【人】 環 由人[ 律儀に合わせられた手を満足げに見て、 「どーぞ」と小さく返せば、 目の前の形のいい唇に吸い込まれていく 地味だのなんだのといわれるW残り物W。 ぼそぼそと落とされる独り言は、 なんだかんだいつも褒め言葉。 本を片手にほうじ茶をすすって、 ちら、とそちらを確認しては、 ほんのすこし、口元を緩めながら またページをめくった。] (33) 2020/09/10(Thu) 22:23:54 |
【人】 環 由人[ あの日は、ただの気まぐれだった。 父が倒れたからと連絡があったから 都心のレストランをやめて帰ってきた この小さな町の小さな惣菜屋で、 やっと少しずつ認めてもらえるようになった頃。 母がまた突拍子もないことを言い始めたのだ。 父の手の調子は相変わらずだし、 これを機に2人、田舎に引っ越そうと思う、と。 はじめこそ冗談だとしか思っていなかったが、 どうやら本気だったらしく、コツコツ貯めた 貯金で小さな古民家を買おうと思う、 ていうかもう買った、といわれたときには そりゃあもう目の前がぐらぐら揺れた。 それから、あれよあれよという間に 店を己に任せて行ってしまった両親。 仕方なくアパートは解約して、 1人にしては広くて、がらんとした 実家に取り残されてしまった。] (34) 2020/09/10(Thu) 22:24:37 |
【人】 環 由人[ ああ、そうそう。それよりも少し前に、 『Edge』という店の存在を知った。 はじめて行った時のことなんかは ひとまず割愛するけれど… マイノリティとして、それをひた隠しにして 生きてきた己にとって、そこは、 曖昧にしていても許される場所だった。 時折行ってはカウンターの隅で酒を飲む。 そのひとときが、癒しになっていたのは 間違いなかった。 ママの声は結構通るし、大きい。 だから、カウンターの隅にいても その話し声はよく聞こえた。 笑い話にされている、それも。>>29 知ってはいたけれど、W飼うW余裕など あるわけもないし、そもそも 隠している己ができることではない。 頭のどこかで「関係のないこと」だと ぼんやりおもっていた。あの時まで。] (35) 2020/09/10(Thu) 22:24:58 |
【人】 環 由人 ───あの日 [ 人のいない空間に落ちるラジオの声。 それは寂寞を増長させるような気がして。 一度切って、財布と携帯と鍵を持って家を出た。 『Edge』には引っ越し騒動があって、 もう1ヶ月ほど行けていない。 とくに目的があるわけじゃないのに、 コンビニにいこうと思ってしまうのは なぜなのだろう。 …もしかしたら人に会いたいだけ なのかもしれないな、なんて考えた。 ちゃり、ちゃり、と微かに 金属が擦れる音が人気のない夜道に落ちる。 街灯がちかちか点滅した。 やる気も愛想もない深夜バイトのいる コンビニでビールと乾物を買って、 がさがさとビニール袋を鳴らしながら、 ぼんやり空を見上げて歩いていれば、 行きと違うルートを自然と選んでいた。] (36) 2020/09/10(Thu) 22:25:36 |
【人】 環 由人[ こっちの道には、公園がある。 夜の公園っていうのは昼の顔とは違って 少しばかり不気味にも思える。 誰もいないはずのブランコが、 風もないのに揺れていたり─── なんて、考えていたら、キィ、と 微かに甲高い音が響いた。 普段は覗き込んだりしない。 ただ、そのときはなんとなく─── ほんとうに、なんとなく、覗いたのだ。 さっき考えていたように、 誰もいないはずのブランコが揺れてる、だとか、 ボールがどこからともなく転がってくる、だとか 足のない子供が遊んでる、だとか そんな怪談めいたことはなく。 そこにあったのは] (37) 2020/09/10(Thu) 22:26:00 |
【人】 環 由人───? [ 見たことのあるシルエット。 けれど、それは己の知るものよりもずっと、 なんだか、───違っていて。 気まぐれだ。 普段なら話しかけようとはしない。 自分がそうコミニュケーションに 長けていないことはよく知っている。 だから、気まぐれだ。 そちらに足を向けて、歩み寄る。] (38) 2020/09/10(Thu) 22:26:19 |
