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人狼物語 三日月国


185 【半突発R-18】La Costa in inverno【飛び入り募集】

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視点:人

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【人】 人造生物 ユスターシュ

――回想/此処に来るまで――

[生まれたときの最初の記憶は、冷たい石の床の上。
床の上の僕を取り囲むように描かれた赤い模様と、薄暗い蝋燭の灯。

そして、赤い模様の向こう側に見える背の高い男の人の姿。
その姿を一目見たときに思った。
ああ、このひとが、僕の主様なのだと。

あるじさま、と。
不安定な身体を蠢かせながらそう呼ぼうとしたとき。]


「―――…失敗作、か」


[彼の口から吐き捨てられたのは、
思わず身を竦ませるような、そんな冷たい声だった。

その声につられて視線を上げたとき、幾つかの目が
彼の二つの双眸と合ったように思う。

…あのとき、僕を見た主様は、
いったいどんな気持ちだったのだろう。

己の命を、己の魂を、己の人生の全てを賭して
産み出したはずの存在が、己の望みから遠くかけ離れた、
何一つ『美』など持たない存在だと知ったとき。

きっと、僕は主様を心底絶望させてしまったのだと思う。]
(22) 2022/11/28(Mon) 23:46:46

【人】 人造生物 ユスターシュ

[冷たい眼差しのまま、此方に背を向けて此の場を去ろうとする彼を追いかけようとしたところで。
部屋の外…否、建物の外から罵声と怒号が響いた。
同時に、遠くから響く大きな衝撃音。

何が起こっているのかわからないまま、部屋の外へ駆け出す主様を追いかけようとしたけれど、上手く動けなくて。
物陰に隠れながら、建物の中に入ってきた人たちをどうにかやり過ごした。

訳が分からなかった。
ただ屋敷に入ってきた人たちの殺気が恐ろしくて、怖くて。
必死になって主様を探していたそのときだった。

―――廊下の奥、開かれた扉のその向こうで、
主様が、知らない男に剣で胸を貫かれるところを見たのは。

どうして、この人たちは主様に敵意を向けるのか。
どうして、あの人は主様の命を奪ったのか。
何もわからなくて、ただ怖くて、そして悲しかった。]
(23) 2022/11/28(Mon) 23:48:18

【人】 人造生物 ユスターシュ

[そうしているあいだに、主様を襲った別の誰かが建物に火を放ったのだろう。
赤い焔と煙はどんどんと、僕らがいた建物を覆っていって、
何もわからないまま、僕は建物を出ると人間たちの目を掻い潜って森の中に潜んだ。


屋敷を焼き尽した炎が漸く消えたのは、それから夜が明けた頃。

焼け焦げた残骸の外に、其処にあるものは何もなかった。
そのはず、だったけれど。

…僕が其れを見つけたのは、本当に偶然だった。
瓦礫に埋もれた地下への入口。
狭い石造りの階段を這って下りた先にあったのは、屋敷にあった其れとは別の、書斎めいた部屋だった。

其処は、主様の『思い出』が遺された部屋。
魔法や錬金術に関する研究ノートや、彼の日々の記録が綴られた日記。
これだけでも恐らく一財産になるだろうそれを見つけてからはそれを読み解くことが、僕の生きる目標になった。]
(24) 2022/11/28(Mon) 23:49:38

【人】 人造生物 ユスターシュ

[とはいっても、生まれたばかりの僕は字が読めなかったから。
闇に紛れて森の向こうの人間たちの村にこっそり忍び込んでは人間の言葉や習慣を学んだ。

村の教会で、神父様が子供たちに読み書きを教えているのを屋根裏から覗いたり。
子供たちが遊んでいるのを遠くから眺めたり。
羊飼いやお百姓たち、パン屋に仕立て屋。
森で見かけた、仲睦まじい、若い恋人たち。

きっと、人間たちにとっては何気ない日常だろうその光景は、僕にとっては遠いもの。
だけど、いつしかそれらの景色は、僕にとってどうしようもなく眩しいものになっていた。]
(25) 2022/11/28(Mon) 23:52:20

