【人】 花屋の主 メルーシュ【かつての花屋にて】 [>>2:168 彼女はいつも、御使いできたという様子だった。 いくつかの注文を、間違わないようにと慎重に伝える。 まるでほんの僅かでも間違いがあると、恐ろしいことが起こるかのように。 メルーシュも丁寧に注文を確認すると、いつものようにソファを促す。 彼女は果たしてソファに腰掛けたことがあったろうか。 注文は丈の長い花器に活けるための、豪奢さと荘厳さを思わせるような花束。 アマリリスの透き透った白にあでやかな紫紺のリリーを合わせていく。 注文にはできるだけ応えながらも、小柄な彼女が抱えて帰るときに危なくないようなかたちに仕立てる。 やがて、メルーシュは出来上がったその花束をしばし見つめると、うんうんと満足そうに頷いた。 急に声をかけて驚かしたりしないように(彼女は周りの気配にとても敏感だったから)、やや大げさに仕立て上がったことを素振りで伝えてから、「お待たせしました」と声をかけるようにしていた。 少女が花を抱えて店を出ようとしたそのとき、 急にメルーシュは「ごめんなさい、ちょっと待っていただけますか?」と声をかけた。(このときばかりは彼女を驚かせてしまって、ごめんなさい) 少女からもう一度花束を預かり直すと、丁寧にリボンをほどく。 そして花束のかたちを調整しながら、今度は、小さなスズランの花束をアクセントのように添えて結びなおした。 彼女のもとに行きたいというスズランの願いをかなえるために。 「スズランです。枯れやすいのでよかったら【花束を活ける前に外して】水に浸してあげてください」 (できることなら、あなたのそばにわたしを飾っていただけたら) 声ではないその声が、果たして彼女に聞こえただろうか。] (220) 2020/09/29(Tue) 20:47:26 |