137 【身内】No one knows【R18】
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私を、……裏切りましたね?
[ 静かな声と共に、男の顔から薄笑みが消えた。]*
[自分は何を裏切ったのだろう。
こんなに怖くて堪らないのに
彼への想いは砕けるどころか増している。
心は裏切っていない。
宝石を取ろうとしたこと?
自分は、それを得たいだけでなく
彼の見つめる先が自分でなくてそれだったことに
全身の血が湧くくらい妬ましかった。
私は忘れられるのに手のひらに大切そうに乗る宝石に。
それだっていつまで彼の手元にあるかわからないものだが]
…………ごめん、なさい……っ
[もう、宝石を取る気はないし取れる気もしない。
そしてもう、手遅れなのだろうけれど、謝罪した。
他にどうしたら良いかわからなかった。]
[何もできない私は馬鹿の一つ覚えみたいに
ぽろぽろと泣くしかない。]
貴方の気が済むなら、
好きなだけ、お試し下さい……
[自分の限界は、知らない。
両目が揃っている限り、どんな怪我も治せる気はする。
ただこの二つともなくしたら、私は……。*]
[ わからない。
なぜこの女はそこまで言えるのか。
騙されていたと気付いている、嵌められたのだと理解している。
優しさも、助力も偽りと知ってなぜ。]
………!
[ ─── それは一瞬だった。]
[ 男の一息でそれは女の四肢を斬り裂く。
細く鋭く硬い鋼の糸が女の肉に食い込み、皮膚と肉と血管とを裂いて、骨を断ち切り、4つの手足を同時に分断した。]
さあ、繋げて見せなさい。
[ 冷淡な声。
椅子に腰掛けて、偽りの視線も本当の視線も女に注いで。]
元に戻るまで見ていてあげますよ。
[ 両の二の腕、両の太腿を切断された女。
治療どころか止血もしないまま、男は女を見つめている。
薄笑みを浮かべながら。]*
[自分を襲うものは、何も、見えなかった。
重力に従って落下して、
ぼとぼと、ぼとり、
地に着いた。
テディベアのように石の床に座り
鋭利過ぎる糸による傷の痛みは
短くなった手足を認めた瞬間に襲ってきた。]
[イタイ。手が。脚が。
イタイ。胸が。頭が。]
あっ……アッ、あっ、 ア゛ッ!!!!
[パニックを起こした全身が
ビクンビクンと異様に痙攣し
傷口からは夥しい量の血が噴出する。
全身が燃えるように熱くその熱いものが
外に流れ出ていくのが嫌でもわかってしまった。]
ハッ、ハァッ、おぅ、ぇぇ……ッ
[身体の色々な機能に不具合が起きたように
女の小さな口は吐瀉をした。
先日の昼間から何も食べておらず
吐いたのが胃液のみなのは幸いなことなのだろうか。
太腿の切断と共に短くなったドレスの裾。
下着を履いていない股を温かいものが濡らした。
それは漏らした小水であったが、
熱い身体からするととても冷たく感じられた。]
[そんな状態でも、一人の声は確かに届いた。
冷淡な声色でも構わない。
私が従いたい人の声なんだ。
涙だかなんだかわからないもので
濡れそぼった顔で返事をする。]
わッ、 わかり、ましッ はぁッ、は……!
[自分から流れ出た血液と小水の海の中
溺れるように短い手足で這った。]
[元に戻るまで見ていてくれる。
それってすごくうれしいことだ。
飛びそうな意識を繋ぎ止めようと、
口と共に小さな体を動かした。]
わっ、 私…… 貴方の声が、すき……
優しいときも……意地悪なときも……
身体の、真ん中にひびくみたいで……
すごく、かっこいいの……
[離れていた右足が皮一枚で繋がる。
繊維と繊維を繋ぎ合わせながら、次へ這う。]
[頭が痛い。息が苦しい。]
あ、貴方の……っ
私のより、大きな手が、すき……
頼もしくて……だけどすこし、冷たくて……
あたためてあげたくなるの……
[右腕と、左腕が繋がる。
ぎこちなく手が開閉するのを確かめて
僅かに安堵の息を漏らす。
もう貴方に触れる機会はないかも知れない。
だけど万が一。そんな幸運を手にできたなら、
いま伝えたことを逃さずに叶えたいの。]
[血の海を泳ぐ。
頭痛が激しさを増して前が良く見えない。]
私……、私…………
目を見せてくれた、貴方がすき……
こんな私の我儘をきいてくれた、貴方が
こんな私に我儘を抱かせてくれた、貴方が……
わた、し……
[左脚を繋ぎながら、ぐらりと頭が揺れる。
だめだ。抗えず床に横たわった。
もっともっと、頑張っている所、見て欲しいのに。
誰かに買われてもこんな風に頑張ってるって
偶にでも思い出してくれたらうれしいのに。]
はぁ、はあ……
御免、なさい
……
[これほど多く深い傷ははじめてだった。
不出来な人形は謝罪し意識を手放す。
眠りが疲労を回復し分断された四肢の修復を助ける。
少し経てば手足は元通りとなる。*]