【人】 人造生物 ユスターシュ

[読み解きのほうも進んでいた。
主様の人となり、過去に何があって、誰を憎んで、そして僕を造るに至ったかを知った。

「全てを滅ぼせ」と主様は願った。
そしてその望みに足らないだろう僕は、あの人にとって失敗作だった。

実際、僕は失敗作だと思う。
僕は、自分の知ってる人間たちを…村の彼らを滅ぼしたくなかった。

たとえ主様を殺した人たちだとわかっていたって
僕は、村の穏やかな風景と、其処に暮らす人たちが好きだった。
たとえその人たちに自分が「化け物」と呼ばれても、仕方ないと思っていた。

だって、僕の姿は何もかもが人間とかけ離れている。
主様だって一目見て失敗作だと断じるくらい、僕は人間からは程遠い生き物。
好きになってもらえなくても
傍にいられなくても
仕方ない。

―――でも、主様のことは可哀想だった。

最愛の人も、親友も、名誉も何もかもを失くして
失意の末に造り出した存在にさえ、裏切られたら、
…それはどんなに、悲しくて苦しくて、辛いことだろう。]
(26) 2022/11/28(Mon) 23:55:24

【人】 人造生物 ユスターシュ

[主様の願いを叶えてあげたい気持ちと、
村人たちの穏やかで平和な日々を望む気持ちと。
そんな気持ちの板挟みになりながら過ごしていたある日のこと。


その日は、何やら朝から村が騒がしかった。

遠巻きに様子を伺っていると、村の外に出稼ぎに行っていた男たちが帰ってきたのだという。

村の広場に集まって再会を喜ぶ人たち。
今まで見たこともないくらい賑やかな村人たちの輪の中の、その中心にいたのは。
あの日、僕の目の前で主様を殺した男だった。>>23]
(27) 2022/11/28(Mon) 23:56:23

【人】 人造生物 ユスターシュ

[―――殺さなければ、と思った。


僕の目の前で主様を殺したあの男。
たとえ「失敗作」と蔑まれ嫌われたとしても、僕にとってはたった一人の大切な人を奪った男。

あの男がいなければ、主様は死なずにすんだかもしれない。

もし、主様が生きていてくれたら。
あの人に、あんなふうに殺されずにすんだならば。

…もし、僕の知ってる何かが違っていたならば。
―――こんな気持ちに、ならずに済んだのかなぁ…


生まれて初めて内側から湧いてきた真っ黒な気持ちに、
心の中がこんがらがって。ぐちゃぐちゃに沸き上がって。
どうにかなってしまいそうだった。

具体的にどうすればいいかなんて、あのときは何も考えてなかった。

ただ、殺さなくてはいけない、と。
身体の奥の芯が痺れて、うまく考えもまとまらないまま、沸き上がってくる真っ黒な気持ちを制して、男の大きな影を追った。]
(28) 2022/11/28(Mon) 23:58:36

【人】 人造生物 ユスターシュ

[広場から離れ、仲間や村人たちと別れた男が向かったのは、村の外れにある小さな一軒家。
その粗末な家の扉をノックするその背中を、物陰から見つめた。


…扉を開けたのは、小さな女の子だった。
ちょうど、あの子によく似た年頃の女の子>>0:225


男の顔を見たときの女の子の顔を、僕はよく覚えている。
一瞬驚いた表情で男を見つめた後、笑って男に抱きついて。
それから安心したのかわぁわぁと、少し離れた此方からも聞こえるような、大きな声で泣き出した。

女の子の泣き声を聞いて駆け付けたらしいその子の母親も、やっぱり同じように喜びと涙が切り混じった表情を浮かべていて。
そんな二人を、あの男はそっと自分の許に抱き寄せていた。

……温かい、家族の絆がそこにはあった。]
(29) 2022/11/29(Tue) 0:01:41

【人】 人造生物 ユスターシュ

[それからどこをどうしたのか覚えていない。

気がつけば、僕は男たちの家から離れて森を抜けて、主様の屋敷跡まで逃げていた。
…あのとき、誰にも見つからずに済んでいたのは本当に運が良かったと思う。]


