205 【身内】いちごの国の三月うさぎ
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――入ろうか、温泉
[ やがて火照った体も、乱れた呼吸も
落ち着き、冷えたお茶で喉を潤した後、
湯の香りに誘われるように、言うと
のろのろと立ち上がって
二人分の浴衣とタオルを手に、
脱衣場へ。引き戸を引くと、
湯の流れる音が響いて、浮足立つような
心持ちが芽生える。 ]
さっきも思ったけど、立派だねぇ
[ 控えた声量でも響くような浴室は
当たり前だが、自宅のそれとは比べ物に
ならないほどに、広い。* ]
[達して放心するみたいに、呼吸を繰り返していれば。
寄り掛かっていた重みがふと、消えて。
抱き返すように回された両腕に支えられ、
身体を持ち上げられてしまう。
くるりと、場所が入れ替わって彼の上に乗せられて。]
……っ、
[見下ろす形になれば、抱き抱えられるみたいになって、
彼の髪が、布団にふわりと広がった。
互いに下半身だけを取り去って、上の着衣は残った状態。
汗を含んだそれが少し重く、くしゃりと服に皺が寄っている。
上を脱ぐ暇もないくらい、性急に求め合ったことに。
今更少し、羞恥が襲ってきて、目を伏せた。]
ッ、
ん
へいき、
[ふる、と首を揺らして大丈夫だと伝える。
緩やかに腰を撫でる手が、くすぐったくて、
もじ、と逃げるように腰が揺れたら、
返って、下肢同士を擦り付けるみたいになってしまう。
耳元に落ちる謝罪を聞いたなら、瞬いて。
え、と小さな声を漏らしてしまった。
普段に増して性急で激しかった理由を聞かされて、
その理由が自分の一言だったと聞けば、
面映ゆいような、くすぐったいような。]
……はは、
[それ以上に愛しいと思う気持ちが込み上げて。
荒いだ息の隙間に笑って、こつんと額を寄せ合った。]
[布団の上で少し睦み合って、熱を冷まして。
名残惜しさを少し残して、離れ、起き上がる。]
うん、……服も洗わないと、な。
[彼の衣服を汚した白濁も落とさなければ乾いてしまう。
渡された冷茶を喉元に流し込んで、一息ついて。
部屋に散らばった衣服を拾い上げていく。
寝乱れた布団は、今は見なかったことにしよう。
脱衣所に入れば、湯の匂いが一気に強まった。
彼が引き戸を開ければ、かけ流しの音が耳に響く。
脱いだパンツと下着を籠に放り込んで。
パーカーとシャツを一気に脱いで、その上に落とす。]
内風呂と、露天がありますね。
……露天でいいですか?
[個室の露天であれば、瑕を気にすることもないけれど。
聞いてしまうのは癖のようなもの。
横から覗き込むようにして扉の向こうを見れば、
どちらも二人で入っても、
十分に足が伸ばせそうな程広い。
ひとまずは、汚れた身体を洗い流すために、
洗い場へと向かって。*]
よかったか、そっか。
[ 少し、困ったのは本当。
あとで、優しくするとそう言ったのに。
そうする自信が削れていくような気がして。 ]
あぁ、そういえば。
[ ――衣服を脱ぐ間も惜しんでいたのか
と思えば、僅かに羞恥も滲む。
洗って干すのは後回しにして、
散らばった服の回収は任せてしまうことにして。
自分も冷えたお茶を飲み、
向かうのは脱衣場。
汚れてしまったシャツを含めて
全て脱いで籠に収めながら、
ドライヤーと洗面所に視線をやる。
最悪ここで洗って干して、は可能だろう
後ほど宿の案内ファイルの中に、
ランドリーを見つけることになるが。 ]
いいね、露天。
[ 髪を濡らしてしまわないように、軽くヘアゴムで
まとめておいて、汗をざっとシャワーで流して。 ]
おぉ、
[ 露天風呂には控えめなライトアップが
されていただろうか。
都心にはない空気の綺麗さがなす景色に
目を奪われていると、ひやりとした夜風が
肌を撫でる。
濡れた体には、少し冷たい風から
逃げるように、ちゃぷり、風呂に体を沈めながら
……この木造の壁の向こうも、
