情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了 / 最新
【置】 さよなら 御山洗カチカチと、いつしか時計の針が進む音を克明に聞いた。 霧がかった道が晴れていくように、頭の中の夢が色を失って消えていく。 そうだ。俺には、帰るべき場所なんて無い。迎え入れる親族はない。 親父の実家がどうなっているのか、今の俺に分かる筈もない。 夢の中の居処ががらんどうのようなのは――会うべき人がいないからだ。 「……俺は。もう、帰る場所なんて無かったんだな」 最初は本当に只々、昔過ごした場所を懐かしむひとつの郷愁によるものだった。 少年期を過ごした場所は何よりも大切なもので、自分を作り上げた愛おしいものだった。 だけどもう少しで、その外で生きてきた時間に追い越されて塗りつぶされてしまう。 消えゆくまま、過ぎゆくままに。その前に、もう一度だけ帰ってみたかったな、と。 自分が置き去りにしてきたこの村というものに、会いたかったのだ。 でも。その輪郭を思い出すほどに、俺は別のものを蘇らせてしまった。 夢が終わったのにも関わらず、胸を焦がす思いと心を失ったような空隙が消えない。 ああ、そうだ。帰りたいという思いは過剰に増幅された不自然なものだったとしても。 長らく患ってきた恋は決して誰かに煽られたせいではない、ほんものだったから。 夢が終わりを迎えたって、時間が過ぎ去ったからって、目が覚めるように消えるわけじゃない。 (L2) 2021/08/17(Tue) 4:44:50 公開: 2021/08/17(Tue) 4:45:00 |
【置】 さよなら 御山洗ふと、この痛みを負うことになったきっかけを瞼の裏の景色に思い出す。 十五年前。親父と母さんが喧嘩をして、三人で遊びに行く約束を反故にしてしまった。 両親は色絡みの揉めがあったわけではないが、生き方に無視できない隔たりがあった。 父は昔ながらの考えの人で、此処で働き母にもそれについてくることを望んだ。 母は先進的でそれに馴染めず、度々仕事の都合での不便を緩和しようと打診していた。 そうした話し合いが不定期にあることで、お互いへの不満が爆発することもよくあったのだ。 機嫌を悪くした二人に挟まれ、その日は外に遊びに行くことが出来ず閉じこもっていた。 そんな時。部屋の中で蹲って過ごしていた俺に、手を伸べたのが翔だったんだ。 こっそりと家の中に入ってきて、遊びに行こうと笑って。 思えば向こうからしてみれば、時間になっても来ないから迎えに来ただけだったのだろう。 大した意味もなければ勇気が必要なわけでもない、ほんの些細な行動だ。 けれども。それが、まだ子供だった俺には、何より喜ばしい救いだった。 自分に伸べられた手と同じくらい、こいつに与えられるものがあればいい、と。 それは独り善がりの思いでしかなくて、ただ子供ながらに抱いた望みでしかなくて。 そんなものが、どうしようもなく焦がれる想いになって、今の今まで心の中を占めている。 村を離れて、自分の人生を得て、恋人を持って、別れて、それでもまだ燻る熱が。 ――少年期が終わろうとしている。 (L3) 2021/08/17(Tue) 5:03:57 公開: 2021/08/17(Tue) 5:05:00 |
【置】 さよなら 御山洗カチカチと、いつしか時計の針が進む音を克明に聞いた。 水を吸った服をまとっているかのように重たい体をずるずると動かす。 夏の盛りにも関わらず、薄ら寒い感覚が背中をゆっくりと降りていった。 帰ってこなければ、この夢の中に呼ばれなければ、こんなに胸の苦しさを覚えずに済んだのに。 腫れた瞼から流れた涙が、皮膚を引きつらせてぴりぴりと痛み走る。 鉛のように重たい体を動かして浴衣に袖を通す。少し調整すれば見栄えに問題はないだろう。 薄灰色の浴衣は、まだひょろっとした子供だった頃に比べれば印象も変わって見えるのだろう。 十年。十年の時が過ぎ去って。 それはどんなに飾ってまばゆく見せたところで、思い出のものとは何もかもが違うのだ。 鏡の中に立った男は、山の中を走り回って三人だけの秘密を埋めた、あの頃の子供ではない。 終わらせなければ、夢の終りが訪れないのなら。 もう少しだけ見えない誰かに付き合えば、目が覚めてしまえるだろうか。 遠くに祭りの喧騒を聴いて、届かない手を思う。 (L4) 2021/08/17(Tue) 5:15:10 公開: 2021/08/17(Tue) 5:15:00 |
