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【人】 高山 智恵( ショコラティエとしても、人間としてもデキる男。 そうだな。そりゃ。 あの娘が惚れこんじゃうのも道理かあ――… ) きっとあの娘は最初に出会った時から彼の人間性にも惹きつけられたんだろうな、とひとり納得しながら、プラリネチョコレート6粒の箱を注文した。 そしてカウンター越しに、彼から商品の箱を受け取った――。 (91) 2022/10/23(Sun) 16:22:05 |
【人】 高山 智恵……えーっとこれ、前にうちに来た時は着けてたっけこの人? 顔と態度は覚えていても、指輪の有無までははっきりと記憶に残っていない……いや、過去のことは問題じゃない。今のことが問題なんだよ。なんだけれど。 「……、……ありがとうございます。 あ、あの。失礼ですが……ご結婚されてるんですか?」 いや、これ本当に失礼なやつだよ。仕事に全く関係ないところで他人の既婚未婚を聞き出そうとか。そういう他人のプライベートをどうしてわざわざ人は詮索したがるのかなあ?? ……自分で言ってて情けなくなってきたよ……。 解ってはいた、解ってはいたんだ。でもつい訊かずにはいられなかった。 彼は嫌な顔一つせず(忙しいってのもあるだろうだから、嫌な顔していいところなんだけれど)「そうなんですよ」とさらっと答えた。妻には経営面で支えられてるとか、そういう短い話も笑って添えて。 私は辛うじて内心の動揺を抑えて、プラリネの箱を受け取ってから、もう一度「ありがとうございます」を笑って口にした。 そのままそそくさと店を後にする己の背に、周囲の視線が刺さった気がした。 多分これ、傍から見たら「あの人シェフ狙いで来てたんだ〜」みたいに見えるんだろうな……。そういうの期待していた皆々様には大変残念だけれど、これ、私自身の問題じゃないんだよ。 (93) 2022/10/23(Sun) 16:25:34 |
【人】 高山 智恵( ナナ! あんたがランスロット卿になってどうすんの!! ) かのランスロット卿がそれだけの役柄って訳じゃないことは知ってるよ、知ってるってば! っていうのは置いといて。 この件については、ナナに直に問い質さないといけない。出先での通話は、流石に傍目に見聞きされるとヤバそうな気がしたので、努めて抑えて。 ふつふつと湧きあがるあれやこれや――ちょっと自分でも形容しがたい類の焦燥感を抱きながら、私は真っすぐに自宅へと引き返していった――。 ……っと、そうだった。言い忘れてたけれど。 「ナナ」っていうのが“ あの娘 ”の名前だ。** (94) 2022/10/23(Sun) 16:26:16 |
【人】 高山 智恵 あのチョコレート店から引き返して自宅に着くや否や、SNSの画面を開く。そしてナナに先にチャットを送ることもせず、いきなり通話機能で電話を掛けた。 1秒、2秒、3秒、……(39)10n60秒。 彼女のぼんやりとした声が、スピーカー越しに響いてきた。 『もしもし。高山さん、どうしましたか』 スピーカー越しとはいえ久々にきちんと聞いた彼女の声は、本当に去年までと変わらず、歳の割にどことなく幼くのんびりとした響き。それでいてあの頃よりも、少しぼんやりとしているような声だった。 「ナナ――黒江さん、あのさ、あんた。 あの男……ショコラティエの――さんのこと、 好きだとか言ってたっしょ」 『はい。あの男のことは今でも好きです』 (95) 2022/10/24(Mon) 12:33:02 |
【人】 高山 智恵 今日私が知ってしまったことが事だった所為か。 ナナの声の緊張感のなさを耳にして、焦燥感の中にちょっとした怒りの火が点いた。 「その男、既婚者だよ!! マズいっての!! まさかと思うけど最初から知ってて好きだとか そういうんじゃないよね黒江さん!?」 『いいえ、そういうんじゃないです高山さん。 知らなかったです。今初めて知りました』 ナナは相変わらずのほほんとした調子で、淡々と答えた。 ――最初っから不倫する気満々だったとか、そういう訳じゃないみたい、か。 私がそうほっとしたのも、束の間。 (96) 2022/10/24(Mon) 12:33:35 |
