂々とこういうこと言うよね……。
(107) 2022/10/24(Mon) 12:42:57

【人】 高山 智恵


『難しい、ということは、ダメってことですか?』


「あ、ううん、そうじゃなくて――
 いや、うん。本当にダメかも。
 流石にうちの店を無責任に出て行くのはできないから
 もしそっちのオープン時に引き継ぎ間に合いそうなら
 スタッフになる、くらいに考えといて」


 「分かりました」と答えたナナの声色があからさまにしょぼんとしていたので、誤解を避けるためにもう少しだけ付け加える。


「でもさ、資金集めとか仕入れ先のこととか、
 そういう事前準備で今からでもやれることあったら
 今の私にできる範囲で、ちゃんと力になるから。
 そういうのは本当遠慮なく伝えてよ」


 これに続いての「分かりました」は、明らかに先ほどと異なる声の弾み方だった。
 ……彼女、本当に私のことをアテにしていたってことらしい。
(108) 2022/10/24(Mon) 12:45:06

【人】 高山 智恵


「あと親御さんとかにも言われてるかもだけれど、
 協力者は多ければ多いに越したことないから、
 私の他にもちゃんと仲間見つけておくんだよ」


『分かってます』


 あ、この「分かってます」はちょっとイラッとしているやつだ。こういうところがこのは……。
 尤もこうは言ったものの、私の方でもちょっと人材は見つけておいた方がいいかな、とは考えている。
 いや流石にうちのバイトの子を大量に引き抜くとかそういうことはしないけれど。そもそも勤務地遠くて無理とか出てくるだろうし。立地どうなるかにもよるけれど。



「じゃあ、何かあったら連絡して。
 こっちでも何かあったらまた電話するから」


『はい。分かりました。それでは――』


 いやいや、まさか不倫疑惑からこんな話に発展するとは……。
 そう思いながら通話を終えようとして――ふっと、零していた。
(109) 2022/10/24(Mon) 12:45:42

【人】 高山 智恵


「それと、だけれど」

『……どうしましたか?』


 幸い、ナナはすぐさまに通話を切ってしまう前に、私が零したことに気づいてくれた……いや、「幸い」って言うべきなのかな、これ。
 「ううん、何でもない」の一言で誤魔化しちゃおうかとも考えたけれど、変に含みを残したまま話を打ち切ってしまうのもどうかと思い直して話を続けることにした。彼女、こういうことがあると、けろっと忘れてることもあれば執拗に覚えていることもあるので……。


「それが、その」

『はい』

「えっと、さあ……」


 話を続けることにはしたものの、肝心のその先が見つからない。私のそんな躊躇いにも、ナナが通話を打ち切ることはなかった。
 辛抱強さを表すような沈黙を前に、私は言葉を迷っていた。
(110) 2022/10/24(Mon) 12:46:30

【人】 高山 智恵



 ――私、本当はあなたを愛しています。
   そんな私でも、あなたと一緒に居てもいいですか?



 これは、この時率直に思っていたこと。
 言いそうになってしまったのは、そんな言葉。
 けれどもこんなこと、言えない。言えるわけない。

 大分、大分迷った先に、出てきたのはこんな問いだった。
(111) 2022/10/24(Mon) 12:46:53

【人】 高山 智恵


「私、これからも――ううん、ずっと、ナナの側にいてもいい?
 あ、『側に』って言っても今は離れてるけれど、
 そういうことじゃなくて、心理的に?って意味――
 勿論物理的にでも、会える時は会いたいし……」


 取りようにとっては事実上の愛の告白だけれど、ナナはそこまで行間を読み取らない。多分、この言葉を額面通りに受け取るだけだ。
 かといって、真意を察しないナナ相手だからこんな姑息な言い回しを平気で言えた――という訳でもない。言ってしまって良かったのか、という自問は尽きない。
 もしもあの娘が、それでもこの言葉の意味を解ってしまったら? ううん、それよりも――言葉の意味も解らないままYesを返してしまったら? それは私が彼女を騙した、ということになるんじゃない?


