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【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[舌戦にも睨めっこにも敗北を喫した俺は ヒビ入りの花瓶へと視線を移して 何度目かのお断りの言葉を述べた。 がその言葉すら、まつ毛に飾られた目の光を 陰らせるには至らなくて。] ……お前さんこそ、明日には俺より もっと良い奴が見つかるかもしれないのに 眼を曇らすと見えるもんも見えねェぞ。 [好きになれ、と言われてもなれないのは 俺もよく知っている。 でもここで引いてしまって その柔らかそうな頬に口付けてしまえば 全部全部、無駄になってしまう。] …………好きとか、嫌いとかじゃねンだよ。 聞き分けろ。 [そう厳しい顔を作ってみたけど 結局、また来週になればこの子は店に来るだろう。 多分、その手にコーヒーを持って。] (3) シュレッダー 2021/05/19(Wed) 19:59:08 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介強行手段て。 [いきなり噴出した物騒ワードに うまい返しが思いつかず 俺はひくり、と口の端を震わせる。 若い言葉はよく分からなかったが ともかくデートじゃなく 友達と遊ぶらしいのだけは分かった。] クラブもスペードも無ェよ。 遊びに遅れッちまうから早く行きな。 [突き放す言葉を重ねたのに ひらひらと手を振り店を後にするお嬢さんが コーヒー持って現れる光景を瞼に描いて つい、くす、と笑みが漏れる。] (4) シュレッダー 2021/05/19(Wed) 20:02:27 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[嵐のような娘がいなくなれば 古物たちの匂いと、重ねた年月分の 濃厚な沈黙が店の中を満たすだろう。 医者になれ、とうるさい母から逃げて うるせぇ、これが俺の好きなものだ、 これが俺の人生なんだ、と始めた店を 四方八方埋め尽くさんばかりの俺の宝物たち。 分かるさ、何言われても止められやしない。 これだ、と思い込んだら どデカい壁に当たるまで突き進む。] ……ふう、 [すっかりぬるい茶を喉へと流し込むと それでも俺は次の断り文句を考える。] (5) シュレッダー 2021/05/19(Wed) 20:11:24 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[「あの店ジンジャークッキー以外に 何があったっけ」─────なんて 一瞬頭をよぎった莫迦な考えを ぺちん、と頭を小突いて振り払って。]* (6) シュレッダー 2021/05/19(Wed) 20:12:54 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[もしこのお嬢さんが もう何週間も顔を見せずに ある日店の前を、知らない男と一緒に ちらりと此方を振り向くことなく歩いていたら 清々する、なんて思わない。 別に嫌いだから拒んでるんじゃない。 少し三白眼を見開いて、 それからその背を見送ったあと ひとりそっと微笑むに止めるだろう。 良かったな、なんて 褪せた色の店で一人呟いて。 ─────結末は、それでいい。 結ばれるだけがハッピーエンドじゃねェ。] (21) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:03:12 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[もうぐうの音も出ない俺は 「すき」の言葉に舌打ちひとつ。 他に女がいる、といえば良いのか。 それとも、とてつもなく嫌われることを すればいいのか。 お嬢さんが居なくなっても俺の頭の中には 赤い口紅がにっこり弧を描いて 時々、ちゅ、とキスを投げてくる。 見上げればこちらをにやにや見下ろす 恵比寿天と目が合って 俺はカウンターに残された、 グロスの赤がほんのり残る茶碗に目を落とす。] (22) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:05:35 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[親友殿を笑えないほど 前に酷い女に引っかかった事がある。 曰く俺と手前は前世で王子と魔女、 禁じられた恋人同士で、 来世で必ず結ばれると願って身投げをし 嗚呼今こそその念願の叶う時、とか。 なんじゃそれはと一笑に伏したら怒髪天、 店の中で包丁振り回した大立ち回りときた。 そんな手合いと比べれば、毎週店に押しかけて 茶を嗜んでいくことの、なんと可愛いこと。 けれど、彼女の求める方に 足を踏み出しては、いけない。 踏み出した足はきっと彼女の未来を汚す。] (23) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:09:56 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[ぼう、と考えながら一週間が過ぎようという時 俺はまた親友殿の店に顔を出していた。 コマドリの描かれたアンティークのティーカップは 店主のお眼鏡に叶ったらしく カウンターでうきうきと磨いている。 俺はそれを眺めながら、いい断り文句を 絞り出そうと渋面を作っていただろう。] 「……ねえ、顔ひどいよ。」 [視線はカップに向けたまま 店主はたしなめるような声を出した。 店主は例の人とは順調なのか その顔には曇りはない。 それすら妙に腹立たしくて カウンターに腰掛けたまま、ぷい、と横をむく。 レジ横にある小さなショーケースには 紅茶セットにつく小さなおやつシリーズが 小分けに袋詰めにされている。] (24) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:11:30 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[ジンジャークッキーだけじゃなく 犬の形に抜かれたペッパーチーズクッキーや 全身真っ黒なチョコマフィン、 アールグレイマカロン、なんてのもある。 あの子は何が好きだろう。 ─────いやいや、選んでどうする。 ショーケースから視線を移すと 信じられないものを見た、と目を丸めた 店主とぱっちり目が合う。] 「甘いの嫌いじゃなかったっけ?」 [それとも……?なんて意趣返しの詮索に ぎろりと睨み返して。 店主はくすくす笑うと、ショーケースの中から デコレーションされたカップケーキを掴んで そっと俺の方に押しやった。] (25) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:12:14 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介「女の子の好きそうな、映え、ってやつ。」 [気に入ったならデートしに来なよ、と。 こいつも大概お節介だ。] (26) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:12:38 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[そして、カップケーキをもらったその日に また店頭に花が咲く。 