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【人】 空虚 タチバナ― 8月17日 ― [白を纏った身体は今、彼の腕の中にある。>>89 彼の返事も待たずに離れ(と言っても数歩程度だ)、 腰に回したシーツは床まで広がって 咄嗟に踏ん張ろうとした足先を掬った。 結果、一瞬だけ全体重を預けることになってしまい、 あわあわと彼の胸へ飛び込んだ。 どうやら私の夢が届けた幻ではないらしい。 再び天才との評価を受けて>>90 気恥ずかしさを孕んだ表情を隠すように 額を彼の左胸へと押しつける。] そ、そんなの当然でしょ……だって、 [ワンピース大好き。結はワンピースが好き。 明日≠烽ワたシーツ探しに行こうかな、なんて 逸る気持ちを抑えつつ顔を上げて、] (107) 2022/08/17(Wed) 23:07:40 |
【人】 空虚 タチバナ[その後、互いの「大切な日」を書き記した。 割れた窓ガラスが散乱していた。 私にはあと一つしかなくて、最初の紙を選ぶ。 ベッドはなぜか抉られてスプリングを晒している。 名づけの意味なんていらない。苗字も不要だ。 複数人の足音、指示を飛ばす籠った声。 彼の呼んでくれる響きだけがあればいいから、 元より成果が得られると思ってなかったのだろう。 「かれんの誕生日」と綴った。 「いません」と報告する声は淡々としている。 (109) 2022/08/17(Wed) 23:15:08 |
【人】 勢喜 光樹─記憶─ [居間はいつも散らかっていた。 空になった酒瓶とアルミ缶。 空になった煙草の箱と吸い殻。 空になった弁当箱と、カップ麺の器。 食べ掛けの乾き物と、飲みかけの携帯ゼリー。 台所はいつも汚れていた。 埃の被った炊飯器とオーブントースター。 油に塗れた電子レンジとガスコンロ。 黒ずんだ冷蔵庫と、黴臭い流し台。] (113) 2022/08/18(Thu) 1:44:19 |
【人】 勢喜 光樹[俺に部屋なんてなかった。 寝る場所はいつも、この汚い居間か台所。 両親にはあった。 穢れたベッドのシーツ上。毎晩、事に及んでいる。 己の存在など無いかのように振舞う日もあれば、 己をゴミを見るような目で視認し、罵る日もあった。] (114) 2022/08/18(Thu) 1:45:07 |
【人】 勢喜 光樹[分からなかった。 何故こんな所に居なければならないのか。 何故両親は俺を縛るのか。 少しでも反抗しようとすれば ガムテープで口を塞がれた。 少しでも抵抗しようとすれば 麻紐で身体中を括り付けられた。 少しでも歯向かおうとすれば 結束バンドで手足を絡げられた。 身動きの取れなくなった己は、 この汚い場所で、寝転がされるだけ。] (115) 2022/08/18(Thu) 1:46:08 |
【人】 勢喜 光樹[何かしたい。 そんな欲求すら抱く事を赦されない。 何故、俺は生まれて来た? 何故、俺は生きている? 何故、そんな目で見る? 何故、そうやって貶す? 何故、俺は…………… 何故………………何故………………] (116) 2022/08/18(Thu) 1:47:47 |
【人】 千早 結──夢の世── かれん、もういいよ、目を開けて [壁にかけられたカレンダーの日付は、 0年12月24日を示している。 この夏の出会いを始まりとしてきみと創り上げた羅針盤は、どこかの世界の西暦を捨てぼくたちの紀元を記していた。 今日はぼくの誕生日だ。 昨夜から二人で仕込んだ手料理が並ぶテーブルには、調理場から借りてきたパスタ鍋がワインクーラーの顔をしてステンレスぶりを発揮している。もちろんここにはアルコールはない。シャンパンに見立てた炭酸ジュースのペットボトルが誇らしげに氷の中で揺れている(ラベルは剥がした)] (119) 2022/08/18(Thu) 9:57:15 |
【置】 千早 結[開け放った窓の外からあたたかな日差しが差し込んでいる。 遠くから聞こえるひぐらしの声や、 子供たちの笑い声、 懐かしい曲を綴る歌声も。 雲ひとつない突き抜けるような真っ青な空には、透き通った白い三日月が浮かんでいる。 ぼくたちの暦の上では冬なのだけれど、 季節は目を離すと春にも冬にも変化したりもしただろうか。 それすら楽しんだりして] (L12) 2022/08/18(Thu) 10:05:40 公開: 2022/08/18(Thu) 10:00:00 |
