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［　人はだれしも何か、秘密を持っている。
　　私もそうね、ひとつ。
　　秘密にしていることはあるの。

　　といってもこの秘密は私の親は知っている。
　　私を担当している医師も知っている。
　　私によく笑いかけてくれる看護師さんたちも。

　　
　　
　　私の病気を知っている人たちには
　　病気のことは言わないでって口止めしているの。
　　だって、病名を聞いたらどんな病気なのか
　　調べる可能性があるでしょう？　］

　　

　　

　　

［　だから、対して強くもないくせに虚勢を張る。
　　私は大丈夫よ、って。
　　でも、そんな風に何でもないように
　　見せてたからかな。お見舞いに来てくれる人は
　　日に日に少なくなっていって。
　
　　当たり前なのは、解っているの。
　　みんな暇じゃないってことなんて。

　　

　　

　　

＊＊＊


［　専らベッドの上で本を読んで過ごしている
　　私だけど、その日は陽の光が浴びたいと思って。
　
　　天気のいい日だったから中庭で
　　暫く過ごそうと思ったの。

　　手に持っている本はよくある恋愛小説。


　　両親が買ってくれたベストセラーになった本。
　　本屋さんに行けば山積みしてあるような。

　　そんな本を左手に持って中庭へ行ったその日。　］
　　

［　その日が、彼との出会いの日だった。　］**


　　

［　病院は慈善が集まる場所だと私は思うの。
　　ピアノのコンサートもその一つ。

　　私も、聴いたことはあるの。>>16

　　純粋に聴き惚れていたのは事実。
　　演奏の美しさに。滑らかに動く指先に。
　　彼の演奏に魅了されたの。　　



　　

　　
　　

　＊＊＊


［　あたたかな陽の光が照らすその場所で
　　私と彼は出会ったの。

　　眩し気に目を細めて、ベンチに腰かけている私と
　　礼装姿の貴方の出会い。それはただの偶然？　］

　　

　　　　こんにちは。いい天気ね？

　　

［　ふわり、とゆるく口角を上げて。
　　日焼けしていない白い頬は
　　少し不健康そうに見えてしまったかしら。
　　

　　礼装の彼とは対照的に私の服は病衣。
　　運命の出会い、というにはあんまりいい恰好は
　　してなかったかもしれないけれど
　　服装を気にするのも今更よね。　　］

　

　　　本は……好きよ。
　　　……ううん、の。

　　　あんまりすることなくて。


［　手元の本に視線が移れば
　　題名が見えるように表紙を見せて。
　　
　　代わり映えしない日々に退屈してたものだから
　　つい、言わなくてもいいことまで
　　口走ってしまった私は、右手の指先を唇に当てた。　］

　　

　　　あ、これはひみつ、ね。
　　　皆には本好きのアンネだと思われてるから。

　　　名乗ってなかったわよね。
　　　私はアンネロズ。
　　　アンネって呼んでもらえたら嬉しいな。

　　

［　慈善が集まることが悪いとは思わないし
　　音楽だったり人の優しさは患者にとって
　　勇気にもなりうる。



　　だからかもね。
　　全ては見えなくとも横顔だったり纏う雰囲気が
　　窮屈そうにみえた貴方は多少なりとも
　　頭の片隅に残り続けていたの。　］
　　
　　

［　退屈と言ったら同情されるかもしれない。
　　なんて、普段なら思うのにね。
　　つい言ってしまった一言への彼の反応は>>30
　　私にとっては好ましいものだったの。　］


　　　そうね、ベストセラーらしくて。
　　　両親からプレゼントされたのよ。

　　　まだ途中だけど、いい話だと思う。


［　きっと結末は、二人が結ばれて終わるんだろうな。
　　そんなふうに思ってしまうくらいの、王道な物語。
　　私は嫌いじゃなかった。
　

　　

［　本好きだ、なんてフィルターを通していないから
　　本好きのアンネ、なんて言われたら
　　首を傾げるのも当たり前よね。
　　そんな様子がおかしくて少し笑っちゃったわ。　］