風呂なのだろうか、と考えつつ ]
………あぁ………、
[ 至福のため息をついた。* ]
[到底男に向けられるはずではない台詞が並んで、
くすくすと肩を揺らして笑う。
彼の言う通り、エロくて可愛いというのなら、
そうした責任は彼自身にある。
それはおいおい彼本人に面倒を見てもらうとして。
彼の言う堪えの効かなかった愛情を受けても、
感じる身体になってしまったのは、本当。
今まで届かなかった箇所に、届いた先端の形を
思い出して、ぞく、と一瞬身を震わせたことには、
どうか、気づかないで欲しい。
]
[シャツを脱いだ彼の背に目をやれば、
思い切り爪を立ててしまった、痕が赤く残っていた。
痕を残すことに気を回す余裕もなく、
縋りついてしまったことに、仄かに頬を染めて、
俯いてしまえば、自身の脇腹の辺りにもしっかりと、
赤く、彼の掌の形が残っていただろうか。
はっきりと手の大きさが分かる形。
ぶわ
、と顔に血が集まって赤面してしまう。
痕を残さないようにと前日あれほど気をつけて、
付けられた後もようやく色が見えなくなる程、
薄くなっていたというのに、これでは。
大浴場になんてとてもいける気がしない。
神田さんに見られたら、とてもじゃないが、
まともな顔をできる気もしない。]
[一人、照れてしまったことに口元を隠しながら、
備え付けの腰掛けに腰を下ろして、
シャワーを頭から浴びて、頭を冷やす。
少し熱めに設定された湯が気持ちいい。
ボディソープを泡立てて、持っていたタオルで
身体を泡に塗れさせていく。
彼の方はといえば、先に湯船に浸かっている様子。
大きな風呂を選ぶ、彼のこと。
もともと長風呂の質なのだろう。
湯の温かさに溢れる声を聞きながら、
身体を綺麗に洗い流して、今度は髪へ。]
……少し、伸びてきたな。
[つんと、自分の前髪を引っ張って、
目許にかかった髪を垂らせば、眼に掛かるほど。]
[ヘアゴムで纏められる彼ほど長くはないけれど。
仕事柄、長すぎると抜け毛が気になってしまうし。
旅行から戻れば、切りに行こうか。
なんて、考えながら備え付けのシャンプーで洗い、
コンディショナーで湿らせていく。
最近の旅館は、何も持たずに来ても、
備え付けのアメニティがあるから便利だ。
短い髪に洗う時間はそれほど掛からない。
手短に洗って、シャワーで泡を流して。]
………………、
[先程身体を洗っていた時に、軽く流しただけの、
臀部の奥。彼を受け入れた場所がまだ残っている。]
[ちら、と視線を彼の方に流しやり、
露天風呂にくつろいで意識が取られている内にと、
指を沈ませて、息を詰め。]
[細く息を吐き出して、ぬちゅ、と指を何度か往復させる。
身体が細かく震えるのは、どうしても仕方がない。
中に直接吐き出された訳じゃないから、
掻き出すものは、少ないけれど。
感づかれないように、静かに息をひそめ、身を丸めた。*]
[ 背中に残る傷について、実はあまり
気にしておらず。
痛みもさほど長引かないし、
強いて言うなら痛痒さは少し。
とはいえ慣れたもの。
こちらとしては大浴場に行く想定は
もう全くしていなかったので。
――とはいえ、脱衣場で
赤く痕が残った脇腹が目に入れば
済まなそうな顔はしてしまったかも。 ]
[ 一足先に、絶景と、星空を
堪能していた。
風呂は好きだが、自宅以外だと
どうにも、人の目が気になって、
早々に引き上げることの方が多いし
かと言って、こういった風呂が備え付けて
あるような宿に一人で、をするには
ある種の勇気がいる。
――あと、普通に断られたりもするし
長湯するというよりは、入ったり出たりを
繰り返すために入浴時間が長い方では
あるのだが。
なにせ今は、一人ではないもので。
まだかな、と視線をやって……… ]
………楽しそうなことしてるな
[ 零した言葉は、拾えまい。
かけ流しの湯のほうが余程大きな音を
立てているから。
岩肌を抱くようにして、丸まっていく体を
