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【人】 小林 友「この世に悲しいことはたくさんある。 だが、自分の手で死ぬのではなくて 「ここにいたくない」と言うならば どれひとつ、同じ願いを持つ者と お前とを入れ替えてみよう。 元の世界にいる、お前を知っていた人間は 皆お前のことを忘れてしまう。 そうして、お前は新しい世界で 新しい親や友と生きるのだ。 けれど、悲しいことはなくならない。 影のように、お前のうしろをついていく。」 ─────『あの日、月が言ったこと』 (9) 2020/10/08(Thu) 18:57:44 |
【人】 一年生 小林 友 ー 数年後・某大学研究室にて ー 「こら、小林くん。また手指消毒忘れてる」 [同じゼミの柳原が可愛らしく頬をふくらませて 俺の背中を指でつついた。 この『入退出時の手指消毒』の習慣は いつまでたっても慣れなくて ついサボっては、自分より 頭ふたつ背の低い女の子にドヤされるのだ。] 悪い悪い。何年経っても忘れるんだなぁ。 [一旦持ち出そうとした本を脇に置いて 出入口に置かれたスプレーを掌に吹き付ける。 いつまで経っても、俺はこの世界の風習に 完全には馴染めないままでいる。] (10) 2020/10/08(Thu) 18:58:35 |
【人】 一年生 小林 友[─────あの日、月に願いを届けた瞬間 俺の意識は遠のいて…… 気が付けば、病室の一角で 色んな機械に繋がれていた。 慌てて起き上がろうとしたら 病室の前を通りがかった看護士が 飛び上がらんばかりに驚いて叫んだ。 『友くんが動いてる!』って。 後で聞いて分かったことには、 俺という人間は、中学校からの帰り道に トラックに跳ねられて以降、ずっと 目を覚まさぬ植物人間状態だったらしい。 名前も同じ『小林 友』。 父親と母親の顔も同じ。 ご丁寧に、中学校の友達と言って 青柳と佐々木達まで見舞いに来た。] (11) 2020/10/08(Thu) 18:59:00 |
【人】 一年生 小林 友[すんなり飲み込むには、 あまりに大きな変化だった。 リハビリに励みながら何度も事実確認をして どうやら、ここが『コロナ』というウイルスに 脅かされている世界だということは分かった。] …………じゃあ、菜月はここにいるの? [だけれど、俺の周りに 菜月を知っている人が 誰一人としていないことが分かった時は、 俺は、自分の世界を捨てたことを、 ─────少し、悔やんだ。 結局、君に会えないなら もう生きていたって仕方がない。] (12) 2020/10/08(Thu) 18:59:36 |
【人】 一年生 小林 友[でも、俺は結局諦めきれなかった。 リハビリを終わらせて退院したら 青柳達から一年遅れて高校に入り直して 今、大学で近代文学を学んでいる。 研究作家は、小川 未明。 どれだけ研究しても、あの時 俺と菜月に起きた、夢みたいな出来事の 説明なんか付かなかったけれど。] (13) 2020/10/08(Thu) 18:59:51 |
【人】 一年生 小林 友[大学は、まさに人の坩堝。 同じ講義を受けてる人間の名前なんか 全く知らずに同じ教室にいる。] 『おーい、小林!消毒!』 [小埜先生から呼び止められて視線を上げると 隣に、背の低い先生より頭半分高い 見たことのあるような女の子がいる。 先生に招かれて近くによると 背丈は、俺と同じくらいだろうか。 あの子はチアをしていて ]筋肉がどうとか言ってたっけ。 「「小林、こいつが前ちらっと話した面白いやつだ。 文学部じゃないのに俺の授業とって 歴史に残る酷いレポートを書きながら 毎回授業取ってくる。 今年も落ちる予定だ、なあ早乙女」」 [先生がそう、笑って紹介してくれた その女の子の胸には、ボロボロの 『小川未明 童話集』。] (21) 2020/10/09(Fri) 18:44:39 |
【人】 一年生 小林 友…………小林、ユウ、です。 友、と書いて、ユウ。 [あれだけ見たいと願っていた顔が 水面に揺らぐようにぼやけていく。 話し掛けたいと思っていたのに、声が出ない。 人違いだったらどうするんだ、と 冷静な自分に急き立てられるように 俺は、ただの小川未明好きかもしれない人に こう尋ねるんだ。] (23) 2020/10/09(Fri) 18:45:44 |
【人】 一年生 小林 友[もし、それに肯定が返ってきたならば。 ……ああ、先生の前でキスなんかしたら 後でしこたまからかわれるし……。 世界を越えてもままならないことばかり! それでも、君と一緒なら。] (24) 2020/10/09(Fri) 18:46:28 |
【人】 一年生 小林 友窓を開けると、いい月夜でした。 美代子さんは、自分の造った千代紙の花を すっかり、窓の外に投げ散らしました。 二、三日すると、庭には、 いろいろな花が、一時につぼみを破りました。 千代紙の花が、みんな木の枝について、 ほんとうの花になったのです。 ─────『千代紙の春』 小川 未明 (25) 2020/10/09(Fri) 18:49:54 |
【人】 一年生 小林 友[まるで夢みたいな話で、きっと 俺たち以外誰も信じちゃくれないだろうけど でも、他ならぬ君が信じていてくれるのなら。] 俺はずっと、金の指輪の片方を 探し続けていたんです。 [まだ千代紙の春は、始まったばかり。]* (26) 2020/10/09(Fri) 18:53:54 |
【人】 新郎 小林 友[千代紙の花が芽吹き、 古びた本が蝶へと変わり、 ラッコが空を飛んだ日。 あの日から、俺は菜月の温もりや声を知った。 手を繋ぐと力強く握り返してきて たまに手が痛くなるのとか、 案外涙もろいのとか、 キスしよう、と言うとちょっと目が泳ぐのとか。 あの日から菜月の新しいところを知って 多分、菜月も影じゃない俺のことを 毎日少しずつ分かってくれていくのだろう。 何せ、俺は別な世界からの住人だ。 手紙が窓から羽ばたいた夜から 今日に至るまでの長い長い物語は 千夜語っても語りきれない。] (73) 2020/10/12(Mon) 14:01:01 |
【人】 新郎 小林 友[だから、初めてデートに行くのなら 一緒に本屋に行きたいと思う。 めいっぱいオシャレした 菜月の姿をこの目で見てから 改めて「君が一番可愛い」って言いたい。 それから、一緒に読むための本は 相変わらず小川未明の童話集。 紙越しじゃなくて、隣で 君と他愛ない感想を言って笑いたい。 そしたら、喫茶店でお茶でもしよう。 フラミンゴのマドラーと一緒に 意味深に、ストローが二本付いたドリンクを前に 俺は多分もにょもにょ言ってしまうけど 君が「一緒に」と言うならば 必ず俺はそう、するから。] (74) 2020/10/12(Mon) 14:01:22 |
【人】 新郎 小林 友[それから、それから───── ああ、やりたい事は山ほどある! 君に伝えたいことも。 一日がたったの24時間なのが惜しくて つい、伝えられない気持ちのまま いきなり君を引き寄せて、キスしてしまったり。 そう打ち明けたら、君は笑ってくれる?] (75) 2020/10/12(Mon) 14:01:57 |
【人】 新郎 小林 友[今は笑って指さしてくれたって構わない。 いつか、君が隣にいるのが当たり前になった時 ちゃんと言葉で想いを伝えたい。 消えないよう、心の中に。]** (76) 2020/10/12(Mon) 14:04:50 |
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