45 【R18】雲を泳ぐラッコ
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……私を守って死ぬような騎士ならいりません。
騎士なら私の居ないところで死なないでください。
必要なら手の修理してからにしてください。
[鼻声にならないように、背筋を伸ばして彼を見る。
まっすぐにこちらを射抜く萌黄色に、
ちゃんとしなくちゃと碧の視線を向けた。]
ショックはショックですよ、
私も盗賊だったらリフルに付いていけたのかしら
なんて考えるくらいには。
…………。
お姉さまにはあなたが望むようにって言われるんです。
お父様にも、お前が決めなさいって言われたんです。
私もそうなりたかったから務めを果たします。
あなたがどこに居ようと、私たちの感謝は変わりません。
お気をつけて。私の騎士さま。
助けてくれてありがとう。
ここに来てくれてありがとう……
お元気で、になるのかな
……また、ね
[また明日もふつうの顔で現れたいし、
見送りの場にもなんとか出て行くつもりだけど、
今は1人になりたい。
彼にだけは泣いてるところを見せないようにしたいって、
ピアノの部屋に逃げ込んだ**]
[暫く球体の手入れをしていた少年は、
思う所があったのか、また顔を上げる。
手元に自ら球体を作りながら、彼に視線を向けた。]
本来は、貴方の意思を尊重するのが、
俺の意志でもあるのですが。
ここは俺の夢の様な世界ですし、
好きな夢を作り出してもいいでしょうかね。
[独りごちるように言って、一度更に上を見上げ。
僅かに微笑んでから、
柔らかそうな球体を先程と同じように押す。]
月明かりのもとで気付くのは随分と時間がかかりそうですから。
…起きた時に忘れるかは、貴方の自由です。
[1つ対処法を告げて。
作られた球体が当たると、選択肢は浮かばずに、
彼の視界を染めていく。]
[そうして気付けば砂埃の舞った地に戻っていただろう。
彼の様子がどうであれ、何処か満足気に、
少年は手入れを再開していた。]*
──鈍色の球体6──
[乳児を少し抜け出したくらいの小さな子供が、
黒髪の男の前でこてんと頭を傾けた。]
あきらは、あきらっていうです?
[なんで?どうして?と目につくもの全部に興味を持つ頃。
そんな子供が今日気になったのはよく言われる名前。]
“ああ、秋生まれの良い子で、秋良だ。”
あき?よいこ?
“何時も食べてる黄色いのが美味しい時期だよ。”
あれがあきです?
“あれは栗だな。”
あきらはくりら?
“秋良は秋良だ。
良い子はこの本に出てくるような子だな。
人々の色んなお手伝いをしてるんだ。ん…”
[男はポケットからの電子音に気付くと、
動物達や家族の手伝いをする絵本を指差し幼児に読ませ。
自分は携帯を取り出しメッセージを読み始めた。]
[男はほんの少しの空いた時間を幼児に当てたものの、
継いだばかりの会社は多忙を極めていた。
何時呼び出されてもおかしくはない。
すぐに仕事場にとんぼ返りする事になれば、
家に戻ってきたのは失敗だったかと男は息を吐き。]
“良い子にしてるんだぞ、秋良。”
はーい
[絵本の真似をした幼児の返事を受けながら、
男は家の者に教育を受けている妻に会う事もなく、
屋敷を後にした。
誰も覚えていない、
まだ物心がつく前の話。]*
[あはは、ごめんね。
お客さんに上の子見てもらうために頑張ってたのに。
ちょっとすねすねモードはいってた。
そんなことを、返事に書こうかな。]
[彼女が一人泣いた日がある事も知らず、己の思う淑女からは想像できない様な気持ちを持った事も知らず、
彼女が見舞いに来てくれる事を、
ただ毎日喜んだ己は浅はかだっただろうか。
彼女が生きて過ごしている事に、小さな幸せを見ていたんだ。
同じ気持ちならよかったと、
思うのはお互い様だろうか]
──………
[生に執着しない己に、
彼女の言葉は生きる理由をくれた。
普段ならハイハイと聞き流していたかもしれない。
けれど、いじらしくも凛とした姿で告げる言葉にこの身は内で反応を示した。
静かで穏やかでありながら己の胸を深く刺して、溶けて、時間をかけて同化していく言葉だった]
……うん。
[その言葉には頷かなかったのに、
続く言葉には微笑んで頷いた。
もしもオレが彼女と同じ気持ちで、
盗賊であった事への負い目も小さければ、
