167 【R18G】海辺のフチラータ【身内】
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「内も外も関係ねえ」
「おっさんの仇は片っ端から潰してやる」
俯く視界に、磨かれた革靴のつま先が映る。
こうしたところからつい、相手を値踏みしてしまうのは仕事柄のこと。
けれど、降り落ちる声には覚えがあるから、そんなものは意味のないことだった。
視線を上げる。
金色の髪の隙間から。翠の目があなたを見る。
そのやわらかな笑みのようにはいかず――それでも少年は、すこしだけ口角を上げた。笑ったのだ。
「……迷子じゃない」
「祭りとか言ったっけ、……こういう感じに慣れないだけ」
「あんたこそまたおれみたいなのに構って、ほんと、物好きだな」
廃倉庫に、硬く無機質な音が響く。
メンテナンスの為に分解された拳銃が、
汚れを除去され、注油を受け、また組み立てられていく音。
元は実に正義感溢れる巡査の相棒だったもの。
それが今となっては無造作に人間を手に掛ける輩の元にある。
何とも哀れなものだ。
「───全ては都合の良い幻聴だ」
カシャン。
最後にマガジンがセットされて、それきり静かになった。
| >>26 アベラルド 【チョコラータ:オルサキオット】 品のいい扉が開いて来客を告げる。その刹那、わっと外の熱気が涼し気な店内に舞い込んできた。祭りの賑わいは増すばかりだ。それでもそんな浮かれた空気は扉が閉まると共に再び閉め出されて、コンセプト通りの雰囲気が場を支配する。 外気とともに堂々踏み込んできた男は、カウンターに向かって軽く片手をあげた。にこやかな笑みを添えて。 親しげな挨拶に見えるその仕草は、その実特定の誰かに向けられたものでもない。 いや、会いに来た相手は当然いるにはいるのだが────初めからその気を出してはまずい。だから男は、いつもその相手を曖昧にする。 男はこの店の常連である。繊細なディティールや上品な味わいを好んでいるらしかった。 当然、そんな真っ当な理由だけで足繁く通っているわけではないのだが──── 「やあ。こんにちは」 店内には数人の従業員がいるのに、迷わず声をかける相手は決まっている。接客用の制服に髪も合わせて整えた君を真っ直ぐ見て、大股に歩み寄った。 「今日も賑やかだね。どうだろう、残ってるかな、 いつものは」 (30) 2022/08/13(Sat) 1:21:48 |
見上げる視線には目を細めて返す。それから隣に並んだ。立ち去る気はないらしい。
「そう? それならよかった」
「マンマとはぐれた仔猫のような顔をしているんだもの。余計なお世話だったかな?」
覗き込むように首を傾げてまたはにかむ。いつもの様子だった。この男はいつだって君に対して、子どもにするように接する。
実際子どもではあるのだけど、年相応より幼い対応に思える────君がどう受けとっているかは定かではないが。
「うん。確かに賑やかだ。逆に裏通りは静かなものだよ、みんな出払ってしまって」
「君はどうしたの。散歩? お使い? 仕事かな。それとも遊びに?」
「遊びに来たならやっぱり一人はいただけないな。保護者が必要だろう? 付き合うよ、どこに行きたい?」
元よりおしゃべりなこの男は、君といる時一層饒舌になる。強引というか、お節介というのも正しいかもしれない。とにかく気にかけている、世話を焼きたい。そんな様子が伺えるはずだ。……やっぱり、当人である君がどう受けとっているかは分からないけれど。
アソシエーテの女に拾われただけの子どもである君は、組織の末端も末端だ。ファミリーの人間が多く集まる場に顔を出すことなんてないだろう。この男がほかの人間にどう接するかなんて、きっと知らない。
いつも通りの子供扱いだ。少年はひとつ息をつく。
けれどこちらも、背を向けるようなことはない。
「……いい、声がかかるのはありがたいことだし」
他にいくらでもいる中で自分がこう構われるのは、やはりよくわからないけれど。
あなたはそういう人物なのだろうと少年は思っている。