……。


[屋敷の地下に潜り込んでも、
相変わらず、頭の中はうまくまとまらない。

あの小さな女の子を見るまで、沸々と沸き上がっていたはずの黒い気持ちは今はしんと静まり返って。
ただ、身体と気持ちだけがずん、とタールのように重く、身動きを取れなくさせている。]
(30) 2022/11/29(Tue) 0:02:37

【人】 人造生物 ユスターシュ



……ぼく、は。


[まとまらない、頭の中。
それでも、ただ漠然と理解できたのは。]


……僕は。


[あの男を……あの人たちを、殺せない。]
(31) 2022/11/29(Tue) 0:03:01

【人】 人造生物 ユスターシュ

[――認めたくない気持ちを、理解してしまった途端。
堰を切ったように蛋白石の瞳から水が溢れてくる。
ぽろぽろと、溢れた水は地瀝青の体表を伝って石の床に滴り落ちていった。


殺せない。
殺したくない。
あんなに、殺したかったはずなのに……それでもできない。


―――だって。
あの男が死んだら、あの小さな女の子はきっと悲しい想いをする。
……あの日、僕がそうだったように。

主様を殺されて、僕が悲しかったように。
あの子だって、父親を殺されたら同じように悲しい。

だから…あの子の父親は殺せない。
僕と同じ想いを、誰かにさせたくはないから。]
(33) 2022/11/29(Tue) 0:07:16

【人】 人造生物 ユスターシュ

[―――同時に、こうも思う。

あの日、主様がいったように僕は「失敗作」だ。
主様の願いも叶えられず、主様の仇を討つこともできなかった。
そしてたぶん、これからもきっと、そのどちらもできない。

何もできないのに、何の役にも立てないのに、どうして僕は生きているんだろう。
だったらいっそ、主様と一緒にこの屋敷で朽ちてしまえばよかったのに。
なのに、襲ってくる人たちや火が怖くて逃げてしまった。

それから、ずいぶん長いあいだ考えた。
ただひたすらに考えて、考え抜いて。そうして、思った。

……ラ・コスタに。
主様にとってかけがえのない人たちのいた街へ。
主様の愛憎が向けられた、美しい街へ行こう。

其処にいって、村の人たちと同じくらい
美しくて、温かくて、優しいものを、この眼に沢山焼きつけて。そしたら、主様と同じところへ行こう。

そう、決意して。
僕は、主様が愛し憎んだラ・コスタへへと向かうことにした。]*
(34) 2022/11/29(Tue) 0:08:58

【人】 人造生物 ユスターシュ

―― 2日目夜/ヴンダーカマー ――


そう、なんです…?


[出会った相手のことなんてそう一々覚えていない>>18
彼女の言葉に首を傾げて。

でも、それならそれで少しほっとする。
僕がこの街で出逢った人たちに何かを返したいと思うのは僕が勝手にそう望んだことで。
それで誰かが煩わしい想いをさせずにすむのならよかったと思う。]


はい。


[再びの問いかけに強く頷く。

後悔はない。
寧ろ対価として安すぎるのではないかと思うのは人の姿を得て、陽の光が照らす温かな世界を見た今も変わらない。]
(35) 2022/11/29(Tue) 20:54:29

【人】 人造生物 ユスターシュ

[強烈な眩暈と脱力感に首を横に振ってどうにか正気を取り戻せば、それまでと変わらない彼女の声が聞こえた>>19

さっきと同じように自分の胸元に手を触れる。
「自分の中のなにかがなくなった」という感覚はやっぱり消えはしないけれど。それでも、後悔はなかった。]


僕のほうこそ、ありがとうございました。


[今更ながら、先程間近で見た彼女の顔を思い出して。
頬を朱く染めながら頭を下げる。

もしもの話。
ラ・コスタへの道中、彼女の噂を耳にすることがなかったら。
彼女に人の姿を与えてもらえていなかったら。
僕は化け物のままこの街の美しさも温かさを知らないで死んでいったはずだから。]
(36) 2022/11/29(Tue) 20:57:36

