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【人】 転校生 矢川 誠壱[ 特別になりたかった。 ただ、特別になるのは怖かった。 結局たぶん、臆病者なのだ。 彼らは踏み出したのに、 己はここに立ち止まったまま。 その先に進むのが怖かった。 だからひとり、こんなところで 立ち止まったまま、動けなくて。 あの熱気の中にあった音の粒をただ 無機質な床の上に落としていくだけ。 カタン、と小さく椅子が音を立てた。 ベースをそっと近くにあった机に置く。 そのまま足を窓際へと進める。 降り続く雨の音。目を閉じた。] (104) 2020/06/23(Tue) 18:39:33 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ 窓際からそっと離れて、ベースをケースに入れた。 話さなければいけないことがある。きっと。 だから、ここから行かなきゃいけない。 彼らが自分で踏み出したみたいに、 自分もこの足で。 教室を出る。 ここがどこかはわからなかったけれど、 人の声のする方へと足を向けて。 途中、「イチくん」と呼んでくれる 声があった。やめてほしいと思っていた その声が、少し照れ臭くて嬉しい。 そう素直に思えた。] (106) 2020/06/23(Tue) 18:41:59 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ 見えた人影。 心臓が打った。 なんとなく、緊張する。 少しだけ背筋を伸ばして。 後ろからその背中に駆け寄ろう。 そして、とん、と手を肩に置いて。 ああ、うまく言葉になるだろうか。 変なやつだって思われるだろうな。] (107) 2020/06/23(Tue) 18:43:03 |
【人】 転校生 矢川 誠壱 ──まだもうすこし先のもしも── [ くああ、と大きなあくびをこぼした。 相変わらず寝坊癖は治らない。 スマートフォンの着信は2件。 一件は祐樹で一件は裕也だった。 Two winsは「終わらない」と宣言した 祐樹の言葉通り、文化祭の後もライブハウスで 何度か演奏をし、そのたびに盛況を呼んだ。 ただ、相変わらず曲は書けないと跳ね除ける ツインズにはデビューだとかそういう話は くることもなく。大学生になってすでに 2年と少しが経った現在もゆるゆると コピーバンドとして活動を続けている。] (121) 2020/06/23(Tue) 23:01:18 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ 祐樹の声は人の耳を引くし、 見目麗しい双子に人気が出ないわけもなく 着実にファンを増やしていっている。 ちなみに、以前のベース担当はというと、 己にその枠をわたして、県外の大学を受験し あっという間にこのバンドを去っていった。 相変わらず仲はいいし、あのころよりも ずっと自分とも交流はあるけれど もう一度バンドをする気はないらしい。 というわけで、間違いなく、矢川誠壱は Two winsのベース担当なのである。 メッセージがきているのを開くと、 こちらもまた祐樹からだった。 W次のライブ決まった 再来週の金曜の夜だけど 予定大丈夫そう?W なるほど、おそらく電話もその件だろう。] (122) 2020/06/23(Tue) 23:01:52 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ 父の転勤は相変わらずだけれど、 もう一緒に転々とするような歳でもない。 学園から二駅離れたところにある 大学にそのまま進学して、現在21歳。 一人暮らしは気ままなものだ。 もちろん仕送りに足すためにバイトも しているし、それなりに忙しくはあるが バーでのバイトは、楽しかった。 恋愛云々に関しては今もからきし。 というか、正しくは好きな人がいる。 …否、好きな人になった、のだ。 バーカウンター越しに誘われることも、 大学の同期やライブ終わりに 声をかけられることもある。 だがなぜだろう。 微塵のときめきも感じないのだ。 ある一人の人間を除いては。 だから、つい1ヶ月ほど前。 高校時代からの年下の友人に話した。 どうやら俺はあいつの事が好きらしい、と。 そのときどんな顔をしてたっけ。 あまりにあっけらかんと話したから、 もしかしたら面食らっていたのかもしれない。] (123) 2020/06/23(Tue) 23:03:51 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ ───同性で、友達だった。 いや、そうだな。 友達なんだけど、特別な人だった。 自覚したのはわりと最近の話だが それに納得すれば話は早かった。 今までの感情にも整理がつくのだ。 