【独】 さよなら 御山洗聴こえてきた声は遠く遠く山の端まで響いてしまいそうなものだった。 この虚構の楽園の中で、それでも足掻いて、届けようという声がある。 まだ、追いかけているのだ。夢の中の残影を、思い出を。 靄の中に映り込んだ蜃気楼のような夏に、心を曝け出して。 彼らは現実に繋がり続けるための叫びを伝えようとしているんだろう。 「……敵わないな」 少しだけ吐息のこぼれたような笑い。あんなに真っ直ぐには、いられない。 だからこそ縁側に続く扉を明けて、澄み渡った空を見上げる。 せめても彼らの願いばかりは、見届けていたいと、そう思ったのだ。 ……それは在りし日の自分が背を向けたまま不発弾の奥底に閉じ込めたものだから。 同じ道を、彼らが歩んでしまわないように。その背に続く路のないように。 夢の終りが早く、だれかの望ましいかたちで、訪れますように。 (-26) 2021/08/18(Wed) 14:58:22 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-27 ――まだ、祭りの終わりきらない頃。夢の覚めやらない頃。 少年たちのまばゆい夏が、未来に向けた約束を遂げた頃。 御山洗はまだ家にいて、縁台から花火を見上げていた。 ぱらぱらと降り注ぐ光の帯は夢の中でも美しいもので、きっと、誰かの思い出なのだろう。 こんな田舎で打ち上がるにしては数も多く規模も大きくて、きっと、こんなに裕福なら。 都市開発に負けず、この集落もいつかのままの形で残っていたのかも知れない。 空を彩る花火の音が、細かな音をかき消して。 誰かが訪れたのだということに、未だ気づけずにいた。 見上げる顔は色とりどりの花に照らされて、目に七色が映り込んでいる。 (-28) 2021/08/19(Thu) 20:51:10 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-29 一瞬夢を見るような顔をして、今しがた飛び起きたように目を見開いた。 前髪の向こうに透けた表情は驚きでいっぱいになっている。 薄灰色の浴衣の袖が縁台の上で引きずられて、指先が強張った。 疑うような諦めるような、未だ信じきれていないような顔をして。 「……ゆ、め……?」 (-31) 2021/08/19(Thu) 23:36:51 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-32 喉が嗄れたように声はうまく出てこず、短い息が漏れた。 目元から鼻に掛けては赤く腫れていて、情けない顔をしている。 "また"、都合のいい夢をみているのではないかと、自分の願望で汚していやしないかと。 泣きはらしてぼんやりとした頭のまま手を浮かせて、そのままそろそろと触れる。 見上げた顔に、ああ、と。懐かしいものを感じて、また鼻の奥が痛む。 「……どうして、来たんだ」 身勝手な物言いだなと思った。勝手に耐えきれなくなって、突き放して。 宵闇の言う通り、なにも納得させられるような話なんてしていないのに。 それがいいものでも、わるいものでも――ここはゆめのなかだから、自分の願望なのではないかと。 そこから先を求めることに怯えて、逃げていた。 唇を引き結び、差し出された手にこわごわと手を乗せた。触れ合う箇所は着いては離れて落ち着かない。 距離感を測りかねるようにかさついた手が触れて、ゆっくりと立ち上がる。 見下ろした目線の高さの違いは、いつかのものとはだいぶ違っているように思う。 (-33) 2021/08/20(Fri) 2:36:00 |
【秘】 さよなら 御山洗 → 宵闇>>-34 変わらない言葉を掛けてくれるのだと、変わらず手を伸べてくれるのだと。 こらえきれずに瞼に溜まっていた涙がぽろりと目頭から落ちて、 それだけで揺らぐくらい色んなものがもろくなっていることに、自分で笑ってしまう。 見下ろす目はまだ恐れていて、怯えていて、壊れ物を見るように愛しさで溢れている。 「……それは、ごめん。 一緒に行くなんて、もう出来ないと思ってたから」 御山洗はどうして彼が帰ってきたのか、わかっているようでわからなかった。 急なことで何もわからなかっただろうというのはわかるのに、 それでも遠ざけきれず、遠ざけられきれなかったのは、不思議でしょうがなかった。 「俺は、同じくらい三人でいるのが好きで、楽しかったから。 もし不用意に口にしたり態度に表れたら、もうあんな風に遊んだり出来ないんだって。 そう思ったら……もう絶対に誰にも言わずにしまっておけば、今まで通りにいられる筈だって。 