『高山さん』


 幾らか間を置いてから、ナナの淡々とした返答が響く。
 その幾らかの間も、続きを待つまでの数秒も、ひどく、ひどく長い時間に思えた。
(112) 2022/10/24(Mon) 12:48:29

【人】 高山 智恵


『いいに決まっています。
 物理的にも心理的にも、側にいてほしいと
 思える人だったから高山さんと電話しています。
 わざわざそんなことを訊いてくるなんて、
 やっぱり高山さんは
すぎる人です』


 ……だよね。やっぱり普通にそう受け取るよね。
 額面通りに受け取ったナナからの真っ当な指摘が、色々な意味で胸に刺さる。
 確かに彼女の言う通り、言葉通りの意味において、私の問いには本当に何の意味もない。
 そして、真意に気づかないナナの側に居続ける私は、彼女に嘘を吐き通したまま、ずっと・・・側にいるなんてことができる?


「そっか、……そうだよね、うん、私、変だ。
 とにかく、ありがとね、黒江さん。
 それじゃ、また――」


 “ 私は私のままでいい ”――。
 そんなメッセージも遠くなってしまうような自己嫌悪は、努めて声に滲まないように取り繕って。
 こんなことならいっそ直接的に告白してしまえば良かった。彼女への助力を反故にして裏切ることになっても、今この場ではっきり言ってしまえば良かった。
 でも、あの娘と離れたくない、力になりたいっていうのも、私の本音で――。
(113) 2022/10/24(Mon) 12:49:12

【人】 高山 智恵

 今度はナナの方が「高山さん」と、通話を切ろうとする私を引き止めた。
 そして彼女は、私のように逡巡を挟むことなく、スピーカー越しにはっきりと告げてきた。


『なんなら私、高山さんと結婚してもいい・・・・・・・と思っています。
 そのくらい、高山さんが側にいてくれると、
 助かりますし嬉しいです。
 だから私、31日にそちらのカフェに来ます。
 私は店長から貰った黒猫マントを着ようと思うので、
 高山さんは一昨年の魔術師マーリンの仮装で来てください』


 え? と思った矢先に矢継ぎ早に告げられたのは、何かとんでもない無茶振りだった。
(114) 2022/10/24(Mon) 12:51:01

【人】 高山 智恵

 確かにハロウィーン前日と当日は学生諸君客のハロパに合わせる形で、接客担当は何かしらの仮装をしてくるのが通例になっている。
(なので、基本裏方に徹していたナナは仮装をしなかった。彼女が貰った「黒猫マント」というのは、バイトのホールスタッフからイベント後に返品されたものが彼女に回ってきた形だ)
 仮装の度合いもカチューシャ一つから全身コスプレまで業務に支障を及ぼさない範囲で様々だが、大学時代のことが切欠で決定された私のマーリンはその中でも結構なコスプレだった。
 衣装の詳細は皆々様のご想像にお任せしておこう。



「う、うん……分かった。
 じゃ、来てくれるの、待ってる」

『はい。それでは失礼します』


 こうして今度こそ、通話は打ち切られた。
(115) 2022/10/24(Mon) 12:51:40

【人】 高山 智恵

 はあ、と狭いリビングのカーペットの上で溜息をつき、仰向けに寝転がった。……なんか何時かの写真のだるだるなカナブンの幼虫みたいだな私、なんてぽつりと思う。

 ………………。

 ちょっと色々なことがありすぎた挙句、最後の仮装の無茶振りに全部持っていかれて呆然とするばかりで――。
 どうでもいいけれどこのアーサー王伝説のマーリン、相当な
ナンパ男
だったっていう伝説もあるんだよね……。多分ナナはそこまで深く考えてはいないだろうけれど。

