【人】 XIV『節制』 シトラ── 廊下・『隠者』の彼女の部屋の前 ──アリアちゃん いつものお薬……もらっても、いい……? ……うまく、眠れなくて [ 繰り返す悪夢に魘されて眠れぬ夜が続くとき わたしは、決まってあの子の部屋の扉をたたく。 お薬自体の効果は勿論あるのでしょう。 『隠者』の証を持つ彼女の作るお薬は特別なもので、 その効力のほどは、実際常用しているわたし自身が 身をもって噛みしめているところ。 けれどよく眠れるのは、きっとお薬だけの力じゃない。 あの子の顔を見ると、あの子の声を聴くと ひつじたちの毛に頬を埋めたときみたいにほっとするの。 それを口にしてしまえば彼女はどう思うか、 きっと、……悪いようには取らないと思うけれど 言葉にはせず心の内にしまい込んだままでいる。 もう一度、扉を叩く。返事はない。 程なくして、玄関の方から よく通り明朗に弾む、澄んだ声が響く。>>111 一日半ぶりにチェレスタさんが帰ってきたのだ。] (132) 2022/12/11(Sun) 16:38:00 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ アリスさんのお誕生日パーティーで お祝いの歌を歌わないか、との 彼女の提案を、わたしも部屋の隅で聴いていた。 誕生日には祝いの歌を歌うものなのだと わたしが知ったのは、この洋館に来てからだった。 皆で同じ曲を、この世に生を受けた日を祝う詞を 同じ旋律で、或いは異なる旋律で歌い それらが交じり合ってひとつの調和を織り成す。 チェレスタさんの提案はわたしにとっても この上なく素敵な提案に思えた。 でも、 わたし、歌えるの? わたしが参加しない方がきっといい歌になる。 メロディーも歌詞も一から覚えないといけないわたしは みんなの足手纏いになっちゃうんじゃないかな。 参加しないべき……じゃないかしら。 ──そんな想いが 挙げかけた掌を背中へと引っ込ませる。 おずおずとみんなの反応を窺えば 少なくともアリアちゃんは参加する方針のようで>>112 迷うわたしの心を見透かすように、 そっと寄り添うような視線を送ってくれた ] (133) 2022/12/11(Sun) 16:38:24 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ 『あなたがしたいことをするのが一番』 アリアちゃんはいつだって、 やわらかな優しい声でそう言ってくれる。 わたしがしたいことは何なのか、 この洋館に来るまで改めて意識したことはなかったし それを疑問に思ったことも、ほとんどなかった ] わ、……たし わたし、…………も 歌、って、みたい チェレスタさん、構わない……ですか……? [ たった一言の意志を示す為に掛かった時間は 現実にはほんの一瞬だったのかもしれない。けれど、 わたしにとっては、途方もない挑戦とも呼べるものだった ] (134) 2022/12/11(Sun) 16:38:56 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ たった一言の意志を示す為に掛かった時間は 現実にはほんの一瞬だったのかもしれないけれど わたしにとっては、途方もない挑戦とも呼べるものだった。 あれから毎日、時間さえあれば お庭の花畑の隅、人気のない木陰で、或いは自室で こっそりと歌の練習をしている。 みんなの前で歌うのはまだ恥ずかしくて ごく限られたひとにしか、聴かせられていないけれど。 チェレスタさんに教わったところ、 すこしは綺麗に歌えるようになったと思う。 荷解きが終わって、身体を休めて 落ち着いた頃合いを見計らって、また見てもらおう。 今はまず、「おかえりなさい」のお出迎えを。 そう思って玄関の方へと足を向ければ 探していた彼女の姿もそこに在った ] (135) 2022/12/11(Sun) 16:39:34 |
【人】 XIV『節制』 シトラ── 玄関前 [ 声を掛けるタイミングを見失って もごもごと、言葉と視線が宙を舞う。 わたしが口を開けたのはきっと チェレスタさんと、はっきりと目が合ってから ] お、おかえりなさい……! お疲れさま、です あっ、あの、わ…… [ 『わたしもお手伝いします』 そう言いかけて唇を噤む。 触れられたくない荷物が入っているかもしれないし 長旅で疲れているだろう彼女に 余計な気を遣わせてしまうかもしれないし、 第一、手伝いの申し入れはアリアちゃんが既にしていて。 けれどチェレスタさんの荷物は、 一人で運ぶにはどう見ても大変そうで ] (136) 2022/12/11(Sun) 16:40:22 |