【人】 高山 智恵『でも、どうして既婚者だとマズいんですか?』 「マズいでしょ!!!!」 あまりの返答に、私は思いっきり怒鳴って即答していた。やっちゃった……と内心思いながら、それでも私は声量を抑えて言葉を続けた。 カフェと料理といきものには強い興味があって、けれどその他は大して眼中にない――元々かなり浮世離れしているところのあった“ 天使 ”だったけれど、まさかここまで世間知らずの常識知らずだったとは……という呆れが、この時の私にはあった。 「あのさ、この前ニュースでやってたでしょ――いや、やってたんだけどさ。 浮気がバレて離婚した俳優がいたって」 それから私は、一連の報道内容に基づいたその俳優の状況>>0:15を簡潔に説明した。 (97) 2022/10/24(Mon) 12:35:08 |
【人】 高山 智恵「――既婚者と付き合うって、さ、 そういうヤバいトラブル招くってことだよ。 芸能人みたいに炎上したり追い回されたりは無くても、 相手の奥さんに多額の慰謝料請求されたりとかさ」 社会通念的にどうだとか相手側の気持ちがどうだとか、いつぞや話したアーサー王とグィネヴィアとランスロットが結果としてどんな運命を辿ったかとか、そういうことは言わなかった。彼女にはそれよりも実利的なことを話したほうが効く。そう思いながら、こう説いたのだけれど。 『はい。でも、高山さん』 この期に及んでまだ「でも」が来るのか……と頭を抱えたところで、彼女はこう、続けたんだ。 (98) 2022/10/24(Mon) 12:35:33 |
【人】 高山 智恵「……… ………は?」 ナナが一体何を言っているのか、全く理解できなかった。 その一瞬、思考自体が完全に停止していたんだと思う。 私が「は?」の一声の後、暫く何の返答もできないでいた時に、彼女はさらに話を続けた。 『あの。私は――さんが好きですが、恋してはいません。 ショコラティエとしての一生懸命さが素敵で、好きです。 でも、恋愛や結婚をしたい人、というのとは違います』 漸く、彼女の言葉が飲み込めてきた。 つまり、好きは好きでも、「好ましい」であって「愛してる」ではないってこと? そうなの?? (100) 2022/10/24(Mon) 12:36:45 |
【人】 高山 智恵「そ、そう、なんだ? じゃ、じゃあ『振り向いてもらいたい』ってのは……」 『振り向いて? 私そんなこと言いましたか――、 思い出した。そういえば私、言ってました。 あの男から見ても本格的だって認められるような、 そんなチョコレートを作りたいって思って、 振り向いて、って言ってました』 ……それこそまるで、掛けられていた魔法がさっと解けていくかのように。 通話越しにナナが伝える真相と真意を前に、全身が脱力していくのが判った。 (101) 2022/10/24(Mon) 12:37:23 |
【人】 高山 智恵「そ、そっか……。 じゃあ別に、恋愛対象として 振り向いてほしいとか、じゃなくて」 『違います。 どうして高山さんはそう考えたんですか? 高山さんは、やっぱり 変 です』 いや普通はそう考えちゃうよ!!!! ……と言いたかったけれど、確かに愛だとか恋だとかの言葉をナナの口から聞いた覚えはない。つまり私が一人で勘違いして、何年もそう思い込んだまま今の今まで過ごしていた、ということだ。私もこればかりは、ナナから「変」の烙印を押されるしかない。 (102) 2022/10/24(Mon) 12:37:51 |
【人】 高山 智恵 そう、ナナは最初から、あのショコラティエに想いを寄せてなんていなかった。 私があの娘から離れないといけない絶対の理由は、もう存在しないんだ。 ……でもそれと、彼女が私に振り向くか否かはまた別の問題。 彼女は私に興味なんてないかもしれない――否、そもそも恋愛自体に何の関心もなくたっておかしくない。今までのあの“ 天使 ”の言動を鑑みれば、そんな風にすら自然と考えられる。 (103) 2022/10/24(Mon) 12:38:50 |
【人】 高山 智恵 ふっとこみ上げてきた期待を私は抑えて、努めて平静を保って言葉を続けた。 「……そう、だね。変だったよ私。 なんっていうか、その、ごめん。 変に勘違いしてこんな電話しちゃったりして」 『電話のことは気にしないでください。 私も最近、高山さんに電話したほうが いいかどうか考えてました』 「え?」 この後にナナが続けた話は、不倫疑惑の件やその真相解明とは別の意味で、少しばかり衝撃的だった。 (104) 2022/10/24(Mon) 12:39:01 |