小刻みに体が震えるのを見ていた。
――気づかれたくないのだろうから、
気づかれないように。こそりと。
悪いことをしている気分も少しはあるのだが
それ以上に、絶景は逃したくないたちなので。* ]
[かけ流しの湯の音が大きくて良かったのは、
こちらも同じこと。]
……
ふ、ぅ
ッ、……
[小さく洩らしたあえかな声は、
そちらまではきっと届かない。背を向けているから、尚更。
それでも、大浴場ほどじゃない広さだから、
何をしているかは、視力の悪い俺よりもきっと、
はっきり見て取れてしまうだろう。
洗い流したばかりの肌に、しとりと汗を浮かばせて。
掻き出す指を窄まりが、きゅん、と締め付ける。
その度に、ぴくん、と腰を揺らめかせ。
は、と甘い息を、そっと吐き出して。]
[ぱた、と石造りの床に水分を滴らせ、
ぬめりが取れたら、指を引き抜いていく。]
…………は、ぁ……ッ、
[彼の指から快楽を拾えても、自分の指では彼ほど拾えない。 洗い流すだけだから、それで良かったのだけど。
今日は、いつもより届かない奥まで貫かれたから、
指じゃ届かない場所が、少し寂しい。
ほぅ、と名残惜しげに甘やかな吐息を洩らした横顔を、
しっかりと見られていたとは気づけないまま。
また上がってしまった熱を冷ますように、
少し温度を下げたシャワーを頭から被って。]
[ぷるぷると子犬のように髪から滴り落ちてくる水を、
払い除けてから、両手で前髪を掻き上げて後ろに流した。
額を顕にすれば、夜風が顔を撫でる。]
露天だから、ちょっと涼しいですね。
湯船に浸からないと、寒いかも。
[季節はまだ夏というにはかなり早い頃。
夜はまだ少し肌寒いけれど、身を屈めて露天に指先を
浸せば、少し熱めに設定された湯が心地良い。
先程致していたことを微塵も感じさせない装いで、
笑いかけて、肌にかけ湯をしたら、
ゆっくりとお湯に身を浸して隣に並ぶ。]
……は、……気持ちい……、
[満たされた溜息を零して、ぱしゃりと肩口に湯をかける。
人目を気にしないでいい、貸し切りの露天風呂。
贅沢な休日に顔は、綻んで。]
景斗さんって、結構お風呂好きですよね。
どうです? ここは。
……満足?
[伸ばした足を足首で組むようにしても、
誰の迷惑にもならない。
両手を伸ばして組み合わせ、ぐ、と伸びを入れて。
隣で先に楽しんでいた彼に、感想を求め。*]
[ 艶めかしい声も、近づけば聞こえるのだろう。
が、そうしたら覗いていますと言っているようなもの。
手伝う?と声を掛けてもいいのだが。
それこそ、温泉どころではなくなって
しまうのは自明の理。
なにせついさっきまで、どろどろに
溶け合ってた体。いつ火がついても
不思議はないので。
事後処理を終えたのか、シャワーを
被るのが見えたら、何食わぬ顔をして
空へ視線を戻した。 ]
[ 酒もほどよく抜けたのか、すっかり
いつもどおりの口調にも、声色にも。
ひそかに、ぞくっとした。
わりと、いつも、そう。かな。
つい何分前まで、息を詰めて
目尻に涙を溜めて、揺すられるたびに
あえかな声を漏らして、離れないでと
腕も、中も、ぎゅうと締め付けていたのに。
気持ちが冷えているわけでもあるまいに、しれっと
シャワー浴びる?と問えば そうですね なんて
言って。
オンオフとまでは言わないがその切り替えに
慣れていても、ぐっとくるものがある。 ]
山の近くだからそのせいもあるかもね。
浸かってあったまってると、そのうち
少し涼もうかな、とか思うけど。
[ ちゃぷり、水面が揺れて隣にやってくれば
そう狭いわけでもないけど、場所を
渡すように、少し位置をずらして ]
そうだね、お風呂好きだね。
最高だよ。
――泉質もいいし、景色もいいし
隣には那岐くんいるし、言うことないくらい。
[ 顎先近くまで湯に沈み、
頭の位置を隣よりも低くして、肩に凭れた。 ]
頻繁に、は無理でも
半年に一回くらい、出かけられるように