【人】 XIV『節制』 シトラ ……わたし、にも 何か できること、ありませんか……? [ 消え入りそうな声で紡ぐ。 荷物持ちの手が足りそうなら お茶の準備をしに行こうかな。 と言っても、わたしにできるのは 売店でフォルスさんにお願いして 疲れを癒すお菓子と飲み物を用意してもらう、くらい ]* (137) 2022/12/11(Sun) 16:40:57 |
XIV『節制』 シトラは、メモを貼った。 (a22) 2022/12/11(Sun) 16:46:36 |
【人】 XIV『節制』 シトラ──あ……っ [ ヒナギクさん、とわたしが呼び掛けるより早く 太陽より眩しいオレンジが、 わたしを通り越して一目散に玄関へと駆けてゆく。>>148 チェレスタさんの声が美しい清流のような音色なら ヒナギクさんの声は、軽快に弾けては咲う花のよう。 はい、そうです。わたしも居ます。居ました ] そ、そう、……ですよね そう、ですか……? (177) 2022/12/11(Sun) 21:09:30 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ 彼女の『お手伝い要らないね?』に、おろおろと 返事になりきらない独り言のような声が零れた。 わたしは頭数に要らないかもしれないけれど ヒナギクさんは要るかもしれないし、 それを決めるのは、チェレスタさんだ。 自然と「どうですか……?」と 答えを窺うように彼女を見てしまう ] (178) 2022/12/11(Sun) 21:09:40 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ 政府の広告塔として活動に励んでいる ヒナギクさんのお仕事の一端は、 わたしも、洋館の広間のテレビで見たことがある。 聴き慣れた声でくるくると表情を変えながら 笑顔で証持ちについて語るヒナギクさんは 薄い板越しにもやっぱり眩しくて、 一挙手一投足がキラキラと輝いて見えた。 ただそこに在るだけで場を暖め照らす『太陽』 洋館でも、ヒナギクさんが居るところには 楽しげな明るい空気が流れるように感じる。 直接の会話を交わすことは少なくとも、居心地の良さゆえに そっと日常の一幕の隅に身を置こうと試みる そんなひとときは多々あったでしょう。 その天真爛漫な煌々としたまばゆさに 時折、ほんのすこし、目が眩むけれど ]* (179) 2022/12/11(Sun) 21:10:03 |
XIV『節制』 シトラは、メモを貼った。 (a31) 2022/12/11(Sun) 21:14:41 |
【人】 XIV『節制』 シトラ── 回想・生まれ故郷の村 [ どんな些細な物事であっても 村民みんなで話し合いをして決める。 それが、わたしの故郷に古くから伝わる慣習だった。 今年の放牧はいつからどこで行うか どんな毛織物をどれくらい、いつまでに、誰が作るか 誰かの罠に偶然掛かった獲物を、どうするか 祭祀を執り行う日取り、段取り、捧げ物の内容 村に新たに生を受けた子の名前、 死にゆく誰かの魂を鎮める葬送の儀 そういう文化を持つ村だったから、 『証持ち』のわたしの誕生以来 その処遇を巡る話し合いは連日執り行われていたようで 記憶にある限り、いつも揉めていた。] (409) 2022/12/13(Tue) 0:08:35 |
【人】 XIV『節制』 シトラ 『この娘は災いだ。一刻も早く村から追い出すべきだ』 『ですが、一説には『節制』の証を持つ者には 不老不死の妙薬を生み出す力があると……』 『神より遣わされし聖女を私利私欲の為に利用するなど』 『子は宝じゃ。たとえ証を持とうと、なかろうと 大切に守り育ててゆかねばならん』 [ まだ幼かった頃は、会話の内容はよくわからなかった。 それでも、 時として罵声や怒号が飛び交う『話し合い』が 他ならぬ自分のせいで行われているのだということだけは 向けられるまなざしや表情で、幼心に理解していた。] (410) 2022/12/13(Tue) 0:08:41 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ お母さんもお父さんも、物心ついた頃から いつだって腰を深く折っては誰かに謝っていた。 『話し合い』に連れ出される度に胸が苦しくなった。 