 そう、魔術師マーリンの再来の件のインパクトで、一瞬、記憶から抜け落ちていたのだけれど。

 基本的に、ナナは嘘を吐けない>>2:107。嘘を言っていたとしたら、それは彼女自身が真実だと誤認したことだ。
 そしてこれまた基本的に、彼女はわりと物言いが直接的だ。含みを持たせた言い方だとか比喩だとかは、皆無という訳ではなかった気もするけれど、あまり言わない方だ。

 そしてそんな彼女は確かにさっき、あんなこと・・・・・>>114を口にしていた。
 それも、わざわざこちらを引き止めて言い置く形で、だ。
(116) 2022/10/24(Mon) 12:52:46

【人】 高山 智恵



 「 ……そういう、こと、なの ? 」


 「もしかして」、という期待自体は確かにあった。けれどそれは全部、ただの自分に都合の良い妄想だと思っていた。
 だから――この状況に対して、全く現実味が追い付いてきていない。
 どうする。どうすればいいの私。本当どうすればいいの??
 もう一回電話掛け直して問い質す? いやいやこんな調子で問い質しに行って私ちゃんと喋れる??
 大人しくじっと塀の上で佇んでいた野良猫にいきなり襲撃された時でも、こんなに動揺したことはなかった。

 ――とりあえず落ち着こう。落ち着こう……。
 買ってきたばかりのプラリネの箱を開け、シンプルに徹したくちどけと甘味に意識を一旦向ける。
 本当は彼女の恋路を応援する心算で買ってきたこのチョコレートだった、けれど……その恋路の先が本当にどこに繋がっているのか、すぐさまにはちょっと予想図が描けない。
(117) 2022/10/24(Mon) 12:53:25

【人】 高山 智恵

 ああ全く、本当に、本当に。
 猫は気まぐれで、薄情に見えて、時に凶暴なようでいて――それでもちゃんと体温のある生き物で。
 そんな一見気まぐれにも受け取られかねない正直な一言に、こんなにも揺り動かされている。
 ――ううん、これは猫の一言じゃない。人間であり、ナナという人だ。


 本当の意味で、私はあのナナから離れられなくなった。離れようがなくなった。
 ナナの言葉の真意は、それでも未だはっきり自信を持って確かめられたわけじゃない。けれど。ううん、だからこそ。
 せめてハロウィーンの当日には、ちゃんと彼女の思いに向き合って――私の想いも、今度こそ伝えよう。
(118) 2022/10/24(Mon) 12:54:47

【人】 高山 智恵


 枯らそうと思っていた幾年もの想いは、けれども――。
 今年の冬をもまた、越していこうとしているよ。**
 
(119) 2022/10/24(Mon) 12:55:26

【置】 楯山 一利

─恋心─


中学になると、恋愛に対して関心が強くなり
それまでなんとも思っていなかった異性が
一人の女性として、すごく綺麗に見えるようになる。

俺もそうだった。
亜由美の事を、ずっと姉みたいな存在で
俺は弟みたいなポジションなんだと思っていた。
それは、家族愛にも似た温かな感情。

だけど家族愛は
               ───"恋"に変わった。
(L6) 2022/10/24(Mon) 20:54:48
公開: 2022/10/24(Mon) 20:55:00

【置】 楯山 一利


中学のスキー合宿。

俺にとっても、亜由美にとっても
初めてのスキーだった。
だから俺たちは、初心者コースから
始める事になったんだけど……。

合宿当日、スキーのグループが
"男女"で分けられた。
アイツとは別のグループになったんだ。

小学生の時の林間学校や、修学旅行でも
男女部屋を別々にさせられるけど
それとは訳が違う。

スキーはスポーツだ。
なのに、わざわざ男女を分ける必要があるのか?
当時そんな疑問が湧いた。

だって小学生の時は、運動会も体育も
男女で分けられた事なんて一度もなかったし
いつも、亜由美と競い合っていたんだ。

ところが、このスキー合宿では
それが許されなかった。

最初は意味が分からなかった。
(L7) 2022/10/24(Mon) 20:55:38
公開: 2022/10/24(Mon) 20:55:00

【置】 楯山 一利


でも、周りの男子たちと話していると
『〇〇さんが可愛い。』だとか
『××さんの胸が大きい。』だとかの話になって……。
それまで全く何も思わなかったけど
男女の違いや、性について初めて知ったんだ。