[ 気を失ってなお繋ぎ合わせられる四肢。
その白い肌、接合部は皮膚が薄く赤味が強いが、それもいずれ白く戻るのだろう。]
悍ましい力ですね。
人と言えるのか疑問が残りそうです。
[ 立ち上がり女の元へ進む。
見下ろした先、血と涙と体液や小水や色んなものが混ぜ合わされた中に女は横たわる。]
呪われた血。
その業というものか。
[ 何処へ行こうともこの娘に幸福などありはしない。
少なくとも万人にとっての幸福はない。]
[ 手足が繋がれば女はの手は再び鎖によって壁に繋がれた。
ただし、足に鉄球は付けられてはいないが。
切り裂かれたドレスはそのままだが、身体はマリエルによって綺麗に拭かれていた。
髪も梳かされてやはり綺麗に整えられていた。
部屋は、壁も床も綺麗に洗い流された。
それでも血の匂いは消えない。]
[ 女が目を覚ますころ、石の部屋にいるのは男だけだった。
男はやはり薄笑みを浮かべたまま、女を見ていた。]
ひとつだけ望みを言いなさい。
ひとつだけです。
よく考えて口にしなさい。
[ 切り裂かれた代償でも、不公平な契約の代償でもない。
それは、言わばただの気まぐれだった。]*
[意識を失うまで、約束通り、
彼のたくさんの目は
自分を見ていてくれた。
もしかしたら、意識を失った後も。
自分の視界が暗くなっても、
見てくれているってわかったの。
それはとても……、うれしいことだった。]
……。……ジュダス、様……
[手が繋がれた状態で目を覚ます。
拭ってもらえたのか、
肌がさっぱりしている。
真っ先に視界に入ったのは彼。
目が覚めて最初に見るのが
好きなひとの顔だなんて
こんな幸福なことってあるのかしら。]
[ひとつだけ。
望みを言うようにと。]
……。
[彼の意図はわからない。
自分のような浅はかな人間にわかるわけない。
孤高で孤独ではないかと思うから、
わかるようになりたいと思わなくはないけれど。
少なくともいまはわからない。
だからそこは考慮の外に出し自分の望みを真剣に考えた。]
[売られる定めだとか、
世間の常識だとかも度外視した。
私。私の望み。
誰の指示も受けずに私自身が抱く望み。
女の意思が喜ばれない環境に育って
導き出すのは苦労する気もしたけれど
私はしあわせを知ってしまった。
それがずっと続くと良いと愚かにも願う。
これがこの先ずっと一番の私の望み。]
わ、私……貴方の。
ジュダス様の、奥さんに、なりたいわ……。*
[ ──── 男は嗤った。
女のその望みを聞いて嗤ったのだ。]
……馬鹿な娘だ、本当に……
[ 望みを聞き返したりはしない。
男は『ひとつだけ口にしなさい』と言い、女はそれを口にした。
運命の歯車は、歪にも軋み上げながら噛み合い回り始めた。]
[ 女を戒める鋼鉄の手枷が断ち切られる。
男は女に近づくと、その頬に手を添えて引き寄せた。]
誓いなさい。
この先何があろうと私の妻でいると。
決して裏切ることなく。
[ それで男は全てを受け容れる。
呪わしい命運も、この先進むべき道も全て。]
[ 男の冷たい唇が女の唇に重なる。
それは御伽噺に出てくるようなキスではなくて、すぐに男の舌が女の唇を割って咥内へと入り込む。
一方的なキスは抵抗も呼吸も許さない。
豊かな胸を最早ドレスとも言えない布の上から強く揉みしだきながら、唇を吸い粘膜を舐り、そんな蹂躙するような口づけ。
唇が離れるときには、女の唇を濡らすどちらのものともつかない唾液を舐めとった。]*
[照れながら口にした願い。
嗤われようと、馬鹿な娘と言われようと、
その声に聞き惚れ、その顔に見惚れた。
貴方はいつでも美しく格好いいのだわ……。]
[手枷が砕かれ、きょとんとした間抜け顔のまま
引き寄せられ長い髪が揺れ距離が縮まる。
四肢が裂かれたとき以上に
心臓がいかれそうに高鳴った。
近い、近いわ────。
しかも彼は驚くことを口にする。
私、それを名乗っていいの?]
……はい。……誓います。
何があろうと貴方の妻です……っ
決して、裏切りません……っ
[これがあれば何だって乗り越えられそう。
瞳が潤む。
人って嬉しい時も泣いたりするのね。]
[一層距離が近づいて、彼の体温を唇に感じた。
すぐに湿った何かが入ってきて生き物のように蠢く。
それらが彼の唇と舌なのだと遅れて気づくと
目も開けたまま硬直した。
自らの舌は奥で縮こまる。
頭の中、沸騰してしまいそうだ。
私、いま、キスをして、
すきなひとの一部が、私の、中に……。]
……っ、……
んぅ、ぅ
……っ
[粘膜を擦られ胸を揉まれて漏れる声と吐息は
唇を吸う彼の中に吹き込んでしまう。
お腹の奥がきゅんきゅんと切ない疼きを覚えて
細める瞳、濡れた銀の睫毛が小さく震えた。]
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