【人】 環 由人[ ───歩み寄ったはいいけれど、 こんどはどうするつもりなのだ?と 自分に問いかけた。答えはない。 だって、持ち合わせていない。 格別常連なわけでも、仲が良いわけでもない。 ほとんど話したこともないのだ。 己のことなど覚えていないのでは ないだろうか、とも思うけれど。 ここまできてしまったのだ、 なにもしないで立ち去るわけにもいかない。 とまあ頭の中でぐるっと考えた結果。] ───こんばんは [ 普遍的すぎる挨拶を落としてしまうのだ。 もっと他になかったのか、と ツッコミを入れるように、 握り直した手元のビニール袋が音を立てた。]* (39) 2020/09/10(Thu) 22:26:40 |
【人】 環 由人 ───あの日 [ 声をかけてしまってから気付いたのだけれど 深夜の公園でぼんやりしていて、突然 見知らぬ人に「こんばんは」なんて声を かけられたら、いくら成人男性でも それなりに恐怖するものなのではなかろうか。 まずったか、と不安が過れど後の祭り。 出てしまった不器用な挨拶は戻っては来ない。 ああ、せめてもっとちゃんと、店で 会話したことがあったならば、印象にも 残っていただろうに───自分のコミニュケーション 能力の低さに嫌気がさした。 戸惑うように揺れる瞳と目が合う。 つけまつげばさばさのOLを笑わせて、慰めていた あの場所での顔とはなんだかやっぱり ちがうような気がして。 滲んだアイラインがその心を表してる気がして。] (54) 2020/09/11(Fri) 10:17:41 |
【人】 環 由人[ さあここからどうするか、と 思案していたのだけれど、 予想に反して、名前を呼ばれた。 WちゃんマキWという渾名は、 店で名前を聞かれたときに「環です」と 返したらついたものだった。 それからあの店ではそう呼ばれてたんだったか。 どうしたの、と聞かれても、 聞きたいのはこちらなのだけれど、 聞き返すにもやはり愛想のない 言葉しか浮かばなくて、 再びどこかへ行ってしまった コミニュケーション能力に どうにか戻ってきてくれまいかと 心の底から願うことしかできない。 まあそんなものは初めから持ち合わせて いないのだから帰ってはこないのだが。] (55) 2020/09/11(Fri) 10:17:59 |
【人】 環 由人───あーー… コンビニの、帰りなんですけど、 [ そんなW見りゃわかるW己のことなど どうだって良い。この人が聞いているのは、 どうして急に話しかけてきたの、だろう。 わかってる。わかってるんだけど─── 気まぐれ、だ。 街灯に照らされてその頬に落ちた睫毛の影が キィ、と心の軋みに似た音を立てるブランコが 普段とW違うWその人の表情が 気になってしまったから。 だけど、それを伝えるのはなんだか 憚られてしまうのだ。] (56) 2020/09/11(Fri) 10:18:16 |
【人】 環 由人[ 無音のひととき。 風に揺れた木がざわめいた。 彼の隣にあるブランコが揺れた。 なんとなくそちらに歩み寄って、 となりのブランコに腰掛ける。 いつぶりだろう、これに座ったのは。 ぎ、と音を立てた鎖。 おもっていたよりも不安定だった。] ─── [ また言葉を探すけれど、 うまく浮かばなくて─── 慰めは向かないなと思う。] (57) 2020/09/11(Fri) 10:18:30 |
【人】 環 由人[ 言葉を探していたら、足元の砂利が音を立てた。 そのとき口を開いたのは、彼の方で。 ゆっくりとそちらを見る。 笑いとばせたらよかったのかもしれないけれど 残念ながらそれはできなくて。 底抜けに明るい性格ならもっと─── でも、その昏は知ってる。 ずっと感じてきた。 世界のどこにも自分の場所なんてない そんな感覚。] (58) 2020/09/11(Fri) 10:18:47 |
【人】 環 由人してるっていってもただ、 親がしてたのを継いだだけなんで 自分がやりたいこと、だったって わけじゃないんですけど。 毎日店に立って、いろんな人に 合うじゃないですか、そしたら、 なんか、俺はこの人たちと 同じにはなれないんだよなあって 自分だけ、異質っていうか。 この人たちは俺の作った料理を 買って、帰って、食うんだろうけど 俺はその場所には絶対いなくて そもそも、人が食べてくれるのを 見ることもこれからはなくて。 ただ俺は自分が作って、 W選ばれなかったWものを食って生きて。 ひとりなんだなあって、思うんですよ。 [ 息を吐いてコンビニの袋を下ろす。] (60) 2020/09/11(Fri) 10:19:23 |