ずっと、昔から、そう思ってた」 実際にはここに帰り着いて、胸の中を占めていく心に耐えきれず鬼走に打ち明けたりもした。 自分の意思で抑え込むよりも育っていく願望を恐れている事ごと口にして、満足しようとしていた。 懐かしさの中に抱いていたいつかの面影や今の宵闇に対する思いは、 結局ふとした瞬間に耐えきれなくなって口を衝いて吐き出されてしまったのだけど。 下駄の歯が控えめに地面を叩く音ばかりが耳に響く。 指先まで心臓の鼓動が伝わるくらい、やけに血が集まって熱い。 細い蜘蛛の糸のようにつながっているだけの手は、ガラス片のように剥がれ落ちそうだった。 「言うつもりなんてなかったのにな」 (-36) 2021/08/20(Fri) 12:59:46 |
【置】 いつかの 御山洗──御山洗 彰良『不発弾 <タイムカプセル> 』の主な中身きっと二人の入れたものより、内容は少ないのだろう。 『一枚の写真』 三人が遊んでいる風景の写った写真。 村の大人に、もしかしたら鬼走かもしれない、撮ってもらった写真は、視点が高い。 思い思いのポーズをとっていて、薄い写真からでもそれぞれの性格が現れるようだった。 『MDプレイヤー』 ずっと昔に御山洗が使っていた。一枚のMDディスクがそのまま入っている。 好きな順番で録音された中には、清和や宵闇の勧めた曲が入っているのだろう。 "11' 夏"とラベリングがされている。 『フォトブック』 料理の写真と料理名や感想が乗っている。 清和の家でいただいたものや集落の外で外食した時のものばかり。 そんな機会は少なかったのか、後ろの方はページが余ってしまっている。 『押し花の栞』 ベゴニアの押し花がプラスチックに挟まれている。 (L6) 2021/08/20(Fri) 13:10:38 公開: 2021/08/20(Fri) 13:10:00 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 宵闇>>-37 「いいんだ。隠してたんだから、知られてないならそれでよかった。 今だって困らせてるのは俺で、翔が悪いことじゃないんだから」 遠巻きにする手、遠巻きにする言葉。泣いて萎れた頭はなんだか遠い風景のように隣を見ている。 見納めるように横顔を見つめて、視線が輪郭を滑っていく。 いつかも、この夏も。ずっと見つめていたもの。風景の中にある彼を見ていたのだ。 年甲斐なくはしゃいでる姿も、バーベーキューにかぶりつく様子も、 日の傾き始める空と海の間にある姿も、等身大の彼を。 「……ありがとうな。連れてきてくれて」 きっとこれで最後になるのだろう、それを視界に収めてられるのも。 きゅうと指先を皮膚の固くなった手が握る。 握りしめているのに、身動ぎしただけでするりと落ちそうなくらい脆い。 (-38) 2021/08/20(Fri) 16:45:18 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-39 >>-40 >>-41 >>a11 >>-42 宵闇 夜の海は空との境界を失くしてどこまでも真っ暗なそれらが続いているみたいだった。 黒い髪に、黒い浴衣。時折ぱらぱらと光の粒を振りまく花火が、そこにいると教えてくれる。 やっぱり、海が似合うなと思った。掴みどころがなくて、波間の泡沫と一緒に流されていきそうで。 「うん、……うん。 きっとお前が思いもしない頃から……そうだったんだと、思ってる」 望みのないことだというのも、それ以上に何もかも終わらせてしまう一言だということも。 その先に何かあるだなんて思えなかったし、思いつきもしなかった。 瞼を閉ざすようにその先を閉ざされてしまうくらいなら、何も聞きたくはなかった。 だから逃げて、突き放した。その先を聞かなくて済むように。 けれども今彼が続く言葉を告げるというのなら、それを止める術もまた、なかった。 明かりになるようなものはほとんどありもしないのに眩しそうに目を細める。 告げられる言葉のひとつひとつを拾い上げて耳に入れる。返すのは小さな頷きばかり。 どんなことを望み、声にしているのか。望んでしまいそうで、期待してしまいそうで。 浮つきそうな気持ちを、きっと違うと押し止める。自分の都合のいいように思ってしまいたくなくて。 立ち尽くしたまま下がった指が、袖口に寄った皺の形に癖がついてしまいそうなくらい力を込めている。 → (-43) 2021/08/20(Fri) 20:34:57 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-40 >>-41 >>a11 宵闇 「でも――」 形のないものを恐れてまだ駄々を捏ねようとしていたのだと思う。 