［新たな価値を、生命を、
　誰かが与えてくれると思っていなかった。
　それは僕にとって夢のような出来事。*］
　

　
［蒼く幻想的なチャペル。
　24時間は絶対に開かぬという防火扉に
　閉じ込められた男が二人。

　一人は、優れた腕を持つ
　インセクトブリーダーで、標本作製家だ。

　彼のつくった世界に二つとない
　突然変異の稀少蝶の作品に魅入られ
　数週間前に盗み出していた
　愚かな異邦人が、もう一人。

　男は最前列に寝かされ四肢を拘束され
　金の髪を乱しながら
　その身に罪の証を刻まれていた。］
　

　
［大切にされていたその至高の品を
　盗んだことこそが罪だと認識している。
　けれど、本当の罪は────…**］
　

　
［伸ばされた手を拒むように首を振って見せれば
　虫ピンで刺された訳でもないのに
　彼の方が傷ついた顔をする。>>95

　不思議な男だ。

　いまの僕はもう、
　美しいものを所有するのに相応しくない。

　彼の目的である標本を返すと伝えたが――、
　それでは満足しないのか、質問をされた。>>98］
　

　
［喋ると傷口に響いて辛い。
　それに、彼と会うのはこれで二度目――、
　深い事情を話す間柄でもない。

　……必死に耳を傾けられる理由も
　存在し得ない筈だから、>>97
　矢張りこれは現実ではないのかも知れない。］


　　……僕が、美しくなくなった、から……


［最小限の動きでそれだけ音に換えた。
　言葉にすると事実を再認識させられて
　目の奥が熱くなり
　金の睫毛が湿り気を帯びる。］
　

　
［僕には母が全てだった。

　ただ美しく在ることだけを望まれた。

　身体に傷を負ってしまった僕は
　もう母にとって不要な人間なんだ……。

　　　　　────そんな事実を。］
　

　
［傷だけはつけないでと請うたが許されず
　価値を失い、惨めな思いにもさせられて。

　目的の品は返すと言っているのだから
　もう良いだろう。
　放っておいて欲しい。］


　　……カードキーは、……胸ポケットの、中


［自棄になっているのを自覚しながら
　震えだした唇を閉ざし目蓋を下ろした。

　醜くなった自分自身の姿も、
　己をそうした男の姿も、
　どちらも視界に入れていたくはない――と。**］