150 【R18G】偽曲『主よ、人の望みの喜びよ』【身内】
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三十三
青年の瞳が、蛍光灯の輝きを反射してほのかに光っている。
ビー玉にも似た瞳が、ただじぃっと貴方を見つめ、過去をなぞっていく。
人の救出よりも現場の保存を優先した行動が批難されることは想像に難くない。けれど、青年は貴方が自分を貫いたことに対し酷く嬉しそうに微笑んでいた。
「……いいですね。とってもいい!
人を救うことは確かに大事です。でも、それまでの歩みを記録することだって同じくらい必要なことだ。
人の進化は日々の積み重ね。礎を築いて届くもの。
その礎となった者たちを忘れてしまったら。誰の記憶からも無くなってしまえば、その人の存在は誰からも証明されなければ、無かったものと同じことです。
人の進化の歴史と、今の俺たちは数多の生死の積み重ねで出来ている。それを知らずに生きていては、これからの歩みが軽いものになってしまいますよ。きっとね」
▽
三十三
「この手で記録したい。……ふふ、うふふ。
三十三さんは、俺にとって大変有り難い存在ですね」
ぺた、ぺたと。手足を使って、距離を縮めて。
顔を覗き込むようにしながら、楽しげに問いかける。
「死の淵に魅入られた三十三さん。
聞きたいことがあります。回答によっては、お願いしたいことがあります。聞くも聞かないも自由ですけど。
死に直面し、抗い、そしてその先へと歩む人たちに興味はありますか?」
血に塗れ、呼吸も鼓動も止め、指先一つ動かす事も無く
ただ眠っているように、深和に連れられ、そこに居る。
そのタブレットのファイルはほとんどがロックされている。
正しい路は今もわからない。ただ、待つ人の居る方へ。
本当はその向こうを見ている。いつか日が 迄。いつか月が 迄。
三十三
「おかしいおかしくないなんて、そんなもの個人の価値観で如何様にでも変わります。大衆に平等に与えられた倫理道徳の物差しで考えるなら、ある程度反応は揃ったものになるとは思いますが。
思い込みでも、俺は貴方の背を押しますよ。それで貴方らしさを守れるのなら。貴方がやりたい事をして、どんどん活躍できるのなら」
世間から、常識から見て批難されるものであるかどうかは一応この青年も判断が出来る。
それでも、分かっていて青年は背中を押すのだ。
「はい。俺は人の歩みを見るのが好きです。可能性を見るのが好きです。
人がどのように進化していくのか、その成長を見守ることが好きで、その果てを見届けるのが夢なんです」
ああ、思い出した。
そう、自分は、その為に動いている。
「だから俺の知らない場所で知らない人がどんな事をしたのか、その軌跡を保存してくれる方というのは大事な存在なんですよ。
三十三さん。貴方のような、死という忌避されるべきことを記録してくれる方は特にね」
▽
三十三
「……えへへ」
迷いのない回答に、青年は吐息混じりに小さく咲う。
「よかった。うれしいな。あのね、三十三さん。
どうか、願わくば──
理不尽に巻き込まれ、それでも尚生き延びた人たちと可能な限り連絡を取って、彼らのその先を記録してほしい。
ここで喪われた命を、この組織の進化の歩みを、どうか可能な限り覚えていてほしい」
「三十三さんが聞く義理もない勝手なお願いなんですけど。でも、託すならきっと貴方が一番だと思って。
きっと、此処で起きたことは揉み消される可能性が高い。そして生きて帰った人たちがこの件を世間に明かすことは恐らく難しいことだと思うんです。社会という世界も結局のところ力を持った生き物が全てですから」
▽
三十三
「俺はこれもまた人の進化の過程だと思っているんです。
ダート製薬という組織としても、理不尽に巻き込まれた人たちとしても。
人を変え、考えさせ、己の意思と選択を以って次の一歩を踏み出させる転機です。
俺はそれが無きものにされるのがたまらなく寂しい。
だから……だから、どうか。貴方だけでも。
どこまでも悼ましい事実にも目を逸らさずちゃんとフォーカスを当ててくれる貴方だけには。
此処で人々が何をしたのか、切り取り、アルバムに収めてほしい。
人の意思を、記録してほしいんです」
冷え切った腹が、じくじくと痛む気がした。
自分はもう、人の進化を見届けることが出来ないから。
こうして動いて喋ることができるけど、外に出ることは叶わないから。
だから貴方に。三十三来夏に。
世界に真正面から目を向けてくれる貴方に。
願いを託したい。
名前の知らない者達も含めた、人の進化の過程を記録して、存在を証明してくれることを。