【人】 環 由人[ またがさ、と音を立てた。 そっと空を見上げたけれど、 そこには満点の星空なんてなくて。 街灯の光に負けて届かない暗い空だけ。 短く息を吐いたら、隣で小さく 腹の虫が唸るのが聞こえた。] ───一人で、自分が作った 余り物を食うのって、 しんどくなる時があって [ 視線は空に投げたまま、呟く。] (61) 2020/09/11(Fri) 10:19:53 |
環 由人は、メモを貼った。 (a6) 2020/09/11(Fri) 13:31:24 |
【人】 環 由人[ そんな提案をしたのも、気まぐれだった。 人と一緒に住んでいたことなんてないし、 ましてや、今日までほとんど話したこともない、 ただの時折いく店のママに、我ながら かなり思い切ったことを言ったとは思う。 だけど、口にしたことは全て、本心だった。 己よりもずっと明るくて楽しく生きていると おもっていたその人の、昏い部分を 垣間見て、どこか親近感に似たものを 覚えたのかもしれない。 その寂しさを、孤独を、分け合える そんな関係になれたらいいのにと、 かすかな希望を抱いた。きっと。 案の定、困ったような声が聞こえて、 「まったくだな」と思えて、 思わず眉を下げた。] (109) 2020/09/12(Sat) 0:24:18 |
【人】 環 由人[ 続いた言葉に今度は薄く笑って。] ああ、そうですね、 ───はやく、帰らないと。 二本ともぬるくなるし。 [ 差し伸べられた手をそっと取る。 人肌に触れたのなんていつぶりだったか。 あんな顔してたくせに、手はあったかい。 うん、大丈夫。 まだ押しつぶされてないし、 狂ってもいない。] (110) 2020/09/12(Sat) 0:25:43 |
【人】 環 由人[ そう確認するようにすこしだけ握った。 そのまま連れていった自宅で、 余り物のおかずとおにぎりを出した。 目の前で人が己の作ったものを食べてくれる。 少しぬるくなっていた酒がスパイス。 交わることのなかったはずの道だ。 邪魔も何も、関わっていったのは己で。 きっと、救われたのも己だと思う。]* (111) 2020/09/12(Sat) 0:26:00 |
【人】 環 由人 ───現在 こんな時間にあんまり食うと 太るんだろ?ほどほどにしとけよ [ 恨み言を落として平らげられた皿を こちらに向ける同居人を宥める。 ほんとは唐揚げだとかコロッケだとかも 余ってはいるのだけれど、 出したら食べざるをえないだろうから、 揚げ物は避けるようにしている。 代わりに日中用に冷蔵庫に置いてあるのだ。] (112) 2020/09/12(Sat) 0:32:42 |
【人】 環 由人[ 彼と己は生活リズムが合わない。 それは一緒に暮らし始めてすぐ、 わかったことだった。 己が自宅を出る時間、彼は寝ているし。 己が自宅にいる時間、彼は働いているし。 彼が自宅にいる時間、己は働いている。 だからこうやって食卓で面と向かって 顔を合わせるのは真夜中。 この時間だけだ。 丑三つ時と、明け方の境目。 どこにも行けない寂寞に苛まれる時間帯。 ずっと寄り添ってくれるのは、 顔も知らぬラジオのパーソナリティだけ だったはずなのにな、なんて。] (113) 2020/09/12(Sat) 0:33:01 |
【人】 環 由人[ わざわざリクエストしてくる言葉に 本から顔を上げて、眉尻を下げて ほんのすこし困ったように笑った。] 取っといたらW余り物Wに なんないだろ [ 何言ってんだ、と言わんばかりに。 部屋の中にカレーの匂いが充満する。 じゃがいもの代わりにカボチャが ごろごろしているそれは、ほんのり甘くて でも辛くて、その塩梅がちょうどいい。 比較的人気の商品である。 ──すこしだけよけてあったのは内緒話だ。 銀色の大匙で掬われては唇の中に 消えていくそれを見ながら、 世は更けていく、 ラジオのパーソナリティが 明日またお会いしましょう、と 締め括れば、エンディングが流れた。] (114) 2020/09/12(Sat) 0:34:10 |
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