「マスター。元気で静かなラサルハグから一つご提案が。
ここでの『表面上での』マスターの呼び方について、少々提案があります。端末操作でのやり取りでも可能でしょう。ご興味があればご検討をお願いします。」

食事を取ると見せかけたすれ違いざまに、耳打ち。
幸いにも身長差はほぼない。先程から考え込む様子をして口元に手を当ててる。視線はずっと併設された食事の方。

貴方の隣で停止しても、完全な会話と勘付ける人はいなくはないが、多くはないだろう。

「やあ、元気で静かで有能なラサルハグ。お前からそう言ってくる時は大体の場合望ましいことが多いからな、許可する。提案を聞こう、口頭でも端末でも構わない」

　コートのポケットを確かめるような所作の中に囁きを織り交ぜてあなたに伝える。そのままポケットから一口チョコレートを取り出して口の中に放り込んだ。

　
『おやマスター。そうも褒められるとこの入力の文字が嬉しさで跳ねて少々読み辛い文章になるやもしれませんよ！それこそ普段表で話しているようなものに。喜びに俺が弱いのはご存じでしょう。』

実際のこの男は、ロッゲンミッシュブロートの検索などしていない。名前を元より把握している。端末を検索したのは、あくまで貴方に送るメッセージをその一瞬で送信する時間稼ぎだ。

『では寛容で心優しい我がマスター！
お伝えするのは貴方の“表での呼び名”の話です。

実際には二人きりの時はこうしてマスターと呼ばせて頂いてますが、マスターの心としては裏でも“表と同じように”“俺は貴方と接していて”“それを許す大らかな看守”の振る舞いに普段から気を使われてるようなので。

無礼にも名を呼び捨てにしていますし。
折角ですから公に、マスターへの呼び名について──そう、改めてマスターを表では『バーナード』と呼び捨てにする許可を取る！一芝居打ちますので、お付き合い頂けますか？と言うご提案です。』

詳細を求められれば更に返すだろうが、意図は十分伝わるだろう。そう踏んでいる。ある種の信頼行為だ。

『事実を言ったまでで褒めたつもりはない。だがそう機嫌よく囀られるのも悪くはないよ』

　壁際に向かったのは集団の輪から外れたかったからだ。端末で実際に注文した結果大惨事を起こしてはいるがそれはそれ、注文していたという事実でこの文章入力は不自然ではなくなることだろう。

『なるほど？……俺は従僕に呼び捨てを許可する寛容な姿を、お前は主人である看守に忠実で模範的である姿を演出する、と。悪くないな。
　許可しよう。お前の芝居に付き合う。いつも通り、上手くやってくれよ？』

あなたの意図はこの看守に存分に伝わっている。そのためたかが一芝居程度合わせることなど造作もない。

　
『了解しましたマスター。失敗しても誰の失点にもならない行為ですしご安心を。ところで、

端末を一瞥したくらいしか見えないのに、その速度で返答がくる。緩く貴方に視線を合わせて微笑んでから、>>98は始まった。

『……マロングラッセを、貰おうか。この量は宴期間を費やして食べきれるかどうかだろうからな』

　そう返している看守はもう端末を触っていない。その代わり、悪戯な風が微かに端末の上を踊っているようだった。微笑みにはほんの少しだけ面白くなさそうな顔をしたが、それも一瞬だ。すぐに普段通りの、表向きの、外面のいい笑みに戻っていた。