【人】 高山 智恵 曰く、ナナは去年の退職後、確かにカフェの開業を目指して本格的に動き出していた。店舗の場所探し、資金集め、食材の仕入れ先の確保などなど……勿論、オリジナルのメニューの開発も。 こうしたことにひとりきりで取り組み始めた結果、半年ほど前に、文字通り、倒れたのだという。 そういえば確かに一時期、チャットで写真が来なかった時があったけれど……結局1週間くらいでまた写真が届き始めたから、単に忙しくなってたのかなくらいにしか思ってなかったんだ。 結局この件で実家の親御さんまで病院にやってくる始末となり、それ以降は実家に戻って(戻されて)暮らしているとのこと。カフェの新規開業の計画も、一旦白紙に戻すことになったらしい。 (そう、彼女にはちゃんと、いざという時に頼みにできる親御さんがいるんだ) で、暫くは仕事のことは考えずに静養しなさい……と親からも医者からも言われていたんだけれど、それでも、カフェをやる、という“ 使命 ”は彼女の中で消えないままで。 親御さんとも相談した結果、まずは文字通り手を貸してくれる仲間を集めてからにしなさい、ということになったんだって。 ……なんとなく、彼女ならこうなりそうな気はしていたんだ。 だからこの話から受けた衝撃も、「少しばかり」程度のものになってしまった。 (105) 2022/10/24(Mon) 12:41:16 |
【人】 高山 智恵「そっか、黒江さん。そうだったんだ。 ……いや、めちゃくちゃ大変だったんだね」 それ、私にくらいその時に話してくれて良かったのに――と言いそうになった口を噤む。 ちゃんと頼れる親御さんがいる彼女に対し、ただの元同僚の私なんかに言えることじゃないでしょって。 ――助けてあげたい。 そう思ったって、助けてほしい相手は私って訳じゃないでしょって、私はひとり思い直したんだ。 ――わざわざナナが私に電話しようとしていたことの意味も考えずに、ね。 (106) 2022/10/24(Mon) 12:42:02 |
【人】 高山 智恵『はい、大変でした。なので、 私よりもマネジメントが得意な高山さんに オープニングスタッフになって貰いたいです』 …………あの、ナナ、あなた今なんて言った?? とっさには何も彼女に返せず、「えー」だの「あー」だのといったしどろもどろな声ばかりが喉からこぼれ出る。 っていうかオープニングスタッフって言うけれど、カフェ開業計画は一旦白紙に戻してそれっきりなんだよね? 今はもうちょっと先にやることない?? いやそれとも単に計画とか準備とかを一緒に手伝ってほしいってだけの意味合い? 正直、私自身かなり混乱していて、この時きちんと筋道立てて考えられていたのか自信がない。 「あ。うん、だから私に電話しようとしてたんだ……。 うん、そう言って貰えるのは嬉しいん、だけれど。 ちょっとこっちの勤務とかのこともあるから すぐさまスタッフに〜っていうのは難しいかな……」 実際今の私は正社員の身分だ。それは彼女も当然把握している。 本気でナナの店に移るとなれば、うちのカフェでもそれ相応の引き継ぎをきちんと行わなければならない。私も将来独立を考えてるってことは店長も聞いてるから>>2:105、そこまで強硬に引き止められる……ってことはないと思う、けれど。 というかこれ、古巣からの人材引き抜きってやつじゃ……。ナナ本当に堂々とこういうこと言うよね……。 (107) 2022/10/24(Mon) 12:42:57 |
【人】 高山 智恵『難しい、ということは、ダメってことですか?』 「あ、ううん、そうじゃなくて―― いや、うん。本当にダメかも。 流石にうちの店を無責任に出て行くのはできないから もしそっちのオープン時に引き継ぎ間に合いそうなら スタッフになる、くらいに考えといて」 「分かりました」と答えたナナの声色があからさまにしょぼんとしていたので、誤解を避けるためにもう少しだけ付け加える。 「でもさ、資金集めとか仕入れ先のこととか、 そういう事前準備で今からでもやれることあったら 今の私にできる範囲で、ちゃんと力になるから。 そういうのは本当遠慮なく伝えてよ」 これに続いての「分かりました」は、明らかに先ほどと異なる声の弾み方だった。 ……彼女、本当に私のことをアテにしていたってことらしい。 (108) 2022/10/24(Mon) 12:45:06 |
