『ありがとう、ございます』

　同じく、ボイスメッセージで。
　まだすこし何か言いたげな、けれど議論中なので短い声。

『心配してくれて、ありがとうございます。』

『はい。話したいです。
　ハナサキさんがよかったら…』

　今度の返事は、テキストで送られた。
　

「…………」

　

「……。」

　遅れて立ち止まった数歩分の距離を開けて、少女は呟く。
　それは、思わず発したふうの声で。
　そこに続く言葉は、うまく見つけられない様子で。

　ゆるゆると首を振って、ううん、何でも。

「大事な話なんだから、ちょっとくらい。
　長くなって当然じゃないですか？
　……でも、あの。他のことにはもやもやしたけど」

　話の長さとかじゃなくて、もっと他のこと。
　でも、今は言いません。


　一緒に遊んだ――――後のこと。
　部屋までを辿る道の途中、あなたの前。
　振り向いて立つ少女は、眉を下げて笑いかける。

「……暗くなってきちゃった。
　急いで帰りましょう、か」

　夜が来れば、合議が始まる。
　そんな夕暮れの終わりの、できごとだった。

　話し合いの合間、たっぷりの時間を開けつつ返信。
　ぺこり。恐縮するうさぎのスタンプとテキスト。

『時間とか場所は、合わせます。
　もし特になければ、カフェか図書館でどうですか？』

「…………あ……」
　
「……あ、えっと。うん……」

　口籠る少女は、あなたを引き止めることもなく。
　きらきらと輝くネイル、小さな顔に浮かぶ屈託のない笑み。
　軽やかに見える背中をただ、見つめていた。

　OK！スタンプのうさぎが元気に跳ねて、図書館。

「――お疲れさまです。えっと、はい」

　こくりと頷く少女は一度、訪れたことがある。
　読書や調べ物ではなく、人と会って話すためだったけれど。

「ハナサキさんはどうですか？」

　話しながら、閲覧スペースへと促して。
　ソファとテーブル席のどっちか、迷うそぶりを見せた。

　解散間際、テキストメッセージ。本当の内緒話。

『息抜きに困ったら、呼んでもいいよ。』

『怖くない用事なら、大丈夫。
　例えばどんなこと？』

　議場の隅、少女はちょっとおかしそうに笑っている。
　

「もやもやはするんですけど……」

　うまく言えないまま、けど、の続きはなく。
　ぽすん。少女はソファに腰を下ろして、ぽつり。

「……カミクズさんに、入れなかったんですね」
　

　顔を上げて、あなたの方を見る。
　すぐに手帳へ視線が落とされたから、短い時間のことだった。

『知って、どうするの？
　くじで決めるならもう、関係ないと思うけど…』

『あ、断るために言ってるんじゃないよ。
　どうしてなのか、気になっただけ。』

「ダメとかは、よく分からないんですけど。
　……でも……あの。」

　体の左側、ソファの中心に重心が寄った。
　あなたの方を向いて、話をする。

「怖く、ないんですか？
　……死ぬかも、しれないの」

「……。」
　　
「……ごめんなさい。
　怖くないわけ、ないですよね――――」

　――――え？
　のろのろと伏せた頭を持ち上げて、あなたの顔を見る。

「……なのに、なんで。
　私に、あんなこと……」

　無意識のうち、スカートの膝に手のひらを一度、擦りつける。
　そのままくしゃりと握り込み、皺を寄せて。

　言ったんですか、と声を零した。

『はい。』

　密度……。

『うん、改まって話すのは苦手。
　言いたくない時は誤魔化して逃げちゃうし。
　それでもいいなら、お喋りしよう。』

『この後すぐ以外だったらいつでもいいよ。
　メッセージと直接会うの、どっちの方が都合いい？』

『気にならないんだ…』

『ありがとう。言いたいこと考えとくね。
　せっかくだし、会って話そう。場所は図書館で』

　ぽん。尻尾で丸をつくるねこのスタンプ。OK。

『あ、大きいなーとは思うけど、怖いとかはないよ。
　座っちゃえば気にならないし。』

　そんな約束をして、その夜はメッセージが途切れた。

「」

　以前のそれと違う、ゆったりとした声。
　巻かれた発条はきっと、穏やかなオルゴール。
　その胸に当てられる手だって、少女のものではなくて。

「……でも、」

　少女は、あのとき飲み込んだ『でも』を吐き出す。