そして、亜由美お姉ちゃんは、
"女の子"だったんだ、と……。

…月日は流れ、俺の身長が伸びて来て
遂にアイツを追い越した時。
それを再認識させられたんだ。
(L8) 2022/10/24(Mon) 20:58:32
公開: 2022/10/24(Mon) 21:00:00

【置】 楯山 一利


それからは、女子の中でも
亜由美が一番綺麗で可愛く見えていた。
アイツが他の男子と話してるのを見たり
アイツに気がありそうな男子がいると知ると
モヤモヤしたり、ムカついたりもした。

でも亜由美は、最後はいつも俺の所に来てくれる。
他の奴には話さないことも、俺には話してくれた。
苦手な勉強だって、付きっ切りで教えてくれた。
ガキの頃から毎年贈ってくれた、
バレンタインチョコ(義理)だって
中学になっても変わらずくれたし。
俺との約束は、絶対に守ってくれた。

俺という存在が、他の誰よりも
優先順位が高かったことが嬉しかった。
(勿論、俺の一番はずっとアイツだった。)
(L9) 2022/10/24(Mon) 21:01:12
公開: 2022/10/24(Mon) 21:05:00

【置】 楯山 一利


そんなだから、周りからは
付き合っているんじゃないかって
何度も冷やかされたこともあった。

それが恥ずかしくて、
碌に会話出来なかった時もあったけど
それでもずっと、亜由美は俺の事を気にかけてくれた。
だから、俺はまた向き合う事が出来たし
アイツと同じ高校に行きたいって、思えたんだ。

この気持ちは、俺だけじゃないはず。
亜由美だってきっと……って。
期待を持つことも増えて行った。

『カズのことが心配だからね』

あの言葉>>1:2を、聞くまでは……。*
(L10) 2022/10/24(Mon) 21:01:59
公開: 2022/10/24(Mon) 21:05:00

【人】 霧ヶ峰 友紀

 
─そして─
 
カズさんと言う新しい人と出会い、カフェのバイトも終わってまたさらに日が経った頃。
私は家の花壇のヒマワリを片付けていた。
あの人が好きだった向日葵の花。
夏を思わせるその花の花言葉は
『憧れ』
『情熱』
『貴方だけを見つめる』

他にもあるけれど。
 
(120) 2022/10/24(Mon) 23:13:26

【人】 霧ヶ峰 友紀

 
花を切り、種を採る。
網籠の中に入れて種を日陰で休ませて乾燥させる。
花や茎は細かく刻んで花壇の土に混ぜ込んだ。
次に何かを植える時の肥料になるように。
それはまるで禊ぎのようで。
次に来る恋の、そのために傷を癒すようでもあって。
 
(121) 2022/10/24(Mon) 23:13:54

【人】 霧ヶ峰 友紀

 
向日葵の花枯れる頃。

都合よく次の想いに繋げられるわけではないけれど。
私は、私なりに消化して。
今までの思いも経験も肥料にして。
きっと次の花を咲かせようと思う。
 
 
きっと私は、次もまた。
大きな向日葵の花を咲かせるはず。**
 
(122) 2022/10/24(Mon) 23:14:11

【人】 楯山 一利

─告白─


もう今更、好きだなんて言えない。
…そう思ってずっと伝えられなかった気持ちを
やっと口にすることが出来た。

言葉にした後は、恥ずかしさよりも
不安の方が勝っていた。

「……なぁ。どうなんだよ。」

まだ答えない彼女に痺れを切らして、
もう一度どう思っているかを訪ねる。
今、何を思っているのか。
俺に告白されて、どう感じているのか。
イヤだったのか嬉しかったのか……。