【人】 高山 智恵「あと親御さんとかにも言われてるかもだけれど、 協力者は多ければ多いに越したことないから、 私の他にもちゃんと仲間見つけておくんだよ」 『分かってます』 あ、この「分かってます」はちょっとイラッとしているやつだ。こういうところがこの娘は……。 尤もこうは言ったものの、私の方でもちょっと人材は見つけておいた方がいいかな、とは考えている。 いや流石にうちのバイトの子を大量に引き抜くとかそういうことはしないけれど。そもそも勤務地遠くて無理とか出てくるだろうし。立地どうなるかにもよるけれど。 「じゃあ、何かあったら連絡して。 こっちでも何かあったらまた電話するから」 『はい。分かりました。それでは――』 いやいや、まさか不倫疑惑からこんな話に発展するとは……。 そう思いながら通話を終えようとして――ふっと、零していた。 (109) 2022/10/24(Mon) 12:45:42 |
【人】 高山 智恵「それと、だけれど」 『……どうしましたか?』 幸い、ナナはすぐさまに通話を切ってしまう前に、私が零したことに気づいてくれた……いや、「幸い」って言うべきなのかな、これ。 「ううん、何でもない」の一言で誤魔化しちゃおうかとも考えたけれど、変に含みを残したまま話を打ち切ってしまうのもどうかと思い直して話を続けることにした。彼女、こういうことがあると、けろっと忘れてることもあれば執拗に覚えていることもあるので……。 「それが、その」 『はい』 「えっと、さあ……」 話を続けることにはしたものの、肝心のその先が見つからない。私のそんな躊躇いにも、ナナが通話を打ち切ることはなかった。 辛抱強さを表すような沈黙を前に、私は言葉を迷っていた。 (110) 2022/10/24(Mon) 12:46:30 |
【人】 高山 智恵 ――私、本当はあなたを愛しています。 そんな私でも、あなたと一緒に居てもいいですか? これは、この時率直に思っていたこと。 言いそうになってしまったのは、そんな言葉。 けれどもこんなこと、言えない。言えるわけない。 大分、大分迷った先に、出てきたのはこんな問いだった。 (111) 2022/10/24(Mon) 12:46:53 |
【人】 高山 智恵「私、これからも――ううん、ずっと、ナナの側にいてもいい? あ、『側に』って言っても今は離れてるけれど、 そういうことじゃなくて、心理的に?って意味―― 勿論物理的にでも、会える時は会いたいし……」 取りようにとっては事実上の愛の告白だけれど、ナナはそこまで行間を読み取らない。多分、この言葉を額面通りに受け取るだけだ。 かといって、真意を察しないナナ相手だからこんな姑息な言い回しを平気で言えた――という訳でもない。言ってしまって良かったのか、という自問は尽きない。 もしもあの娘が、それでもこの言葉の意味を解ってしまったら? ううん、それよりも――言葉の意味も解らないままYesを返してしまったら? それは私が彼女を騙した、ということになるんじゃない? 『高山さん』 幾らか間を置いてから、ナナの淡々とした返答が響く。 その幾らかの間も、続きを待つまでの数秒も、ひどく、ひどく長い時間に思えた。 (112) 2022/10/24(Mon) 12:48:29 |
【人】 高山 智恵『いいに決まっています。 物理的にも心理的にも、側にいてほしいと 思える人だったから高山さんと電話しています。 わざわざそんなことを訊いてくるなんて、 やっぱり高山さんは 変 すぎる人です』……だよね。やっぱり普通にそう受け取るよね。 額面通りに受け取ったナナからの真っ当な指摘が、色々な意味で胸に刺さる。 確かに彼女の言う通り、言葉通りの意味において、私の問いには本当に何の意味もない。 そして、真意に気づかないナナの側に居続ける私は、彼女に嘘を吐き通したまま、ずっと側にいるなんてことができる? 「そっか、……そうだよね、うん、私、変だ。 とにかく、ありがとね、黒江さん。 それじゃ、また――」 “ 私は私のままでいい ”――。 そんなメッセージも遠くなってしまうような自己嫌悪は、努めて声に滲まないように取り繕って。 こんなことならいっそ直接的に告白してしまえば良かった。彼女への助力を反故にして裏切ることになっても、今この場ではっきり言ってしまえば良かった。 でも、あの娘と離れたくない、力になりたいっていうのも、私の本音で――。 (113) 2022/10/24(Mon) 12:49:12 |