したいな。
苺も、大好きになったしここにも ね
[ できるといい、よりもっと現実に近い色をした
言葉はちゃぷり、跳ねる水の音でも
消えないくらいはっきりと言って。
凭れたままで、片手をそっと相手の脇腹へ
撫でる、よりは当てる、という行為。
痛みはさほどなくとも、赤々と痛ましい痕に、
小さなため息をつくも、
常日頃付けているそれとて、鬱血の痕、
言うなれば傷のひとつ。
反省は己の内のみで、しっかりと刻んで。
そっと、顎先にキスをした。
これより先は、とびきり、優しくすると
決めているので。* ]
[もし手伝う?なんて言われていたら、
見られていたことに気づいてそれどころじゃ、
済まされなかったと思う。
普段、彼の部屋で身体を交えた時も、
事後処理と称して、彼に手伝ってもらう時もあるけれど、
それはそれでなかなか、羞恥と共に、
収まった熱を引き戻されてしまうので。
困ると同時に、
淫らな自分を自覚して埋まりたくなるのだけど。
それは彼の預かり知らぬところ。]
[軽く汗を流したからか、時間も置いたからか。
酒気は少し散ったような気がする。
ほわほわとしていた熱は今はない。
それでもいつもより機嫌がいいことは変わらないけれど。
先にシャワーを浴びたのは、
身体に纏わりついているような残滓を、
逃したかったことが一つ。
自身で意識的にオンオフを切り替えている訳では、
ないのだけれど、少し冷静になった頭が、
普段どおりの会話を引き出していくのは、
何度か彼とこんな夜を過ごした経験も、
役立っているのかもしれない。
初めて朝を迎えた日は、とても。
顔を見れるような状態でもなかったし、
腰も、今以上に硬い身体に酷使をしていたので。
少しストレッチを入念にするようになったとか、
股関節が柔らかくなったような気がするのは、
少なからず、彼も影響していると、思う。
]
[そんな普段の口振りが、彼の弱点を突いていると
気づけるほどまで、察しはよくないから。
ちゃぷん、と湯を鳴らして、温泉を楽しんでいた。
山は気温の寒暖が激しいのだったか。
バイクで遠出をする経験のある彼ならそこは詳しいだろう。]
ああ、なるほど。
だから、冷えるのかな。
[納得して、涼もうという声には笑って。
「湯当たりしないでくださいね」と一言添えて。
最高という評価の高い回答を聞いて目を細めた。
元の風呂好きもあるし、
初めての旅行という点を差し引いても、
緑が望める山間を露天に浸かりながら眺められる贅沢。
そこに、自身も居ることを含まれているなら、この上ない。]
「少しずれた位置、彼の頭が湯に沈んでいく。
並ぶと少しだけ高い位置にあった彼の頭が、
自分よりも低くなって、肩に彼の髪が張り付いた。
重みはそう感じない。
半年に一回、なら、休みも取れるだろうか。
スケジュールを調整すれば、なんとか。
連休は二日、長くて三日。
長い遠出をしなければ、難しい話ではない。
いちごを好きになったという声に声を立てて笑って。]
そうですね、また来ましょう。
今度は、バイクででも。
[また長袖が必要になった季節に、
バイクで冷やされた身体を、温めに温泉に来るのも。
それは、また違った楽しみに巡り会えるだろうから。]
[こつ、と凭せ掛けられた頭に頭をぶつけて、
少し先の「約束」をまた一つ、重ねる。
あの日以来、彼は約束を破ったことはない。
どんな小さな約束でも。
気にはしていないけれど、
そう気にかけてくれていることが、嬉しいから。
それ以上に、彼と過ごせる先の未来の話を、
共有できることのほうが、満たされる。]
……、ッ、
[不意にお湯が動いて、彼の手が脇腹に添えられる。
お湯の方が熱いだろうに、
しっかりと掌は、肌に感触を訴えるから。
撫でる訳でもなく、当てられるだけなのに。
か細く、息を詰めてしまった。]
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