一緒に行こうって攫ったのかもしれない。
けれど同じ気持ちだったとしても、
きっとオレはそうしなかった。
姉妹二人共攫われる事になるこの屋敷の事を考えてしまうから。
彼女が自分で自分の道を決められるのが良かったと思う。
縛られている部分もあるかもしれない。
以前、「こういうの向いてない」とヒールを投げていた事を思い出す。けれど、彼女の心の奥底迄はわからない。
彼女が目指すものがあって、そうすると言うのだから、
応援する以外の選択肢はないだろう。
彼女がオレにそうしてくれるのと同じで。
オレには 彼女の「ありがとう」で
十分過ぎるくらいに十分だ……]
……はい……。
[何も言えないまま頷いた。
両手の怪我を言い訳に、彼女の後を追う事もなかった。
追ってどうする、とも思う。
彼女に掛ける言葉も持っていないのに]
[彼女が去ってしばらくして、ぽっぽと顔が熱くなった気がした。
照れているからではない、と思う。
知恵熱でも出ている様な気分。
そんな己が、外の空気にあたりたくなったのは当然と言えば当然か。のろのろと起き上がって肘を使ってドアノブと格闘して
扉を開ける。開けられんじゃん、と己を詰る。
ガチャン!と思わぬ大きな音がしたが、廊下を見渡しても誰もいなさそうだ。寝てろと咎められるのが面倒だったから、都合が良かった。
足は無事だから歩けたけれど、
鈍っている事を痛感する足取りで、
無意識に向かったのはあの庭だった]
………
[庭に出て、ちょっと歩いたり寝転がったりしたかったけれど、
もう出て行くと告げたんだから、
ここにいるのは相応しくないと、
少し空気を吸っただけで退散した。
そこは夜の澄んだ空気がおいしくて、
火照りも一瞬で静まった気がした]
[流石に治療が済まないまま出て行く気はなかった。
我が儘を言って申し訳ないと領主様達には頭を下げたが。
右手は動かないままでも、
左手の指はなんとかくっつけてもらったか。まだぎこちない動きになるのは、ここで出来る事が限られていたからだろう。
この屋敷を出て、
行先は、盗賊団が次に向かう予定だった国、それから、
今迄荒らして来た町や道や家だった。
そこ迄は、出自を明らかにしたシャーリエにしか教えず、
表向きは「義手を完全に直す。できれば右手も治療法を探す。ついでに慈善事業をします。戻って来るかはわかりません」と言って屋敷を出ようとした。
資金は今迄の給料では足りないだろうけれど、
まぁ考えはあるので何とかするつもり。
それより、最初は一人で生活は難しいと思ったので、
誰か人手を貸してほしいとは願い出ただろう。
それから、]
お嬢様、
オレが旅立つ日には
お嬢様のピアノを聴かせてくれませんか?
[彼女がピアノの部屋で泣いていた日から二、三日後にそう乞うた。
だって聴かせてくれると言っていたもの。
厚かましくても、おこがましくても、
彼女の好きなピアノの音を、貰って行きたかった。**]
[キス、してしまった。好きだと全部明かしてしまった。
これから離れる人になにをしているんだろう。
しばらくピアノ部屋からメロディーを響かせて、
音色に慰められてからの帰り道。
怪我人の部屋を足早に通り過ぎる。
庭に差し込む月光に呼ばれて、
リフルと出逢った芝に座った。
入れ違いで同じ場所にいたとは知らない。
花壇に咲いたリコリスを1本千切って、
ごめんね、と割れた茎に葉を巻いた。]
[1人で眠るそばに居てくれるかな。
仲間と離してごめんね。
枕元の一輪挿しで1人になった白いリコリスは、
その後二週間枕元に咲いていた]
―― 見送りの日 ――
[リフルの義手は完全に治せなかったらしい。
王国から呼んだ先生も、カードック製の義手ではないので微調整が出来ないと仰った。
慣れるか、製造国で直すか、と彼の旅立ちを応援して、
よくわからないメンテナンス用の小包を渡していた。
彼が望んだ人手には、少し審議がなされた。
目的地までの護衛ならいくらでも付けるのだが、
帰るかわからないとなると国から人員を割くのが難しい。
希望者を募ったところ、
騎士隊のユーディトが「休暇中なら」と申し出てくれた。
事件を解決したばかりの彼女は長い休暇の最中だ。
きっとリフルの旅が軌道に乗るまで付いてくれるだろう。
付いていけない私の代わりに、彼を守って欲しい。]
[ユージーン氏は広くなった部屋を満喫するらしい]
さあどうぞ、好きなところにお座りになって?