【人】 人造生物 ユスターシュ

――とある女の話――

[ある女がいた。
とある小さな村の、その中でも特に貧しい家の末っ子として女は生を受けた。

幼い頃、女は愛というものを知らずに育った。
酒癖が悪い父親と高圧的で支配的な母親。
末子である女を厄介者扱いし暴力を振るう兄姉たち。

そんな家族に囲まれて育った女であったが、
成長するにつれ次第にその美しさが花開きはじめた。

そして十三歳の頃。
女の評判を聞きつけたとある男にその身を買われ、村を出ることになった。

女を買い取ったのは、当時「ラ・コスタ」という街で劇場を営んでいた好事家。
新進気鋭の女優や歌手を幾人も輩出する遣り手として名の知れたその男はまだ幼さの残るやせぎすの少女に才能を見出した。

かくして女は師となった好事家の許でその美と才能を磨き上げていった。

思えば、女にとってあの頃が一番幸せだったろう。
師の許では彼女の美貌も女優としての才も歌声の美しさも、
磨けば磨くだけ輝きを増していったのだから。
師亡き後は、高貴な人たちの望むまま、渡り鳥のように劇団を移り。
そうして、気がつけば街一番の劇団の花形として名を馳せるようになっていた]
(37) 2022/11/30(Wed) 9:41:55

【人】 人造生物 ユスターシュ

[美しい女を求める者は数多いたが、その中に二人の男がいた。

嘗ての大侵攻で魔物たちの侵入を防いだ『北の勇者』。
そのうちの二人、『剣王』と『賢者』と呼ばれた男たち。

切欠は、ごく些細なものだった。
女が落としたハンカチを拾ったのが『賢者』と呼ばれた男だった。それだけの、些細な出会いだったのに。
気がつけば、賢者と会って話をする機会が増えていた。
そして、次に彼と会うのを楽しみにしている自分に気づくのにそう時間はかからなかった。

『北の賢者』という大層な肩書きとは裏腹に、その男は不器用で、口下手で、そして愚かなほどにひたむきで一途だった。]
(38) 2022/11/30(Wed) 9:42:29

【人】 人造生物 ユスターシュ

[―――俺にはあいつと違って魔法の才しかないが、
それでも、俺は君と添い遂げたい。君を、幸せにしたい。

女にとって、忘れられないプロポーズ。
美や機知からは程遠い、いっそ泥臭いその台詞は、
けれども舞台の上のどんな美しい台詞より女の心を打った。

女は、愛に…幸せな家庭というものに憧れていた。
それは、女が生まれ育った家にはなかったものだった。
この人とならば幸せになれるかもしれない、
温かな家庭が作れるかもしれない、と。
賢者が生まれて初めての恋にのぼせ上がったように、
女もまた、これからの未来に幸せな夢を見ていた。]
(39) 2022/11/30(Wed) 9:43:41

【人】 人造生物 ユスターシュ

[女は、プロポーズを受けた際、賢者に一つ、願いを告げた。


―――Something old,something new,

   (なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの)

―――Something borrowed,something blue,

   (なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの)

―――And a sixpence in her shoe.

   (そして靴の中に6ペンス銀貨を)


当時、ラ・コスタの街で流行っていた恋歌の一つ。>>2:60
パトロン付の高名な詩人が作った詩に、これまた名のある作曲家が旋律をつけたもの。
「結婚式の当日に歌に挙がった物を身に着けると幸せになれる」
そんな噂も歌の流行と共に街に流れていて。
そうして、女は賢者に四つの品物を強請った。
特段高いものは望まなかった。
ただ、愛した男が自分のためにしてくれることが嬉しかった。]
(40) 2022/11/30(Wed) 9:44:18