ふわ、と薫るコーヒーの香りに 先週の言葉を思い出して、つい頬が緩んだ。] 人の言うこと聞かねェくせに 律儀なもんだね、まったく。 [そう笑いながらも、小花を散らした皿に ちょん、とふたつ、カップケーキを添えようか。 ひとつは薄い紫色のバタークリームに カラフルなマーブルチョコが乗っていて もうひとつは今日に上のバタークリームに にょん、とうさぎの耳を突き立てたもの。 これを見たら笑いやしないか、気が気じゃなくて 俺はまだお嬢さんの企みに気付かない。 す、とチケットが差し出されたなら 目を丸くして─────] (27) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:12:59 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介こういうの、興味あったんか。 [隣町の美術館で開催されている 『香水瓶の歴史』というタイトルと お嬢さんの顔を見比べて、問う。 正直に言うと美術館巡りは好きだ。 この仕事をする前から、ずっと。 でもお嬢さんが興味もないなら このチケットを持ってきた理由は明白。 受け取らない方がきっと懸命だろう。 いや、でも、 イキタイ……ッ! お嬢さんの目の前で、ゆらゆら。 唇を噛み締めながら迷う。]* (28) シュレッダー 2021/05/20(Thu) 19:14:16 |
【独】 『伽藍堂』 江戸川 颯介/* なんか人魚姫みたいだ……綺麗なシーグラスみたいにぽつぽつ、ログの波に洗われている感じが……ををん…… (-7) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 21:17:03 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[カップケーキは、俺の想定していたよりも 大きな反応を齎した。 年頃の女の子がはしゃぐ様を こんな目の前で見た事がなくて 俺はつい、くしゃり、と顔を歪めてしまうんだ。 だから、きっと連写の中の俺は 6割くらいは笑っている─────かも。] ……お嬢さん相手に気張ったりしねェや。 [残りの4割の困り顔のまま捨て台詞。 この子相手に舌戦を挑むのは負け戦。 悪い男に捕まりかけてる時の 「彼氏なう」には構わないけれど この子の待受はそういうんじゃないだろう。] (43) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:30:01 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介それは、 [好きだと思ったのはカップケーキか、それとも。 聞き返せない俺は語尾を濁して 「そうかい」と小さく呟いた。 気に入ったんなら、行かないか。 知り合いのやってる店でな…… なんて、繋げてしまえば きっともっと喜ぶ顔が見れるんじゃないか。 分かっていても、踏み込めない。 踏み込んじゃならない。] (44) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:31:09 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[古いものの匂いを払うように ふわ、と焼き菓子とコーヒーの香りが 二人の空気を満たしていく。 そんな中のお誘い。 やっぱりそういうことか、と 渋面を作れば、チケットの隙間から 心の迷いを見透かしたように お嬢さんはちょんと口をとがらせる。 問い掛けには、YesともNoとも返せない。 む、と口を噛んだまま言葉を探しに心の底へ。 何故こんな態度を取るのか 言うべきか、否か。 俺が迷ううち、ぱさり、とデートのチケットは カウンターの上に散った。] (45) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:31:38 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介─────おい。 [困った顔のまま、コーヒーへ口付けた お嬢さんを向いて、唸る。 あげるッつったって、 そんなの、受け取れるはずがない。 どんなに欲しいものであったって ここでお嬢さんからチケット巻き上げて 一体何が楽しいっていうんだ。 違う違う。そんな顔して欲しいんじゃない。 俺は─────] …………お客さんでいてやるッて、 ひとつも買ったことねェじゃねェか。 [ひどくいがらっぽい声で絞り出して 俺はコーヒーを一口飲んだ。 笑おうとして、唇が動かない。] (46) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:32:35 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[コンマ一つ分の沈黙の後 俺は小皿の花を見つめながら切り出した。] ─────姉が、いてな。 5個上の。 [緩く巻いた茶髪の似合う明るい人。 瞼に浮かぶ彼女の顔は笑っているか、 それともどんよりと曇っているか。] 俺が大学に上がったその年、 突然腹に子どもをこさえて仕事を辞めた。 相手は職場の上司で、妻子もいてンのに。 [カウンターを無意味に掻いていた指先から まっすぐ、お嬢さんへと視線を向ける。] (47) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:33:40 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介それでも「愛してるって言われた」からって 一途にトンズラこきやがった男を待ってたけど 愛した男は知らぬ存ぜぬを貫いて 姉ンとこにゃ、男の奥さんからの 慰謝料請求しか来なかったよ。 ……まァ、後はお察し、ってやつ。 [愛を信じ続けた姉を中心に、 ボロボロと家が崩れていった。 あんなのは、もう二度とごめんだ。] (48) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:48:10 |
【雲】 『伽藍堂』 江戸川 颯介本当にその「好き」は、言って後悔しないかい。 俺は、君の人生を明るく照らせるかい。 ─────俺にはとンと、自信がねェ。 (D0) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:49:37 |
【人】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[つ、とチケットの1枚を 仏頂面のままお嬢さんの手元に突き返す。] 俺が2枚持ってたって 俺が2回行く他ねェや。 [もう1枚を唇にかざしたまま 受け取ってもらえるのを待つ。]* (49) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:56:01 |
【雲】 『伽藍堂』 江戸川 颯介[それでも、そうじゃない、と言われたならば 俺はまた渋面を作って考えてしまうだろう。 あんたの事を嫌いじゃない。 あんたが来てくれるのは楽しみで でも、そんなあんたの未来を穢してしまうかも しれない自分自身が怖いのだ、と。 それをどう説明したものか 俺はまたじっと考え込んでしまう。]* (D1) シュレッダー 2021/05/21(Fri) 22:59:43 |
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