[ピアノの部屋のドアを大きく広げ、
二つしかない椅子に案内する。
一つはピアノの前だけど、
そこに座られたらどうしようかしら。
窓は開けて中庭の空気を取り込んだ。
お茶会の続きだと言うように、
窓から風が吹き込んでおめかししたドレスの裾を揺らした]
誰もいないからあなたに捧げる曲かなぁ
……付け焼き刃だけど聞いていってね。
感想とかあったら、
王国のクロードって音楽家に言ってあげて。
サティの……サティの知り合いだって言えば解るはずだから。
[始まった小さな音楽祭はピアノの音で始まった。
低いファ・ラ♭から高いファ・ラ♭へ、
伸び上がるように始まる曲を祈りを込めて弾く。
いつの間にか月の光《Clair de Lune》
と呼ばれるようになった曲は、
あなたの夜を安らかな色で満たしてくれることでしょう。
今も外からのぞいている人たちの声も混ざれば
お屋敷であった事を思い出すきっかけになるかもしれません。
月の光の中で唇を奪った娘のことを
思い出すこともあるでしょうか。
ただ、貴方の旅に訪れる闇が穏やかなものであって欲しい。
そう祈りを込めて鍵盤を優しく押して、
リフルの背中を押すことに集中した。]
ご静聴ありがとうございました、リフル。
どこへ行っても、元気でいてね
[ピアノの音が途切れてペダルから足先を離して、
ひとときの音楽祭は夢のように終わってしまう。
ペダルを踏むため
踵を床の上3センチで固定していたヒールに立ち、
ドレスの裾を持ち上げてお辞儀をした。
あなたのためにピアノを弾けたことを光栄に思う*]
―― それから ――
[王国のクロードからか、戻ってきたユーディトからか
ときどき彼の足跡を聴きながら、
私の仕事に追われる日々が過ぎた。
その便りもだんだんと少なくなっていって、
離れてしまったんだと今更に実感する。
庭の花々は相変わらず手入れをしているけれど、
お茶会がなくなって花瓶に生けられる方が多くなった。
遠くで起きた戦争の被害者を受け入れたことで
義手の需要が高まり、技師も増えていった。
ピアノに向き合うことは減っていって、
楽譜を書く手は止まってしまっていた。]
[私をさらった首謀者は、元貴族の男だと判明したものの
すんでのところで逃亡したらしい。
番犬《スパイ》を放って追ってはいるものの、
国から出られてしまえば追いかけるほどの予算はない。
右腕だけが捕まって不安そうに牢屋で暮らしていたが、
彼の情報はすでに首謀者を見失っていて、
死刑にすることになった]
…………
[執行の場を射者の近くから見ている。
これから殺される人は何を思うんだろう。
私を殺そうと企んだ人は遅過ぎる命乞いをして事切れた。
命が終わる瞬間を見届けて、
私が行使した秩序を守る刃の重みを受け止める。
私はリフルにこの刃を使わせてしまった。
それだけ刻んで生きていこうと思う]
[ある日は久しぶりに中庭でお茶を飲んでいた。
あまいココアにマシュマロを浮かべて、糖分補記。
日差しの差す庭は暖かくてはまどろんでしまう。
夢の中で庭の住人が手招きしている。
あのときは楽しかったな。
領民の楽しみを守りながら、過ぎた日々を思いだして]
ふふ ふ、
[芝の上にころんと転がった**]
[そうして、どのくらい経った頃だったか。
瞼がぴくりと動いて、
いつの間にか
祈るように組み合わせてしまっていた両手を
慌てて解いて身を乗り出した。
覗き込む俺の前で
モルフォ蝶なんかより
もっと美しい青い宝石が輝きを取り戻す。
かかる吐息は
あたたかい
だけじゃなくて
どうしてだか、感じられて
こく…と喉を鳴らしてしまっていた。]
[さらに表情が綻び
惹かれて止まない微笑が浮かんだ。
疲れの陰が薄れたからだろうか?
