124 【身内P村】二十四節気の灯守り【R15RP村】
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[ 先代処暑は、親しかった者になら時折、“カナ”の事を話していた……らしい。
その存在が今の“私”と繋がれば、もしかしたら、私個人の名を知る灯守りがいる、かもしれない。
――尤も、その名を呼ばれたら、私はひどく苦々しい顔をするだろうけど。** ]
― 先代のお話 ―
[先代雨水は先代処暑からブドウを差し入れされた。
雨水の先代もまだ真反対の相手がどんなか、と興味をもち、相手も同じと知ればよし、じゃあまずはダチにでもなるか? なんてフランクに接していたそうだ。
交流が深い彼の領域には何度も遊びにいったし
農作物について互いに意見を交わしあう事もあった。
仲が良かった。
良かったからこそ……殺されたという話や訃報は信じられないものだった。]
「バカヤロウ」
[墓前にそう告げて、一人泣いた先代雨水の姿を見た事がある人がいたかどうか。
いたとしたら彼はこう言っただろう。
「局地的に通り雨が降っただけだ」なんて。
貰ったブドウで作ったワインを添える。あっちでゆっくりのんでくれ、と呟きながら。
やっと自慢できる味に仕上げてやったのに。
そんな独り言は風に流れた。]
[先代雨水は知っていた。
先代処暑が話していた存在を。
その存在が次の灯守りになったと知った時もまた驚いた。そうして、軽率に絡みにいった。
せめて、少しでも見守ってやれるように。
ブドウの時期になると仕入れさせてくれよ、と声をよくかけた。相応に構った。それこそ窓際に一人いたら突撃していく程度には。
次代の彼らが仲良くなれるかは当人たちに任せる放任主義だ。
彼はそれでも、仲良くなってくれたらなぁ。
なんて現灯守りたちを父親のような目線で思いつつ、願うのだった。]
[さて、ここで視点は先代になる。
村雨は小満の事が気に入っていた。
というか気にいってないやつはがいた覚えは彼にないのだが。
まだ相手が若いと言える頃合いを共に過ごした仲。
そりゃあまぁ青かった彼は可愛いものだったと思いだしては未だに笑みを浮かべる。 遅かりし反抗期をまさか自分にぶつけて貰えるとはな。と内心でニヤニヤしていたものだった。
それは彼の中じゃ笑い話という扱い。
相手の名誉のために自分からは誰にも、勿論現在の雨水にも話してない。
これから関わる相手に先入観はないに越したことはない。ただあいつの料理はおいしいぞー、なんて吹き込んだ程度だ。
感謝してくれていいんだぜ? なんて内心で思っているのは秘密の話である。]**
[パパとお姉ちゃんと自分との少し複雑な関係を、
幼い頃の私は当然ながらまったく理解していなかった。
パパの独特のセンスで買い揃えられたおもちゃに囲まれた
ちいさな家の中が世界のすべて。
『灯りはとてもたいせつなもの』という
親から子へと誰もがみんな
口を酸っぱくして教え込まれる事柄以外、
私は何も知らず、知らされず、
芒種域に住まう他のごく普通の人々と同じように
もしかするとそれ以上に恵まれて、
何の不自由もなく健やかにすくすくと育った。
自分の暮らしている芒種域のこと。
統治域を守る『灯守り』のこと。
先代芒種様が大叔父さんであること、
親族一同が灯守りの役目に固執してきたこと。
大好きなパパがお姉ちゃんを置いて血筋から逃げたことも、
そうしてママと愛し合って生まれたのが私だということも。
蘭花様──師匠に弟子入りして
初めて知ったことは数知れず、
きっと未だに知らないことが、私にはたくさんある。]
[大好きなママに抱かれて、大好きなパパの顔を見て
優しいお姉ちゃんも傍に居て。
安心してうとうとと夢路に旅立とうとしていた赤子は
いつもとちがう『空気』を感じ取ってぴくりと目を開けた。