それでもまだ口を噤んだままだった。
彼女は、膝元に置いていた手で
スカートの裾を握り締めている。
(123) 2022/10/24(Mon) 23:19:25

【人】 楯山 一利


そうしたまま、どれくらい経ったろう。
…とても長く感じた。
30分以上は経過していたような感覚だった。

『………ごめん。』

やっと口を開いた彼女だったが
出て来たのは、謝罪の言葉だった。

「なに、謝ってんだよ……。
 
 俺の気持ちには応えられないってこと?
 だったら、そう言ってくれよ。」

『………。
 
 ごめん。
 どう、言ったら良いのか。
 上手く言葉が見つからなくて。』

「なんだよそれ……。
 別に、俺を傷付けないようにとか
 そういう気遣いはいらないからな?」

フラれたらそりゃショックだけど。
ハッキリしないままの方が不安を煽られる。
だったらスパッと無理と言って、
この硬直状態をなんとかしたい…。
(124) 2022/10/24(Mon) 23:19:53

【人】 楯山 一利


『ううん、そうじゃないの…。

 私もね。
 カズの事、好き…… なんだと思う。』

「だと思う、って…。どういうこと?」

俺と同じ気持ちなのかと期待が膨らむ反面、
曖昧な言い方で終わった事に、モヤモヤとする。

『自分でも、よく分からないの。

 ずっと、私はカズのこと
 弟みたいな子だと思って接してた。
 でも……時々、分からなくなった。

 カズが、智恵さんとか…
 他の女の子と楽しそうに話してる時も
 ブレイクダンスの話をしている時も
 胸が苦しくて仕方なかった。

 心配とかそんなんじゃなくて
 "寂しい"って思ってたの。』
(125) 2022/10/24(Mon) 23:20:27

【人】 楯山 一利


「寂しい……?」

その気持ちの意味は何なのか?
何処から来るものなのか?
それが分からないと言った口ぶりだった。

『でもそれは、カズが私の元から
 巣立って行っちゃうことなのかなって。

 でも、そうじゃないのかも……。
 カズの気持ちを聞いてたら、
 嬉しいって気持ちもあるし。
 …分からないの。』

ごめんなさい。そう付け加えて
亜由美は苦い表情で俯いた。

なんだろう……コレ。
ストレートにフラれるより辛いかも。
男として好きとも言って貰えてないし
かと言って、否定もされていない。
(126) 2022/10/24(Mon) 23:20:49

【人】 楯山 一利


『…ちょっと、時間が欲しい。
 一人で考えたい。』

なんだよそれ。変に期待しちゃうじゃんか。
でも結果的にやっぱり無理でした。
ってなったら、崖下に突き落とされるのと
同じくらいショックがでかいと思う…。

それでも、俺は待つんだろうな。
彼女の中で答えが見つかるまで……。

「……分かった。待ってる。」

それからは、二人一緒に互いの家に帰って
連絡は取らないまま、眠れない夜を過ごした。

想いは実る事も、枯らす事もないまま
今日という日が終わりを迎えようとしている……。
(127) 2022/10/24(Mon) 23:21:09

【赤】 楯山 一利


俺は友紀さんに、幼馴染へ告白したことと
その結果どうなったかを報告するために
スマホを取り出して、トーク画面を開いた。

「友紀さんこんばんは。

 さっき、アイツに告白しました。
 でもYESもNOも貰えませんでした。

 ちょっと考えたいみたいです。
 だから、それまで待ってみます。

 以上、報告でした。
 また進展あったら連絡しますね。

 勇気を、ありがとうございました!」*
(*1) 2022/10/24(Mon) 23:21:45