輪をかけて増した魅力に
囚われて
身じろぎひとつ出来ずに固まった。]
…… っ、
[再び動きを取り戻せたのは
ほっそりとした指先が、頬に届いた時だ。
妬ましいけれど
貴方が選び抜いただろう揃いのレース素材の品は
美しさを確かに引き立たせていたから
外さず、そのままにしていたのだが
自ら脱ぎ去って、直に触れてくれた。]
[そこに、届く言葉。
幸せの洪水だ、──────溺れる。
けど濁流ではなくて、清らかで、温かくて、
つま先から頭のてっぺんまで
とぷんと包み込まれて。
嬉しすぎて、まるで言葉が出てこないから
空気を求めるみたいに
はくはくと唇を動かしてから漸く]
… ほんとう、に?
ああ、……絶対に離さない、
[ぎこちないながらも
喜びが色濃く滲んだ声を響かせた。]
[撫でてくれる親指も
堪らなく気持ちよくて
眼鏡の奥の目を細めて享受していると、
今度は自宅に誘われた。
]
勿論 行く!
…じゃ、なくて、
お邪魔させてもらうよ
[ほぼ即答に近い形で応えてから
己のあまりの食いつきっぷりに
少しはにかんだ。]
[今朝、ネットで必死に調べて
ドイツにある会社の代表だということは
もう知っている。
きっと、家もそっちの方に在るのだろう。
確実に2日以上
自宅を開けることになるだろうから
綺麗な子たち
とはまた別の
飼育中のカッコいい奴らを
どうするか、考えなければいけない。
昨日まで、あの家は
俺の世界の全てだったが、
でも、もう、
それは些細なことになっていた。
貴方の城に伺うということは
いっしょに居られる上に
貴方のことを
もっと、もっと、知れるということだから。]
[なんだか、ものすごく
気持ちが急いて仕方なくなって]
なら、帰り支度をしないとな
[輪郭に添わされた掌に
名残りを惜しむように頬を擦り付けてから
立ち上がる。
傷を消毒できるエタノールなどを
鞄の中から取り出すと、
貴方の許可を得て
針を抜き、手当てを済ませ
衣服を身につける手伝いを積極的にした。]
[まだ、扉が開かないと知れば
張り詰めていた気が
ぷつんと切れて
今度は俺の方が眠り込んでしまっただろう。
なにしろ、7週間もの間
浅い眠りの中で
貴方を捕まえようとして出来なくて
飛び起きてばかりだったから
やっと、手に入れた存在を
離すまいと指を絡め、ぎゅっと握ったまま────…。]**
[どんなに見つめても、影は影。
うすぼんやりとした黒い輪郭が
目の前で揺らいでいるだけ。
触れたはずの唇が空を切って
微かな空気の揺らぎだけが
すう、と湿った唇を撫でた。
唇を離すと、影の手が俺の手を取り
心臓の辺りへと導いてくれた。
どく、どく、と脈打つ肉の感触もなく
俺の手はきっと、菜月の心に触れている。
脆くて危うい其処はきっと、
乱暴に暴けば傷が付いてしまう。
けれど、それを躊躇う程度には
柔らかくて、綺麗な形をしているのだろう。]
[俺は、ぐっと空を掻いて
菜月の柔らかい部分に触れようとした。
けれど、それはやっぱり虚空のまま。
触れていたら伝えられたんだろうか。
ありったけの「好き」の気持ちを
菜月の中に撒き散らして……
そこから奇跡でも芽吹いてくれていたろうか。]
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