変わらないままでいればいい、変わらないままでいることがいいと信じてきたから。 喉の奥に封じ込めてきた思いを飲み下してしまえば丸く収まるのだと思っていた。 だからこそ何も聞かずに逃げ出したのだし、何も耳に入れようとせず。 じっと蹲ったまま時が過ぎるのを待っていた、それでいいと思っていた。 自分の上背が落とした影の中で睫毛が動くのを見ていた。 息のかかる感触があって、触れ合うものがあって。 指折り数えるようにそれを確かめて、声の近さに気付かされて。 「――」 まだ胸の奥で都合のいい事を押し込めるものがある。 それを、彼の声がそうではないと引きずりあげるのだ。 俺にとって都合のいい夢がそこにあるのではなくて。 情けなく蹲った俺に、自分で選んで手を伸べてくれたのだ。 歩み寄って、声を掛けて。いつだって、そうしてくれたように。 立ち竦んでいる腕を引いて光のある方に連れて行ってくれたのはいつだって。 (-44) 2021/08/20(Fri) 20:35:14 |
御山洗は、宵闇を抱きしめた。 (a12) 2021/08/20(Fri) 20:35:42 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-42 宵闇 「――……降、参……」 しゃくり上げて閉塞した喉からやっと出たのはそれだけだった。 涙が絡まってほとんど言えたかどうかも怪しいくらい。 背中に回したのは片腕だけ、それも一歩退かれれば押しのけられてしまえそうなくらい遠く。 それでもごく微かに背に支えたてのひらは、そこにある体温を確かめている。 うなだれた頭が側頭部に寄せられる。めちゃくちゃになった顔を見られたくなかった。 互いの髪越しの体温はほとんど通い合わなくて、がさがさと音がするばかりで。 ごくかすかに頭の重しを乗せて、腕の中にあると、きっとそう信じて良いのだろう音を聴いている。 (-45) 2021/08/20(Fri) 20:39:20 |
【秘】 ただいま 御山洗 → 貴方の隣に 宵闇>>-49 宵闇 返事をしようとして喉の奥で高い音が鳴った。しゃくり上げてうまく発音出来ないのだ。 どうにも情けない反応ばかりしているのをごまかすように、喉が唸る。 「どこにも行かないでほしい、けど。 置いていかれてもきっと帰ってきてくれるって、信じてる」 ひとつひとつを返すように、進みすぎて遠ざけてしまわないように。 同じようにそろそろと両腕を背中に回して、遅まきにぎゅうと抱きしめる。 嫌われたくない。一歩一歩、隣で歩んでいけるように。 歩むあしを揃えて、置き去りにせず、されてしまわないように。 「……俺も、きっと会いに行く。 もう見失いたくない」 背丈の違うふたりの視線はうまくは通い合わない。 同じものを見るのは簡単なようで難しい。だから手をとって確かめ合うように。 聞きそびれられてしまわないように耳に声を注ぎ込んで。 かたちがわかるように頬を擦り寄せて、肩越しの骨っぽさを感じ取って。 鼓動が伝わる。もう目を逸らしてはしまわない。 夢の終りが早く、訪れますように。 今度こそは、現実でその手を取れるように。 (-50) 2021/08/21(Sat) 13:26:53 |
【秘】 あしたの 御山洗 → あの頃の 宵闇>>-57 宵闇 じわりと滲んだ涙をうまく堪えることが出来なかった。体温の移ったしずくがぱたと落ちる。 喜ばしいからか、安堵したからか。許されたからか、まだ薄く残る罪悪感なのか。 ぐるぐると胸の内をわだかまっていたものは、溜息と共に落ちて、消えた。 好きだ、ともう一度だけささやく。今度は耐えきれなかったためではなく。 今こうして伸ばされた手を、掴み取ることが出来た手を、ちゃんと握って。 逃げるためではなく、心から伝えたかったこととして。 夜空から夢の世界を見下ろすような花火が消える頃には、夢は醒めてしまうのだろう。 ひと夏の気紛れと思い出が作り上げた願いの世界は、消えてしまっても。 ちゃんと自分の意思で願って、その手を掴みに行くために。 置き去りにしてしまった不発弾を、皆でもう一度見るために。 背中を向けたままだった思い出の中の人達に会いに行くために。 今なら、それが出来る。 ベゴニアの花言葉は――。 (-58) 2021/08/21(Sat) 18:51:17 |
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 5日目 エピローグ 終了 / 最新