【人】 千早 結長くなっちゃったね、 ずっと立っていて辛くなかった? [ドレッサーに簡易裁縫セットを置き仮縫の糸を引き抜き布音を鳴らす。至近で鋏や針を使うときみを怖がらせてしまいそうな気がして、支度を終えるまではと目を瞑ってもらっていた。 リネンにドレープを施し君の体に合うよう巻き付け留縫を終えた白いドレスは、きみの白肌をより輝かせているようだ。この時ばかりは胸の虚ろも照れて隠れてしまっただろうか。 括らずに三つ編みをしてからゆるくピンでまとめたアップの黒髪には、レースのカーテン生地で作ったコサージュを飾った。 完全に自分好みの「形」を押しつけてしまってはいないだろうか。目を開けたきみの反応を待つ。すこしどきまぎとしている] (120) 2022/08/18(Thu) 10:15:57 |
【置】 千早 結[僕はといえば購買で手に入れた白いシャツと、 皺の寄らなくなった黒いスラックスという 傍目にみればウエイターのような姿なのだけれど] ・・・どうかな、いや、ごめん、 先に言っちゃう。ものすごくきれいだ [やっぱり堪えきれなくなって、 ぼくはふにゃりと破顔してしまった]* (L13) 2022/08/18(Thu) 10:18:38 公開: 2022/08/18(Thu) 10:20:00 |
【人】 空虚 タチバナ[「おはよう」と挨拶を交わし、朝が来る。 結がふたつのカップに飲み物を入れてくれる。 最初は三つだった選択肢も、 備えつけだけでなく、購買の物がいくつか増えた。 コーヒーのことが多かったけれど、 空が暗く暑い夏は冷たいオレンジジュースにしたり、 入道雲の広がる乾いた秋は紅茶を選んでみたり、 眠れない長い夜の後にはホットミルクを準備したり、 眠らない夜を求めた日はただの水を交わしたり。 最初の頃はずっと同じ物を望んだけれど、 味に鈍い私でも炭酸が楽しめると分かってからは、 ごく稀にこちらから誘うこともあった。 別々になんてしませんとも。やです。 だって彼の感じたことのすべてが欲しいんだもの。 だからと言って彼に無理強いすることはしない。 一方が支配するのではなく、互いが望むまま、 話し合うことができるのだから>>87。] (122) 2022/08/18(Thu) 21:12:07 |
【置】 空虚 タチバナ[締め切った窓の外で雪が降っている。 遠くから聞こえるうぐいすの声、 子どもたちの笑い声、 聞き馴染んだ曲を奏でる歌声も。 重い雲の隙間からは柔らかな陽光が降り注ぎ、 霞んだ星空を覗かせていた。 季節が混じって歪んで、時間が戻って捩じられて。 私たちの願いが二人の世界を描いていく。] (L14) 2022/08/18(Thu) 21:14:13 公開: 2022/08/18(Thu) 21:15:00 |
【人】 空虚 タチバナ[日記を書き終われば、暖房をつけて一緒に眠った。 睡眠が必要なのは彼だけだったけれど、 冷たくて、寝返りの邪魔もしてしまうけれど、 それでも私は彼の傍を離れない。 彼の寝息と一緒に心音を確かめるのが好きだった。 時折解け、また抱きしめてくれる腕が欲しかった。 眠らない情熱的な夜も、眠る静かな夜も、 彼のすべてが私に与えられる幸福を享受した。 実際そうなのか私が抱く夢なのか分からないけれど、 彼の鼓動は日に日に弱くなっていくようだった。 時折私の肌へ彼の体温が移るような気もした。] (125) 2022/08/18(Thu) 21:15:13 |
【人】 空虚 タチバナ[少しずつ、私の死が彼にのしかかっていく。 代わりに彼の抱えた病は鳴りを潜めていたはずだ。 現世から解放された時間は正しいものではないし、 私以外が彼を蝕むのを許すはずがないからだ。 具合が悪そうな様子はないはずだから、 彼の身体が弱っているという訳ではないと思う。 本当は私も眠ってしまい、夢を見ているだけかも。] (127) 2022/08/18(Thu) 21:16:19 |
【人】 空虚 タチバナ[手先の器用な彼は料理も上手にできるようだった。 あるいは、半年間の成果かもしれない。 味見のできない私は彼の隣でお手伝いをする。 彼ほどではないけれど、多少は成長したと思う。 その結果の料理が皿に乗り、湯気を立てている。 ワインクーラー代わりのパスタ鍋は少々大きく、 ラベルを剥がしたペットボトルの白い頭だけが覗き、 プラスチックの身体を悠々と氷の海に 半分浸していることが容易に想像ついた。] ……今日、結の誕生日だよ? [何よりも違うのは私自身だろう。 景色からもっと近い場所へ視線を戻すと、 主役より着飾った自分の姿が見えた。 普段パジャマの袖で隠れている白い腕は露わに。 反対に胸元は彼が与えた白で覆われている。 腕を持ち上げて頭を触れば、 三つ編みの凹凸が指の腹を擽った。] (130) 2022/08/18(Thu) 21:19:27 |
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