唇の端からこぼれる唾液をちろりと舌で舐めながら相手を一瞥すれば、上気した貴方と視線が混ざり合った。目があったと理解するや否や、その瞳は柔らかく細められる。

「ふふ、良い子……」

甘く囁きながら優しくキスの雨を降らせていく。
その間にも鼻の頭に、柔らかな頬に、震える喉元に……そうしながらも貴方の服を一枚一枚剥いでいく。恭しく、宝物をそっと扱うかのように。

「……」
「あぁ、すまない。心配をかけてしまったか。
初めてなのでね。こういうものなのかと、記録していたところだ。
問題はない。自身の安全を図ろうとする行為は、この遊戯の最重要課題だろう？ならばこの反応は当然のものだと、推測する。
これでも防衛部の端くれだ。異常事態が起きた際に民衆が攻撃的になる事は、知識として学んでいる。

それでも俺のやる事は変わらない。
やるべき事、語るべき事、授けられた役を全うするだけだ。俺が死んでも残せるものを残しておけば、役に立つものもあるだろう」

「気遣いには感謝する、『占い師』」

貴方が生命活動を一時停止させられた後。
貴方の部屋の前にいつの間にか小さなワゴンが置いてあるだろう。その上には大ぶりのクローシュが置いてある。発見するのは恐らく貴方がカウンセリングを終えてからだろうか。

クローシュを開けると中には水の入ったピッチャーに空のグラス、金平糖の入った小瓶や小さなカップに納められたゼリーが置いてある。

『お疲れ様。 ささやかだけど差し入れです。

食べられそうなら食べていいし、気分が優れないならそのまま放置してもらえれば後ほど回収しに行きます』

ワゴンの端に、機械化が進んだ今となっては珍しいかもしれない紙のメモに機械的な筆跡でメッセージが書かれていた。

「ゆっくりちびちびが一番難しいんだよな。……"上手く運ぶ"さ。運び屋だぜ？」

知人にどう介入すべきか、介入するのならばどのくらいの深度を想定すべきか、無事結論を出せたようだ。石から人までなんでも運ぶこの男は運びたい人間を見つけたようなので、あとは今後の展開次第だろう。

「色んな価値観や生き方があると思うけど、大体は個人の幸福は個人に依存するものじゃないって考えだからなー。ヌンキのどこまでも他人を優先する姿勢はかなり珍しいんじゃね？ヌンキ個人の楽しいとか嬉しいとかないのかなーって思いはする」

諸々隠す気も無いし、顔を覗き込まれたら覗き込まれたで別に気にしない。ただいたずらっぽく笑うだけだ。

「エッチなのは俺だけじゃねえしー。人間多かれ少なかれそうだろ？あ、もしかしてエッチなこと期待した？なーんて」

従順になされるがままキスを享受していたが、服に手がかかると慌ててあなたの手を掴み止めようとする。

「あ、あ、だめだ。そこからさきは……」

掴む手の力は弱く、容易く剥がすことができるだろう。

「わ、わたしのからだ、できそこないだから。せ……せいしょくこういはできない……から！」

呂律の回らない口で必死にあなたを止めようとし

「お……おなかのおくが、へんなかんじする、し……」

未知の感覚に疼く腹をかばうように横を向いた。

「どうして？」

手を止める。無理に剥がそうとはしない。

「生殖行為をする訳じゃない。ただ、シトゥラ様の怖いものを全部食べてあげるだけ。悪いものから少しの間遠ざけるためにコレをしているんだ」

横を向いた貴方に覆い被さり、貴方の耳朶へと唇を持っていく。

「出来損ないだなんて関係ないよ。他ならない君自身が言ったよね、"受け入れてほしい"って。
俺はどんな君でも受け入れるよ。弱さを見せる君も、どんな体の君も」

強請るように、懇願するように、甘く……甘く囁く。
剥ぎ取ろうとするのは衣服だけじゃない。
貴方の心の壁そのものもだ。
貴方だけの獣は貴方を喰らうために酷く優しい声音で唆す。