他にいくらでもいるのだから、自分が特別だとは到底思えない。
「今は散歩。仕事したってべつにいいけど」
「……どこ行きたいとか、何したいとか。
それもよくわからない」
「こういうの、……初めて見た、から」
流れる人波へ視線を向ける。
誰も彼も、何がそんなに楽しいのだろう。
少年は、祭りも知らないようだった。
君とは頭一つ程度慎重に差があるから、ただ立っていては表情が伺いにくい。普通に並ぶとつむじばかりが見えるのもあって、実際はそんなことないのだろうけど、少しいじけたように映る。
「そう。そうか」
ふむ、と指の腹が顎を撫ぜる。
通りの右から左へと視線を移す。人の流れやら年齢層、手に持った何がしかを眺めて。
「甘いものは好き?」
「少し歩いたところに美味しそうなジェラートの屋台が出ていてね。気になってたんだ」
「君と行ければ嬉しいんだけどな」
少年にはきっと欠落があって、けれど、最初からないものを『ない』と気付くことは難しい。
だから、年相応の楽しみをよく知らないままここまで来てしまった。
少年はついと視線を上げ、あなたを見た。
ああ、気を遣わせた。それはわかる。
それでも、どういう顔をすればいいのかわからない。
あなたが何か買い与えようとするときも、これは決まって同じ顔をする。
媚と身体を売るのなら、甘えればいいものを。
「……ん」
「あんまり食べないけど、嫌いじゃない」
「いいよ、行こう」
どうしたって、口が巧くないのだ。
少し足りない様子の君を見る度に、男は君を愛しく思う。未熟であることは成長途上であることとよく似ている。それはまた幼さと同義で、守ってやりたく思うのだ。
同時に少し哀しくもある。無邪気に無防備に育つことの出来なかった君の過去を思って、男は君の髪を柔らかく撫でるだろう。
「お腹もすく頃だしね。串焼きの屋台も出てたよ」
「僕、あんまり食べたことないんだよね。肉は好きかい」
先導するようにゆっくりと歩き出す。大股の歩みはそのまま、速度を落としてはぐれないように。
| >>48 アベラルド 【チョコラータ:オルサキオット】 品のいい店内BGM、客を迎える従業員の華やかな笑顔、食品を扱う店特有の清潔な空気。それから常連にのみ許された いつものという無責任で信頼ある注文と、それをうけて整然と提供される小さく愛らしい菓子。 「そうそう、ジャンドゥヤにオルセット・マンディヤン。……うん、いつもありがとう」 「へえ? じゃあ、それも包んでくれるかい。それから今日はもう一つ、贈呈用に何か買っていきたいんだ。若い男の子でね、甘いものは苦手みたいなんだけど……」 君の説明を頷きながら聞く。落ち着いた時間が場を支配して流れる。 ファミリーとは何の関係もないこの店を、男は単純に気に入っていた。君に会う名目として最低限の買い物をして行くわけではなく、こうして人に贈るプレゼントを買いに来たり、新作を試すこともよくある。 妙に勘繰られないためにも一般の店には出入りしないのが良い、なんて考え方もあるけれど、君が諌めないということは大丈夫ってことだろう。 (76) 2022/08/14(Sun) 19:04:15 |
「ああ――そっか、そういう時間か」
少年はあまり、食事に頓着しない。
というより、ほとんどの物事への執着が希薄だった。
毎日の食事がある、ということに、まだ慣れ切っていない。
「確かにあんたは物を食べ歩くようなヒトじゃないよな」
「今はだれも彼も何かしら持って歩いててさ、だからまあ、その方が自然なんじゃない」
その高価そうな外套に、スーツに、汚れがついては大変だ。
などと思うことこそ、価値観の差異なのかもしれないけれど。
時間帯もあるのだろう。道行く人々の多くは、あなたの言ったジェラートやら串焼きやら、ものを食べているのが目立つ。
流れる人混みの中を、身長差の分、どうしても狭くなる歩幅でついて歩いて。
串焼きの屋台を見つけると、くいと袖を引いた。
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