【人】 人造生物 ユスターシュ

[数日後、賢者は四つの品物を集めてきた。

青いものは、青金剛石の指輪。
嘗て親友の『剣王』と共に巨大な魔獣を倒した際
その地の領主から賜った青金剛石を加工したものを。

古いものは、母親の形見のブレスレット。
母曰く、嘗て仕えていた家の貴族の娘から下賜されたものを。

新しいものは、真新しい絹のハンカチ。
上等の真っ白な絹に美しい白薔薇の刺繍が施されたものを。

そして、最後の品物について、賢者は悩んだ末に親友に切り出した。

「お前の持っているピン留めを一つ貸してほしい」と。
男は親友の気持ち>>2:9に気づいていなかった…否、
気づいていてもなお目を逸らしていたのかもしれない。
自分たちの友情は、これからも変わらず有り続けると、
愚かにもそう、思い込んでいた。

そうして、賢者は親友からマント留めのピンを一つ借り受けた。
そうして、全ての品物が揃い、賢者は女にそれらを渡した。]
(41) 2022/11/30(Wed) 9:45:03

【人】 人造生物 ユスターシュ

[――それから間もなくして。
女と会う約束をしていたその日の夜。

約束の刻限に家を訪ねても女は姿を現さなかった。
何度扉を叩いても、家の中にいるはずの女が応じる気配はない。

嫌な予感がした賢者は、扉を開けて家の奥へと足を踏み入れた。

女の寝室へと近づくたび、それまで嗅いだことのない噎せるような香の匂いに不安と苛立ちが募る。
…果たして、嫌な予感は的中した。

女の寝室へと足を踏み入れたとき、そこで繰り広げられていたのは見知らぬ青年たちと仲睦まじく身体を重ねる女の姿だった。

――…それを見たときの賢者の心情は、如何ばかりであったか。
少なくとも、気も狂わんばかりだったのは間違いない。

その後、騒ぎを聞いて駆け付けた憲兵が見たのは、賢者が放った魔法の炎と斬撃とで、もはやぴくりとも動かない、瀕死の青年たちの姿だったのだから。]
(42) 2022/11/30(Wed) 9:46:06

【人】 人造生物 ユスターシュ

[賢者の受難は続いた。
彼が瀕死にした青年たちは、何れも当時の街の有力者の息子たちだった。

彼等の親は皆、我が子の醜聞を隠蔽するのと同時に、賢者に対する報復として、街からの永久追放を言い渡した。
弁明の機会は与えられず、そのまま、賢者は町を追われることになる>>0:338


その頃、女は悲嘆に暮れていた>>1:10
あの夜、女は愛する賢者と共に過ごしていたはずなのに。
気がつけば、賢者は街の有力者の息子たちに暴行を加えた罪で、街を追われることになっていたのだから。

だが、そのときのことを思い出そうとしても、なぜか事件前後の記憶だけが酷く曖昧で思い出せない。
結局、女も同じく弁明できぬまま、賢者は町を出て行ってしまった。

愛する者と引き裂かれ、女は悲嘆に暮れた。
だが、その後その悲しみを払拭するかのように女は女優としての仕事に邁進し、その年の『フェス』にて女神の心を射止めるまでに至った>>1:10]
(43) 2022/11/30(Wed) 9:46:58

【人】 人造生物 ユスターシュ

[――…女は知らなかった。

あの夜、友人から贈られてきた香を焚いた後、自分の家を訪ねてきたのは、賢者ではなく彼女に懸想した青年たちだったことも。
あの時焚いていた香が、強い幻覚を齎すものだったことも。
その香を贈ってきた友人――賢者の親友だった男が、悪意を持って青年たちを女の家に誘い込んだことも。

愛する男と幸福な時を過ごしていた、そう信じていたのに、
実際には知らない内に見知らぬ男たちに身体を弄ばれていたのだと。
後にその事実を知ったとき、女は悲嘆にくれ…そして堕落の道を辿った。>>1:11