「お腹の奥が変な感じするのはね、それは"きもちいい"って事なんだ。悪い事じゃないんだよ」

「…………それは重畳」

貴方の回答に、にぃと唇の端がつり上がる。
それはどこか、悪巧みをする悪友のような気さくさを滲ませて。

「俺個人の楽しいや嬉しい？
…………。………………。…………ちょっと今すぐにはパッと答えられないな……。皆が楽しそうや嬉しそうにしているところを見れば俺も同じ気持ちになるのだけど……」

たっぷりと時間をとって考えるも、はっきりとした答えは出なかった。
誤魔化すように笑いつつ、覗き込んだ貴方の額をぺち、と戯れるように叩いてみせた。

「まあ確かに君の言う通り三大欲求にあるもんね、性欲。エッチなのは仕方ないか。
でもざんねーん。俺はエッチとか別に期待してないよ。人に求められたらする、それだけさ。
……そもそもバーナード殿、仮令俺が期待してると言ったとしても相手にできるのかい？両性具有なんて未知の相手に」

貴方の返答を耳にした使用人は、瞳の奥を鋭く輝かせて唇の端をもちあげる。

「流石防衛部、と言うべきか。成る程恐れ入る。
君のその強さはゲームとは関係なしに尊敬するよ」

逞しい肩をとんと軽く叩き、使用人は踊るような軽やかな足取りで距離を取る。

「君の立場には同情してしまったが、君にそれは不必要なのかもね。すまなかった。
……であれば、互いに頑張ろうじゃないか。競い合う仲ではあるけど……ね。

それじゃあまたね、『占い師』さん」

挑発的な笑みを浮かべ、使用人は離れていくだろう。
貴方と言う人はこのような状況に決して折れはしない、そう確信して。

きもちいい、わるいことじゃない
あなたの言葉がグルグルと脳をかき混ぜる。

微かに残っている冷静な部分がストップをかけている。
でもわるいことじゃないなら……。

「あ……あのね……」

ちらりとあなたを見る。

「あ……あかちゃん、ほしいんだ……。だから……、あのね？」

消え去りそうなかすかな声で



呟いた。

消え入りそうな声を拾い上げて、頭の中で言葉を咀嚼して。
それから、愛おしむように優しげに微笑んだ。

「いいよ」

貴方の手を一度剥がし、逆に自分から掴み直す。
そのまま引っ張って貴方の手の甲へ口づけを恭しく一つ。

「それが君の願いなら。
ご主人様の仰せのままに」

そこからは早かった。
貴方の衣服を乱して、肌が覗けばキスを落とす。
時折戯れに舌を這わせてくすぐったり、かぷりと歯を立てて軽い刺激を咲かせていくだろう。

男を知らない無垢な体に、仄暗い熱を少しずつ灯していく。

自分以外の誰かが体を触る感覚に、今はまだ快楽よりもくすぐったさを覚え、時折子どものような笑い声を漏らす。

「んっ。……ふふっ、やっ……くすぐったいよぅ……」

今まで忌避していたことなのにどうしようもなく気持ちよくて。
自分でも気づいていなかった性癖が発露してしまう。

「あ、あのね。す……すきに、すきにつかって、いいから……」

冷静な部分が首を傾げる。
いつこんな願望が生まれたのかと。

「さ……さま、なんて、よばなくて……いいよ。あ……や、やりたいように、……ね？」

「やあサルガス殿、お疲れ様」

占い師の1人が貴方に連絡を取る。

「このゲームは役職持ちの発表の順序も推理材料となる。
公平性を保つために、進行役を務めている君に今日の占い結果を託そうと思うんだ。負担ばかりかけて申し訳ないね。



……以上だよ。あと、本当に申し訳ないのだけど俺は今日も夜殆ど議論に混ざれそうになくてね。その辺りについて先に謝罪しておくよ」