パパとお姉ちゃんがよくわからない話をしている。
いつもは優しいママが黙り込んでこわい顔をしている。
パパの後ろに誰か、しらないひとがいる。その人は、
ママがいつも確かめるように眺めていた娘の腕輪──
──私の『灯り入れ』を一瞥して、
なんだか胸がざわつくような笑い方をした。
その人と一緒に背を向けて遠ざかっていくお姉ちゃんが
どこか途方もなく遠いところに行ってしまう気がして。
まだ名前を呼ぶことも、走って足に縋りつくことも出来ず
お乳を飲むか眠るか泣くかしか出来なかった妹は、
そのしらないひとを直感的に『わるいひと』と判断した。
お姉ちゃん、『いかないで』。
お姉ちゃんを『つれていかないで』。
まるでそう全身で訴えるように、堰を切ったように
母親の腕から転げ落ちそうな勢いで泣き叫んだ。
誰にも伝わらなくても、何の意味も成さなかったとしても
何もわからないなりに何かしたかったんだろう。]
[誰かに連れられて出て行ったお姉ちゃんが
再び家の扉をくぐった日。
赤子は目に見えてご機嫌な様子を見せたが
またどこかに行ってしまうことを怖れてか、
どこに行くにもべったりで
お姉ちゃんから離れようとしなかったらしい。
以降もお姉ちゃんが家を出ようとする度に不安がって、
言葉を覚えだせば声に出して我儘も言うようになった。
隙あらば繋ごうと手を伸ばしていたのは
手を繋いでいれば安心していられたからだ。
あまりお姉ちゃんを困らせては駄目よ、と
ママに窘められてもなかなか言うことは聞かなかった。
お姉ちゃんは妹の"おねがい"を、
余程のことがない限り大抵は
なんだって望むままに叶えてくれたから。]
[それまでパパの感性で選ばれた
玩具やぶかぶかの服しか知らなかった妹にとって、
お姉ちゃんがくれるものはどれもが輝いて見えた。
お人形、ぬいぐるみ、絵本、おもちゃ。
ぴったり身体を包んでくれる着心地のいいお洋服。
幼い頃から今日にまで至る
自他ともに認める可愛いもの好きの趣味嗜好、感性は
お姉ちゃんの手腕によって形成されたと言っても過言じゃない。
ただ、お姉ちゃんのくれたおもちゃをすっかり気に入って
そのおもちゃでばかり遊ぶようになった娘を見て
しょんぼりしている人が一人いた。パパだ。
幼いながらにちょっぴり父親に罪悪感を覚えた娘は
パパのくれたぬいぐるみたちも大切に愛でて、
時々はパパの選んでくれたおもちゃで遊んだ。]
うんっ!
ままはおりょーりじょーず!
まちゅり、ままのつくゆはんばーぐが
だいしゅきなんだぁ。
おいち? ねえね、おいち??
きょうのは『じしんさく』なの! えへん!!
い〜っぱいたびてね!
[目をきらきら輝かせながら何度も何度も飽きずに繰り返し
同じ素材から錬成された『おりょーり』を
提供する小さなシェフ。
お姉ちゃんはよく飽きずに付き合ってくれたなって思う。
もっとお姉ちゃんが喜ぶごはんを、
泥と草でできた食べられないごはんじゃなく
本当に食べられるごはんを作れるようになりたくて
積極的にママのお手伝いをするようになった。]
[お姉ちゃんが持ってきてくれた絵本の読み聞かせをせがむと
お姉ちゃんが特に嬉しそうな顔をする気がして、嬉しかった。
物語をすっかり憶えてしまっても、
この絵本がお気に入りなのだと繰り返し繰り返し
同じ本を選び取ってはお姉ちゃんの手を引いた。
大好きな声をもっとずっと聴いていたいのに
重くなってしまった瞼を閉じるときには、
腕をがっちりとホールドして眠るのがお決まりだった。
眠っている間にお姉ちゃんが
手の届かないどこかへ行ってしまわないように。]
ねえね、あのね。こえ、もらってくれゆ……?
ねえねのにがおえ。
まちゅりがかいたんだよ。
ねえね、だ〜〜〜いしゅき!!
いちゅもまちゅりと
あしょんでくえてあいがとお!