わたしと同じくらいの歳の子を連れたおじさんが、 眉を吊り上げて声を荒げるのを見た。 あのひとは、わたしの顔を見るまでは 穏やかで優しそうな顔をしていたのに。 顔にも手にも深い皺の刻まれた小柄なおばあさんが 可哀想じゃないか、と顔を強張らせるのを見た。 あのひとも、話し合いが始まるまでは わたしに微笑みかけてくれていたのに。 わたしの、せいなの。 村のみんなの表情が、声色が それまでとは比べ物にならないくらい一変するのが 怖くて、怖くて、ただひたすらに怖ろしくて 幼いわたしは抑えきれない感情のままに泣き叫んだ。 すると話し合いは中断せざるを得なくなって、 翌日に持ち越される。 そんな日が、何日も何日も続いた。] (411) 2022/12/13(Tue) 0:08:54 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ ごめんなさい。ごめんなさい。 おこらないで。なかないで…… 最初は、両親を真似るように。 心身に刻み込まれた罪悪感は涙になって いつからか、とめどなく溢れ出るようになった。 わたしが歳を重ねて成長するにつれて お母さんの泣き顔を見る回数も お父さんの身体の傷痕も、増えていった。] おかあさん、どうしてないてるの? ──ごめんなさい 大丈夫よシトラ。必ず貴女を護ってみせるからね おとうさん、どうしていつもけがをしているの? ──ごめんな シトラ、お前は何も気にしなくていいんだ。 俺がもっとしっかりしていれば……! (412) 2022/12/13(Tue) 0:09:22 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ ……そう言ってわたしの頭を優しく撫でてくれた両親も わたしを寝かしつけた真夜中、扉の向こうで二人 何事か激しく言い争っているのを、一度ならず耳にした。 『シトラ。貴女はあまりお外に出ない方が良いわ。 母さんと一緒に、お家で編み物をしましょうね』 それはきっとわたしを守るために 両親が話し合って導き出した最善の道。 わたしはただ、泣き腫らしたまま小さく頷いた。 幼い我儘で両親をこれ以上困らせるより、 聞き分けの良い子になるべきなのだと、そう思った。] (413) 2022/12/13(Tue) 0:09:33 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ そうしてわたしは、進んで部屋に籠もるようになった。 朝から晩までアルパカや羊の毛を紡いで、 紡いだ糸で無心に何かを編んでいる間は 何も考えずに安らいでいられたの。 証持ちが編んだことを伏せて 野菜や果物と交換された毛織物を、 どこか遠くの誰かが着てくれている。 それだけで、心が温かくなる気がしたの。 もう随分と長く、青空を見ていないことに気付いても センパスチルの花に太陽を懐かしんでも 幼い頃両親がよく遊びに連れていってくれた、 山間に流れる小川への行き方を忘れてしまっても。 危ないからと、台所に入らせてもらえなくても 読もうと手に取った本を、取り上げられても 紛糾する話し合いだけが村のみんなとの繋がりでも 友達がぬいぐるみしかいなくても。 わたしが、わたしを、我慢することで みんなが、笑顔でいられるなら わたしはそれでいいの。] (414) 2022/12/13(Tue) 0:10:06 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ 本当は1日でも早く村を出て行くべきだとわかっていた。 わたしさえ居なければきっと村の人たちも 両親も、あんなにも苦しまずに済んだ。 けれどこの村で生まれて育って 外の世界を何ひとつ知らなかったわたしには、 村から出る伝手も、知識も、勇気もなかった。 彼女が──アリアちゃんが、 4年前、わたしを迎えに来てくれるまでは。]* (415) 2022/12/13(Tue) 0:10:53 |
【人】 XIV『節制』 シトラ[ ──4年前のあの日のことは、 昨日のことのように鮮明に憶えている。 奇しくも彼女の瞳と同じ、 緑 の毛糸を編んでいた。昼夜問わず締め切られたカーテン越しにも 窓の外の異様な空気は伝わってきた。 言いつけを破って、ほんの少し窓を開けて 村の様子を窺おうとした、そのときだった ] …………っ (416) 2022/12/13(Tue) 0:11:14 |
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