　　　こちらこそよろしく、エドワード。


［　名前、全く知らないわけではなかったの。
　　だって、奏者の名前は
　　コンサートの張り紙で見たもの。

　　知ってたとしても、本人から直接聞くのが
　　礼儀かなって私は思うから。

　　それに、彼が何もフィルターを通さずに
　　私の事を見ているように
　　私だって、彼を奏者というフィルターには
　　通したくなかったのよ。　］
　　

［　エドって呼んでもいいってことは>>36
　　呼ばれたいってことと同じに取っていいのかしら。
　　少なくとも呼ばれたくないのなら
　　そんなこと言わないはずだから、
　　その望みには喜んで応えるの。　］


　　　なら遠慮なくそう呼ばせてもらうね、エド。
　　　これで私も、仲のいい人の仲間入り？


［　そう言って楽しげに笑った。　］
　　

＊＊＊


［　それから後、両親には出会った彼のことを
　　軽く話して、次また来てくれた時のために
　　チョコレートを用意したい、なんて
　　わがままを言ったりもしたわ。
　　それくらいなら、って喜んで両親は
　　私のわがままを叶えてくれた。

　

［　さて、冷蔵庫の中のチョコレートが
　　貴方の目に触れるのはいつだったかしら。

　　私の病室に貴方が訪ねてきてくれたなら
　　笑顔で出迎えて、座って？って
　　椅子を指し示しながら、冷蔵庫からチョコを出した。
　　って
　　少しだけ得意げにね。　］

　　

　　　来てくれてありがとう。
　　　お話の続きをしましょう？


［　貴方と向かい合うようにベッドに腰掛けて
　　話し始めることにするの。
　　そうね、この前の本は読み終わったとか
　　そんな話を最初にすることになるかしら？

　　前は貴方の事を聞いて終わったから
　　私の事を聞かれるのなら、
　　何でも答えるつもりよ。　］*
　　

［　少し揶揄う意図がないわけではなかったのに
　　素直に肯定…ただの肯定以上のものが
　　貴方から返ってきて、落ち着かなくなった私は
　　頬を撫でていた髪を耳にかけた。
　　

　　

　＊＊＊

［　彼はたくさん会いに来てくれた。
　　変わり映えしない日々が鮮やかに彩られていくようで
　　次は何を話そう、何を聞こうって。
　　そんなことばかり考えて過ごしていたし
　　楽しみが増えると退屈だと思うことは減った。


　　

［　冷蔵庫のチョコレートが見つかった日は>>43
　　私にとっても嬉しい日。
　　
　　彼のために、って準備したものが
　　喜ばれていたならこれほど嬉しい事もないわよね。　］

　　

　　　エドも紅茶が好きなの？私と同じね。
　　　私は特にアップルティーが好きなの。


［　折角用意してもらえるのなら、断るのはむしろ失礼。
　　だから、私が好きな紅茶の種類も教えたわ。
　　そうして私たちのお喋りの時間は
　　お茶会へと変わるの。>>44　］
　　

［　いつでも、私はエドの話を楽しそうに聞いていた。
　　だって、楽しいんだもの。


　　本を読み終わった話をすれば返ってくるのは
　　見どころが知りたいという質問がきた。　］

　　

　　　見所…そうね。
　　　主人公の女の子が周りのことも自分のことも
　　　いつでも信じていられる強い心を持っているのは
　　　いいな、って思うの。
　　　

　　　主人公は私のためにしてることだから、って
　　　好きな男の子を助けているから
　　　男の子がそれを断れない場面も好きよ。

　　

［　内容に触れすぎると楽しみが減るから　
　　少し難しい質問だとは思ったけれど
　　タブーだとは思わなかった。
　　口元に手を当てて少し考えてから
　　伝えたことが貴方の楽しみを奪うことに
　　なっていなければいいな、と思いながら答えたの。

　　貴方の反応を聞いてから本を渡して、
　　読み終わったら感想をぜひ聞かせてね
　　なんて笑って言うのよ。　］