[ある日のこと。
いつも遊んでくれて素敵なものをプレゼントしてくれる
お姉ちゃんに、自分も何かを贈りたい。
そうママに相談して
『絵を描いてみたらどうかしら?』と言われたのを
素直に聞き入れた娘は、大きな画用紙に
自分と手を繋ぐお姉ちゃんの絵(のつもり)を
一生懸命クレヨンで描いて
押し付けるようにプレゼントした。
お姉ちゃんが喜んでくれることを期待して
期待どおりの反応に味を占めた妹は、
その後もせっせといろんな絵を描いては贈った。]
[ずっとこんな楽しい日々が
続いたら良いなと思っていたし、その頃には
お姉ちゃんはずっと傍に居てくれるものと信じきっていて
連れて行こうとしたこわいひとのことも
綺麗さっぱり忘れていた。
私の知らないところで私を取り込もうとする
怖ろしい大人たちの思惑と、
お姉ちゃんがひそかに闘っていたことは
呑気にも欠片も知らないままで。]*
―昔のこと―
[先代立秋を覚えている灯守りはもう少ないことだろう。
彼が灯守りに就いていたのは、かなり昔の話だ。
のんびりで穏やかで子供好き。
領域内にすら子供らを入れて自由に遊ばせていたという。
子供たちは「なんか楽しく遊んでくれる兄ちゃん」と立秋のことを認識していた。
縁という名の子供もその一人。
もっとも、その子は男の子で、女の子に多かったその名前をお気に召さず、「僕の名前はカリーユだ!」と、本名をもじったあだ名で呼ばせていた。今なら気にすることでもないが、幼子は名をからかわれるのが嫌なもの。]
『カリーユ、私と来てくれませんか』
[恐らく先代立秋は、雁湯とかそんな名前だとでも本気で思っていたのではないだろうか。懐かしいあだ名で呼ばれた十代半ばの少年はキョトンとしていた。]
『……えっと、畑の水撒きが終わったらね。』
[農作業中にスカウトされた灯守りは他にいないのではなかろうか。そして本当に農作業が終わるまで待っていた先代灯守りも他にいないのではないだろうか。
蛍でも何でもなく、少年は一般人だった。先代は自分の領域に遊びに来ていた子供たちの中から選んだようだった。その中で少年が選ばれた理由はよくわからない。髪は立秋域では特に珍しくない色だし、能力を持っていたわけでもない。『迫風』は灯守りになってから得た物だ。
『強いていうなら、相性ですかねー』等と先代は語っており、理由は彼の心の内だ。]
[蛍たちを差し置いて自分が次の灯守りで良かったのか。
当時の蛍たちの話によると。]
『私はサポート業の方が向いておりますので』
『結構大変な仕事なので。灯守りなんてもっと大変なので嫌です。いい機会なんで引退します』
『ふふ、私は立秋様についていきたいのですよ』
[そう言って笑った初老の蛍に、少年はそんなもんなのかーと思った。こうして特に問題なく、引き継ぎは行われた。なお、先代立秋は他の灯守りに『新しい立秋のカリーユです』と本名と勘違いして紹介していたし、少年本人も仮名を名乗った方がいいのかな?と考えていたのでしばらく訂正されずに。
まあ、懐かしさもあり、「立秋の兄ちゃん」が優しい声で呼んでくれたあだ名を気に入っていたから問題はなかったけど。**]
ーー先代の記録ーー
「いやだなぁ、父上、母上。
僕が可愛い妹を害すると本気でお考えで?」
[旅に出る5年前。
普段は領域で暮らして
遊んで
仕事をしている己は、珍しく篠花本家へやってきていた。
理由はそれほど難しくない。“両親”へ許可を取りに来たのだ。]
「確かに眞澄はとても可愛いし、いい子だし、
どこぞの馬の骨にやるものか、とは思いますが。
だからと言って手籠めにしようだなんて、流石に。」
[いつもの巫山戯た調子で答えるも、どうやら二人には冗談が伝わらないらしい。
心の余裕がないってのは嫌だね。]
「兎も角。眞澄は今後、
僕の家に蛍として住まわせますから。
蛍に付かせた方が仕事を覚えやすい、
というのは納得していただけたのでしょう?
なら、問題はありませんよね?」
[いつも通りの笑顔を浮かべ、尋ねる形を取って入るが、本来2人には拒否権はない。
わざわざ許可を取りにきたのは、とりあえず筋は通しておこうと思っただけで。
あと、取らなかったら眞澄が帰ると言いかねないから。]
「それじゃ、預かりますんで。
認識だけしておいてください。」
[僕はそう言って一方的に話を切ると、荷物を持って家を出た。
ーー結局、出された
毒
には手を付けないまま。]
「は〜い! 眞澄ちゃんに報告がありまーす!
今日から本格的に仕事を教えるため、
蛍になってもらいまーす!
号は末候の橘始黄ね♡」
[領域に着いた僕は扉を勢い良く開きながら、そんなことを言い出したからだろうか。
優秀な蛍と妹は「いきなり何いってんだこいつ」って顔をした。お兄ちゃん、ちょっとかなしい。]
「ほらー、今までもちょっとずつ仕事を教えてたけど、
眞澄も15になったしさぁ?
そろそろ本格的に教えておこうかなぁって!
それには弟子より蛍の方が色々権限あるし、見栄えもあるからさ!