役者の道から遠のき、強い酒とあの夜のそれより更に強い薬に溺れた。
それを用いて、女は屋敷に連れ込んだ男娼と身体を重ねた。
薬に溺れ現実と幻覚の境を見失った女には、もはや自分と身体を重ねる男は全て、嘗て自分が愛した男の姿に見えていた。
否、男は全て同じ顔に見えてしまっていると言ってもいい。
あれから長い年月が経っているのに、女の中では今でも男の姿は変わらないまま。

そうして、壊れていった女は次第に影街へと追いやられていき。
今はもう影街の景色の一部と化している。]*
(44) 2022/11/30(Wed) 9:51:12

【人】 人造生物 ユスターシュ

―― 影街にて ――

[店主さんに礼を言って店を出た後、
夜も更けてより一層人気の絶えた影街の通りを歩いていたときだった。

不意に目の前を白い人影が通り過ぎていく。
ふらふらと彷徨うように歩みを進めるその女からは余りにも生気を感じなくて。一瞬、幽鬼の類かと思ってしまった。
ぼろぼろのショールやスカートから覗くやせ細った手足や
ぼさぼさの長い髪も相まっていっそう不気味に思えたけれど。

その姿以上に驚いたのは]


『―――Something old,something new,

   (なにかひとつ古いもの、なにかひとつ新しいもの)

 ―――Something borrowed,something blue,

   (なにかひとつ借りたもの、なにかひとつ青いもの)』


[その幽鬼のような女が口ずさむ歌に覚えがあったから。]
(54) 2022/11/30(Wed) 20:41:40

【人】 人造生物 ユスターシュ



――…待って!待ってください!!


[咄嗟に女に声をかける。
その声が聞こえたか、暗闇にぼぅと白く浮かぶ女の顔が
ゆっくりと此方を振り向いた。]


『…ユ……シュ……』

え…?

『ユスターシュ…!』


[名前を呼ぶのと同時に、女は此方に駆け寄って僕に縋りつく。そのやせ細った腕の何処にそんな力があるのかと思うくらい、強く強くしがみつかれて]
(55) 2022/11/30(Wed) 20:42:30

【人】 人造生物 ユスターシュ



『ごめんなさい…ごめんなさい……!!
ずっと謝りたかった、貴方に謝りたかった!!
愛してたのに!愛して、いたのに……!!』


[影街の暗夜の通りに、ただ女の啜り泣きが響く。
僕に縋りつきながら譫言のように綴られる声にはもはや正気の色はない。

ただ、悲嘆と悔恨が入り混じった泣き声に、僕は身動きが取れなくなってしまった。]


……貴方は…。


[こんなことって、あるんだろうか。

もしかしたら、と思うことはあった。
この街にくれば会えるかもしれないと。
会ってみたいと思うことは確かにあったけれど…でも、本当は怖かった。

主様を裏切り、陥れたという彼女に出会ってしまったら
あのときのような黒い気持ちに飲み込まれてしまいそうで恐ろしかった。
今度こそ、主様の望んだような生き物になってしまいそうで苦しかった。
だから、心のどこかで彼女や、彼のことを考えないようにしていた。]
(56) 2022/11/30(Wed) 20:43:37

【人】 人造生物 ユスターシュ

[だけど、目の前の女が僕を見て、主様の名前を呼んで。
そして、口にしたのは謝罪だった。
…訳が、わからなかった。

とはいえ、このままじっとしているわけにもいかなくて。
少し思案した後、しがみつく彼女をどうにか制して
影街近くの移住区にある安宿に滑り込む。

その安宿の主人と思しき老人は、ちらりと僕と女を一瞥した後、
手にしていた新聞に視線を戻して、一言呟いた]


『その女はやめとけ。
どの途長くは持たないし、面倒なことになるだけだ』


[どういうことかと問いかければ。
嘆息と共に老人は女の素性について教えてくれた。

女が嘗てはこの街一番の劇場の花形女優だったこと。
男絡みのトラブルがきっかけで酒と薬に溺れ、パトロンだった男からも見放されて影街にやってきたこと。
此処に流れてきたときには既に病に犯されていて、もう長くは持たないこと。それでも時々体調が良い時は昼夜問わず歌いながら辺りを徘徊しているのだ、と。]
(57) 2022/11/30(Wed) 20:44:11

