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人狼物語 三日月国


169 舞姫ゲンチアナの花咲み

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   ばらばらの鎖が円を成すように繋がり
   点と点が結ばれていく。

   本来なら心地いいはずのこの瞬間が
   いまはただ、恨めしい。

   聞かずとも推測するに十分な情報があっても
   サルコシパラはウユニの口から語られる事を
   望んでいた。

   勇気と信頼を持って、
   自身を受け止めて欲しいと願っていたから。






     「…………はい。読みました。」


   その答えは彼女の望みとは真逆のもの
   僅かな望みを摘み取ってしまえば
   零れたのは謝罪。

   何も語らないその姿に
   サルコシパラは頬をそっと撫でて。





   「貴女の病気のことを
    貴女が抱えているものを
    私に教えてくれませんか。

    貴女の病気のことを
    貴女のことを、私には知る義務がある。

      貴女に添い遂げると誓ったのですから。」





   あの手記には病気のことが記されていた。

   思い浮かぶの昨夜のこと。
   自分の犯した過ちの断罪などいつでも出来る。
   今はそれどころではないのだ。

   でもその先のことは記されておらず
   彼女の口から直接聞かなければならない。

   サルコシパラは強い決意で
   ウユニの左目の花に触れた。*





   手記を読まれてなお、語ろうとしなかったのは
   怯えていたから。
   勇気を出して、踏み込んだ次の日には
   悪化してしまった病。
   貴方と心を深く通わせるほど
   貴方へと想いを募らせるほど
   花が咲いていくと、知って。

   貴方が私を蔑ろにしないと
   わかっていても怖かった。


  



   それでも、僅かな望みの芽を摘まれて
   貴方が、教えて欲しいと願うから。

   花に触れる手が、
   肌に触れるときと同じように優しくて
   貴方は私のこの姿も厭うことはないと。
   全てを受け入れてくれると、語ってくれるから。


      貴方の強い決意が、私の心を溶かして。

 



    「……花咲病を発症したのは、
     私が、18歳の時。

     その時は、太ももに小さな花が
     一輪、咲いているだけだった。」


   何処から話せばいいのか
   少し迷って、視線を彷徨わせていたけれど
   貴方の手を軽く握って。

   話し始めるのは、本当に、最初から。
   
抱えて来たもの、全て。


 



    「私は家族に相談したの。
     味方でいてくれるって思ってた。
     でも、……違ったの。
     
出て行け、
って。そう、言われて。」
   

   追い出されたことは、
   貴方も既に知っている事実。
   自嘲したように笑うと、続きを語っていく。

 



    「病のことを知らないと、って。
     そう思ったから、街を巡って、
     色々調べてまわったわ。

     貴方がさっき読んだことは、
     行く先々で知ったこと。

     病が重くなっていく原因は
     時間が経つことだけ、
     最初は思っていたけれど……。
     感情が昂ったり、自我が薄くなったり。
     そういったことも原因になるって知って。」

 



    
「独りでいよう、って改めて思ったの。」


 



   誰かに関われば、そこに待っているのは
   決して明るくない未来。

   証明なんてしたくなかったのに
   昨夜、貴方とそれを証明してしまった。

   病を悪化させたくないのなら
   間違いだったのかもしれない。

   でも、それでも―――――。


  



   ふ、と息を吐く。
   貴方の反応はどうだったかしら。


    
「治療法、は……。」



   そこまで言って、言い淀んだ。
   書かなかった、治療法になるかもしれない手段。

   
誰かに感染せば、助かるかもしれない。

   それは犠牲を伴う治療方法。
   だから言いたくはなかったの。

   誰かが犠牲になる治療法なんて、治療法じゃない。
   知った時、そして今もそう思っているから。

  



    
「私が望むような治療法は、ない、の……。」



   か細い声で、告げて。
   きっとこの先も話すことを貴方は望んでいる。
   わかってはいるの。
   でも、嫌な予感が頭を掠めてしまうから。

   それを打ち消すには、
   まだ貴方への理解が足りない気がする。
   踏み込まないようにしていたから
   知らないのは、当たり前。


  


   
   貴方の方を見つめていたのに、
   ふい、と目をそらせば、
   零れ落ちるのは心に抱えていた本音。


    「私には、未来さきがないのに…。

     貴方が、私に時間を捧げることなんて……。」



   ないのに、とは言わない。
   だって貴方は以前に答えを示してくれているから。

  



    「私は貴方を騙していたし
     寄り添い続けることはできないのに。

     そういう意味では、
     貴方のW家族Wと、同じでしょう……?

