左腕でほいほいと壁を登る。
右腕にラナーを抱えて。
てっぺんに着いたなら彼女を降ろし、自分も横に座る。

ここは煉獄でもっとも高い塔。
今は、、飛べない彼女が、空からの景色を見たいと言うから。

　「うぉー、今日も今日とて煉獄日和……」

建物の谷をすみずみまで、霧のように砂塵が流れる。
ラナーがよく売り子している商業区も、真っ白な神殿も、
俺の通う闘技場も、湯けむりも。
シャフリヤールの宮殿も見える。やっぱりでかいな…。
遠くまで見渡せば、溶岩と瘴気の赤影も見える。

ここはなかなか雨が降らない。いつも乾いてる。
煉獄の為に流す涙なんて、天にありはしないか。

>>38続き

　「俺、ときどきここに来てたんだ。
　　この中で一番強くなるって、再確認するために。
　　けどそれももう、必要ねえな」

地上に戻るか輪廻に向かうか。
どのみち俺達が永遠にとどまることはないのだ。

　「……サーリフには悪いことしたな。
　　地上に戻ったら、あいつ隠れちゃうんだろ」

反省とか贖罪なんてガラじゃないけど、
ラナーの前ではなぜだか素直になれる。

試験はもうすぐやって来る。
片翼の天使は何を思うだろうか。

>>31　


[ああ、嫌だな。どこに行っても『空っぽ』だと言われる。そしてソレを肯定されることを、嫌だと思う俺は。やっぱり、生きたいのだった。]


　……未練を持つほど、生きてないんだよね。
　生かされて、いたから。


[流石に分かるぜ、アンタの視線が何を求めているのかは。それは死ぬ前に散々浴びた視線だからさ。『フォーマルハウト』の散らす光は、何もかも見飽きたような草臥れたオッサンさえ掴まえるのか。]


　この刀……アンタなら手に入れる？


[逆に聞いてみようか。俺の知らない世界ばかりをひけらかす他の二人と、きっと同じだろう。自分に何もない事は自覚した、ならば、俺はまだ幾らでも受け取れる、筈だなんて期待する。]


　……ふっと、過る記憶があんだ。

　鉄錆の香りと口に広がる嫌な塩っぱさ。
　俺の『家族』達の血を吸って、西日を遮る
　暗い部屋で、真っ白に、この刀　コイツは光ってた。

　俺に向かったその刃は、この血を吸うことは
　無かったね。ソレを俺に向けてた男は、
　なんでか自分で自分の胸にコイツを突き立てて……
　

[あ、また一つ鮮明になっていく。
そうだ、全員胸を抉られて死体になってた。そうか、いつか、俺もそうなるのか？　

思い当たってゾクリと震える心臓が、ある。
俺はそれに、笑う。笑い、一つ俯いて、ぱっと笑顔を新しく向けた。]



　……何もかも持ってて、生も死にも用のないアンタは
　ここに留まるのかな。廻ることもせずに

　──だったら、またいつか会えるね。
　その時に、俺の未練たらしい話を……酒の肴にどう？




　

>>38>>39ファルーサ

[“空からの景色を見たい”と。

その話を振ったのは、半分以上雑談としてだった。
だってまさか、こんな高い塔まで登れちゃうなんて思わないでしょう?]


すごい…！


[あたしは子供みたいに目を輝かせた。
見渡した世界は、全部ミニチュアのようで、こうして見るとすごく狭い。
なるべく色んな所を見て回ったけど、結局街の外に行く機会は無かったわね…と、自分の足で行ってみた所を、数えてみて]


────そうだったの。


[隣のファルーサに、視線を戻す]


そうね。
こんな狭い煉獄世界に留まる必要なんてない。

あんたはもっと広い地上世界で、一番強くなれるわ。

[にっこり笑ってみせたけど、続く言葉には淡く目を伏せた。
この審判が終わった後のこと。あたしとサーリフのこと]


あたしも…サーリフも、覚悟してる事よ。

元々、ひとつである存在が、分かたれているのがおかしいの。

そういう意味ではあたしたちも今、
猶予期間煉獄に囚われてるんだわ。

………。
本当は……許されるなら、このままが良い。


ファルーサが居て、
アルバリが居て、
ナディルが居て、
シャフリヤールが居て
───サーリフが居て。





[けれど、時は止まらない。
誰にだって等しい速度で、未来へと流れていくから。
神様は、永遠に留まることモラトリアムなんて許してくれないから]

[高さなんてものともしない風に、立ち上がる。
煉獄の強い日差しと、乾いた砂の匂いがあたしを擽っていく。
変ね。こんな、神に見捨てられたような地なのに。
とっても愛おしく感じるわ]


皆を地上に導いたら、
あたしはサーリフを受け入れて、
サラになる。

翼の揃った完全な天使になって、また、魂を導く。

あんたたちが前に進むなら、あたしだって進まなきゃ。
そして、未来のその先で、あんたたちを待ってるわ。
また会うために、今、送り出すわ。


………ちょっとだけ、寂しいけどね！