肩書があれば小娘って侮られることもなくて楽かなって!」
[本家分家の老害共が何言ってくるかわからないし。
こうしておけば、ひとまず僕の名代として立場は成り立つ。]
「父上母上にはすでに了承を取ってありまーす☆
あ、風見家には何も行ってないけど、許可くれるよね?
君、当主だったもんね? 朔風払葉くん?」
[風見家の蛍に尋ねている形だが、やはりこちらも答えは聞いていない。否と言っても押し通す気だった。
まあ多分信頼するこの蛍は断らないとは思うけど。
妹には、事後報告じゃなくて事前に言って。って怒られちゃった。てへ。
それでも諦めた顔で了承する辺り、また突拍子もない僕の思いつきだと思ってくれたかな?]
「君の着替え等々は全てここにあります♡
安心して、家の使用人に用意させたから。
僕は断じて君の部屋に入ってません。誓います。」
[目鯨を立てそうになる様子に慌てて付け加えて、君の部屋はあそこねー。片付けておいでー。と執務室から追い出した。
とりあえず、これで黒い思惑からは少し外れたところに置いておけるだろうか。
あの子にこういうことは向いていない。]
「さて、どうしようかねぇ。
……どうするのがいいと思う? 朔風払葉くん。」
[なんて言いながら、渡された資料に目を通していく。
いくつかプランは考えているが、このままだと僕が旅に出るのが一番簡単だろうか。
適当に仕事を片付けていると、この間亡くなった分家の当主の話を蛍に振られたか。]
「ん? ああ、
小椿家の当主が病死した件?
それは本家当主として弔辞を書くからさ。
後で見舞金と一緒に持っていってくれなーい?」
[しれっとお使いを頼んでいるが、仕事丸投げすることに比べれば可愛いものだろう。
了承の返事はすぐに取れた。その間も仕事を片付けていく。]
「しかしまあ、大それたことするよねぇ。
次期小雪を毒殺しようと計画するなんて。
そんなことを考えるから、きっと罰が当たったんだろうね。」
[片付けるものが多くて大変だ。*]
[ お母さんがぼくから目を反らしたように
ぼくもお母さんから目を反らした。 ]
― ぼくのお話5 ―
[先代雨水は人を頼るのが上手い人だった。
ぼくにもそれを引き継がせてくれた。
可愛がられるように。大事にされるように。
手助けをして貰えるように。
そうやって周りと繋がりを得て行って
引きこもりを少しずつ脱していって。
事務の仕事を覚えていく内にぼくは先代に質問をした。]
ねぇ、次の雨水をぼくにするのならさ
ぼくを蛍にしないの?
[その時の、先代の固まった表情は今でも覚えている。]
「……それは、わかっているんだがな」
[頭をかく姿。何かがあるのはわかった。
でも、聞けなかった。]
雨水様がそれでいいならいい。
[それだけ言い切って、なせばなる精神を発動した。
先代は気まずそうにする。]
「あー……灯守りってまぁ結構立場あるっつーか。
大変な側面もぶっちゃけある。
あと人の灯りを扱うのが主な仕事だ。
他の仕事は人に任せていい。けどそれだけはやるしかない。
花雨、お前俺の後継ぐ気……あるのか?
」
[その言葉に暫し沈黙が流れた。]
──────
[呆れすぎてとっさに言葉が出なかっただけだ。]
ぼくは、雨水さまに引き取られてから今までずっと
勉強してきて、側で見てきて
なりたい、と思うようになっていった。
大変な事でもやるよ。
雨水さまは……ぼくにとっては
恩人で、すごい人で踏み出す一歩をくれて、勇気をくれて
……お父さんみたいな存在になっているんだよ。
ぼくはね、雨水さまみたくなりたい。
だから
雨水になるよ。
[そう言ったら、先代はまた固まって、俯いて
それからぼくを抱きしめた。
泣いていた理由をぼくは、知らない。
ぼくたちの間には言葉にしていないことがある。
先代がどうして蛍を持ちたがならいのか。それにぼくのお母さんのこと。
ぼくはお母さんに必要最低限の衣食住以外は放置され
最終的にはいないもののように扱われた。
だから
お別れの時も、お母さんってこんな顔だったっけ、と思ったくらいだった。
彼と住んでいる間、ぼくはお母さんのその後をきかなかった。相手も何もいわなかった。
許せないのかどうか自分でもわからない。
ただ、今なら少し余裕をもってお母さんのことを考えることは出来る。
今頃一人になっているのかな。
今頃、どうしているのかな。
……今でも、ぼくの事が怖いかな。
それが怖くて、聞けないまま。]**
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