【人】 高山 智恵 今度はナナの方が「高山さん」と、通話を切ろうとする私を引き止めた。 そして彼女は、私のように逡巡を挟むことなく、スピーカー越しにはっきりと告げてきた。 『なんなら私、高山さんと結婚してもいいと思っています。 そのくらい、高山さんが側にいてくれると、 助かりますし嬉しいです。 だから私、31日にそちらのカフェに来ます。 私は店長から貰った黒猫マントを着ようと思うので、 高山さんは一昨年の魔術師マーリンの仮装で来てください』 え? と思った矢先に矢継ぎ早に告げられたのは、何かとんでもない無茶振りだった。 (114) 2022/10/24(Mon) 12:51:01 |
【人】 高山 智恵 確かにハロウィーン前日と当日は学生諸君客のハロパに合わせる形で、接客担当は何かしらの仮装をしてくるのが通例になっている。 (なので、基本裏方に徹していたナナは仮装をしなかった。彼女が貰った「黒猫マント」というのは、バイトのホールスタッフからイベント後に返品されたものが彼女に回ってきた形だ) 仮装の度合いもカチューシャ一つから全身コスプレまで業務に支障を及ぼさない範囲で様々だが、大学時代のことが切欠で決定された私のマーリンはその中でも結構なコスプレだった。 衣装の詳細は皆々様のご想像にお任せしておこう。 「う、うん……分かった。 じゃ、来てくれるの、待ってる」 『はい。それでは失礼します』 こうして今度こそ、通話は打ち切られた。 (115) 2022/10/24(Mon) 12:51:40 |
【人】 高山 智恵 はあ、と狭いリビングのカーペットの上で溜息をつき、仰向けに寝転がった。……なんか何時かの写真のだるだるなカナブンの幼虫みたいだな私、なんてぽつりと思う。 ………………。 ちょっと色々なことがありすぎた挙句、最後の仮装の無茶振りに全部持っていかれて呆然とするばかりで――。 どうでもいいけれどこのアーサー王伝説のマーリン、相当な ナンパ男 だったっていう伝説もあるんだよね……。多分ナナはそこまで深く考えてはいないだろうけれど。そう、魔術師マーリンの再来の件のインパクトで、一瞬、記憶から抜け落ちていたのだけれど。 基本的に、ナナは嘘を吐けない>>2:107。嘘を言っていたとしたら、それは彼女自身が真実だと誤認したことだ。 そしてこれまた基本的に、彼女はわりと物言いが直接的だ。含みを持たせた言い方だとか比喩だとかは、皆無という訳ではなかった気もするけれど、あまり言わない方だ。 そしてそんな彼女は確かにさっき、あんなこと>>114を口にしていた。 それも、わざわざこちらを引き止めて言い置く形で、だ。 (116) 2022/10/24(Mon) 12:52:46 |
【人】 高山 智恵「 ……そういう、こと、なの ? 」 「もしかして」、という期待自体は確かにあった。けれどそれは全部、ただの自分に都合の良い妄想だと思っていた。 だから――この状況に対して、全く現実味が追い付いてきていない。 どうする。どうすればいいの私。本当どうすればいいの?? もう一回電話掛け直して問い質す? いやいやこんな調子で問い質しに行って私ちゃんと喋れる?? 大人しくじっと塀の上で佇んでいた野良猫にいきなり襲撃された時でも、こんなに動揺したことはなかった。 ――とりあえず落ち着こう。落ち着こう……。 買ってきたばかりのプラリネの箱を開け、シンプルに徹したくちどけと甘味に意識を一旦向ける。 本当は彼女の恋路を応援する心算で買ってきたこのチョコレートだった、けれど……その恋路の先が本当にどこに繋がっているのか、すぐさまにはちょっと予想図が描けない。 (117) 2022/10/24(Mon) 12:53:25 |
【人】 高山 智恵 ああ全く、本当に、本当に。 猫は気まぐれで、薄情に見えて、時に凶暴なようでいて――それでもちゃんと体温のある生き物で。 そんな一見気まぐれにも受け取られかねない正直な一言に、こんなにも揺り動かされている。 ――ううん、これは猫の一言じゃない。人間であり、ナナという人だ。 本当の意味で、私はあの娘から離れられなくなった。離れようがなくなった。 ナナの言葉の真意は、それでも未だはっきり自信を持って確かめられたわけじゃない。けれど。ううん、だからこそ。 せめてハロウィーンの当日には、ちゃんと彼女の思いに向き合って――私の想いも、今度こそ伝えよう。 (118) 2022/10/24(Mon) 12:54:47 |
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