主の受けた心の傷が癒えることはない。
　　　にも関わらず己は傷が癒える事を祈るのだ。

　　　それが神の怒りを買う禁忌だと知りながら
　　　英雄は一切の躊躇いすら持ちはしない。

　　　それから間もなく。





　　　冥土に送られる魂達を蘇生させた罰として

　　　その命は贖罪の�V犠牲�Vとなり
　　　その魂は、いつしか星となりて


　　　　　　　　　　　　主は今ではこう呼ばれている。

　　　　　　　　
　　　　　　『へびつかい座』と。

　　　それはいつから在ったのだったか。
　　　少なくともここを訪れた時にはなかったはずだ。

　　　　　そんな小さな村と『　大蛇　』の間で結ばれた
　　　　　あの歪な協定が己の運命を大きく変えるなどとは。


　　　　　　　―――　『　大蛇　』は未だ知る由もない。**

　　　だが『　大蛇　』は村の人間の言葉を聞き入れる。
　　　己の主が『　大蛇　』に遺した言葉がそうさせるのだ。

　　　無償の善は人の心を腐らせる。
　　　自身の平穏は誰かの犠牲の上に成り立つのだと
　　　それを彼らに忘れさせないために。

　　　　　　(こいつらは死なねば分からぬのか......？)

　　　そんなに外に興味があるのならば
　　　いっそ行って死ぬのもよかろう。
　　　それとも人攫いに連れて行かれて売られるも良い
　　　その時は.....それがその子供の運命だ。

　　　　　　(―――面白い。)

　　　　　　　「いい？ラサルハグ。
　　　　　　　　世界は愛で満ちているんだよ。」



　　　神に裁かれると知った主が最期に遺した言葉を
　　　『　大蛇　』は一度足りとも忘れたことは無い。



　　　　　　　「愛に代償なんていらない。
　　　　　　　　代償なんてなくても皆幸せになれる。

　　　　　　　　いつかきっと。君にもわかる日がくる。」



　　　『　大蛇　』が代償を得ることを
　　　主はこれまで何度も『　大蛇　』を叱り
　　　言い聞かせてきた。

　　　たとえ自らを侮辱した人間が何食わぬ顔で
　　　主の救いを受けようとしていても。
　　　主はその考えを決して曲げはしなかった。

　　　　　　（私には分からない。

　　　　　　　人間がそんな高尚だというのならば
　　　　　　　あなたが消える事もなかったではないか。

　　　　　　　　　　　―――我が主、アスクレピオスよ。）

　　　何かしら疑問を抱くその時点で既に
　　　『　大蛇　』の知る子どもとは違うのだ。

　　　その目は、『　大蛇　』の心を安らげる。
　　　主と瓜二つでありながら異なる目の色。
　　　この少女は主ではないと、『ソフィア』に対して
　　　勝手な染色をせずに歩み寄れるように思えたからだ。