【人】 人造生物 ユスターシュ

[結局、その夜は老人の宿に一泊させてもらうことになった。
そうして翌朝、老人に教えられた女の家へと向かう。

荒れ果てた小屋のようなその家には、藁を敷いたベッドの外には家具らしい家具も殆どなくて。これが、嘗てこの街一の花形と謳われた女性のものかと、なんとも言えない気持ちになる。

そっと彼女をベッドに寝かしつけたところで、ふとベッドの下に何か箱のようなものが隠されていることに気づく。
手を伸ばした先にあったのは、部屋に似つかわしくない上質な造りの、やや大きめの宝石箱。
ベッドで眠る彼女の顔をそっと一瞥してから、鍵のかけられていないそれを開けてみた。

…中に入れられていたのは、小さな銀貨と青い石の嵌められた白金の指輪。
美しい刺繍の施されたやや古い絹のハンカチ、銀と真珠のブレスレット。
少し無骨なピン留めと―――やや分厚めの封筒。
封筒の中に入っていたのは、束の間、正気を得たときに書かれたものだろう、女の絶望が綴られた手紙だった。>>50>>51]
(58) 2022/11/30(Wed) 20:46:55

【人】 人造生物 ユスターシュ

[手紙を読み終えたとき。
…確かに、悲しくはあったのだけど。
でも、それ以上に胸に去来したのは安堵だった。


――…よかった。
主様は裏切られていなかった。
一人ぼっちではなかった。
……主様の大事な人を、殺さなくて本当によかった。


主様たちに、思うところがないわけではない。
それでも、今はただ。
ベッドで寝息を立てる彼女に寄り添うことを選んだ。]
(59) 2022/11/30(Wed) 20:47:59

【人】 人造生物 ユスターシュ

[それから一週間。
僕は彼女の傍に寄り添った。

店主さんに貰ったお金を遣り繰りして、パンや生活に必要な品物を買い揃える。
それでも足りなければ主様の地下室から持ち出した宝石類を売りに出して。

部屋を掃除して、清潔なシーツをベッドに敷いて。
なんとか食べられるものを作って匙で掬っては彼女の口に運ぶ。

僕と出逢ってから、彼女は見る見るうちに弱っていった。
一度ベッドに寝かせて以降、彼女はベッドから起き上がれなくなっていた。
立ち上がることも、身体を起こすこともできないまま、ただ、ぼんやりと歌を唄って、主様の名前を呼んで何かを思い出したように微笑うだけ。

あの夜、主様と同じ顔を見て、謝罪を口にして。
そうして、心残りが消えて安堵してしまったのかもしれない。
…そう思うのは、僕の命も決して長くはないからか。



彼女と出会って、一週間経った日の午後。
彼女…ドナータは、自室のベッドの上で眠るように亡くなった。]
(60) 2022/11/30(Wed) 20:49:50

【人】 人造生物 ユスターシュ

[死に顔は、穏やかなものだった。

年齢で言えば決して若くはない。
嘗ては美しかっただろう容姿は酒と薬でボロボロになり、
手も足もやせ細り、頬もこけて瞳も落ちくぼんでいたけれど
文字通り転寝をしているみたいな穏やかな顔だった。

その安らかな表情は、どこか無邪気な少女を思わせるもので。今更ながらに、主様が愛した女性の面影を彼女に見ることになった。

彼女を看取った後、どうにか安宿の老人に頼み込んで居住区の共同墓地に埋葬してもらうようお願いした。
彼女…ドナータがただ、名も無き影街の住人として存在を忘れられてしまうのが、嫌だったから。

彼女の棺に嘗て主様が贈った品物を共に入れて。
彼女が、主様と同じ場所にいけますようにと祈った。
主様も、僕が行くより愛し合った彼女に一緒にいてもらったほうが、きっといいだろうから。]


…。
(61) 2022/11/30(Wed) 20:51:33