            
それでも貴方は―――。」



   貴方の決意を疑っているわけじゃない。
   ただ、私は、貴方のことをもっと知りたかった。
   独りになってしまった理由も、
   貴方が仮面に隠そうとしたものも。


   
貴方が私に望んでくれたように、知りたかった。


   
だから私は、貴方の心に、手を伸ばしたの。*


 



   語られていく花の歴史は
   想像していたよりも重く
   共感と呼ぶにはあまりに絶する痛み

   独りで居たいのではなく
   独りになるしかなかったのだと
   そんな叫びに聞こえてならなくて。


   共感とは程遠い理屈としての理解が
   サルコシパラの顔に陰りを見せた。





   彼女を受け止めたいと。
   彼女の全てを受け入れたいと。

   青い少年の戯言のような誓いが
   あまりに無力で滑稽であることを
   サルコシパラは思い知る。

   自分が彼女にしてあげられることが
   何も無いことに気づいてしまったのだから。






   彼女は答えない。
   あの手帳に続く言葉を。

   それはあるけど答えたくないのか
   本当に知らないのか。

   どちらにせよ
   ウユニの言いたいことはなにか。
   手が伸び、語られた言葉が答えだ。





   家族は皆自分を置いて逝ってしまった。
   置いていかれたと嘆いた事がないわけではなく。

   そういう意味では彼女の言うことは正しい。

   このままでは辿る未来が
   いつかの悲劇と同じであることも。


   



   いまだ幼かった頃
   かつて小言のように言われた言葉を思い出す。
   独りとなったサルコシパラに浴びせられた同情は
   身勝手に家族を非難する言葉に乗せられて。

   こんな小さな子を捨てて死んでしまうなんて
   なんて酷い家族なんだ、と。

   赤の他人が憶測で家族を語るその様は
   当時サルコシパラの怒りを買うのに十分だった。





   「僕の家族に裏切り者なんていない。」



   「私の家族に人を裏切るような人はいません。」





   サルコシパラは過去を思い出し
   滲み出たやり場のない苛立ちを引っ込めると

   ウユニの手に、応えた。





     「私の家族を悪く言うのは
      たとえ貴女でも、許さない。」



   それがたとえ彼女自身の自己卑下であっても
   家族
を否定されるのはいい気がせず。
   仮面を外した姿のまま


     「私は貴女を信じています。

      私を悲劇の子供と決めつけ情けを口にする
      ような下劣な人々を知っているからこそ
      貴女のような人が、私は好きなんです。」


   そう、己の胸の内を明かすことになる。





   「私には、理解者も、家族もいない。
    この痛みを知る人など
    この街には決して居ないでしょう。

    だから私はこの痛みを知る人を
    その痛みを慈しめるような人を
    ずっと探していたんです。

    私が貴女の傍で力になりたいと願うことに
    これ以上の大きな理由など要らないでしょう?」





   サルコシパラは伸びた手に指先を絡めて
   それから小さく笑うとウユニの頭を撫でて。


    「この病気の治療法……

     あなたが知らないのであれば
     私は今からでも探すために全力を尽くします。」


   そう言って立ち上がり
   荷物をまとめようとするのだ。


         残された時間は少ないのだから。






   陰ってしまう貴方の顔も
   仮面のない今ならよく見えて。

   共感なんて要らない。
   私はただ、味方でいて欲しかった。
   人の身から離れた姿になったとしても
   それを受け入れて欲しいと。

   だから、貴方の誓いは私の願いそのもので。
   ……私がそれ以上を
   望んではいけないことなんてわかりきってる。


 



   私の言葉を否定するように
   貴方がきっぱりと告げる言葉には
   どこか苛立ちが滲んだ気もして。

   家族に裏切られた私からすれば
   そうやって言いきれる貴方に
   微かに羨望も向けそうになるけれど。


 


   
    「ごめんなさい…
     
貴方の家族を悪く言うつもり、は…。」



   そこまで言って、家族に自分も入っているなら
   貴方の家族を悪く言ったのと同じだと。
   気づいて、自身の言葉を打ち消すように首を振る。
   続く貴方の言葉には、
   少し後ろめたいような気持ちになるの。
   
私も以前は貴方が厭うような人だったはずだから。


 



    「きっと私も。
     貴方が下劣と思う
     人々の側に立つ人間だったのよ。

     花が知らなかったことを
     教えてくれただけ。

     人より、運がよかっただけの事。」
         
運が悪かった



   貴方に信じてもらえるような人になったのは
   花が見せた現実のおかげ。
   
   満たされた場所から落ちた私は
   満たされた場所にいる人々の考えも
   多少なりともわかるから、
わかってしまうから。

   感じた後ろめたさを隠さず口にして。