同性を、ましてや友人を好きになるなんて、 もっと悩むべき事なのかもしれないし、 もっと思い詰めるべき事なのかも しれないのだけれど。 そんな気持ちは微塵もない。 ただ、はっきりしているのは、 間違いなく自分は彼のことが好きで、 自分にはそれを伝える術があって 受け入れてもらえるかどうかはさておき 今のままでは嫌だということだった。] (124) 2020/06/23(Tue) 23:04:35 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ 約束していた場所へ向かう前、 先に喫煙所へ寄るとそこには 案の定彼の姿があった。 自覚すれば、その笑顔も、 声も、髪の長さも、指の動きも 伏せられたまぶた、光に当たると 薄く茶色だとわかる瞳の色 くわえたたばこがほんの少し恨めしい程 なにもかもが愛おしく思えるのだから 人間不思議なものだ。 喫煙所の窓越しに手を振る。 目があって、撓む。 こちらに気づいたのがわかった。] (125) 2020/06/23(Tue) 23:04:58 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ それからそっとその扉を開いて、 中へと足を踏み入れる。 この匂いにも随分慣れた。 自分は相変わらず吸わないけれど。 ジジ、と小さく燻る灰の音がした。] 今日晩飯どっか食いにいく? [ 形の良い唇が開く。 答えにうんうんと頷いて。 片手にスマートフォンをとった。 返信をしておかなければ、再来週の金曜日。 ついでにバイトに休みの申請を 連絡しておかなければ。 ふと上げた目線の先にあった、 柔らかな髪が、揺れる。 晒された白い首筋に光が当たった。] (127) 2020/06/23(Tue) 23:06:00 |
【人】 転校生 矢川 誠壱[ 口から、当たり前のように吐いて出た。 遠くでテニスサークルが打つ ボールの小気味良い音が響いている。 ロマンチックさのかけらもない。 スマートフォンの画面をタップして、 「りょーかい」と祐樹に返信した。] あ、あと次のライブ再来週の 金曜だけどこれたりする? 要にも連絡しとくけど たぶん体調次第だろうし。 [ そう続けて。 またスマートフォンが震えた。 祐樹からだ。「ちょっときて」と 書かれているからこれはたぶん 曲のことで裕也と揉めたんだな、と頷いて。] (129) 2020/06/23(Tue) 23:07:01 |
【人】 転校生 矢川 誠壱あ、ごめん、ちょっといくわ [ そういって壁につけていた背を離して、 ポケットにスマホを押し込んだ。 出て行く直前「あ」と小さく落とし、 立ち止まる。いけないいけない。 さすがにさっきの言葉を なかったことにするつもりはないのだ。 彼の唇にあるタバコをとって。 それに口をつけるか一瞬迷って、 かわりにその唇に自らのそれを当てよう。 かすかなリップ音とともに離せば、 高校の時、文化祭の日に理科室で吸った タバコの煙たい苦味が思い出された。 あのときは返したそれを、 目の前の灰皿に押し付けて。] (130) 2020/06/23(Tue) 23:07:21 |
【人】 転校生 矢川 誠壱───さっきの、考えといて [ と首を倒して笑い、その場を去ろうか。 一度や二度断られたくらいでは 諦めるつもりは毛頭ない。 きっとゆっくりしていては あっという間に掻っ攫われてしまうから。 彼にとってのW特別な人Wに 今度はまたあのときとは 別の意味でなりたいと願うのは きっと悪いことなんかじゃないから。 バンドメンバーのもとへ向かう途中。 足取りはなんとなく軽い。 キスをした。だがその唇の柔らかさより その直後の顔を思い出しては なんだか笑えてしまった。]* (131) 2020/06/23(Tue) 23:08:09 |
【人】 大学生 矢川 誠壱 ──もしものもう少し先の話── [ 雨が降ると思い出す。 短い期間ではあったけれど、通った母校は 自分にかけがえのないものをたくさん たくさん、贈ってくれた。 それは、友達だったり、絆だったり、 思い出だったり、約束だったり ───今この手のなかにある、 愛おしい人だったり、するのだけれど。 「文化祭、そろそろだよな」と 呟くと隣にいる男はタバコをふかして 「そうだなあ」と返した。 あの頃は、どうしてこんな時期に わざわざ文化祭をするのだろうかと 不思議に思っていたものだけれど 今となっては、なんとなくわかる。 これが大人になったからなのか、 はたまた時間が経ってただただ、 美談になっているだけなのかは わからないのだけれど、 まあひとまず自分にとってあの日の 出来事は何もかもが特別だった。] (146) 2020/06/24(Wed) 20:37:46 |
【人】 大学生 矢川 誠壱そういえば、文化祭の始まりの演目に 伝統の和太鼓ってあったじゃん 俺は伝統かどうかしらないけどさ、 あの日、学園の男子生徒宛に 送られてきたメッセージ、 入って1ヶ月くらいだったし、 俺のところにはさすがに届いてなくて それなのにわざわざ祐樹が転送してきてさ [ あの日、理科室で話している途中。 鳴った着信は、そのメッセージだった。 自分はライブのこともあるし、 あまり目立ちたくはなかったから、 申し訳ないがスルーさせていただいたのだが] (147) 2020/06/24(Wed) 20:38:06 |
【人】 大学生 矢川 誠壱智がさ、あのとき 「俺ドラムだし和太鼓もやっとくべき?」 とか急に言い出して、祐樹が 爆笑しながらやってこいよって勧めてさ いや俺もまさか褌だと思わないから 「いいじゃん」って普通に流したんだけど いやもうあのときのさ、智の すんげえ気合のはいりようと、 迫力がさ、忘れらんないよな。 今もたまにあのときの画像、 持ってる子いるらしいし。 [ そんな話をしながら、スマートフォンを触る。 1本目のタバコを灰皿に押し付ける その指の動きをじっとみて、 2本目を取ろうと、箱をトントン 叩いているのもまたじっとみて。] (148) 2020/06/24(Wed) 20:39:02 |
【人】 大学生 矢川 誠壱[ そっと箱を左手で押さえて、 触れるだけの口づけを贈った。 まつげの隙間から驚いた顔を 盗み見ては、ふ、と口元を緩め。 またもう一度重ねては、 開いてくれないだろうかと、 舌先でそっと閉じられた合わせをなぞった。 あの文化祭の日。 友人となったこの男は、 紆余曲折の末、現在恋人という関係に 落ち着いているわけなのだけれど。 不意打ちで仕掛けたキスのハードルは、 軽々と超えたというのに、それから先に どうにもなかなか進まない。 進みたいとは思っているし、 進めようとは思っているのだけれど なかなかどうして男同士ということもあってか ガードが固いのは仕方がないのだろうか。 ───己に、抱かれる気が全くないし、 むしろ抱く気しかないのも要因なのだとは 薄々感づいてはいるがそこは置いておこう。 離れた唇を、ぺろり、と舐める。 抗議の言葉は聞く気がない。 たぶん、もう一押しなのだ。] (149) 2020/06/24(Wed) 20:39:35 |
【人】 大学生 矢川 誠壱[ あの日、年下の友人があそこで 喫茶店を開いていてくれたから。 自分たちはきっといまここにいるわけで。 あの時間が、あの場所がなければきっと 今は存在していなかったと思う。 そう考えると、理科室を使った、 小さな喫茶店が人生の転機になったと 言ったって過言ではないだろう。 あいつにはまたお礼を言わなきゃな、 なんてことを考えながら。] (151) 2020/06/24(Wed) 20:40:40 |
【人】 大学生 矢川 誠壱[ そういって首を傾げる。 そっと彼の手にあるタバコをとって、 あの日のように吸い込んだ。 今度は咽せたりしない。 肺までしっかり取り込まなければ 平気だということはここ数年で 学んだし、そもそもいまはこの香りが 別に嫌いではないのだ。 ふう、と恋人の顔に紫煙を吹きかける。 それから、軽い口づけを落として、 その指にタバコを返した。 また怒られるなら肩を竦めて笑うだろう。] 知らないなら、調べてみて。 ───意味がわかったらさ、 今晩、飯行こうよ。 [ そんな誘いをかけて。 自分は一旦その場を去ろうか。 ひらひら手を振って、 なんでもないような顔をして。] (153) 2020/06/24(Wed) 20:41:41 |
【人】 大学生 矢川 誠壱[ ちなみにそのあと意味を知った 恋人から焦ったように連絡がくるなら、 男はからからと笑い声をあげるだろう。 どうしてもというなら待ってあげなくもない。 だって、まだまだ時間はある。 友人としてはそれなりに経った月日だが 恋人としては、まだまだ、短い ───否、これから、続いていくのだから。] (154) 2020/06/24(Wed) 20:42:07 |
【人】 大学生 矢川 誠壱[ 雨が降ると思い出す。 短い期間ではあったけれど、通った母校は 自分にかけがえのないものをたくさん たくさん、贈ってくれた。 なぜあの時期にわざわざ雨の中、 文化祭をしたのか、なんて。 今となってはどうでもいいこと なのかもしれないのだけれど。 大人になったいまだからこそ、 ───振り返ることのできるいまだからこそ、 わかることもきっとある。 そうだな、もし自分が理由をつけるなら。] (155) 2020/06/24(Wed) 20:42:28 |
【人】 大学生 矢川 誠壱[ そんなことをいったらあいつらには 「くさいこというなよ」と笑われるのかも しれないけどさ、いいだろ。 だってきっと、あそこにはたくさんの 幸せがあったはずだと、思うんだ。]** (158) 2020/06/24(Wed) 20:43:31 |
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